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プリン姫の冒険 バレンタインスペシャル 後

「めでたし、めでたし……?」


 落とすように呟かれた声に、麗しく困ったように眉間に皺を寄せた顔。珍しく困惑した様子のラウルは、ふと読んだプリン姫の冒険の本を机に置いて顔を上げた。視線の先には、この本を机に置いたであろう人物がいる。


「えっと、サリー。これは、何でしょうか」


 アスタリア王国での教員生活にも慣れ、ラルフレアから届いた手紙でも片付けようかと執務室に入ったところ、机の上に置かれた薄い本に目を留めたのだった。タイトルは見知ったプリン姫の冒険で、新作でも出たのだろうかと読んだのだったが……。

 サリーはニコリと微笑むと、お茶の準備を始めながら答える。


「それは、プリン姫の冒険を愛する人による夢のお話です。面白いでしょう?」

「いや……面白いといいますか。おおもとのストーリーと離れていますし、何よりエリー様なら、はっきり言い返すでしょう……。しかもどちらかというと、攻める側のほうを好まれますし」


 ローゼンディアナ家で家庭教師をしていたころ、サリーと二人散々エリーナの悪役令嬢劇場につきあわされたのだ。的確なラウルの指摘に、サリーはティーポットにお湯をそそぎながらくすりと笑う。茶葉が開き、香りが部屋に広がっていった。


「そうですね。まぁ、これはラウル様がヒーローですから」


 当然のように答えるサリーに対し、ラウルはなんとも言えない微妙な顔をしていた。マスターとプリン姫が描かれた表紙に視線を向けながら、小首を傾げる。


「しかし……人々の楽しみになるとはいえ、自らをモデルとしたキャラがプリン姫と一緒になっていては……クリス様がお怒りになりそうです」

「まぁ、見つかったら焼き払われるでしょうね。でも安心してください。そうやすやす見つかるようなへまはいたしませんし、それは私がとある筋に頼んで書いてもらったものなので、一点ものです」


 誇らしそうに胸を張り、ティーポットからカップにお茶を注いだサリーを見て、ラウルは軽く口を開けてしまった。サリーは以前、悪役令嬢劇場を題材に出版をしており、そこで伝手があったのだ。


「安心、できるかは置いておいて。なんで、これを……?」


 ラウルは他人の考え方や行動に寛容だが、それでもサリーの意図が分からず戸惑いを浮かべた。


「先ほど申し上げたように、これは一つの夢です。私、ラウル様とエリー様のお二人も応援しておりましたので。それに、想像は自由でしょう?」


 サリーは二つのカップに紅茶を注ぐと、一つをラウルへにすすめ、自分は脇にあった椅子を持ってきて腰かけた。二人は主人と侍女頭という立場だが、それよりもローゼンディアナ家で働いていた同僚という意識が強く、よくこうしてお茶をしていたのだ。

 ラウルは少し呆れた表情でカップを手に取ると、気持ちを落ち着かせるように香りを堪能してから味わって飲む。


「まったく、焚きつけたいんですか? もうお二方の婚儀も決まっているのに」

「そういうわけではありません。でも、私はエリーナ様にも、そしてラウル様にも幸せになってほしいので」


 サリーとて今の状況が不満というわけではない。クリスの暗躍の片棒を担いできたし、二人が結ばれた時には涙を浮かべて喜んだ。だが、その一方でラウルと結ばれたエリーナを見たかったというのも本心だった。

 ラウルは透き通った紅茶に目を落とし、「そうですか」と小さく呟く。


「私の幸せは、エリー様が幸せになることです。それが、私の手でできなかったのは、残念ですが……。それでも悔いはありませんよ。それに、私はエリー様もそしてクリス様も大切なのですから」


 だが、そこで言葉を止めたラウルは、ふっと自嘲気味に笑う。


「それでも、何かできることはと思って、こうしてアスタリアへ来てしまいましたが……」


 そんな誠実で、どこまでも真面目なラウルの姿に、サリーは目元を緩ませた。


「ラウル様は、本当に昔からエリーナ様のためを思って行動されていましたからね」

「それはお互い様でしょう?」


 そして二人はどちらからともなくクスクスと笑いあい、紅茶の優しい味に浸った。ほどなく懐かしい昔話が始まり、穏やかな時間が流れていく。


「しかし、この本はこれだけなんですね?」


 楽しいお茶の時間が終わり、サリーが茶器を片付け始めたところでラウルがもう一度そう尋ねた。クリスの目に入るのもだが、エリーナに知られるのもあまり嬉しくない。

 サリーは「そうですねぇ」と少し考えるそぶりを見せてから、こくりと頷いた。


「それは一つだけですが、お望みなら書いてもらいますよ? マスターとプリン姫は需要がありますので、それこそクリス様が焼き払えないほどに広がっております」

「何やら複雑な思いですが……。それはさぞ、かの商人さんが胃を痛めているでしょう」


 二人の脳裏に、クリスと腐れ縁の友人の顔が浮かんでいた。パーティーではクリスの側で青ざめた胃の痛そうな顔をしているのがおなじみの姿だ。


「本当に、昔から変わりませんよね。けど、利があると思えば乗ってしまう彼も悪いんですよ?」


 うふふと口元に手を当てて笑うサリーに、ラウルはそれ以上追究するのは止めようと机の端に溜まっていた手紙に手を伸ばした。


 そして、案の定別のマスターとプリン姫の本が見つかり、カイルが胃を痛めることになるのはもう少し先のお話……。


いつも通り、魔王のクリスと胃が痛いカイルの組み合わせにしようと思ってたら、ラウルとサリーが出てきてくれました(*´ω`*) 本編でもこの二人が話すところはほとんどなかった気がしますね。アスタリアに来てからの二人を少しお届けしました。ではまた、どこかで~(/・ω・)/


お読みくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラウルマスターのエリーナプリン嬢への、海よりも深くプリンよりも甘く優しい愛情。 どうかクリスカラメルよりも、幸せになって下さいませ。 [一言] ファミリーマートのスフレプリン、以前より…
[良い点] 番外編更新ありがとうございます!! 前:「同じプリンなのですから」で吹きましたwww 後:笑いを交えつつ、ちょっとしんみりしてたところでお約束のカイルオチ!www クリスの魔王っぷりが…
[一言] >そうやすやす見つかるようなへまはいたしませんし~…… それはどうだろう……。 クリスはエリーナに関することだけは、警察犬並みに鼻が利くからなぁ~。 >利があると思えば乗ってしまう彼も悪い…
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