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プリンを囲んで踊りましょう + 兄弟のプリン談義

 その後エリーナはプリン伯爵たちとプリン談義に花を咲かせた。時間が経つのは早く、日が落ちれば巨大なプリンを囲んでのダンスパーティーだ。かがり火に照らされたプリンはまるで御神体。王都から来た合唱団がプリン祭りのテーマ曲を歌っていた。


 エリーナの隣で合唱とプリンダンスを鑑賞していたクリスが、ぽつりと「プリン祭りはどこへ向かっているんだろう」と呟いていたが、聞かなかったことにする。カイルと話していたら、盛り上がりすぎて止める人がいなかったのだ。エリーナの要望を全て叶えたカイルが悪い。


 そしてクリスとエリーナもダンスに加わり、みんなで踊る。プリン伯爵の家族も一緒になって踊っていた。舞踏会で踊るものよりもコミカルな踊りだ。楽器の音色に、合唱団の透き通る声、人々の笑い声にプリンの香り。


「きっと、天国ってこんなところね」


 クリスと踊りながら、エリーナはうっとりとそう呟く。


「……そうだね。エリーにとっての天国は、こういう感じかもね」


 クリスは少し疲れた顔をしており、無性に辛い物が食べたくなっていた。周りが甘過ぎて鼻が麻痺している。


「わたくし、今とても幸せよ」


 エリーナはクリスを見上げて、気恥ずかしそうに微笑んだ。エリーナが嬉しそうにしていれば、クリスも自然と顔が綻ぶ。


「エリーが好きなプリンに囲まれているからね」


 そう当然のように返すと、エリーナは心外そうな表情になって、少し唇を尖らせた。


「プリンだけじゃないわ。クリスがいるからよ」


 そう甘くとろけた笑みを見せられ、クリスの息が止まった。心臓が高鳴り、押し倒さなかった自分を褒めたい。今すぐ抱きしめたい。


「うふふ。クリス、照れてる」


 エリーナは意地悪そうに口角を上げており、足取りがふわふわしている。かがり火で見えにくかったが、よく見れば頬がいつもより赤い。クリスは剣呑な表情になって、エリーナの口元に顔を近づけた。


「……エリー、お酒を飲んだね」


「うふふ。プリン酒ですって。すごくおいしかったわ」


 プリンの香りにかすかなお酒の香りが混ざっている。クリスはそういえば出品リストの中にプリン酒があったと思い出し、重いため息をついた。


「エリー、この曲が終わったら一度休むよ」


「あら、こんなに楽しいのにやめちゃうの?」


 ほろ酔い気分のエリーナは少し艶めかしく、かがり火の炎に照らされいつもとは違う美しさがあった。


「エリー……覚悟してね」


 二人は夫婦だ。何を遠慮することがあるだろう。クリスは策略的な笑みを浮かべ返し、エリーナを強く引き寄せて抱きしめ、軽くキスをした。周りから歓声が上がり、エリーナは顔を真っ赤にしてクリスの胸板をバシバシと叩く。だがその反応が可愛く、クリスは「痛い、痛い」と言いながらも、頬がにやけているのだった。


 その後、中央の巨大プリンを全員で食べきり、プリン型の花火に皆で歓声を上げ、エリーナが閉会宣言をしてプリン祭りは終了となった。これが、三年に一度開かれるようになるプリン祭りの始まりである。



おまけ



 後日、プリン祭りの片づけがひと段落したところで、シルヴィオがナディヤと共に会いに来た。シルヴィオとナディヤはクリスたちよりも半年ほど早く結婚式を挙げており、クリスの領地の隣に移っていたのだ。クリスからすれば面倒なご近所だ。こうして度々お茶を飲みに来ている。

 ナディヤとエリーナは別室でお茶会をしており、女の子同士話を弾ませているのだろう。兄と二人のクリスは、つまらなさそうに話に相槌を打っていた。


「クリス、プリン祭り大盛況だったらしいね。今度王宮の催しでプリン博覧会から5つくらいプリンを出してくれよ。貴族たちの中にも食べたがっている人たちがいてね」


 シルヴィオはキラキラした笑顔を向けて紅茶をすすった。丸テーブルにはクリスの前にチーズプリンがシルヴィオの前にはコーヒープリン、紅茶プリン、はちみつプリンが並んでいる。シルヴィオは甘いものが好きなので、三種類のはちみつを興味深げに食べ比べていた。


「兄さんは昔から甘いものが好きだったよね」


「おいしいじゃないか。最近はエリーナの影響でプリンも色々食べたし、領地でも何かスイーツを開発するつもり」


「そう……」


 クリスはチーズプリンを一口食べ、その酸味に心が落ち着いた。なんだかまだ鼻の奥にプリンの甘い香りが残っている気がする。


「こういう変わったプリンもおいしいけど、僕は王道のプリンが一番かな。僕はトロトロ派だから、この間壺入りプリンを作らせたけど、中々よかったよ。今度、エリーナに食べてもらうつもり」


 クリスはそのプリンを想像しただけで胸焼けがしてくる。当分甘いものはいらない。


「まぁ、幸せそうに顔を蕩けさせるエリーが見れるからよしとするよ。エリーはプリンによって顔が変わるんだ……」


「あぁ……そう」


 シルヴィオはまたエリーナ礼賛が始まったと適当に聞き流す。ここでナディヤの可愛さについて言い返しても、興味なさそうにエリーナの話題に変えられるので、口を挟まない。

 なので不自然にならないように、話題を変える。


「それで、このコーヒープリンや紅茶プリンは甘さ控えめだけど、好みに合わなかったのか?」


「あぁ……他にもオレンジプリンとか、甘さひかえめなのは食べられるんだけど、コーヒーと紅茶は飲み物としていただきたいな。オレンジも、そのまま食べたい」


「そういうことね。お前、よく甘ったるい会場にいられたな」


「柑橘系のアロマが効いた部屋で来賓の相手をしていたよ……あぁでも、甘いものに慣れていない人はプリンの食べ過ぎで体調不良を起こしてたな。特に巨大プリンに挑んだ人たちが憐れだった」


 一部でプリンをどれだけ食べられるかを競っていたのだが、続々と脱落していき、吐き気と腹痛を訴えていた。「あと十年はプリンを食べたくない」と青い顔で呟いた男が印象的だった。エリーナも意気込んで参加しようとしたので、クリスは慌てて止めた。


「まぁ、楽しそうで何よりだ。さて、そろそろ僕の可愛いナディヤを迎えにいこうかな」


「そうしてくれ。僕がエリーといる時間が減る」


「9歳から一緒にいて、数時間ぐらいで何を言ってるのさ」


 呆れ顔でシルヴィオは席を立ち、クリスも後に続く。妻たちが談笑しているところに向かうのだ。できれば夫の愚痴などを言っていないといいのだが。

 同じ思いの兄と弟はそっと小部屋の前で足を止め、漏れ出てきた会話がロマンス小説であることに安堵してノックするのだった。


 あるうららかな日の、変哲の無い日常の一幕である。


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