プリン姫の冒険 バレンタインスペシャル 前
プリン姫がミルクプリン姫を助け出してから一年が過ぎました。冬の寒さが和らぐ日が増え、春が近づくのを感じます。プリン姫は冒険を終えて、お姫様としてお仕事をがんばっていました。
今日はプリン姫が冒険を終えた記念すべき日で、お城では盛大にパーティーが開かれるのです。プリン姫はキラキラしたプラチナブロンドの髪によく合う、クリーム色のドレスを着て、鏡の前でくるりとスカートを広げて回りました。焦げ茶色のレースがあしらわれた帽子と背中のリボンが愛らしく、お着替えを手伝ったメイドたちは口々に褒めたたえます。
「プリン姫様、とても可愛らしいですわ」
「会場の殿方は、みんな姫に釘付けですね」
きゃっきゃと盛り上がるメイドたちに、プリン姫は照れ臭そうに微笑み返します。
「そうかしら……」
夜会にはこの王国の貴族だけではなく、他国からもたくさん来賓があります。殿方という言葉を聞いて、ふと頭に浮かんだ顔にプリン姫は慌てて首を横に振りました。
「姫、どうされました?」
「な、なんでもないわ」
プリン姫の頬は紅くなっていて、メイドたちはどうしたのかしらと首を傾げます。
「そろそろスピーチでしょ? 行かなくちゃ」
「えぇ、最後の仕上げですよ」
一番年長で、プリン姫を幼いころから見てきたメイド長が、プリン姫にクリーム色の手袋をします。そして七色の宝石が光るティアラを頭に乗せ、一歩引いて腰を折りました。
「ご来賓にはクリスカラメル王子やラウルチョコレートプリンマスターもいらっしゃいます。どうぞ、こころゆくまでお楽しみください」
「そうね。楽しんでくるわ!」
極上の笑みを返して、乙女の必需品である扇子を持つと、プリン姫は会場へと向かうのでした。
そして、ミルクプリン姫と共にスピーチを終え、会場は歓談の時間となりました。管弦楽団による美しい音楽がしっとりと流れ、おいしい料理が食欲をそそる香りで包みます。会場を彩る花や装飾品、そしてご令嬢たちのドレスが目を楽しませてくれます。
プリン姫は各国の貴賓からの挨拶を受け終えると、人々が和やかに話している方へと進んでいきました。その隣には気弱なミルクプリン姫がくっついています。ナディヤ姫はプリン姫に助けられてから、お姉様と慕ってよく遊ぶようになったのです。
「あの、エリーお姉様、どちらへ?」
「知っている人を見つけたから、挨拶をしようと思って」
プリン姫は色とりどりのドレスが咲いている花園へと、近づいていきました。その真ん中に焦げ茶色のタキシードを着た藍色の髪の男性が立っています。可愛いご令嬢に囲まれている姿を見ていると、プリン姫はなんだかもやっとしてしまいました。そして声をかけようとした時、聞こえてきた会話に言葉が喉で止まります。
「ラウルチョコレートプリンマスター、わたくしと一曲踊りませんか?」
「あら、マスター様は私とがよろしいとおっしゃっておりますわ」
チョコレートプリンマスターは大人気で、たくさんの令嬢に囲まれていました。その中でも隣国の姫たちが一際目立っていたのです。イチゴ姫、ホイップ姫、ミント姫、どれもその名前にふさわしいきれいな色のドレスを着ています。
「お、お姉様?」
お姫様たちの気迫に、腰が引けたナディヤはそろっと上目づかいでプリン姫に視線を向けました。そして、あらと目を丸くします。プリン姫はむっと唇を引き結び、面白くなさそうな顔をしていたのです。
「ナディヤ、行くわよ」
そして、プリン姫はゆるりと唇で弧を描くと、羽が見事な扇子を握りしめて一歩踏み出しました。
「ご歓談中失礼するわ。ラウルマスター」
その声に弾かれたように振り向いたマスターは灰色の優しい瞳にプリン姫を映し、ふわりと微笑みます。
「エリー姫、今日も一段と美しいですね。先ほどのスピーチも素晴らしかったです。直接名を挙げられるのは気恥ずかしいですが……」
その笑顔にプリン姫も、周りの姫たちも頬を染めました。
「マスターのおかげで、私もナディヤも無事に帰れたのだもの。感謝しているわ」
魔王との決戦では、カラメル王子が助けに来てくれましたが、その裏にラウルマスターの助力があったのです。二人が照れ臭そうに見つめ合っていると、そこに鋭い声が割って入ります。
「プリン姫、ご機嫌麗しいようでなによりですわ」
三人の姫のうちの一人、ミント姫が一歩前に出てマスターの隣に並びました。爽やかな緑色のドレスを見に纏い、すっきりとした大人の魅力が出ています。続けて、二人の姫もマスターとプリン姫の間に入ってきました。
「わたくしたち、今からラウルマスターと大切なお話をしたいの」
「お子様はお静かに願える?」
イチゴ姫のベリー色のドレスには、小さなコサージュが散りばめられ、頭の上にある緑色のリボンが全体を引き締めています。ホイップ姫のドレスは白に近いクリーム色で、恵まれた胸を包むように柔らかいレースがあしらわれていました。三人のドレスは洗練されていて、大人の魅力にプリン姫はなんだか悔しくなってきました。
ミント姫は知的な瞳をマスターに向けます。
「ねぇ、マスター。魔法の研究が進んでいる私の国に来てくだされば、もっと研究ができますわよ。ここでは、満足のいく資料も少ないでしょう? それに、もし私を隣に置いてくださるのなら、毎日が刺激的になりますわ」
たしかに、ミント姫の国は大陸一魔法の研究が盛んで、ミント姫も名の知れた魔法使いでした。プリン姫はミント姫の誘いに胸をざわつかせます。
そこに、イチゴ姫も加わります。
「あら、それならうちの国がいいと思うの。先進的な魔法はミント姫の国には劣るけれど、うちは歴史が長いから古代魔法の書物がたくさんあるのよ。それに、人気の高い私とマスターが一緒になれば、もっと世界に魔法を広めることができると思わない?」
可愛らしく、城下町や他国を視察することが多いイチゴ姫は民たちに人気で、同じく人気の高いマスターと二人なら世界の隅々まで魔法を広められそうです。プリン姫は不安を顔に滲ませ、それを見たナディヤが心配そうにおろおろし始めました。
「このホイップの国も忘れてもらっては困るわ。うちなら潤沢な資金があるし、魔道具の技術が高いから他国では不可能な実験もできるの。魅力的ではない? しかも、私を選べば柔らかく包み込んであげるわよ」
大人の魅力満点のホイップ姫。プリン姫は負けたと悔しくなって、ぐっと扇子を持つ手に力が入りました。小刻みに震える拳は力が入りすぎて、扇子が食い込み痛いほどです。
ですが、そんなプリン姫とは対照的に、ラウルマスターは先程から顔色一つ変えずに話を聞いていました。そして、三人に目を滑らせ薄くほほ笑むと、彼女たちを振り払うように前へと進んだのです。
「あいにくですが、私はすでにこの身はこの国の、そしてプリン姫のものと決めております。どの国も、そしてお姫様たちも大変魅力的ですが、私は自分自身を、人生を彩ってくれる人ではなく、一緒に悩み、戦い、共に並び立ってくれる人と共にいたいのです。同じ、プリンとして」
そう柔らかい物腰ながらもはっきり言い切ると、プリン姫の隣に立ってその手を取りました。弾かれたように顔を上げたプリン姫は、泣きそうな顔になっています。その言葉が嬉しくて、手から伝わるぬくもりがやさしくて。側にいるナディヤは顔を真っ赤にして、目を潤ませています。
「マスター。私、マスターに一緒にいてほしいわ。辛い冒険を頑張れたのは、マスターの存在があったからだもの。これからの人生も、マスターがいてくれるなら安心よ」
「えぇ、いつまでもお側にいますよ。私たちは同じプリンなのですから」
見つめ合う二人は甘く、三人の姫は悔しそうに唇を噛みました。ナディヤは感動で泣きながら小さく拍手をしています。こうして、プリン姫とラウルチョコレートプリンマスターは結ばれ、幸せになったのでした。
めでたし、めでたし
バレンタインもののリクエストをいただいたので、チョコレートプリンマスターのお話でした。あと一話、バレンタインデー当日に投稿します。(*´ω`*)




