獣人と夜の国 Night王国
「…ふぅ。やっぱりこの芝居は無理よ。」
攻撃色の弾は消え失せて、少女はその座にふんわりと座りなおした。
「…えっ?」
「はっ?」
情報屋を含んだ三人は、身構えていた気持ちが空回りして、あっけにとられている。
少女が指を鳴らすと、赤い炎だけで暗かった部屋に、シャンデリアの明かりが灯る。紅い月はいつの間にか雲の中に隠れてしまっていて、カーテンを閉めたかのように暗い。
今、あの空に月はない。出るはずがなかった。
「私の従者が失礼を。刃を交える必要はありません。」
少女がその容姿にそぐわない口調で言う。
「なにも答えなくていいのです。ただ最後の独り言に付き合ってちょうだい。」
「!」
答えようとした。
一人は口が開かなかった。
一人は口は開いたが声が出なかった。
一人は答えようとせず、ただじっと見つめていた。
「此処まで来たと言う事は、皆また居なくなってしまったのね…。」
最初、目が覚めた時に、水宝は泣きじゃくっていた。
訳も分からず起き上がって、すぐ気が付いたのだけれど。
私の身体じゃないんだって。
そう、もう分かっているとおりよ。琥珀も、副も、何か別のモノを借りて作り直されたんだって。
水宝の後ろにその人が見えた。おぞましい呪いの類。此処の生まれの人は敏感だけど、人ってそういうの分からないんでしょう?
それも恐ろしいことだけれど。
私の従者は、みんな人間。だったはずよ。
だって、何かしらの理由で捨てられていた子を拾っただけだもの。
同じ年だったのだけれど、いつの間にか身長も越されて。
人間って、とっても短命ね。
水宝以外は、少しずつ元気がなくなっていって、結局いなくなっていったわ。
残ったのは三人。あの子たちは最後まで一緒に居たの。
…別に、今の一族の事を嫌悪している訳でも、恨んでいる訳でもありません。
時代の流れなのです。
それを受け入れるのには誰でも時間がかかるのだけれど。
「…きっとあの子は受け入れられなかった。ただそれだけの話。」
その時を待ち構えるのは勇気がいる事。
あの子はそれを知らなくてただ心が憎悪に飲み込まれてしまった。
貴方達にも必ずその時が来る。
そこの青髪のお姉さんにはもう来てしまったことなのだけれど。
少女は月のカチューシャと、自分の首にある三重の珊瑚の首飾りを両手に一つずつ持って、
「こうすれば自分で消えることが出来たのだけど、貴方達に伝えなければいけないことがあって。ずっと待ってたの。」
今も酷い時代だけれど、これからもっとひどいことが沢山起きる。
勇者も魔王も居ません。魔王は居るのだろうけど、その人は悪さをしない良い人だわ。
忘れていることを探して、お姉さん。
悪は善があるからこそ、成り立って。
しかし善はある限り、悪を生み出すのです。
この悪事も私への善意から生まれましたから。
私が生き返ったように。
貴女が失ったものも、取り戻すことが出来ます。
みんなが見失ったモノも。
たとえそれが、どういう結末を迎えようと…。
その瞬間に、呪詛が解けた。もう彼女に残された時間は少ない。
「っ…待て!忘れているものなんて」
「旅をしなさい。これ以上の予言は、要らないでしょう…。」
少女は自ら自分の依り代を握りつぶした。
混じりけのなく、輝いて、彼女は消えて行ってしまった…。
あまりにも唐突で、一方的で、状況に追いつけていない。
情報屋は顔をしかめて、頭の中の情報を整理しようとするが、今すぐには終わらない。
ただ、ここで起きたことはこの三人しか知らない。
ルビーノは剣を降ろし、マントを翻して扉の方へ振り替える。
「城を元に戻そう。終わったんだ。…随分前の因縁が、今終わったんだ。」
ザフィーロも頷き、兄についていく。
「行きますよ情報屋さん!どうしたんです?」
「あ、いや…何でもない。すぐ出よう。」
その日はもう朝早く、向こうに帰るのも人目が多い。
ルビーノは何も言わなかったが、ザフィーロが気を利かせて、個室を用意してくれた。
「申し訳ない、すぐ帰ればいいものを。」
「いえ。貴方が居なけばお兄様も戻ってきませんでした。今は何もできませんが、体を休めるだけでも。」
彼は手際よく慣れた手つきで、ベッドメイキングをして部屋を出ていった。
「ふむ…。」
右手のちぎれた手袋をゆっくりと脱ぐ。左手の手袋も一緒にパーカーのポケットに入れ、そのパーカーのチャックも降ろしていく。
黒いノースリーブのVネックと、銀色の両腕の義手が露わになる。
ふぅ、とため息をついて、曇った空を見る。
「忘れていること…何を?何かを見落としている?」
一週間後、城は以前のように元通り。大火事になった筈の室内は、以前以上に綺麗になっていた。
城のバルコニーから、完全即位を果たした二人の王が広場に集まった国民達に手を振っている。
王ガスピーチをして
「この国を救ったものが此処に…あれ…?」
その広場のモノの後ろをこっそりと影が遠ざかる。
アメジストは日に当たれば色あせてしまう。
この名前を持つのは、そういう自分への戒めだ。
「…すまんな。私は讃えられるほどの事をしていないし、まずそういうモノじゃないんだ。」
影は遠ざかる。光の戻った夜の国から。
まるで逃げる様に…。




