第一話 おかえり
…星空がまだ見える夜。とある真っ白な建物だらけの街もそろそろ夜更かしに飽きてきた時刻。
「てめぇの其の面が見ててムカつくんだよぉあぁ!?」
そんな街のどこかの裏路地にある、落ち着いたバーの中。怪我をしているのか、頭や腕に包帯を巻いている数人の巨漢達に囲まれて酒絡みされている、一人の女のような姿が居た。またお前か、と音声が聞こえる。
「…マスター、もう一杯だ。」
「はい只今。」
女はカウンターに座って、酒を一人、嗜んでいた。先程絡んで来た男たちは、すでに床で安らかに気絶している。その床に着きそうな位長く真っ青な髪。瞳孔が分からない音量メーターのような瞳。大きな黒い金具で閉じられた嫌でも目立つ両頬の傷。ごついヘッドホンの中から下に流れている水色のメッシュ。
「はぁ…。落ち着いて酒も飲めやしないな。マスターも大変だろうに。」
「いつもの事なので、もう慣れたものです。これで彼らも懲りるでしょう。」
女の話に、にこやかに笑ってウサギ耳のマスターはロックウイスキーを注いだ。今日も何も得られなかった、とため息を漏らす。女の目的のモノは今日も見つからなかったらしい。先日、奇跡的にやっとのことでこの場所に帰り着いたもので相当の疲労がたまっているかのように猫背でグラスを見つめていた。自分が知りたい情報は、一体どこに隠れているのだろう。
…
静まったバーに、軽いウインドウチャイムの音が響く。
紺色のキャップに隠れた金髪、ノースリーブのモノクロ服に包んだ鍛えぬいていそうな両腕にはAKMを一丁ずつ構え、靴底は血のような色に染まっている白ブーツを鳴らして女の横に歩いて来る。先程の男たちの丸い耳とは違う尖った耳に、根元が黒い金の太い眉、赤く瞳孔の細い眼で、男はカウンターで寝潰れている女の顔を覗き込んだ。
「こんなところに居たのか。情報屋。…寝てるのか。」
「えぇ、五時間前からずっと、三時間前からぐっすりですよ。仕事帰りですか?」
「帰宅ついでの巡回ついでに寄った。まさか今こいつが見つかるとは思わなかったがな。」
「ついに連行ですか。」
そういうマスターの後ろには、賞金首リストのボードがあり、女の顔が映った紙も貼られていた。その中でも「Sakumi Amesthst」と書かれているそのリストは、ほかに貼られている賞金首の中でも最高額を示していた。
「いや。連れて帰る。一応交渉をしているのでな。」
男が金を置いた後、寝ている女を肩に担いで入り口の扉を押した。
「またのご来店をお待ちしておりますよ。我が国の特殊保安官最高幹部様。」
その帽子には、このバーがある国、Marsの政治直下の保安軍隊の幹部バッジが、マスターの後ろにあるボトルを照らす妖魔な光に照らされて輝いていた。
「起きろ情報屋。」
「…おう。」
まるで最初から眠っていなかったかのようにはっきりと返事をした。今日も寒い。こんな裏路地でも雪が降る、口から白い息が出ていき白い壁に溶けた。
「何か月も何処行ってやがったんだ。勝手に行くなとあれほど言っただろう。」
「今はいつだ。」
「えっと…二番目の月の十五日目だ。端末を見ればすぐにわかるだろう。」
「バグったらしい。後で直しておく。」
この街は多くの巡回員が夜に回ってくる。いくらでもエンカウントするはずのそれに、決して会うことはない。男がその全員のルートと通過時間を把握しているからだ。誰も居ない道を街の外に向かって静かに歩いていく。ぽつぽつとある街灯に照らされて雪の積もった白レンガ道に足跡が残る。町の外に出ると、女も肩から外され二人で歩いていく。
「…何か情報はあったか。」
「ほとんど何も。強いて言うなら、近々舞踏会があるらしいな。」
「また駆り出されるか…。」
歩く二人の間には人一人以上の距離があった。
この物語は、この世界の三つの人格の一つ目のお話。
少女がこの森に一歩踏み入れた時点でこの物語のページは描かれ始めている。
終わりの青色、この世界がこの物語を境に次の時代へ進む。
この物語を境日を名づけ、一部始終を語るとしよう。