プリン姫の冒険~ゼリー王国革命編~ 前
ここはスイーツの世界のゼリー王国。国の真ん中に美しいコバルトブルーの湖があって、その側に乳白色の城が建っています。外壁はつやつやと輝いていて、ミルクゼリー城と呼ばれていました。国中に色とりどりのゼリーが溢れ、瑞々しい果実を閉じ込めたゼリーは他国でも人気です。様々な色のゼリーを組み合わせた、絵のようなゼリーも有名です。
そんなゼリー王国に、プリン姫とバニラビーンズ騎士が着きました。
「プリン姫、ここがゼリー王国ですよ」
騎士団の服に身を包んだバニラビーンズ騎士は、新しい国に興奮している姫に微笑みかけました。長い髪を後ろで束ね、腰には剣をつけた男装の女騎士です。
「わぁ! 早くゼリーが食べたいわ。お魚が泳いでいるようなゼリーがあるのでしょう? 悔しいけれど、プリンにはない遊び心よね」
二人は話ながら門をくぐり、国の中心へと向かいます。プリン姫は道の端に並ぶお店をきょろきょろと見回しましたが、すぐにあれ? と首を傾げました。騎士も不思議な顔をしています。
「どうして、黒いゼリーばかりなのかしら」
二人が店に近づくと、ショーケースの中は全て焦げ茶色のゼリーで上に生クリームが乗っています。ためしに二つ買ったバニラビーンズ騎士は、香りをかいでから姫に手渡します。
「う~ん……この香りは、コーヒーですね」
「あら、おいしそうね。食べてみましょう」
姫は店先の椅子に座ると、さっそくコーヒーゼリーにスプーンをいれました。つるんとした表面はプリンより弾力があり、ぷるぷると揺れています。透き通った色合いは宝石のよう。
「どんな味かしら」
ぱくりと一口食べたとたん、姫の眉が下がりました。騎士も「これは」と呟きます。
「苦いわ……生クリームがあっても、苦すぎる」
甘く優しい味のプリンとは比べようになりません。すると苦さに苦しんでいる二人に、店主が近づいてきました。
「あぁ、そのままでは苦すぎるだろう? ほら、シロップを使って」
おじさんはそう言って透明な液体をかけてくれました。
「透明なカラメルソースみたいね」
どう味が変わるのかしらと、興味津々でもう一口食べたプリン姫は目を丸くしました。先ほどとは違って甘さがぱっと口の中に広がり、それをコーヒーの苦みが押し流してくれます。
「おいしいわ。これなら食べられる」
「だが店主、どうしてコーヒーゼリーばかりなのです? 前は色々なゼリーがあったように思うのですが」
二人は町を見てすぐに違和感に気が付きました。店に並ぶゼリー、国民が食べているゼリー、そして家の壁までもが焦げ茶色なのです。そして人々の顔には元気がありません。
すると、おじさんは悲しげな顔で声を潜めて教えてくれました。
「……実は、一か月前から王様が変なんだよ。急にコーヒーゼリー以外のゼリーは認めないなんて言い出して、家の屋根もコーヒー色に変えさせられたんだ。しかも……湖まで」
「あの有名な湖もですか!?」
「見に行ってごらん……悲しくて、あれから城の方へは行っていないんだ」
悲しそうな店主を見ていると、プリン姫まで悲しくなってきます。それと同時に、なんとかしなきゃという気持ちがわいてきました。プリン姫はいなくなった姫を見つけ、世界をプリンで平和にするために旅をしているのですから。
「おじさん、わたくしお城へ行って王様に話をしてみますわ。ゼリーがコーヒーだけなんてあんまりだもの。プリンだってコーヒープリンだけなら、悲しくて毎日泣いてしまうわ」
ですが、店主は静かに首を横に振ります。
「無理だよ。お城には男しか入れないんだ。それに、今まで強い男の人が王様に会いにいったけれど、誰も帰ってこなかった。お嬢さんたちは旅の人だろう? 悪いことは言わないから、次の国へ行った方がいい」
「……でも」
プリン姫は悔しそうに眉をハの字にして、うつむきます。ぎゅっとプリン色のドレスのスカートを握りしめました。
「ううん、おじさん。なんとかしてみせるわ。コーヒーゼリーはおいしいけれど、苦くてつらいもの」
だけど、おじさんは力なく笑って黙って首を横に振るだけでした。その後二人はお城へ向かい、世界一と言われる湖を見て言葉を失いました。
「茶色いわ……」
「これは……コーヒーですか」
なんと、コバルトブルーの湖は全てコーヒーになっていたのです。しかも、ミルクゼリー城もコーヒー色になっています。その景色を見た二人は、さらに悲しくなってきました。
「バニラビーンズ騎士……私たちで何とかしましょう。こんなに悲しい国、見捨てていけないわ」
「ですが姫、城の中には入れないのですよ?」
バニラビーンズ騎士の視線の先には、厳重に警備された城門がありました。二人の門番が入念に通る人をチェックしています。城に入るのはみんな男でした。
「そうね……男しか、入れないのよね。男しか……」
そして何かに気が付いた顔をして、プリン姫はにこりと騎士に微笑みかけました。
「いい考えがあるわ」
「……姫、本当にそれでいくんですか?」
「バニラ、今は姫じゃないわ。この服を身にまとっている時は、身も心もプリン騎士なのよ!」
城門から少し離れた民家の陰に、二人の騎士の姿がありました。長い髪を一つに束ね、騎士団服を身に着けたプリン姫です。クリーム色の上着に、茶色いズボン、こげ茶のブーツをはいています。可愛らしい男の子のようです。
バニラビーンズ騎士はいつもと服は変わりませんが、かつらやつけひげで男らしくなっていました。
「……騎士物語の読み過ぎですよ」
バニラ騎士は呆れますが、プリン騎士は長い髪を揺らして歩いていきます。男装をしたのには目的があるのです。二人が近づいて来たことに気が付いた門番が、止まるように手で指示をしました。
「二人は何用でここにいらしたのか」
いくら男の騎士であっても用が無ければ城へは入れません。そこで、バニラ騎士が胸元から一つの書状を見せました。同時に胸元の勲章も指さし、声を低くして言います。
「我らはエッグ王の書状を届けに参りました。王にお目通り願いたい」
門番の一人が書状を受け取り、印を確認します。
「なるほど、確かにエッグ王の紋章……確認をしてまいりますので、少々お待ちください」
もう一人の門番もじろじろと二人の姿を見ていますが、女の子だとはバレていないようです。しばらく待っていると、中に入っていった門番が帰って来て二人は城の中へと案内されました。中に入ると兵士たちはみんな焦げ茶色の軍服を着て、白い帽子を被っています。廊下にはコーヒーゼリーの絵が飾られ、ランプもコーヒーゼリーの形をしていました。
(すごい……コーヒーゼリーばっかり)
見ていると苦い味が蘇って来るようです。二人はお城の装飾品を見てなんとも言えない顔になっていました。そんな二人を見て、兵士は声を潜めて話しかけました。
「お城の変わりように驚きでしょう……私たちも戸惑っているのですが、陛下の命なので」
「そうですか、それは大変ですね……」
「まぁ、大きな声では言えませんけどね。さぁどうぞ、王がお待ちです」
そして謁見の間に案内され、コーヒー色をした大きなドアが開きます。取っ手は生クリームを絞ったような装飾でした。兵士に続いて謁見の間に入ると、正面に服を黒で統一した王様がいました。金ぴかで色鮮やかであるはずの謁見の間はコーヒー色。王様の王冠は白色で、透明な宝石がついていました。生クリームとシロップのようです。
二人は王様の近くに寄ると、騎士の挨拶をします。プリン姫は何度も騎士の挨拶を見ているので、真似をするのは簡単でした。
「よく来てくれた。エッグ王の国といえば、卵を使ったスイーツが有名で、プリンやクッキーなんていう甘いもので溢れていたな」
それに対して、プリン姫は「はい」と答えます。
「甘いものは幸せの味です。特にプリンは至福でございます。陛下のお国はコーヒーゼリー、一色でございますね」
「うむ。コーヒーの神を崇め、奉らねばならない。余は生涯をコーヒーの神に捧げるつもりなのだ」
王様はコーヒーの神を信じているようで、二人は顔を見合わせました。この世界には神さまがいます。二人は見たことがありませんが、紅茶、コーヒー、緑茶などスイーツには欠かせない神さまがいるのです。誰を信じるのも自由で、プリン姫が住む王国では紅茶とコーヒーの神さまがよく信じられていました。
バニラ騎士が「そうなのですね」と相槌を打ちます。すると気をよくしたのか、王様はニッと笑って身を乗り出しました。
「コーヒーほど素晴らしいものはない。豆、焙煎の程度、挽き方、出し方によって香りも味わいも随分変わる。そのまま飲んでもいい。何かと合わせても最高だ。コーヒープリンやティラミス、コーヒークッキー、コーヒーを使ったスイーツはたくさんある。だが、そのおいしさを味わうならコーヒーゼリーをおいてほかにない」
王様は饒舌にコーヒーの素晴らしさを語ります。たしかにコーヒー自体はおいしい飲み物です。ただ、プリン姫の頭の中には町とお城の様子、そして困った人たちの顔が浮かんできました。
「ですが陛下、コーヒーゼリーだけにしたり、城に入れるのを男だけにしたりしたのはどうしてです?」
王様がコーヒー好きであるだけなら、何も問題はないのです。
「ほう知りたいか、では教えてやろう。ある日、朝に眠気覚ましのエスプレッソを飲んでいたら、天啓が下ったのだ。コーヒー神のために、世の中の全てをコーヒーにしなくてはならないと」
「そ、そうですか」
「それに、余が愛飲しているコーヒーの産地を管理している伯爵は、苦く険しいコーヒー道を極めるために、女性を側に置いていないとも聞いたのだ」
その話は旅の途中で二人も聞いたことがありました。なんでもコーヒーを広めるために、男の従者と二人で旅をしているそうなのです。
王様の言葉を聞いたプリン姫は納得のいかない顔で、つい言い返してしまいました。
「そんな、コーヒープリンだっておいしいじゃありませんか。プリンのやさしい甘さをほろ苦いコーヒーが引き立てる。それがいいのです」
「何を言うか。それではまるでコーヒーは引き立て役だ。コーヒーこそが主役。コーヒーゼリー以外は認めん!」
そう怒った顔で王様は言うと、何かに気づいた顔になって立ち上がりました。
「お前ら、どこかで見た覚えがあると思えば、エッグ王のところのプリン姫とバニラ騎士ではないか! この城は男のみ入れるのだ。とっとと出ていけ!」
二人はどうしようと顔を見合わせました。正体がバレては、説得どころではありません。プリン姫は気を強く持って、一歩前に踏み出しました。
「王様! いくらコーヒがお好きで愛されていても、国や民を巻き込んではいけないわ! それにコーヒーはもちろんそのままでもおいしいけれど、何かと一緒に飲むからさらにおいしいんでしょ!」
「ええい、うるさい! 余はコーヒーの神からの啓示に従っただけだ! 他国の姫にとやかく言われる筋合いはない! おい、兵士たち! こいつらをつまみ出せ!」
王様がそう叫ぶと、勢いよくドアが開きました。ぞろぞろと兵士が入って来て、二人に向かってきます。
「姫! 私の側に!」
バニラ騎士がプリン姫の前に立ち、兵士と王様を警戒しました。ですが、剣は門番に預けているので、武器がありません。
「杖はないけど、兵士を吹き飛ばすくらいならできるわ」
「いえ、姫のお手は煩わせませ……え?」
「大丈……え?」
二人が戦おうとしたその時、不思議なことが起こりました。なんと、走って来た兵士がどんどん倒れていったのです。そして兵士たちの奥から出てきた人を見て、さらにびっくりします。
「プリン姫、バニラ騎士、ご無事ですか?」
プリン姫はパッと顔を明るくして、その人の名前を叫びました。




