プリンであって、プリンではないもの
エリーナとクリスが結婚してから日が立ち、落ち着いた日々が送れるようになってきたある日。リズを執務室に呼び出したクリスは、沈痛な表情でこう切り出した。
「リズ、プリンだけどプリンじゃないものってない?」
応接用のソファーにローテーブルを挟んで向かい合っている。クリスからの直接の呼び出しに身構えていたリズは、唐突に始まったなぞなぞに盛大に疑問符を頭の上に浮かべる。
「……パンナコッタとかですか?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」
クリスは眉間に皺を寄せ、話しにくいのか次の言葉を探していた。常に単刀直入で決断も早いクリスにしては珍しいと、リズは言葉を待つ。十中八九エリーナのことなのだが、最近何かあったかなと振り返っても思い当たるものはなかった。
「その……エリーナはプリンが大好きだろう?」
「はい、そうですね。先ほどの昼食でも召し上がっていました」
その問いには、ここアスタリア、そしてラルフレアで誰もが首を縦に振る。それぐらい、プリン姫は名高い。
「プリンを食べるエリーナは幸せそうで、それは可愛い。その幸せを守るためなら、いくらでもおいしいプリンを食べてもらいたいんだけど……最近、抱きしめたときに、前よりもいささかふんわりしてきた気がして……」
「あ~、お腹周りに少し肉がつきましたね」
クリスが婉曲的に言ったのに対し、同性かつ友人でもあり侍女でもあるリズは容赦なかった。クリスは悲痛な表情に変わり、膝の上で組んだ手の上に顎をのせる。
「…………うん。いや、どんなエリーだってエリーだし、愛している。この僕の気持ちが変わることなんて、万が一にも億に一もないんだけど、エリーがプリンを食べ続けることも変わらないと思うんだ。それで、10年後、20年後、エリーが体型を気にしてプリンを満足に食べられなくなるんじゃと想像すると泣けてきて」
ダイエットやプリンを控える相談かなと頭の隅で考え出していたリズは、話の風向きが変わったなと目を瞬かせる。クリスの愛が重いのは身に染みてはいたが、20年後のプリンとエリーナの心配までしているとは。
久しぶりに見る愛の暴走に引いているリズに、クリスは決意を宿した瞳を向ける。
「リズ、君の前世の知識を見込んで頼みがある。君の世界にはカロリーという概念があっただろう? ここにも似たものはあるが一般的ではない。だから、カロリーの低いプリンを作ってほしいんだ」
「なるほど……。単純に砂糖を減らすのではいけないんですか?」
「それはすでに夜食用のプリンで実践したんだけど、甘さが足りない分カラメルソースをたくさんかけているのを見てしまってね……理想は今食べているプリンの半分のカロリーで作ることだ」
「う~ん、ヘルシープリンというわけですね。いくつか知っているものがありますが、マルクを交えて話したほうが早いと思います」
マルクはリズと同じ日本からの転生者で、前世は板前、ここアスタリアで王宮の料理人をしていたが今はこの屋敷で働いている。さっそく夕食の仕込み前で休憩をとっていたマルクを呼び出せば、初めて入る執務室に身を小さくして入ってきた。何かやらかしたかのではと思っていたようで、ソファーに座るリズを見た瞬間、ほっとした顔をする。
リズが隣に腰を下ろしたマルクに経緯を説明すれば、マルクは料理人の顔になって短く唸る。
「ヘルシープリンですか。入院中にカロリー表示は嫌ほど見ていたんですが、管理栄養士の資格は持っていないので計算方法は分からず……」
「そこまで専門性は求めていないよ。プリンに使われる材料をカロリーが低いものに変えても、プリンとして成立させられたらいいだけだから」
「かしこまりました……」
そしてマルクも交え、プリンの材料である卵、牛乳、砂糖、バニラエッセンスに代わるローカロリーな食材を転生者二人が挙げていき、クリスはこの世界にあるか、入手可能かを考えていく。
後日、候補となった食材をリストにして、御用達であるドルトン商会のカイルに手渡した。ちょうどアスタリアの貴族と大きな商談があったらしく、彼自身が出向いていたのだ。難易度の高い食材に痛む胃を押さえるカイル。その肩にクリスは腕を回し、「エリーナの将来はお前にかかっているんだから、分かってるな?」と、酒と胃薬をおごった。
死に物狂いのカイルが一か月で食材を集めきり、マルクとリズが試行錯誤をすることさらに一か月。その間にもエリーナは一日三つ以上プリンを食べ、クリスは抱き心地チェックに余念がない。
それぞれの奮闘が実を結び、この日新しいプリンがエリーナにお披露目されることとなったのである。




