バニラ香るプリン温泉の旅
結婚式を終え、静かな日常が戻ったエリーナとクリスは、馬車に揺られて旅行に来ていた。リズが「結婚式の後は新婚旅行に行くんです!」と力説し、シルヴィオが「うちの領地にいい温泉があるよ」と提案したため、さくさくと旅行計画が進んだのだ。
向かった先はプリン領の隣で、シルヴィオの領地だ。温泉とアロマが有名な領地であり、シルヴィオもナディヤと共に何度か温泉地を訪れたらしい。いくつかある温泉地の中でも、シルヴィオが私有しているところを紹介してくれた。
小さな屋敷の中には天然温泉が2つ、外に露天風呂やサウナがあった。二人は近辺を観光した後、この屋敷に入り豪華な夕食を堪能したのだった。もちろんデザートにプリンは外せない。
「あーおいしかったわ。クリスと旅行って初めてよね」
食後、二人はサロンでおしゃべりを楽しんでいた。いつもとは違う景色を見て、おいしい料理を食べる。それだけで高揚し、エリーナはずっと上機嫌だった。
「そうだね。何より、エリーと二人っきりで誰にも邪魔されないってのがいい」
隣に座るクリスにキラキラと眩しい笑顔を向けられ、エリーナは赤くなって俯いた。恋人になって一年以上が過ぎ、結婚式も挙げたがふいに気恥ずかしさが戻って来る。結婚してから、クリスの甘やかしはますます強くなっていた。
「こうやって、ずっと二人でいようよ。かわいいエリーを一日中見ていたい」
この旅行にはリズたちは付いて来ていない。侍女はシルヴィオが用意した現地の人たちだ。細長い綺麗な指に髪をすくわれ、熱っぽい金の瞳を向けられたエリーナは、照れ隠しにぷいっと顔を背ける。
「そろそろ落ち着いたらどうなの? 恥ずかしいわ」
「無理。だって、本当はずっと抱きしめていたいくらいなのに」
ね? と動く唇が艶めかしい。そして腕が肩に回り抱きしめられ、額に唇が落とされる。馬車でも庭園でも隙あらば頬や額にキスをしてくるクリスに、エリーナはどぎまぎしていた。結婚してからますますスキンシップが増えたのだ。
「もう、まだ足りないの?」
「全然足りないよ。兄さんの婚礼が先だって、一年も待たされたんだよ?」
エリーナ達の半年前に、シルヴィオとナディヤが婚礼を挙げていた。もちろん、兄を先にしなければいけなかった訳ではなく、国内だけで挙式をすればいい二人と違い、エリーナ達は両国でするため調整に時間がかかったのだ。その一部には、婚礼の儀で忙しくなるシルヴィオの仕事をクリスに回そうとしたやんごとなき事情があったようだが……。
エリーナはクリスの腕の中にすっぽり収まっており、キスの雨が降り注いでいる。たまに頬をすり寄せてくるので、ぬいぐるみにでもなった気分だ。恥ずかしくてリズにもベロニカにも言えない。
「ク、クリス。ちょっと温泉に入って来るわ!」
とうとう照れと恥ずかしさが限界を迎え、エリーナはクリスの手を抜け出して立ち上がる。今回の旅の目玉は温泉であり、エリーナは楽しみにしていたのだ。
「あぁ、いってらっしゃい。シルヴィオはエリーナが喜ぶ温泉にしたって言ってたよ」
この領地は温泉とアロマが有名であり、水質のいい温泉に効能に合わせたアロマを垂らして入るのが一般的だった。この屋敷に内湯が二つあるのは、アロマを分けるためだった。クリスも温泉に入るため立ち上がる。クリスは快眠の効果があるラベンダーをリクエストしていたので、おそらくその香りだろう。
「じゃぁ、また後でね」
「うん、ゆっくり楽しんでおいで」
サロンから出て、エリーナは侍女の案内について行く。屋敷でもお風呂には入っているが、リズから温泉はお湯が違い肌がすべすべになったり、病気が治ったりするのだと教えてもらった。日本は温泉大国だったらしく、リズも温泉に行きたいとはしゃいでいた。そのうち休暇をもらってマルクと新婚旅行に行く計画を立てている。
侍女に着いて浴場へと入れば、漂ってくる甘い香り。それはエリーナが先ほど食べていたもので。
「プリン?」
「はい。シルヴィオ様からエリーナ様はプリンがお好きだと伺いましたので、ドルトン商会から出ているお姫様のプリンアロマを使用しました」
「最高ね!」
一度、プリンのお風呂に入りたいと思ったことがあるのだ。プリンのアロマなら屋敷にもある。帰ったらお風呂にアロマを入れようと決めた。
そして服を脱ぎ侍女たちに体を洗われ、マッサージをしてもらい、広い浴槽に入って足を伸ばせば最高だった。疲れがじんわり抜けていく気がする。
(本当にお湯が違うのね。すこしとろっとしているみたい。肌がすべすべになるわ)
近くにあれば毎日でも通いたくなる効能だ。しかもプリンの香りがするため、プリンに包まれているような気がする。
「今回はお湯そのものを堪能してもらうためしておりませんが、薬草などを使ってお湯の色を黄色にすれば、さらにプリンに近づくと思いますよ」
と年配の侍女が教えてくれた。お湯に薬草を入れるというのも馴染がなく、分けてもらえるようお願いした。
そうしてまったりと温泉を堪能したエリーナはクリスがこの日のために贈ってくれた可愛い夜着に袖を通す。アイシャが丹精込めて作ってくれたものであり、ミシェルとデザインをもとにエリーナそっちのけで激論を交わしているのは、見ていて微笑ましかった。
クリスはすでに上がっているらしく、二人のために用意された部屋に向かった。結婚したので当然同じ部屋で、同じベッドで寝ている。エリーナは毎日抱き枕状態だ。侍女がノックをすればクリスの声が返って来た。