プリンとは、何か
「大事なプリンの話があるんだ」と真剣なクリスに連れられてきたエリーナは、新作プリンにワクワクとサロンに入る。すでに朝、昼とプリンを食べているが、プリンは別腹。サロンにはすでにリズとマルクがおり、緊張した面持ちで立っていた。
(マルクがいるということは、和プリンかしら)
抹茶プリン、黒蜜きなこプリンはカスタードプリンとは趣が違うが、エリーナお気に入りのプリンでもある。
クリスにエスコートされ、ソファーに腰かける。腰を下ろした瞬間、コルセットがややきつく感じ、お昼は少し食べすぎたかしらと反省するがそれはそれである。視線を下げたままのクリスも隣に座る。
「エリーナ様、本日は新作のプリンをご賞味いただきたいと思います」
かしこまった口調が板についてきたマルクがそう切り出し、リズがエリーナの前にそのプリンを出す。お皿にはガラスの容器が乗せられており、プリンはその中だ。
「やわらかいプリンなのね」
エリーナは声を弾ませてガラスの容器を手に取り、スプーンに手を伸ばす。体を前に傾けると、さらにコルセットの締まりを感じた。
「はい、豆乳プリンでございます。上はホイップクリームに黒蜜ときなこをかけております」
「黒蜜にきなこ、最強の組み合わせね」
日本人二人が大好きな組み合わせのおいしさは、エリーナもクリスも認めるところだ。ではさっそくと、エリーナはスプーンをプリンに差し入れる。きなこ、黒蜜、ホイップ、そして肝心のプリンを掬い取った。もっちりとした弾力。スプーンを上げれば黒蜜がとろりと垂れ、目でもおいしさを引き立てる。
口に入れた瞬間、きなこの香りと黒蜜の奥深い甘さが広がり、大正解の味に頬が緩む。そこに主張をしない柔らかな食感のプリンが味をまとめてくれている。
「おいしいわ」
あっという間に口の中から消え、エリーナは二口目を口に入れる。口の中の調和を探るように、慎重に味わう。そして三口目は、黒蜜を避けて乳白色のプリンだけを口に入れた。和風プリン特有のもっちり、もったりとした食感。黒蜜があるから、甘みは強くなく、上に何が乗っても受け止めそうな包容力を感じさせる。が。
「これ、プリンなのかしら」
その一言で、場に緊張が走る。空気が固まったことに気付いたエリーナは、慌ててマルクとリズに顔を向けた。
「あ、違うのよ! このプリンはとってもおいしいわ。ミルクプリンやココナッツプリンと同じ系統よね。ただ、バニラが香って固めのカスタードプリンをプリンだとすると、ふとこれは同じプリンなのかしらと不思議に思って。あの、おいしいの、本当においしいのよ!?」
焦ったエリーナは早口でまくし立てる。おいしいのは間違いない。すでにエリーナは、プリンなのかしらと疑問を口にした次には全部食べ切っていた。なんならおかわりももらおうとしている。
一方の三人は微妙な表情で顔を合わせた。その疑問は先日試食した時に感じたことだったのだ。三人の顔には「やっぱり」と書いてある。実は、最終候補に残った豆乳プリンは二つあった。この黒蜜きなこ豆乳プリンと、カスタードプリンの牛乳を豆乳に変えたものだ。エリーナの好みを考えればカスタードプリンタイプがいいのは三人とも分かっていたのだが、食べた瞬間気付いてしまうのだ。豆乳の、牛乳ではないという主張、その違和感に。
「味も食感も、だいぶ和ですもんね」とリズが苦笑いを浮かべれば、「やっぱり卵はいるかぁ」とマルクが悔しそうに考え込む。
「あの、本当においしいのよ! 軽くて食べやすいし、また食べたいわ。けど、プリン欲が満たされないというか。えっと、いつものカスタードプリンももらえる?」
「エリー、それじゃあ意味がないんだよ」
おかわりにいつものプリンをもらおうとするエリーナに、眉間に皺を寄せたクリスが額に手を当てる。豆乳プリンはいつものプリンの半分ぐらいのカロリーだと試算している。豆乳プリンを二つ食べるならまだしも、いつものプリンを食べたらむしろカロリーが増えている。
「え、クリス? どうしたの?」
いつもなら新作プリンが出る時は上機嫌で、何か足りないところがあれば改善しようと意気込むのに、今は隣で肩を落としている。
「今回は、ただおいしいだけじゃだめなんだ」
甘く陰のある声。物憂げな視線を向けたクリスは、エリーナの頬に手を添える。スチル絵になりそうな美しい構図に、リズが目を輝かせ、マルクは急に始まったイチャつきに目のやり場に困る。
クリスの長い指先がエリーナの頬を撫で、むにっと顎肉をつまむ。そのままむにむにと揉まれたエリーナは目を見開いた。
「僕はどんなエリーでも愛するけど、甘いものの食べすぎは健康にも悪いよ。将来、大好きなプリンが思う存分食べられなくて泣くエリーは見たくないんだ」
やんわり最近太ってきたよねと指摘されたエリーナは、かぁっと赤くなり唇を震わせた。当然、エリーナも気付いていた。顔は侍女たちによるマッサージの効果もあって、それほど変わっていないが、コルセットがきつくなったと。着替えでぎゅっと締め上げられる度に食べたプリンが頭によぎるが、おいしさとプリン欲に負けてきたのだ。
「う、うるさいわね! 私だって最近食べ過ぎてるって反省してるわよ! 今日も、このあと散歩しようと思ってたんだからね! でも、でも、プリンに罪はないから、おいしいプリンを作るマルクたちも悪くないから! 食べすぎちゃう私が悪いから、プリンを減らしたりしないでよね!?」
必死に言い募るエリーナは、やっと今日のプリンの意図が分かった。いつもより甘さが控えめで、あっさりしたプリンはダイエットプリンなのだと。おいしかった。おいしかったが、いつものプリンがすべて黒蜜きなこ豆乳プリンに代わると想像しただけで、絶望だ。
「でも、10年後、20年後も同じ調子で食べることはできないよ?」
「年を取ってもプリンは食べるけど、さすがに今の調子で食べたりは……しないわよ。それに運動もするし」
少し間があった。否定しようとして、本人も自信がなくなったのだろう。このプリン好きは6回前の世界からずっとだ。三つ子の魂百までどころではない。
「運動といっても、散歩やできても乗馬だろう? 残念ながら消費が追いつかない」
ジョギングも筋トレも、この世界の令嬢は行わない。この屋敷の中ならできなくはないが、エリーナでは三日も続けられないだろう。ここぞとばかりに、クリスはエリーナに現実を突きつける。
「それでも、プリンだけは! プリンだけは好きに食べたいわ!」
懇願するエリーナ、難しい顔のクリス。リズは前世の知識を総動員してもいい案が出てこない。高校生のリズは、ダイエットと無縁だった。収拾のつかない状況に、マルクの控えめな声が割って入る。
「あの……、プリンがだめなのでしたら、お食事の方のカロリーを減らすのはいかがでしょうか」
その提案に、二人は顔をマルクに向ける。
「いつもおいしく食べてるけど、何か問題があるの?」
「食べ過ぎてはいないし、偏っているとも思わないけど」
「いえ! もちろん、食材、調理方法、肉と魚、野菜のバランスに細心の注意を払ってメニューを作っておりますので、安心してお召し上がりください! ……ただ、前世は板前で和食を作っていた立場からすると、アスタリアの料理はバターを始め乳製品が多く、肉も上質なためカロリーは高めだと思うんですよ」
それにはリズも「たしかに」とうなずく。エリーナとクリスは顔を見合わせ、今までの悪役令嬢・モブ時代の食事を思い出す。ほとんどが西洋の世界観だったため気にしたことがなかった。
「おいしいプリンが食べられるなら、食事にこだわりはないから任せるわ」
「僕もなんでも食べられるから、エリーと同じメニューにして」
そう軽く返した二人に、今度はリズとマルクが顔を見合わせる。どこか引っ掛かりのある不思議そうな顔だ。
「お二人って、本当に食へのこだわりがないですよね。正直ありがたいんですけど、他家の料理人が大変だって愚痴っていたんで」
「エリーナ様は、プリンへのこだわりだけはすごいですけど」
確かに貴族や王族といえば、食にこだわるイメージはある。エリーナが悪役令嬢として入っていた令嬢たちは多くが偏食で、気に食わなければ平気で作り直しを命じていたが、実際の貴族を見ればごくわずかだ。リズの生家のように小さく位の低い貴族の家では、質素倹約の生活をしており、くず野菜も無駄にせず、スープにすることも珍しくない。
だが、エリーナとクリスの事情は少し異なる。
「あ~、たしかに僕たちは何でも食べるけど、今まで食事に選択権なんて無かったんだよね」
クリスの言う今までとは、モブとして、悪役令嬢としてキャラクターの中にいた時のことである。エリーナも「そうね」とうなずく。
「食事のシーンがあっても自由に食べられるわけじゃないし、プレイヤーが選択肢を考えている間は好きに動けたからお菓子をつまんだこともあったけど、食べたいものを伝えることはできなかったもの」
「エリーはまだ食事があったからいいけど、僕は食堂のシーンだったとしても背景の一部だから目の前に食事はないし、あったとしても手は動かせなかったよ」
懐かしそうに軽い調子で話しているが、改めて聞く乙女ゲームのキャラの中事情に、プレイヤ―側の二人は胸が痛む。
「そんなんだったからかな。食事はおいしければなんでもいいって思ってる」
「だけどプリンは特別で、一口で虜になったわ」
話がプリンに戻った。エリーナは空になった容器に目を落とし、満足げに頬に手を当てる。
「やっぱりプリンはカスタードが一番だけど、豆乳もチーズも、抹茶も、ココナッツも、全部おいしいわ。どのプリンにも個性があって、幸せな気分にしてくれるの。プリンって、いったい何なのかしら」
プリンとは何か。ここに新たな哲学が始まろうとしている。3人はこのままでは、プリン談義が始まってしまうと、プリンについて考えを巡らせるエリーナを置いて解散するのだった。
この豆乳プリンを機に、エリーナの食事はプリンを一日3つ食べることを前提にメニューが変えられていった。そして本人も朝の散歩を長くとり、部屋の中でできる運動も取り入れ一か月。コルセットもきつくなく、顎のラインもすっきりしたエリーナは、堂々と4つ目のプリンを笑顔で口に入れるのだった。
某回転寿司屋で黒蜜きなこ豆乳プリンを食べ、大変美味しかったのですが、プリンとはとなったので一本話ができました。おまけの話は明日投稿します。
今回の働きに対するリズへの報酬です。




