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悪役令嬢の品格-読者様への感謝を込めた短編集-  作者: 幸路 ことは


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プリン姫救出作戦

 クリスは決意した。これ以上夢の中でプリン伯爵の好きにはさせないと。必ずプリン星に攫われたプリン姫エリーナを連れ戻さなければならないと。


 これがプリンの夢だとクリスはすぐにわかった。なぜなら、周りを行くのは皆プリンであり、街の建物が全てプリンの形だからだ。道行くプリンも普通のプリンから抹茶プリン、コーヒープリンと色とりどりで、おしゃれなのかサクランボを頭の上に乗せているプリンもいる。

 加えて至る所から甘いプリンの香りが漂い、クリスは胸焼けを必死にごまかす。


 そしてクリスは自分の違和感にも気づいた。なにやら頭も体も何かで包まれている。触ればポヨンと弾力があった。


(え……まさか)


 クリスが慌てて近くのガラスに顔を映すと、そこにはプリンがいた。プリンの中に自分の顔がある。手足は出ていて着ぐるみなのだが、布ではなく本物のプリンで……。クリスは眩暈がした。周りのプリン星人が全身プリンに棒の手足が生えているのと比べると、違和感があるが誰も気に留めていない。


 クリスは圧倒的な存在感を放っているプリン城へ視線を向けた。ドンっと大きなプリンがそびえたっており、大きな門が見える。人々の声に耳を傾けると、プリン姫が帰って来て、今日はお城で祝いを兼ねた夜会があるらしい。

 そこでふと上着の内ポケットに何かがあるのに気づき、取り出したとたん口角が上がる。なぜか手はプリンに吸い込まれるように入り、取り出すことができた。


「ふ~ん。挑戦状ってところかな」


 それは夜会の招待状であり、クリスは適当に時間を潰し、今夜の決戦に備えるのである。



 プリン城はその滑らかな断面が芸術的であり、夜になると光が当てられて煌めいていた。夜会に参加する貴族プリンたちは、艶やかなプリンにフルーツやミントを飾り付けている。クリスにその美的感覚は微塵も理解ができず、頭が痛くなりながらその中に紛れていた。


 いろいろなプリンに挨拶をされ話すが、クリスにはどれも同じに見える。それとなく話を合わせていれば、ファンファーレが鳴り響き王族たちが入って来た。このファンファーレがまた軽快で、どこかで聞いたことがあると思えばプリン祭りのテーマソングだ。

 棒の手から出される拍手で迎えられた王族の中にエリーナを見つけ、クリスは胸が締め付けられた。


(エリー……完全にプリンになって)


 プリン星に帰ると言って本来の姿に戻った時と同じ、細身のプリンに棒の手足があり、瞳の紫色で辛うじてエリーナだとわかる。頭に生クリームとサクランボ、ミントの葉を乗せており、周りのプリン令嬢からは口々に美しいと賞賛の声が漏れていた。


(絶対、連れ戻すから)


 エリーナの傍らにはプリン伯爵も子どものプッチーノもおり、クリスは苦々しさに顔を歪めた。嫉妬の炎がゆらゆらと胸に灯り、いますぐ連れ去りたくなる。王の挨拶が終われば歓談とダンスの時間となり、人々の視線が分散された。クリスは人込みに紛れながら、じっとエリーナを見つめる。

 エリーナとプリン伯爵のダンスに吐き気がして、無意識に舌打ちが出た。そもそも踊っているプリンが全てプルプル、ぽよぽよしていて視界の暴力だ。


 そしてダンスが終わり、プリン伯爵が他のプリンと話している間に、クリスはそっとエリーナに近づいた。


「エリー!」


「クリス!?」


 エリーナは目を見開き、驚きの衝撃がプリンの表面を波立たせる。エリーナは慌てて周りを見回し、小声でクリスを問い詰める。


「どうしてここに!? 人間のあなたが来られるはずがないのに! そんな変なかっこうをして……」


「問題ないよ。僕はエリーを連れ戻しにきたんだ。エリー、僕は君がいないとだめなんだ。一緒に帰ろう」


 そう言ってクリスはエリーナの細い腕を掴む。棒なのに、ちゃんと温かかった。


「そんな、できないわ。私はプリン姫なの。ここで生きていかないとだめなのよ」


 だがエリーナは辛そうに顔を背け、手を振りほどいた。今にも泣きそうな顔で、クリスと視線を合わせない。


「どうして!? 僕と一緒にいたエリーは楽しそうだった。それを嘘とは言わせない。あちらの世界で過ごしたいんじゃないのか?」


 そう強い口調で問いただせば、エリーナはピクリと体を震わせ涙を浮かべる。


「でも、私にはフランとプッチーノがいるもの。クリスを選べないわ」


 フランとは、プリン伯爵の名だった。エリーナは人間界でクリスと長くいたため、さすがに情もわいた。それでも迎えに来たプリン伯爵の手を取ったのは、罪の償いと子どものためだった。


「それが何? どうしても二人を切り離せないなら、人間界に連れて来ればいい。僕はエリーがいればいいんだ。二人の面倒くらい見る」


「でも!」


 エリーナは首を横に振り、唇を強く噛んだ。我慢している表情であり、一歩を踏み出せないエリーナにクリスは歯がゆくなる。周りが騒ぎに気付き始め、ざわつき始めた。目立てば行動がしにくくなる。クリスが強引に攫ってしまおうかと考えた時、鋭く深みのある声と可愛らしい声が響いた。


「エリーナ!」


「お母さま~!」


 フラン・プリン伯爵とプッチーノがエリーナの隣に立ち、クリスを敵とみなして睨みつけている。クリスは舌打ちをして、二人を睨み返した。クリスにすればすべての元凶であり、憎き相手である。


「またお前か、エリーナを渡すつもりはない!」


「お母さまは僕たちとここで暮らすんだ。人間界へ帰れ!」


 騒ぎが大きくなり、注目を集める。衛兵がこちらを伺っているのが見えて、クリスは悔しそうに奥歯を噛んだ。苛立ちが抑えきれない。


「うるさい! 誰がなんと言おうが、僕はエリーナなしじゃ生きられない! 僕がエリーナを幸せにするんだ!」


 クリスの声が広間に響き渡る。プリン伯爵はエリーナを守るように前に立ちはだかり、プッチーノはぎゅっとエリーナに抱き着いている。状況はクリスが不利だ。ざわざわと貴族たちが「あれは誰だ」「何が起こっている」と話し始め、場が騒然としてくる。クリスがいざという時のために、脱出路を探しだした時、明朗な声が割って入った。


「静まれ!」


 覇気のある声に、全員が口を閉ざし一瞬で静寂になる。プリン王が歩み寄り、プリン姫とクリスの間に入った。


「そちらは、人間界からのお客人だな。エリーナが大変世話になったと聞く」


 プリン王は黄金色のプリンで口の下に髭が生えており、王冠を頭に乗せていた。紅いマントを身に着けている。


「はい。エリーナを連れ戻しに来ました」


「なりません! こいつを追い払わなければ!」


 プリン伯爵が必死の形相で王に言い募るが、王は一睨みで彼を黙らせた。そして柔らかな目をエリーナに向け問いかける。


「エリーナ。お前はどうしたいんだ?」


 エリーナは伏し目がちで迷っており、「私は……」と小さく呟いた。視線をプッチーノ、プリン伯爵、クリスへと順に向けてから、最後は王に向き直る。


「私は、選べません。夫であるフランも、プッチーノも大切です。そして、人間界で共にいたクリスも大切です。どちらかなんて、選べないのです」


 そう吐き出すように想いを口にしたエリーナはさめざめと泣き、両手で顔を覆った。王は髭をなで、ふむと考え込む。


「選べないということは、両者とも選びたいということだな」


「……はい。でも、それはできません」


 エリーナは一人。それが辛く、心が張り裂けそうだった。


「ならば、分かれればいい」


「え?」


 王はそう深みのある声で言うと、優しくエリーナの頭に触れた。目を瞑り、何かを呟けばエリーナの体が光る。


「何、これ」


 戸惑うエリーナから出る光は徐々に強くなり、光はやがてプリンを離れ、形を取っていった。細長い手足が伸び、小さな顔に長い髪。一際強い光が放たれ、眩しさのあまりクリスは目を閉じた。光が消え、そっと目を開けると目の前には懐かしい顔があって……。


「エリー!」


 プラチナブロンドの髪に、紫の瞳。そこには人間のエリーナが立っていた。その隣にはプリンのエリーナもおり、目を白黒とさせている。


 思わず人間のエリーナに駆け寄って、強く抱きしめた。プリンの香りの中に、ちゃんとエリーナの香りがする。質感もプリンではなく、人のものだ。


「クリス! わたくし、あなたと一緒にいられるのね!」


 声は先ほどまでプリンから聞こえていたものと同じで、クリスは胸を撫でおろす。


「あぁ、エリーだ。エリーが戻って来た」


「ちょっと、クリス、苦しいわ。くる、し……」


 うーっと呻き声が聞こえるが、クリスは離さない。抗議は声だけではなく、胸の辺りを叩かれる。その軽い痛みが妙にリアルで、耳に届く声も嫌にはっきりしていて、クリスはふっと覚醒した。


「うー、くる、し……」


 視界はぼんやりと薄暗く、まだ夜のようだ。腕の中にある温かみに気づいて、クリスは視線を下に向けるとエリーナの顔が見えた。苦しそうに眉間に皺を寄せている。そっと体を離すと、穏やかな表情に戻りすーすーと寝息を立て始めた。


「よかった。ちゃんとプリンじゃないエリーだ」


 なんだか一気に力が抜け、クリスはくすくすと笑って、眠るエリーナの頬を撫でた。


(プリン伯爵に勝ったんだ。これで、エリーは僕だけのもの)


 そう考えてから、いや違うかと思い直す。すっと視線を下に向け、エリーナのお腹に優しく触れた。


「僕たちのエリーになるんだよね」


 まだふくらみはないが、そこに命が宿っていると先日医者に告げられた。


(早く会いたいな)


 クリスはそっとエリーナに身を寄せ、その温かみを感じながら幸福感に包まれて瞳を閉じる。もう胸の中にプリンに対する不安も恐怖もない。うつらうつらと眠りに引き込まれる意識の中で、ぼんやりと考える。


(名前に、プリンを入れさせるのはやめないと……)


 そんなことを思いながらクリスは幸せな夢の中へと誘われていった。これを最後に、クリスがプリンの悪夢を見ることはなくなったのである。




 朝が来て、クリスは甲斐甲斐しくエリーナの世話を焼いていた。どこへ行くにも手をつなぎ、転ばないように細心の注意を払う。世界中の医学や薬学の知識を結集させて、健康によい食事を考えさせた。大事なエリーナの体を守るために、ドレスに綿を入れさせ、ソファーやベッドはクッションの山だ。明らかに過剰であり、エリーナを呆れかえらせたのである。ちなみにクリスの家族には笑われている。


 栄養バランスを重視した朝食を食べ、サロンのソファーで手紙を読んでいたエリーナは「まぁ」と声をあげた。食後の休憩で向かいのソファーでお茶を飲んでいたクリスが顔を上げる。


「何かあった?」


「西の島国のプリン伯爵に男の子が生まれたんですって」


「へぇ。お祝いを贈らないとね」


 エリーナは嬉しそうにニコニコと笑って、手紙に書かれていたことを口にした。


「それで、名前はフランですって」


「え」


 それを聞いたクリスの顔は引きつり、カップが指から滑り落ちて絨毯に紅茶の染みが広がるのだった。


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