世界のプリンを食しましょう
エリーナは感動していた。テントに充満するプリンの香り、視界一杯に並ぶプリン。プリンは色とりどりで、見たこともないものが多い。今回のプリンは、珍しいものを集めており厳しい予選を潜り抜けた強者ぞろいだ。
予選の審査員を務めたマルクは三日間プリンを食べ続け、げんなりしていたとリズから聞いた。もちろんエリーナも予選落ちしたプリンを全て食べている。
「あ、エリーナ様。どうぞこちらに」
この博覧会の補助に入ってるマルクが、二人に気づいて奥の席へと案内した。一般の人たちは食べ歩くスタイルだが、エリーナは特別審査員なのでパテーションで区切られた場所で食べるのだ。
テントの奥に案内され、席に着くとリズがお茶を淹れてくれた。お茶の種類も様々で、プリンに合うお茶を淹れてくれるらしい。マルクと綿密な打ち合わせをしたようで、目を合わせて頷き合う二人からは仲の良さが感じられた。甘いプリンがますます甘くなりそうだ。
「エリーナ様、この博覧会には各地から取り寄せた10のプリンを用意しております。ぜひご堪能くださいませ」
「えぇ、この日のために、本選のプリンは食べずに待ってたんだから!」
新たなプリンとの出会いというワクワクのために、あえて残ったプリンについて訊かなかった。そのため、先ほど少し見た興味深いプリンの数々に興奮が冷めない。
「では、まずはシンプルなものからいきましょう」
マルクが氷で冷やされた木箱の中から取り出したのは、これぞプリンというにふさわしいものだった。ガラスの器に鎮座している姿は、ほれぼれとする。だが、博覧会のわりにはただのプリンに見えるのだが。
木のスプーンを握りしめて、違いを見つけ出そうと観察するエリーナに、マルクはにこやかに説明をする。
「これははちみつプリンです。まずは、そのまま召し上がってください」
「ふ~ん、はちみつ」
まずは一口とすくって口へと運ぶ。舌に乗せた瞬間に広がる甘さは、砂糖とは別の物。
「はちみつの甘さね。優しい感じだわ」
食感はプルプルでとろりとして、砂糖の甘さとは違う奥深さがある。そのままでもおいしいが、少し物足りない。そこにすかさず、マルクが小瓶を三つ置いた。
「はちみつは、花によって味が異なるんです。クローバー、オレンジ、蕎麦を用意しました」
中でも蕎麦の黒さが目を引く。エリーナはそれぞれをかけて違いを楽しんだ。クローバーは花の香りがありながら、スッキリ爽やか。オレンジは本当に柑橘の香りがして、一気にプリンの味が変わった。そして黒いそばのはちみつをかけて一口。エリーナは目を丸くした。
「あら、おいしいわ。これ、黒蜜みたいね」
独特の味わいでコクがある。マルクが一押ししている和菓子に合いそうな味だった。
「はい。蕎麦は日本でよく食べられる食材なので、今度蕎麦の実が手に入ったら、蕎麦を打ちますね」
「あら、楽しみにしているわ」
日本の料理は麺が豊富で、この間はうどんを食べさせてもらった。箸はなかなか持てないのでフォークで食べたが、中々おいしかった。
ペロリとはちみつプリンを完食し、続いて出てきたのはプリンタルトだった。西の島国で有名なプリンらしい。プリンケーキのタルト生地を小さくしたようだが、プリン生地が硬めでしっかり焦げ目がついていた。安定のおいしさで、これも瞬く間に完食する。
その次はオレンジの皮を容器にしたオレンジプリンで、甘い口をリセットしてくれた。
「これ、クリスも喜びそうね」
思わずそう感想を零せば、お茶を淹れてくれたリズがうふふと笑った。
「ですので、本部にも置いてありますよ」
「あら、それなら後で感想を聞いてみるわ」
エリーナだけプリンを食べていることが多いので、一緒に食べられるプリンが欲しいのだ。カラメルソースにもオレンジの香りがついており、おいしかった。
そして次に木箱から出されたものを見て、エリーナは目を瞬かせる。
「……プリンはどこ?」
エリーナの前に置かれたのはクリーム色の飲み物が入ったガラスのコップだった。しかもそこに植物の茎のような物が刺さっている。
「プリンシェイクです。そこに刺さっているのは、ドルトン商会の協力で実現したストローです」
作り方などはミシェルの企業秘密らしい。
「それで思いっきり吸ってください」
「変わった飲み物なのね」
エリーナはコップを両手で持ちその冷たさに驚くと、恐る恐るストローに口を付けて吸ってみた。
(固いわ……)
思ったよりも抵抗があり、もう一度吸うと少しずつ上って来た。口が痛くなるほどすぼめれば、ひんやりとしたアイスのような、ジュースのようなものが口に広がる。
「プリンのアイスジュースなの?」
味はプリンそのもので、ひんやりシャリシャリした食感が楽しい。吸うコツさえつかめれば簡単に飲める。
「はい。それがシェイクでございます」
これも再現するのに苦労した。プリンアイスを作るまでは簡単だったが、牛乳と混ぜるのにミキサーなどない。最終的に手回しミキサーを作ってもらい、人力で成功させたのである。その成果をマルクとリズは一足早く堪能し、嬉しさのあまりハイタッチをしたのだった。
ずずっと飲み干し、満足顔のエリーナ。少し変わり種を楽しんだところで、マルクが東の島国と日本のプリンをもとに再現した和風プリンを並べた。
「プリン大福と、プリンどら焼きです」
プリンに見えない見た目に、エリーナは首を傾げて右から左からと変わった食べ物を観察する。
「プリンサンドと似たようなものです。手で食べてください」
「へぇ、変わってるわね」
まずは見た目がサンドイッチに近いプリンどら焼きから食べてみる。思ったより外の茶色い部分がしっとりしていて、ケーキに近いが別物だ。ケーキよりもきめが細かく、どっしりとしている。そこにプリンの甘さがまるでソースのように口の中に流れ込んできて、口の中で幸せに変わる。
「おいしい。この煎茶がまた合うわね」
苦みの中に甘さがあり、スキッとした後味のお茶である。和菓子と言えば煎茶と、エリーナにも刻み込まれていた。
そして白く丸い、奇妙なお菓子へと手を伸ばす。触れば白い粉が付いており、もにゅっと柔らかい。崩れるかと思ったが、外は意外と強かった。好奇心に勝てず、パクリとかぶりつ。
(柔らかくてもちもちしてる!)
前にマルクが作ってくれた団子に近い食感だが、それよりも柔らかい。しかも伸びるのが面白く、中から生クリームにプリン、カラメルソースが出てくる。それが合わさればプリンを超えた。まるで和風プリンパフェが一口に収まったような感じだ。
「これ、すごいわね。おいしいわ。また食べたい」
エリーナは大福の食感を気にったようで、名残惜しそうに最後の一口を食べていた。その後、口直しにとほうじ茶プリン、紅茶プリン、コーヒープリンが続き、どれも飲み物がプリンになっていることに感銘を受けていた。
「これは、プリンの勝利ね!」
そう言って意気揚々と食べ進め、プリンは残すところ一つとなった。
「では、最後はこちらです」
それは木箱からではなく、温かい状態で出された。お皿の上にはプリンが乗っているが、香りが異なる。食欲をそそられる香りで、ソースにも甘さがない。デザートの香りではなく、ディナーの香りだ。
「プリンライスです。これは、プリンをメイン料理にできないかというエリーナ様からのリクエストをもとに作ったものです」
エリーナの夢は、プリンのみの晩餐を作ることだ。前菜に茶碗蒸し、デザートに各種プリン、飲み物にプリンシェイクがノミネートしている。
「すごい、プリンにしか見えないけれど、これはデミグラスソースね」
「はい、どうぞ温かいうちに」
とうとうプリンがデザートの域を出たのだ。エリーナは未知のプリンに胸を高鳴らせてスプーンを差し入れる。ぷるんとした感触はプリンだが、すぐに違いが現れた。
「中からご飯が出てきたわ」
赤色のご飯はオムライスというリズの好物の中に入っているケチャップライスだろう。トマトの香りが上がってきて、デミグラスソースと混ざりそれだけでおいしそうだ。
ケチャップライスの上にふるふるの卵、それをまとめるデミグラスソース。三つを一緒に口に入れれば、それはまるでオムライスだった。卵は茶碗蒸しのようにトロリと柔らかく、なめらかだ。
「すごい……これはメイン料理よ。おいしすぎるわ」
エリーナはスプーンが止まらない。これでプリン晩餐の夢に一歩近づいた。大満足のプリン博覧会であり、エリーナは食後のデザートにプリン大福をもう一つ食べて、クリスとプリン伯爵のもとへと向かったのである。
そして、このプリンライスはプリン姫特別賞に選ばれ、カフェ・アークの期間限定ランチメニューとして登場することになった。また一般参加者たちの投票では王道のプリンに近いはちみつプリンが一位に選ばれた。
だがエリーナやプリン伯爵たちが数々のプリンを堪能した一方、胸焼けをする人々が続出し、ドルトン商会特製の胃薬がよく売れたのである。
惜しくも本選に上がれなかったプリン。エリーナがおいしくいただきました。
カタラーナ、バインフラン、いちごプリン、マロンプリン、プリンキャンディー、プリンアイス、エスプレッソプリン、豆乳プリン、黒糖プリン、サツマイモプリン、黒みつプリン、プリンマフィン、寒天プリン、プリンパフェ、フルーツプリン、プリンスープ、プリンステーキ、プリンムニエル
プリンって無限。