頭のいい人たちの結末
行動力の高さ。それがルドルフ、ネフィリアの強みであり、茶会から三日後には政治情勢について語りながらお茶をしていた。場所はバレンティア家の庭園であり、ネフィリアにも馴染の場所になっている。丸テーブルを挟んで知的なおしゃべりを楽しんだところで、おいしい南の国のスイーツを食べながら雑談をする。
その会話の中で、ルドルフはごく自然に話を将来のことへとつなげていた。
「来年には次のポストへ進めそうだ」
「あら、さすがルドルフ様。お早いですね」
「不正を働いていた貴族を処罰したから、人手不足なんだ」
ルドルフは出世コースをひた走っており、それを聞いたネフィリアも誇らしく、嬉しくなる。ネフィリアのために用意された西の国の紅茶をすすりながら、柔らかな笑みを浮かべていた。
「必ずジーク陛下の隣で宰相を務められるでしょうね」
夜会などで二人が並び立つ姿を見ると、何十年後かの二人を見ているような気がするネフィリアだ。そしてそれを近くで見ていたいとも思う。今日もなんとかしてルドルフから言葉を引き出そうと、次の言葉の選択肢を頭に並べて策を練る。今まで花言葉や古典、話題のロマンス小説のストーリーなど様々な面から攻めたがどれもかわされ、またかわした。
「当然だ。ネフィリア嬢、それを近くで見たくはないか?」
高速で頭を回転させ会話のシミュレーションをしていたネフィリアの耳に言葉が届いた瞬間、計算が止まり目を瞬かせた。今までと比べると直接的で、ネフィリアは先にしかけられたと警戒する。脳裏にエリーナから言われた「素直になる」という言葉が繰り返されたが、それには従えない。
「あら、お誘いくださるの?」
餌をつけて釣り針を垂らしているような気分で、ネフィリアは微笑む。これがいつもなら餌の入れ合いが続くのだが、ルドルフはカップを机に戻してその手をネフィリアの手に重ねた。優しく手の甲を撫で、握りこむ。
「誘いにのってくれるのであれば」
眼鏡の奥で光る紫色の瞳を細め、ルドルフは言葉を続けた。そこに甘やかな熱を感じ、ネフィリアの心がざわりと揺れる。
「ネフィリア嬢、貴女に俺の人生がよく見える最高の席を用意した。貴女の豊富な知識と鋭い見識をくれないか?」
「では、秘書官にでもなりましょうか?」
だがネフィリアは真意を見抜いていながら、釣り針をつついただけでひらりと逃げる。それを逃がさないと、ルドルフは手を引いてその指先に唇を寄せた。
「まさか、俺の妻の座だ」
キスをされてから、誘うような視線を向けられると破壊力がある。ネフィリアは耳が熱くなるのを感じつつも、努めて冷静に答えた。欲しい言葉がもらえたのに、浮かれられない性分が少し嫌になる。
「本気ですか? 私は可愛くもありませんし、今までルドルフ様がお相手にされていた人とは違いますよ」
心は喜んでいても、頭で予防線を張ってしまう。そんな性格だ。ルドルフはくすりと笑って、疑り深さも愛おしいと握る手に力を込めた。
「誰かの代わりが欲しいんじゃない。貴女が欲しい。貴女を愛している。……伝えるのが遅くなって悪かった。言葉遊びが面白くて、やめられなくなったんだ」
「ルドルフ様……」
ネフィリアの胸の内にじわじわと喜びが広がっていく。認められて欲してもらえる。それはネフィリアが求めるもので、確かな愛が込められているのが嬉しい。
「だから、俺に落ちろ」
真摯な瞳で射抜かれ、ネフィリアの心臓が跳ねる。傲慢ですねと返しそうになったところに、エリーナの声が蘇る。「素直が一番ですわ」と、結婚して幸せそうなエリーナは笑っていた。ネフィリアは唇を引き結び、金色の瞳で見つめ返す。握られている手を、握り返した。
「私が、落ちてあげるんです。間違えないでくださいね。その気になれば、いつだって飛んでいけるんですから」
そう可愛くない返事をしていても、握る手は強く言葉と裏腹に逃がさないと言っているようだった。心の中で「好き」だと呟く。そんなネフィリアの気持ちが手に取るようにわかったルドルフは、ふわりと笑う。
「それは困った。なら、ずっと手を繋いでいようか。どこへも行けないように」
「ルドルフ様の魅力で、頑張って私を繋ぎとめてくださいね」
お互い見つめ合い、恥ずかしそうに嬉しそうに微笑み合った。空気は甘く、幸せな雰囲気に包まれている。うきうきとする心を鎮め、ネフィリアは一つ咳払いをした。
「では、今後の具体的な計画を話し合いましょうか」
余韻も何のその。瞬時に切り替えたネフィリアにルドルフは喉の奥で笑い、「最高だ」と呟いた。決して自分の思い通りにならない女性。賢く意地っ張りで愛情表現が下手だが、そこが可愛らしくて愛しいのだ。
そこからは迅速に話が進み、婚約が結ばれ結婚をした。ルドルフは後に宰相となり、ジークの横に立ち国をよい方向へと導いていく。そしてネフィリアはルドルフを支え、自身も王妃付きの外交補佐として実力を発揮した。
そんな二人の恋物語は、サロン前の廊下に潜んでいた双子たちによって鮮明に書き記され、エリーナに届けられたのである。それをネフィリアが知って絶叫するのはまた別の話。




