プリン姫の冒険 修行編
これはプリン姫が旅に出る前のお話です。プリン姫は魔法の修行をするため、ラウルチョコレートプリンマスターの弟子になりました。ラウルマスターは国で一番強い魔法使いだったのです。
今日もプリン姫はマスターと一緒に魔法の修行をします。プリン姫は、黄色のズボンにクリーム色のブラウス、そして茶色の帽子を被っています。姫の杖は両手で持つ大きなもので、杖の頭にはおいしそうなプリンがついています。
「とろけるプリンプルプルプリン~」
魔法の杖を大きく振ると、火の玉が出て遠くの的に飛んでいきます。見事、的に当たってプリン姫は飛び跳ねて喜びました。
「マスター! 見ましたか! できました!」
「えぇ、さすが私の弟子です。すばらしいですね、プリン姫」
マスターはにこにこと笑って、プリン姫を褒めます。マスターは落ち着いた薄いこげ茶のローブを羽織っており、それが風に揺られていました。胸元にミントの葉のブローチがついています。
「では次の魔法に……」
「プリン姫!」
マスターが次の魔法を見せようとした時、男の子の声がしました。二人が振り返ると、カラメルソース王子が走って来たのです。
「プリン姫、遊びに来た!」
「王子、姫は今魔法の修行中です。遊ぶのは後ですよ」
マスターはやんわりと王子に言いますが、王子は頬を膨らませてマスターを見上げます。
「そう言って、マスターばっかりプリン姫といるのはずるい」
「これは修行なのですから、当然でしょう。また殿下のところにも行きますから、その時にたっぷり教えてさしあげます」
「そうじゃない!」
ふくれっ面になったカラメルソース王子を見て、二人は声をあげて笑います。楽しく平和な時間でした。そしてこれから五年後、突然魔王ハバネロが攻めてくるのです。
「つづく」
「えー、リズ、そこで終わり?」
「続きはまた今度です。そろそろお昼寝の時間でしょう?」
屋敷の子ども部屋で、リズは読み聞かせの絵本をぱたりと閉じた。エリーナとクリスの結婚から十年が経ち、リズは二人の子ども付きの侍女になっていた。目の前に座って大人しく聞いていた男の子は不満そうに頬を膨らます。赤髪に紫色の瞳をしたクリス似の四歳児だ。
クリスから魔王が抜けたらこれぐらい天使になるんだと、リズはサリーとしみじみ話したものだ。リズにも四歳の子どもがおり、今日は休みのマルクが面倒を見ていた。
「ぼくまだ眠くないよ」
「寝るんですよ」
「やだ! お姉ちゃんのとこいく!」
「え、ちょっと待って。ユアン様!」
四歳児の走る速さを舐めてはいけない。リズは座っていたこともあって、長いスカートを踏んづけてしまい動くのが遅れた。その間にユアンは飛び上がってドアノブを回し、廊下に出た。向かう先は隣の部屋だ。そこでは七歳になる姉が勉強をしていた。
「お姉ちゃーん!」
自分の欲求のままに部屋に飛び込んだ。突然入って来たユアンに机に向かって何かを書いていた女の子が目を丸くして、戸口に顔を向けた。遅れてリズが入ってきてユアンを抱きかかえる。
「申し訳ありません。アイリス様、ラウル様。すぐ出て行きますので」
「かまいませんよ。もう終わるところでしたし」
ラウルは優しく微笑んでおり、十年前から時が止まったように変わっていない。リズは会うたびにもしかしたら本当にチョコレートプリンマスターで、老いを止める魔法を使っているんじゃないかと思う。
「離して!」
じたばたと手足を動かすユアン。やんちゃざかりだ。
「ユアン。リズを困らせちゃだめでしょ」
ノートを閉じ机の上を片付けたアイリスは、エリーナそっくりだった。プラチナブロンドのふわふわした髪に紫の瞳。エリーナの小さい頃を見ているようで、リズは全力で愛でている。
「ごめんなさーい」
ユアンは反省しているのか抵抗を止め、だらーんとリズの腕の中で大人しくなった。姉は強い。そしてアイリスはラウルに向き直り、ドレスをつまんで挨拶をする。
「ラウル先生、本日もありがとうございました」
「いえ、よく頑張りましたね」
「わぁ、チョコレートプリンマスターとプリン姫みたい」
ユアンが目を輝かせて手を叩いた。リズも確かにと頷いてしまう。絵本の挿絵と全く同じだった。ちなみに先ほどリズが読んでいたのは市井に出回っているものと話は同じだが、一点ものである。挿絵は全てシルヴィオの手によるものであり、アイリスが三歳になった誕生日に贈られたものだ。
シルヴィオとナディヤのところにも二人の子どもがおり、よく四人で遊んでいる。シルヴィオは結婚後、クリスたちの領地の隣をもらってそこに引っ越した。馬車で一時間ほどのご近所だ。そのため、ここが託児所になることも多い。
「何言ってるの、プリン姫はお母さまでしょ?」
「んーでも、お姉ちゃんのほうが似てる。でもいいや、庭で遊ぼ! 先生も来てね!」
すぐに興味が次へと移り、床におろしてもらったユアンはアイリスの手を引いて出て行く。
「わかったから、歩いて!」
アイリスの声が遠くなっていき、リズは追いかけるかと歩き出した。
「いつもご苦労様です」
ラウルは片付けが終わったようで、リズの隣を歩く。たいてい授業後は二人の遊び相手になっているのだ。
「ラウル様こそ、研究で忙しいでしょうに」
ラウルは今も大学の教授をしているが、今年からアイリスに家庭教師をつけることになったため、週に二回来てくれているのだ。他の日はアスタリアの先生が授業を行っている。
「いえ、いい気分転換になりますよ」
「それならよかったです」
ラウルは今も独り身で、本人は気楽でいいと笑っていた。ちなみにラウルの屋敷で侍女頭をしているサリーも独身である。リズとエリーナは、二人は恋人なのではと勘繰り何度か訊いているのだが、はっきりした答えが返ってきたためしはなかった。
庭園に続く廊下へ出ると、二人の明るい笑い声が聞こえる。花々の中で追いかけっこをしている二人を、ラウルは幸せそうに見ていた。その表情を見るたびに、リズはラウルにとってこうやってエリーナやその子どもたちと関われていることが喜びであり、生き甲斐なのだろうと感じるのだ。
「さ、ラウル様も入りましょう! 逃げろ~ラウル様が鬼ですよ~!」
そう言いながら二人へと走るリズ。後ろから呆れ顔のラウルが追ってきた。
「よりによって鬼ごっこですか。年寄りになんということを」
「誰が年寄りですか。ほらほら、こっちですよ~」
ラウルが追いかければ、子どもたち二人は喜んで逃げた。そしてたっぷり走り回れば眠くなるのが子どもであり、子ども部屋に戻ったユアンとアイリスはすやすやと眠り始める。それを傍で見ていたリズも眠くなってきて、様子を見に来たエリーナに起こされるまで子供二人と幸せな夢の世界に旅立っていたのだった。




