愛と感謝にあふれたフィナーレ
披露宴最大の見せ場が舞踏会であり、広間の中央に立ったクリスとエリーナに人々の視線が注がれる。最初の一曲は、主役の二人と決まっている。そしてアスタリアでは、その場で新郎が新婦へ愛の告白をするのが習わしとなっていた。
エリーナのドレスは薄紫の艶のある生地に薄紅と紫が混じったチュールが重なり、変わっていく色合いが美しい。エリーナお気に入りのデザインだ。ドレスの装飾を抑えることで、エリーナ自身の美しさが引き立つ。プラチナブロンドの髪に、アメジストの瞳。胸元と耳を彩るアメジストは、もはやエリーナの代名詞である。
クリスは「今日もきれいだよ」と、エリーナに囁いて片膝をつく。広間が静寂で包まれ、まるで世界に二人しかいないような感覚になった。クリスは右手を胸に当て、真剣な瞳をエリーナに向ける。その金色の瞳は、何度もエリーナを映してきた。
「クリス・ディン・アスタリアはエリーナ・フォン・ラルフレアを妻に迎え、一生側に寄り添い守り、幸せにすると誓う。僕はエリーにたくさん救われた。今度は僕がエリーの願いを叶え、生涯愛する」
すっとクリスはエリーナに向け右手を伸ばし、それにエリーナは恥じらいながら手を添える。愛の言葉は何度ももらったが、皆の前で言われるとことさら恥ずかしい。
「私も、クリスを生涯かけて愛し、幸せにすることを誓います」
ほんのり頬が赤く染まるエリーナ。クリスは嬉しそうに立ち上がるとエリーナを引き寄せる。それと同時に管弦楽団による演奏が始まり、二人のダンスが始まった。お互い意識しなくてもリズムが合い、流れるような美しい踊りだ。エリーナはお酒に酔ったような、ふわふわした気持ちになる。
「クリス。私の相手はクリスしかいないわ」
夢見心地で金色の瞳を見つめれば、とろけるような笑顔を返してくる。
「当然だよ。僕以外に渡したりしない」
そうして一曲を踊り終えれば、他の人たちもダンスの輪に加わっていく。エリーナとクリスは三曲踊り終え、歓談の場に戻れば待ち構えていた貴族たちが挨拶に訪れた。それを一人一人受け、話をしていく。その中で親しい人を見つけ、エリーナは自然な笑みを浮かべた。
ルドルフとネフィリアが礼を取り、二人は声を揃えてお祝いの言葉を述べる。
「クリス様、エリーナ様、ご結婚おめでとうございます」
「二人ともありがとう」
「お二人のお話はローズやリリーから聞いていますわ。二人も喜んでいましたよ」
双子からの手紙ではルドルフとネフィリアがよくデートをしており、家にも遊びに来て両親たちとも親しそうに話していると書いてあった。そう言葉をかけられた二人は顔を合わせて微笑み合い、軽く頭を下げたのだった。
次に姿を見せたのはエリーナとクリスに近しい人で、エリーナはパッと表情を明るくし、それを見たクリスが拗ねた顔になる。
「クリス様、エリーナ様。改めてご結婚おめでとうございます」
「ラウル先生!」
ラウルはエリーナに視線を向け、甘く色気のある笑みを浮かべる。
「今日は一段とお美しいですね。大輪の華が咲いたようです」
「先生……照れるわ」
美しく伸びがある声に甘い言葉、色気のある微笑とコンボが決まる。エリーナは見慣れていても、心臓は慣れない。赤面していると、すっとクリスの顔が険しくなってエリーナの前に立った。
「先生。もうエリーは僕のものですから。絶対、死んでも渡しませんから」
「エリー様を取ったりしませんよ。それに、エリー様はエリー様のものです。だから、それを見守るくらいは許されるでしょう?」
そう言って余裕を醸し出すのがラウルらしく、クリスは「サリーとくっつけばいいのに」と大人げなくそっぽをむく。それを見たラウルとエリーナがクスクスと小さく笑えば、昔と変わりの無い温かな空気に包まれる。
「先生、またお茶を飲みに来てくださいね」
「えぇ。クリス様の愛が暴走しないか心配ですからね」
ラウルは最後まで微笑を崩さずに、礼を取って去っていった。まだムッとしているクリスが可愛くて、袖を引っ張る。
「もう、焼きもちばかり。心配しなくても、私の夫はクリスよ」
「……当然だよ」
そしてアスタリアやラルフレアの貴族たちの挨拶を受け、終わりの方でミシェルとカイルが姿を見せた。改まった服を着ており、カイルは今日も顔色が悪い。カイルがお祝いの言葉を述べ、続けてミシェルも挨拶をする。
「クリス様、エリーナ様。本日はご結婚おめでとうございます」
「おめでとうございます」
ドルトン商会はアスタリアでも順調に業績を伸ばしており、すでに社交界でも一目置かれている。特にプリン姫の冒険やそれに関する商品が注目を集めており、カイルの疲労の原因となっていた。
そんなカイルの忙しさを知った上で、ミシェルはエリーナのドレスをまじまじと見て、可愛い笑顔で話し出す。
「そのドレスも素敵ですね。プリン姫人形に結婚式での衣装を増やすつもりで、今アイシャとデザインを詰めています。カフェ・アークでは二人の結婚を祝して、チーズケーキの上にプリンケーキが乗った小さいケーキを出すんですよ」
「おい、お兄ちゃんはその辺聞いてなかったんだけどなー」
隣で立つカイルは疲労の色が濃い。始終胃の辺りをさすっているので、本日も胃薬の効果はなかったようだ。
「大丈夫、僕が取り仕切っておくから、兄さんは寝てて」
「やだよ。この間、そうやって任せてたらすごく大掛かりになって、収拾をつけるのが大変だったからな」
兄として、弟からは目が離せないようだ。そんな自由奔放な弟に、エリーナは意地悪な笑みを向けた。
「ミシェル。あまり好き勝手してると、アイシャちゃんに怒られるわよ」
「ちょっと、え、まさかエリーナ様……」
さっと顔色が変わったミシェルに追い打ちをかけるように、エリーナは「お幸せに」と生暖かい視線を送る。一週間ほど前に、ドレスの最終仕上げに来てくれたアイシャが気恥ずかしそうに教えてくれたのだ。エリーナからすれば、やっとくっついたのという感想しか出てこなかったが。
「カイルさんとアイシャさんを大事にするのよ」
顔を赤くして言葉を返せないでいるミシェルの隣で、カイルは羨ましそうに溜息をついている。そちらにはクリスが呆れ顔を向けた。
「兄の方は恋人に縁がないようだけど。まぁ、仕事が恋人だろうから、僕が恋人を増やしてあげるよ」
「え、私は一人を大切にしたいのでして、そんなにたくさんはいらないんですよね~」
企みのある笑みを浮かべているクリスに、じりじりと下がっていくカイル。
「まぁ、この話は今度ゆっくりしよう」
「え~っと、私は当分ラルフレアで急ぎの仕事がありまして」
「僕たちも一週間後式でラルフレアに行くから、問題ないよ」
「しまった」
そんなテンポのよい二人のやりとりを見ていると、エリーナまで楽しくなってくる。カイルは顔を引きつらせ胃を痛そうにしているが、クリスはいい笑顔だった。
そうして挨拶が終わり、ダンスを踊り終えたベロニカ、ナディヤとおしゃべりをしたり、ラウルやルドルフとダンスをしたりすれば、お開きの時間となる。人々は幸せで温かな火を心に灯して帰っていく。
クリスと二人、部屋へ戻ったエリーナはふぅと一息ついた。肩の力が抜けて、どっと疲れを感じる。そんなエリーナの肩をクリスは抱き、そっと抱き寄せた。頬にかかる髪を耳にかけ、愛おしそうに頬を撫でる。
「エリー……僕を選んでくれてありがとう。僕は、これ以上の幸せを知らないよ」
エリーナはくすぐったそうに身をよじると、手のぬくもりを感じながらクリスを見上げる。
「あら、これぐらいで満足するの? これから、もっと幸せになるのよ。二人でずっと一緒にいて、家族も増えて、どんどん幸せが大きくなるんだから。覚悟してね」
勝気な、挑戦するような顔をしており、クリスは思わず吹き出す。
「あぁ、もう。エリーには敵わないや。いつも、僕の予想の上をいくんだから……だから、僕をずっと幸せにして」
「もちろんよ。二人で幸せになるのよ」
エリーナはクリスの首に腕を回し、背伸びをする。軽く口づけをすれば、クリスは目を瞬かせて固まっていた。今まで、エリーナからキスをすることはなかったのだ。嬉しさのあまり、クリスの瞳からは涙が溢れ、それを見たエリーナは「泣き虫なんだから」と呆れるのだった。
ここから始まる二人の次の物語は、喜怒哀楽を交えてより深みを増していく。二人が初めて得た、自分の人生。その重い本が閉じる時には、どんなロマンス小説よりも分厚く、心に迫るストーリーが詰まっているだろう。この話は人々の心へと語り継がれ、人々の中で息づいていく。
色あせることのない物語である。
The End
SS
聖堂の鐘が鳴る。美しいウエディングドレスに身を包んだ花嫁の姿に、エリーナの姿が重なる。そのエリーナはクリスの隣で涙ぐみ、ハンカチで目頭を押さえていた。
「お父様、今までありがとう。私、この方を愛して生きていくわ」
娘であるアイリスの隣で微笑む男性。彼は……。
「嫌だ! アイリスを嫁になんてやるもんか!」
そう叫んだところでクリスは目が覚めた。隣には可愛く美しいエリーナがすやすやと眠っている。少し視線をあげれば、ベビーベッドで寝ているアイリスも見えた。
(アイリスがいつかお嫁にいくなんて……考えただけで泣けてくる)
クリスはそっとベッドを抜け出し、アイリスの小さな頬を撫でる。
「こんな素敵な宝物、誰にもあげないんだから」
そしてそっと額にキスを落とし、クリスはエリーナを抱きしめて眠るのだった。翌日から安眠グッズとして、ラベンダーの香りがする枕が用意されたのである。
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悪役令嬢の品格を本編、短編集と長らく読んでくださりありがとうございました! 私にとっても思い出に残る作品となりました。これも読者の皆様のおかげです(*´ω`*) 感想欄でのからみ、とても楽しかったですよ~! プリンは永遠に不滅ですので、プリンを見るたびにエリーナたちを思い出してあげてくださいな。重ねて、大変ありがとうございました(/・ω・)/




