悪役令嬢への愛を叫びましょう
二話連続投稿ですので、最新話から来た方は一つ前からお願いします。
「実は……学園で気になる子ができて」
「え、誰!? ラウル先生? ミシェル? それともルドルフ様とか?」
気になる子、の一言にクリスは食いつき、真剣な顔で身を乗り出した。
「クリス何言ってるのさ。それ全員男じゃん! ち、違うよ!」
「あ、そ、そうだったね。えっと……どのご令嬢?」
ごめんごめんと流しつつ、学園に通っている令嬢を頭に浮かべた。正直、その辺りは調べていないので情報が少ない。
(たしか、仲良くしているのは……)
立派な縦巻きドリルのご令嬢を思い浮かべたところで、顔を赤くしたエリオが名前を口にする。
「べ、ベロニカ様なんだ!」
「うわ…………あ、うん」
やっぱりそこかと。エリオの中身はエリーナなのだから、悪役令嬢であるベロニカに惹かれるのは当然と言えば当然なのだが、クリスは釈然としない。そうでなくとも、エリーナはベロニカ様ベロニカ様と懐いている。なんだかエリーナをベロニカに取られた気がしてきた。
「あれ、クリス?」
口元に手をやって黙ってしまったクリスに、何かまずかったかとエリオは不安そうな顔になった。クリスは慌てて、何でもないよと微笑を浮かべる。男であってもエリーナを心配させてはならないのだ。
「その、ベロニカ様のどこがいいの?」
そう話を振るが嫉妬が混じり、意地悪な声になってしまった。だがエリオは気にすることなく、ベロニカのことを訊かれたのが嬉しいのか目を輝かせる。
「あのね、僕は昔から悪役令嬢が好きで、生まれ変わったら悪役令嬢になりたいぐらい大好きなんだ!」
(うん、知ってる。ずっと見てきたし、なんなら今も悪役令嬢を目指してたよね。だから男になったら悪役令嬢になれないんだよ!?)
クリスは心の中で盛大につっこみをいれるが、言葉には出せない。エリーナは恋する表情になって、「それでね」と続ける。
「ベロニカ様を一目見た時からあの素晴らしい縦巻きドリルとつり目にドキドキが止まらなくて……話したら、口調はきついけど可愛いとこがあるし、ますます好きになっちゃったんだ」
(そうやってベロニカ様ベロニカ様って!)
このベロニカへの愛はまさしくエリーナだ。なんだかあてつけられているような気がして、悔しい。
「それで、諦めずに何度もお話しして、王子と婚約破棄ができたら僕と付き合ってくれるって! もう、僕嬉しくて嬉しくて」
もう色々と頭が追い付かないが、わずかに踏ん張っている冷静な部分が声をあげる。
「え、ベロニカ様は王子の婚約者じゃなかった?」
クリスが子どもの時にアスタリアの王子として画策し、婚約に持ち込んだはずだ。そんな簡単に婚約破棄ができる相手ではない。
「そうなんだけど上手くいっていないみたいで、破棄になるかもって……。だから、僕がベロニカ様を幸せにするって決めたんだ! あんなに美しくて優しい人、馬鹿王子にはもったいないよ!」
「え、えぇ?」
思いもよらない展開に、クリスは口を開け絶句する。
(エリーの幸せが僕の望み……だけど、これは、いや、ないよ!? てか僕が見守っていたエリーはどこ!?)
クリスはこれは悪い夢だと頭を抱える。とその時、廊下が騒がしくなってきた。侍女が焦った顔でドアを少し開けて入って来て、用件を言おうと口を開く。
「あの、べ……」
だが言い終わらないうちにドアが完全に開き、よく通る声が飛んできた。
「エリオ! もう我慢ができないわ! 私と婚約しなさい!」
「ベロニカ様!? どうしたの? デートは明日じゃ」
驚いたエリオは立ち上がり、ベロニカへと近づいて行く。
「あの馬鹿王子に愛想が尽きたのよ。私がこれまで色々と努力をして来たのに、何も気づきもしないで! 学園では他の令嬢を口説くし、夜会でも勝手に踊る相手を決めるし! もうあんなわがまま知らないわ! こんな国どうとでもなればいいのよ!」
ベロニカは相変わらずの金髪縦巻きロールを揺らし、エリオに抱き着いた。深緑の大人っぽいワンピースドレスを着ていて、エメラルドグリーンの瞳とよく合っている。その瞳をエリオはじっと見つめ、べロニカの手を包み込む。
「もちろんだよ! 僕と結婚して、幸せになろう。ベロニカ様が望むなら、どこだって行くよ。この国が嫌なら、外国へ行ってもいい!」
「エリオ! あなただけよ、わたくしのことを分かってくれるのわ」
「当然だよ。僕なら、何でもわかってあげられるんだから」
目の前で繰り広げられる恋愛劇から、クリスは完全に蚊帳の外にされていた。頭は受け入れたくないと現実を拒否している。
(あぁ……姉御肌のベロニカ様なら、ちょっと抜けたエリーを引っ張っていって……くれるけど、渡さないよ!?)
クリスはカッと目を見開いて立ち上がり、二人へと歩み寄る。
「エリオ……それにベロニカ様も、まだ学園があるだろう」
そんなに早くエリーにいなくなってもらっては困ると、クリスは考え直すように勧めるつもりだ。ベロニカはクリスに目を留めると、礼儀正しく挨拶をした。
「お兄様、突然のご訪問お許しくださいませ。どうしてもエリオに会いたかったの」
(お兄様!?)
ベロニカの口からそんな言葉が出るとは思わず、クリスは破壊力の大きさに思わず胸を押さえた。ときめきとか可愛さではない。エリーナを取られるという恐怖からだ。エリーナが結婚するなど、まだ考えていなかっただけにショックが大きい。
エリオはベロニカの肩を抱いて、顔をクリスに向けた。
「クリス、僕はもう決めたんだ。この国でベロニカ様が幸せになれないんなら、僕は出ていく。ルドルフ先輩が南の国に伝手があるって言っていたし、ミシェルは西の国で商売がしたいって話していた。なんとかなるよ……それに、クリスだって応援してくれるだろ?」
少し不安そうな顔で、お願いと小首を傾げるエリオは、まさしくエリーナでクリスはぐっと眉間に皺を寄せた。
(頷いてあげたい。全力で協力したい。でも! エリーが側からいなくなるのは嫌だ! そりゃ、いつかはお嫁にいくって覚悟していたけど、早すぎるでしょ!? あ、今はお婿か???)
エリーナの、今はエリオの幸せを応援するべきか、もう少し側にいてくれと頼むべきか。クリスは追い込まれていた。
「エリオ、すごく嬉しいわ。でもあなたはローゼンディアナ家の跡取りなんだから、この国に残らないと」
ベロニカの言葉に、クリスは少しほっとしてから、いやそうじゃないと首を横に振る。
「ベロニカ様……大丈夫だよ。僕が自由に選択できるために、おじいさまはクリスを養子にしたんだから。僕はいつでもここを出られる」
(たしかにエリーが自由に選択できるために僕は養子に来たけど、エリオのためじゃない!)
クリスは叫び出したいが、なんとか衝動を抑え込む。
(エリー、あの可愛くてプリンが大好きなエリーはどこにいるの?)
あまりの絶望に意識が遠のいていく。二人の声が遠くなって、気づけばエリオはベロニカの手を引いてドアへと向かっていた。
「じゃあね、クリス」
「お兄様、ごきげんよう」
おぼろげな意識の中で、クリスは必死に手を伸ばす。視界は滲んでよく見えない。
「エリー! 待って、行かないで! エリー!」
ぼやける視界が涙だと、目を開けたクリスは気が付いた。
(……よかった、夢だ)
体を起こすと寝汗をかいていて、体もだるい。ひどい悪夢だった。目を覚ましたのはアスタリアの自室で、仕事の休憩にとベッドで仮眠をとっていたことを思い出す。
(昼寝をするとろくな夢を見ないな……。あぁでも、本当によかった。ちゃんとラルフレアでの問題は解決しているし、結婚式も終わったし、エリーはちゃんと女の子だ。……女の子だよね?)
記憶を確認して現実だと安心するが、まだ本人を見ていないから心配になってきた。この時間はサロンだろうかと、クリスは頭を起こすために水差しから水を一杯飲んだ。その時、ドアがノックされる。
(エリー……あれ、なんか既視感)
まさかと、少しずつ開くドアに目が吸い込まれる。隙間から見えたプラチナブロンド、くりっとした紫の目。
「クリス~、そろそろって起きたのね」
「あぁエリー……よかった、ちゃんと女の子だね」
「寝ぼけているの? もうすぐカイルさんが来るんでしょ?」
「あぁ……そういえばそうだったな。ありがと、エリー」
当然よと胸を張るエリーナは、「今日のお土産のプリンは何かしら」と手土産を楽しみにしていた。その安定のプリン愛、これこそエリーナだ。クリスは無意識に近づいて来たエリーナの髪を指で遊び、長いことに安心する。
「じゃ、私はサロンでロマンス小説を読んでいるから、何かあったら呼んでね」
「わかった。プリンはほどほどにね」
「大丈夫よ。まだ二個しか食べていないわ」
まだ二個。今日はいったい何個食べるつもりなんだろうと、クリスは思うが口には出さない。そしてエリーナがいなくなると、ふぅと息を吐いて体を伸ばした。エリーナの無事を確認したら、一気に疲れた。だが、まだこの後予定がある。
(たしか、今日はプリン姫の冒険の新作を持って来るんだっけ)
プリン姫の冒険はエリーナをモチーフにした絵本で、ラルフレア、アスタリアの両国で人気となっている。現在シリーズ化されていて、一部二次創作もされていた。
(プリン姫が可愛くて、カラメル王子が活躍していれば何でもいいや)
まだ頭は上手く働かない。だがこの希望は、良くも悪くも覆されることになる……。
そのうち、プリン姫の冒険の新作の方を投稿します(∩´∀`)∩
皆様、体調には気を付けてお過ごしくださいね。おいしいプリンを食べて体力をつけましょう!




