ハロウィンを広めますよ!
クリスとエリーナが結婚した年の秋。朝夕が肌寒くなった頃のことである。今日は10月31日で、もう終わる10月に早いと思いながらエリーナはお茶をすすっていた。この日は前々からリズに予定を入れないように言われていたので、クリスと二人ゆっくりと羽を伸ばしていた。
二人でリズは何をするつもりだろうかと話していたところに、テンションの高い本人がやって来たのである。
「エリーナ様! クリス様! あっちの世界で、今日はハロウィンというコスプレをする日なんです!」
と、サロンに飛び込んできたリズの後ろには、頬がゆるみまくっているアイシャがいた。その二人の表情と組み合わせを見た瞬間、エリーナは嫌な予感がしてクリスに助けを求める視線を送った。だが、クリスは諦めろと首を横に振る。リズが遊びに本気になったら、逃れることはできない。
「えっと、一応聞くけれど、コスプレってなに?」
「仮装をするんです! 魔女とか、お化けとか、最近はアニメキャラでも!」
説明されても、何をするイベントなのかまるで分からない。そこにクリスも質問をする。
「それで、何をするつもりなの?」
アイシャが控えている時点でうすうす察しはつくが、違う可能性にかけて尋ねたのだ。
「もちろんコスプレです! さあ、着替えてください。二人のためにアイシャちゃんに衣装を作ってもらったんですよ!」
「待って、エリーに変な格好をさせないだろうね」
「もちろんですよ~。かわいいのにしてますから~。あ、クリス様も着替えをお願いしますね」
言いたい事だけ言うと、リズはエリーナをサロンとドアでつながっている小部屋に連れていく。クリスはアイシャから衣装を渡され、遅れて小部屋に入っていくアイシャの背中を見送るのだった。
「女の子の行動力って、たまに怖い」
その主犯、女の子二人はエリーナのドレスを脱がせ、特製の衣装を着せていく。
「ねぇ、これはいったい何なの?」
エリーナの前に鏡はない。そのため、今自分がどんな姿をしているのかが全くわからなかった。服は見覚えのあるものだが、頭の上に何かを乗せられたようで、非常に気になった。化粧も手を加えられ、なんだかそわそわと落ち着かない。
さすが二人の手際はよく、ものの十数分で着替えが終わった。
「あぁ、エリーナ様最高!」
「すばらしいです!」
惜しげなく拍手を送り、きゃっきゃと喜ぶ二人だが、エリーナは不安でしかない。この二人を信頼しているが、今回は全力で趣味に走っているように見える。
「本当に? これ、クリスに見せても大丈夫なの?」
「そりゃもう、鼻血ものですよ」
リズはビシッと親指を立てるが、逆に心配だ。そして二人に押されるようにしてサロンに出れば、エリーナはクリスの恰好に目を丸くして立ち止まった。それはクリスも同じで、ぽかんと口を開けている。
「エリー……猫?」
「狼?」
二人の頭にある耳は動物のもので、互いの恰好を上から下まで観察した。よく見れば服からしっぽがでていて、クリスは狼のふっさりとしたしっぽが、エリーナには細長いしっぽがある。
「エリーの服はメイドのものだよね」
「クリスのは……なんか毛皮っぽい」
いつの間にかサロンには鏡が用意されており、二人はそれで自分の衣装を確認する。
エリーナはリズが常に着ているメイド服に猫耳としっぽがついた衣装。スカートは膝上にしたかったが、この世界では淑女が足を出してはいけないため断念した。絶対領域にした日には、クリスに解雇されかねない。そのクリスは常のシャツの上から肘まで毛皮の手袋をはめていた。
悔しいが、妙に似合っていた。二人が並べば人外感が増し、仕掛け人の二人は惜しみない拍手を送っていた。リズは写真があればと悔しそうにしている。
「エリー、かわいいね」
「クリスも悪くないじゃない」
なんだかいつもと印象が違って気恥ずかしい。猫耳の破壊力はじわじわとクリスを攻めており、たまにこの恰好をさせようと決めるのだ。
「さ、次行きますよ!」
そう言って拳を突き上げたリズに、二人は声を揃えて、
「まだあるの!?」
と、つっこみを入れる。それに対してリズとアイシャは「すぐに終わるはずがないでしょう~?」と、エリーナを小部屋へと引きずり込むのだった。
それからエリーナがシスターになれば、三人が口を揃えて「神々しい」と祈り始めた。エリーナはぼんやり鏡を見ながら「悪役令嬢の修道院送りね」と、ぼそりと呟いたのだった。対するクリスは海賊で、粗野な海賊らしくない美形になってしまった。
最後は、エリーナが魔女、クリスが魔王という組み合わせで、クリスがあまりにも似合っていたため、三人は一瞬感想が出てこなかった。クリスはエリーナの着替えを待つ間、控えていた侍女にワインを用意させたものだから、ソファーに座ってワインを片手に持つ姿はこの世の覇者だった。魔女であるエリーナが手下に見え、二人で世界征服ができそうだ。
クリスは魔王の衣装を気に入ったようで、「今度カイルが来るときに着てみるよ」と、企んだ笑みを浮かべていた。心の中でカイルの苦労をしのぶ三人であった。
夕食はマルクが趣向を凝らしたハロウィンメニューになっていた。かぼちゃのスープに、パイ、かぼちゃプリンはジャック・オーランタンの顔を彫ったかぼちゃを器に使っている。どれもおいしく、エリーナは特にかぼちゃプリンに舌鼓を打っていた。
こうしてリズ発案ハロウィン会は盛況に終わり、その後毎年のイベントとなったのである。
突発的に、エリーナにコスプレさせたくなった。けど、私たちからすれば、エリーナの姿はすでにコスプレ……。