ラウルif あなたの側にいてもいいですか
本編は一度忘れてください。
「エリー様、愛しています。どうか、一生私の側で笑っていてくれませんか?」
ローゼンディアナ家の庭園で、エリーナの前で片膝をついたラウルは手をさし伸ばす。色気のある微笑にエリーナの心臓は掴まれた。鼓動が早くなり、頬が真っ赤になる。
「先生……いいの? ずっと、わたくしといてくれるの?」
ラウルはエリーナが子どもの頃の家庭教師だ。学園三年目の夏休みに、寮からローゼンディアナ家に帰省していたところを訪ねてくれた。ラウルは今学園の教師であり、サリーと寮に住むエリーナの下に軽々しく会いには来られない。祖父が亡くなり一人になったエリーナは寂しく屋敷で過ごしていたので、ラウルが来てくれてとても嬉しかったのだ。
「はい、貴女が許してくれるなら」
ラウルはそう言って、変わらぬ微笑を向けてくれる。ラウルと学園で再会してから、何度かデートもした。遺跡を巡ったり、観劇をしたり、おいしいプリンを食べたり。一つ一つがとても輝いていて、幸せな思い出だ。優しく甘い言葉をくれるラウルに、気づけば惹かれていた。
「家の汚名も晴れました。家は弟が継ぎますし、私はディバルト様の恩に報いるためにもローゼンディアナ家に入ります」
ラウルは元々伯爵位の家柄に生まれていたが、父親が国費横領の罪を着せられたため、貴族位を剥奪されていた。それが、つい一か月前にラウルは研究の成果から父親の無実を証明し、復位を果たしたのだ。ラウルの決意を聞いてエリーナは胸が熱くなり、自然と涙がこぼれる。
「ありがとう、先生。わたくしも愛してるわ」
エリーナはラウルの手を取り、涙を浮かべてほほ笑んだ。胸に喜びが弾け、幸せが溢れてくる。
「エリー様」
ラウルはエリーナの手を握り返し、立ち上がるとその手を引き寄せる。抱きしめられたエリーナは耳まで真っ赤になって、ラウルの胸に顔をうずめた。鼓動が同じように高鳴っているのが分かり嬉しくなる。頭を優しく撫でられれば気持ちよくて、その優しさに包まれた。
「エリー様、必ず貴女を幸せにします。ですから、私を信じてついてきてください」
エリーナは恥ずかしがりながらも、ラウルを見上げて目を合わした。ラウルの灰色の瞳には優しい熱が籠っており、とろけてしまいそうだ。
「うん、信じるわ。先生」
ラウルはエリーナの頭を撫で、頬へと滑らせる。
「ラウルと呼んでください」
艶のある声が鼓膜をくすぐる。それが心地よくて、その言葉が嬉しくて、エリーナは夢見心地で名前を口にする。
「……ラウル。わたくしのことも、エリーと呼んで。それに、敬語はいらないわ」
ラウルは昔の癖で伯爵位に戻ってもエリーナを様付けし、敬語だった。それがなんだかもどかしく、遠い気がしていたのだ。そう返されて照れたようにくしゃりと笑うラウルを見れば、愛しさがこみあげる。
「では、エリー。心の底から、愛しています」
「えぇ、わたくしもよ」
頬に手を添えられ、ラウルの顔が近づいた。心臓が飛び出しそうなほどうるさい。エリーナが目を閉じると唇に熱と柔らかさを感じ、幸せのあまり泣きそうになった。何度か角度を変えて口づけをされ、唇で遊ばれた気がする。そして妖艶な笑みを浮かべたラウルが離れれば、大人の色気にクラリとした。
「そうそう、カフェ・アークを予約してあるんです。どうですか?」
そう言って優雅にデートに誘うラウルに、翻弄され続ける未来が視えたエリーナだった。
そして夏休みの残りはラウルと共に過ごし、学園に戻ってすぐにリズとベロニカに婚約の報告をした。放課後のサロンで丸テーブルを囲みお茶会だ。
「おめでとうございます。エリーナ様!」
体を揺らして喜んでいるリズは元プレイヤーの転生者で、学園で侍女になるために学んでおり色々とエリーナを助けてくれた。
「ひよこにしてはよくやったじゃない」
気品のある作法でお茶をすするベロニカはこのゲームの悪役令嬢であり、エリーナは師匠と思って尊敬している。そのベロニカは卒業したらジーク殿下と結婚することになっていた。
エリーナはデレデレと相好を崩して、ラウルにプロポーズをされたことを話した。話すだけでドキドキして、胸が温かくなってくる。
「ということは、来年からローゼンディアナ家のお屋敷でお二人のイチャラブが見られるんですね。幸せです」
頬に手を当ててうっとりするリズは、卒業後ローゼンディアナ家で働くことが決まっていた。会った当初は隠しキャラを出してほしいと言われたのだが、二年目の秋に西の第三王子であるクリスが留学してきたところで隠しキャラを出すミッションは終了となったのだ。
「あらそれは、リズからのお手紙が楽しみになるわね。細かく知らせなさいよ」
「もちろんでございます!」
リズはビシッと額に手を当てて、ベロニカからの命令を受ける。
「リズ、私の情報を売らないで!」
「嫌ですよ~。売ってるんじゃないです。エリーナ様の素晴らしい恋愛物語を広めているんです」
「一緒でしょ!」
その後三人でわいわいとお茶とお菓子を楽しんでいれば、ドアがノックされた。ドアには使用中の札がかけられているので、訪ねてくるのは一人しかいない。二人はニマニマとからかう笑みを浮かべながらエリーナを見る。
「ほら、旦那様のお迎えよ」
「きっと少しでもエリーナ様と一緒にいたいんですね」
二人から生温かい視線を向けられ、エリーナは照れ隠しにそっぽを向いてから返事をして、ドアへと向かう。開ければそこにいたのはラウルで、穏やかな微笑を浮かべていた。
「エリー、研究が一段落したんだ。少しお茶につきあってほしい」
「あ、うん。別にいいけど」
エリーナが二人を振り返り申し訳なさそうな顔をするが、二人は変わらずニヤニヤとして手を振っていた。
「私たちのことは気にせずに楽しんできてくださーい。ラウル様、エリーナ様を存分に甘やかしてくださいね!」
「ラウルさん。エリーナに手を出したら、エリーナをうちで預かりますわよ」
二人の言葉を受けてエリーナは顔を赤くし、ラウルは苦笑する。
「えぇ、分かっていますよ」
親友二人に見送られ、エリーナは気恥ずかしくなりながらドアを閉めた。
そしてサロンを後にし、廊下を歩いていれば見知った人が視界に入る。その人は二人が目に入ると朗らかに微笑み、立ち止まった。
「エリー嬢にラウル先生。ご婚約おめでとうございます」
そうお祝いの言葉をかけてくれたのは、クリス殿下だ。いつもと同じキラキラした笑顔で、二人を交互に見ていた。
「クリス殿下からお言葉をもらえるなんて、恐縮ですわ」
「こちらから挨拶に伺おうと思っておりましたのに」
二人は王族であるクリスに挨拶をし、何かと気にかけてくれる王子に顔を向ける。クリスは歴史に興味を持って留学しており、ラウルの下で共に研究をしていた。このゲームに終わりが来ることを不安に思っていたエリーナに、自らもゲームキャラだったことを告白し、世界が終わらないことを教えてくれたのだ。
エリーナは不思議とクリスには何でも話せ、ラウルに惹かれていることを打ち明ければ協力すると約束してくれた。彼のおかげでラウルの復位が順調に行われ、その後の段取りまで整えてくれたのだ。
さらに彼はラルフレアで商会を持っており、プリン専門のカフェも開いていた。エリーナは何度もそこへラウルと訪れている。
クリスは温かな金色の瞳をエリーナに向け、優しい声音で問いかけた。
「エリー嬢。今、幸せ?」
その問いにエリーナは気恥ずかしくなって顔を赤らめてから、花が開くように笑った。
「はい。とても幸せです」
クリスを始めとしたたくさんの人に支えられ、最愛の人の隣に立てている。そう答えると、クリスは安心したように目を細め、ラウルへと視線を向けた。
「ラウル先生、エリー嬢を頼んだよ」
真剣な表情で願いを口にするクリスを見て、エリーナは目を瞬かせる。
「クリス殿下、なんだかお父様みたいですわ」
エリーナは父を知らないが、いればきっとこんな感じなのだろう。いや、世話を焼きたがるから、もしかしたら母親かもしれない。
「父親って……ひどいな」
クリスは呆れたような、それでいてどこか寂しそうな顔をすると、もう一度二人の顔を見て軽く手を振った。
「じゃぁ、また今度。お幸せに」
「はい、殿下。失礼いたしますわ」
「また研究室で」
そして遠ざかっていくクリスの背中を見送り、二人はラウルの研究室へと向かった。部屋に入ればすぐに、廊下に控えていた給仕係がお茶の準備をしてくれる。ラウルの研究室はいつ来ても整然としており落ち着く。
お茶を注いだ給仕係が一礼をして出て行けば、ラウルはティーカップを持ってエリーナの隣に座った。小さい時から庭園や馬車の隣にはラウルがいた。ラウルの隣が一番落ち着く場所だ。でも、愛を告げられてからここは少し緊張する場所にもなっている。
「エリー」
耳元でラウルの甘く艶めいた声がする。ラウルはカップをテーブルに置いて、体をエリーナに向けていた。少し口角が上がっており、色気に酔いそうだ。頬を撫でられ、エリーナは赤面してカップを置く。うっかり落としかねない。
「ら、ラウル! 手を出すとベロニカ様に怒られるわよ!」
触られたところがじんじん熱くなる。本当は嬉しいのに、照れ臭くて怒り顔になってしまった。ラウルはくすりと笑う。
「つまみ食いくらいはいいでしょう?」
そしてエリーナが返す間もなく、色っぽい顔が近づいてきて唇が重なる。この幸せは色あせることなく、これからも続いていく。そう感じさせる優しく愛情のこもった口づけだった。
そうして二人は、卒業パーティーを無事に終えた後、結婚式を挙げた。リズの言葉を借りれば、ラウルルートのハッピーエンド。この先はゲームには無いストーリーが始まっていくのである。
甘やかすラウルを、色気溢れるラウルを書きたかったけれど……クリス切ない( ;∀;)