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悪役令嬢の品格-読者様への感謝を込めた短編集-  作者: 幸路 ことは


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『人々に愛されたプリン姫』

 秋の夜長、一人の男が黙々と伝記の編集作業をしていた。プリン姫ことエリーナ姫の伝記はいろいろ出ているが、堅苦しいものや恋愛面に特化したものが多く、男は等身大のエリーナを書き記そうと一年をかけて関係者に聞き取りをしたのだ。その膨大な情報を精査し、編集していく。


「最初のエピソードは、これがいいかな」


 男は紙の山から束を取り出し、ぱらぱらとめくる。それは、クリス王子、エリーナ姫が通った学園の料理人の話だった。


・ある学園専属料理人の話


 あれは、エリーナ姫様が入学される少し前でしたかね。突然学園長から、学食にプリンを入れるように指示が出たんです。えぇ、プリンです。最初は学園長も困惑したようで、色々と裏読みをされたそうです。その時、ちょうどカフェ・アークのおかげでプリンの人気が高まっていましたし、材料の入手も容易なのでさっそく作ったんです。


 でもここからが大変で……。試作品の提出を求められ、作り直すこと三回。プリンの弾力、なめらかさ、甘さのどれが欠けてもだめで。学園専属の料理人になってあれだけ苦労したのは初めてでした。


 その時はなぜプリンを作っているのか分からなかったんですが、入学式が終わった時に理解しました。学食に並んだプリンを目を輝かせて三つ取っていった学生がいたんです。そう、エリーナ様です。その時はまだローゼンディアナ家のご令嬢でしたが、幸せそうにプリンを召し上がられて、料理人たちはこの人のためにプリンを捧げようと誓いました。


 ですがある日、悲劇が起こったのです。その日、エリーナ様はいつもより遅くに学食に来られました。プリンは人気メニューで、どんどん無くなるプリンに私たちはひやひやしながら棚を見ていたのです。最後の一個となり、エリーナ様の姿が見えた時……無情にも他の令嬢によって最後の一個を取られたのです。


 はい、もう、その時のエリーナ様の表情はまさしく絶望で、泣いてしまうのではと料理人一同おろおろしておりました。プリンを新しく作ろうにも時間はなく、急ぎ機転を利かせてプリン風味のミルクをお作りしましたが、エリーナ様は寂しそうに笑っておられました。


 その時からです。学生の間でプリンのある日はエリーナ様が好きなだけ取られてから、取るという暗黙のルールができたのは。プリン姫様にふさわしいお話だと思いませんか? 今学園ではプリン姫様が愛したプリンとして、大人気商品となっております。



 男はうんと一つ頷き、タイトルを書きいれた。


「学園プリン事件と……さて、次はどれがいいかな」


 紙の山をめくり、おもしろい話を探す。


「あぁ、これがいい」


 それは、ある情報屋から聞いたとっておきの話だった。



・情報屋の話


 これは、クリス様から許可が出たから話すんだけどよ。俺はエリーナ様と同学年で、平民出身で学園に入学することになったんだ。俺の家は代々情報屋で、あぁ、まっとうな情報屋だぜ? それで、俺は顔も変哲ないし影も薄いからってことで、クリス様の指名で学園でのエリーナ様の様子を報告することになったわけ。ま、お貴族様が自分の子どもに変な虫がつかないか情報屋を使って調べさせることはよくあるし、そこまで変にも思わなかったんだ。最初はさ……。


 それで学園に入学して、エリーナ様をそれとなく観察してたんだけど、何がすごいって初日からジーク様に声をかけられ、ベロニカ様と親交を深めてたんだ。すごい引きの強さと、人を魅了する何かがあるんじゃないかと思ったね。他にもルドルフ様、ドルトン商会のミシェル様とお話されている姿もあったな。


 あと、これは書くんじゃないぜ? 学園には人目につかない庭園があるんだけど、そこでラウル先生と密会されてたんだ。まぁ、家庭教師をしていたって情報は得てたけど、やっぱ驚いたな。秘密の恋を見ている気がして、応援してしまった。


 けど不思議なことに、クリス様への連絡は文書でしてたんだけど、一度も男たちと会うのを止めさせるような指示は無かったんだよな。クリス様がエリーナ様を溺愛しているのは有名な話だったし、普通不愉快に思うじゃん? 男を近づけないために俺を雇ったと思ってたしさ。


 あぁ、でも、一度だけ緊急の調査依頼があったな。えっと、そう、リズ・スヴェルって子を調べてくれって。そう、今のエリーナ様付きの侍女。当時は学園の侍女科に通ってて、エリーナ様に悪影響を与えたかもしれないってさ。文面から、すごい怒りと威圧感があったよ。怖かった。


 ただこのリズ様がおそろしく存在感がないというか、俺が気を抜いたら見失うレベルでさ……さすがに肝が冷えた。あれだけの芸当ができるのは暗殺者ぐらいだからよ。結局、すごく存在感を消せる侍女志望の男爵令嬢ってなって、エリーナ様の友達になったからそれ以上調査はしてないけど、いい情報屋になれたと思うぜ。


 けど、最後までクリス様とエリーナ様の正体に気づけなかったのは情報屋として痛かったな。言われてみれば、アスタリア王とラルフレア前王の面影があるのに。その反省を生かして、今は凄腕の情報屋として頑張ってるぜ。また何かあったら、聞いてくれよな。




「なかなか興味深い。クリス様の有能さは群を抜いてるな。公表できないところは削って入れよう」


 消す部分に印を入れ、付けたタイトルは『溺愛と暗躍』。そして他にも元ローゼンディアナ家の侍女に聞いた『悪役令嬢劇場の真意』を入れる。これは、幼少期からロマンス小説を愛読していたエリーナが、悪役令嬢のような不屈の精神を身に着けるために日々演じていたという話である。

 その成果は、他の侍女の話にあった『南の王女騒動』や『不遇の侯爵令嬢』に現れている。また未確認の部分もあるが、学園時代にご令嬢たちに取り囲まれ悪口を浴びせられた際、すばらしい切りかえしで言い負かしたとも聞いている。


「よし、いろいろな話が集まったな。最後は……」


 それは一番新しい情報で、アスタリアのプリン領の屋敷で働く侍女の話だ。男はふわりと口元を緩めて目を通す。話を聞いた時の彼女の興奮が伝わるようだった。



・ある侍女の話


 私はアスタリアの王宮で働いていて、その後エリーナ様たちについて行く形でお屋敷で働くことになったんです。エリーナ様もクリス様もほんとうに素晴らしい方で、毎日働ける幸せを噛みしめていました。よくミシェル様やルドルフ様にネフィリア様、シルヴィオ殿下にナディヤ様たちがお訪ねになって、にぎやかで、エリーナ様が大切にされていることが伝わって来るんです。


 その時の給仕係はリズさんがされるんですが、サポートに誰が入るかいつも裏で争奪戦をしています。あ、最近の話でしたね。実は、事件があったんです。


 先月結婚されて二年が過ぎ、盛大にお祝いをしたんです。大きなプリンケーキも作って、使用人たちも一緒になってパーティーをしました。すごく楽しかったです。でも、その一週間後ぐらいに、エリーナ様がプリンを食べられなくなったんです。


 体調がよろしくなくて、気持ちの浮き沈みも激しかったんですが、何より大好物のプリンが食べられないショックが大きく、涙を流しておられました。クリス様も戸惑われ、心配そうにエリーナ様に寄り添って声をかけられていたんです。私たちも何かよくないことが起こるのではないか、プリンを食べ過ぎたから体が拒絶しているのではと色々考えました。


 お医者様を呼ぶことになり、皆がソワソワと落ち着きを無くしてたところに、リズさんがぽつりとおっしゃったんです。「子どもができたんじゃないですか?」と。さすがリズさんと思いました。いつも一歩引いて皆様を見ておられ、誰よりも詳しく知っておられるんです。


 不安が一気に期待に変わり、エリーナ様も目を白黒させながらも期待された表情でクリス様に抱き着いておられました。そしてお医者様からご懐妊の報告を受けた時のエリーナ様とクリス様のご様子といったらもう! エリーナ様はうれし泣きをされていて、クリス様は嬉しさと驚きと、不安がまざった顔をされていました。部屋を落ち着きなく歩き回られて、エリーナ様に窘められていました。


 そこからは毎日がお祭り騒ぎです。国の内外から贈り物が届き、親しい人たちがお祝いに駆けつけました。ベロニカ王妃様はお生まれになった王子を連れていらして、不安がられていたエリーナ様を勇気づけられていました。


 クリス様の過保護っぷりが発揮され、エリーナ様が転ばないようにずっと手を引かれて、至る所にクッションとぬいぐるみを置かれましたね。ミシェル様は子ども用品を製作され、アイシャ様はまだ子どもの性別も分からないのに、ドレスのデザインをされていました。


 国民全員が心待ちにしているんです。お生まれになるのは来年でしょうが、今から楽しみでしかたがありません。




「本当に楽しみだ。明るい話題が多いのは嬉しい事だなぁ」


 話を聞いた誰もが、エリーナとエリーナに関わる人たちに好意を持ち尊敬していた。話を読めば心が温かくなり、笑みが零れる。男はエリーナの姿を見たことはあっても、話したことはなかった。伝手を使えば伝記の執筆にあたり、会うことは可能だったがあえてしなかったのだ。


 自分という一人が見て感じたエリーナ姫ではなく、周りの人たちから見たエリーナ姫を書き記したかったからだ。今回残念ながら没ネタとなったものも、とてもおもしろく親愛にあふれている。

 これから文言を整え、全体のレイアウトを整えれば印刷へと回す。男は最後に本のタイトルを、話を聞いた人たちの想いを受け継ぎながら書き記す。


『人々に愛されたプリン姫』


 その内容の面白さと親しみやすさから幅広い世代に愛読され、後の世で名著に数えられる伝記である。


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