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プリン祭りを開催しましょう

「わたくし、今こそ王族としての権力を使う時だと思うのよ!」


 王都の近くにある通称プリン領。その領主であるクリスに向かって、エリーナは言い放った。結婚後領地に移り、半年が過ぎたころだった。


「えっと、どういうこと?」


 執務室で領地の経営書類に目を通していたクリスは、首を傾ける。


「この領地がプリン領と呼ばれるようになったでしょう? だから、プリン祭りを開くべきだと思うの! 権力でも何でも使ってね!」


 エリーナの目がキラキラしている。こういう時は、たいてい悪役令嬢かプリンが関わっている時だ。


「あー。度々言ってたね。そのプリン祭り……」


 特にカイルと会う度に案を出していた。地域振興のために祭りをするのは悪くないので、クリスはエリーナに任せていたのだ。


「やっとカイルさんとの打ち合わせが詰められたの。あとは、近隣諸国にお知らせをするだけよ!」


「……手が早いな」


 カイルが関わっているなら、計画もしっかりしたものだろう。エリーナに手渡された計画書に目を通していけば、なかなか面白そうだった。


「へぇ、いいんじゃない? 今から告知して、準備するなら開催は二か月後くらいかな。それでいい?」


「えぇ。プリン姫の名の下に、すばらしいプリン祭りにするわ!」


 やる気満々のエリーナを見て、可愛いと和む一方で、胸焼け必須のお祭りに少々憂鬱になるクリスだった。




 そして二か月の準備期間を経て、晴天で温かく、プリン日和の日に第一回プリン祭りが行われたのである。会場は町はずれの空き地だ。クリスとエリーナは仲良く会場を散策する。日が照っているため、リズがエリーナに日傘をさして共に歩いていた。


「見てクリス! 子どもたちがプリンの遊具で遊んでるわ」


「そうだね……視界に黄色と茶色しかないや」


 プリン祭りの目玉は3つだ。一つが子ども向けにプリン型の遊具を作って開放したプリン広場。そこでは『プリン姫の冒険』のシーンを再現した遊具や人形もあり、子どもたちであふれかえっていた。子どもたちはエリーナとクリスを見ると、「プリン姫とカラメル王子だ」と手を振ってくれた。

 その広場の隣に、大きなテントがあり中に入る。


「子どもって可愛いわね。ほら、このテントの中がプリン博覧会よ! 今から楽しみでしかたがないわ!」


「うっわ……見渡す限りプリンが並んでる」


 二つ目が世界のプリンと題された、プリン博覧会である。全世界から集められ、予選を勝ち抜いたプリンが並んでおり、食べ比べができるのだ。会場では人気投票が行われており、夜には順位発表とエリーナからの特別賞が贈られる予定だ。エリーナは全プリンを制覇すると意気込んでいる。

 カフェ・アークも離れたところにテントを出して出店しており、人で賑わっていた。


「これだけじゃないのよ。バケツプリン研究の成果が出たんだから!」


 そして三つ目が、会場の中央で存在感を放っている巨大プリンだ。高さ三メートル。一番下の直径は5メートルある。これはカフェ・アークの職人たちの努力の結晶だ。エリーナが一度失敗したバケツプリンを、巨大にしたいと懇願したためだ。

 さすがにどれほど固める粉を入れても、高さを50センチも超えると自重で崩れてしまう。そのため、高さは三メートルあるが、30センチずつ区切り、真ん中に支柱を通したガラスの台で支え、氷が仕込めるようになっている。これで形は崩れず鮮度も保てる。ドルトン商会技術部の執念の力作だ。

 大きなパラソルの下で、巨大プリンがおいしそうな香りを漂わせている。会場のあちらこちらからバニラの香りがし、すでにクリスは頭が痛い。柑橘系の香りが嗅ぎたくなってきた。


 ある程度のところで、控室兼本部である小屋に行こうと考えていたクリスの方へ、見知らぬ人たちが歩いてきた。その変わった髪型が目に入った瞬間クリスは鳥肌が立つ。


「プリン……」


「あら、プリン伯爵夫妻だわ」


「……え?」


 さらっと告げられた名前に、クリスは固まる。射殺しそうな眼光で、彼らを見てしまった。そういえば西の島国から来賓があると聞いていたが、まさかプリン伯爵とは。


「本日は遠いところをお越しくださり、ありがとうございます」


 エリーナはドレスをつまんで挨拶をし、向こうの夫人も挨拶を返した。小さなご令嬢もちょこっと可愛い挨拶を披露する。西の島国とは言語が違い、通訳者が一人付き添っていた。


「はじめまして、プリン伯爵」


『これはプリン姫様、お名前はかねがね聞いておりました。直接お会いできて光栄です。それに、この素晴らしいプリンの数に香り、極めつけは巨大プリンまで、さすがはプリンの何たるかをよく理解されている』


 プリン伯爵と呼ばれた男は、恰幅のよい中年の男性でプリン色の燕尾服に身を包んでいた。何より目を引くのは髪型で、金髪はプリンのようなおかっぱであり、頭頂部のみ茶色く染められている。全身がプリンへの愛を叫んでいた。クリスは脳裏に最後は大きなプリンに変貌した某伯爵の姿が浮かんでしかたがない。


「いえ、プリン伯爵のプリン愛には及びませんわ」


 おほほとエリーナは上品に笑っている。プリン伯爵の隣には夫人がおり、こちらもプリン色のドレスで決めていた。腰まである金髪に焦げ茶色のリボンを付けている。


『プリン姫様。すばらしいお祭りですわ。アスタリアはとてもよいところですね』


「楽しんで行ってくださいね。あとで西の島国のプリンについて教えてください」


『えぇ、もちろんです。さぁ、プリンシア、挨拶をなさい』


 と、夫人に背中を押されて小さなご令嬢がぎこちなく挨拶をする。


『プリンシアです。10歳です』


「あら、かわいい。よろしくね。もうプリンは食べた?」


 エリーナは腰を落とし、プリンシアと目線を合わせてほほ笑む。

 その少女は長い髪をツインテールにしており、カラメルソース色のリボンをつけていた。クリスは正体不明のプリン型の子どもを思い出し、血の気が引いていく。あれが人になったらこんな感じだろうか。あの子プリンは性別不明だったが……。

 それ以上考えたら倒れると、クリスは記憶に蓋をした。


『はい! 国では食べられない色々な種類のプリンがあって、幸せですわ!』


 満面の笑みで答えており、害はなさそうだとクリスは判断する。一方の要注意人物、プリン伯爵に険しい表情を向けていると、彼はにこにこと穏やかな笑顔をクリスに向けた。


『クリス殿下はプリンを広く知らしめた第一人者だとか。才覚に溢れた方だと聞き及んでおります』


 彼がさらに距離を詰めてきたので、ついエリーナの前に立ってしまう。プリン伯爵は不思議そうな顔を浮かべ、エリーナが後ろから小さな声で抗議の声をあげた。


「ちょっとクリス、何を警戒しているのよ。失礼でしょ」


「だって、プリン伯爵だよ? エリーナを奪われたくない」


 それに対しクリスも声をひそめて、早口で返した。散々悪夢を見たのだ。不安にもなる。

 二人の様子を見て何かを察した通訳が、伯爵たちへ説明し始めた。すぐに伯爵から笑い声が上がり、柔和な笑みを二人に向ける。


『ご心配なく。私は妻だけを愛しておりますからな! カラメルソースのような苦い想い。分かりますぞ』


 豪快に笑うプリン伯爵から悪意は感じられないが、クリスはまだ警戒を解けずにいた。エリーナがクリスの後ろから出て、クリスを見上げる。


「もう……恥ずかしいじゃない」


 照れているのか、少し赤くなっている。そしてエリーナはわざとらしく咳払いをした。


「じゃ、私は世界のプリンの食べ比べをしてくるから、クリスはプリン伯爵たちを案内して本部にいてね」


 そう言うなりエリーナはプリン伯爵たちにプリンの審査があることを説明して、別れの挨拶をする。クリスを置いて、プリンへまっしぐらだ。その後ろをリズがついて行った。


 本部は広場近くの小屋だ。その部屋だけは甘いものが苦手なクリスのために、柑橘系のアロマが焚かれ、ブラックコーヒーが用意されていた。クリスは内心帰りたいと思ったが、仕方がなくプリン伯爵たちを案内し、紅茶やコーヒーを片手に談笑する。

 ちなみに本部には、プリン博覧会からカフェ・アークのプリンまで全て揃えられており、三人は軽々と平らげていた。見ているクリスが胸焼けになりそうなほどだ。

 だが、話してみるとプリン伯爵の話は機知に富んでおり、西の島国のプリンは興味深かった。新商品のアイデアの宝庫であり、外せない仕事のため会場に来られなかったカイルが残念がったほどだ。


 そして、プリンの審査を終えたエリーナが帰って来たころには、クリスのプリン伯爵に対する苦手意識はなくなり楽しく談笑ができるようになったのである。このプリン祭り後、両領地は頻繁に手紙でプリンの情報を交換するようになり、プリンの発展に寄与することになるのは余談である。


次は真面目にプリンテロ(/・ω・)/

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