頭のいい人たちの恋愛ほどめんどうなものはない
新婚旅行が終わり、エリーナは身重のベロニカを見舞いにラルフレアを訪れていた。少し目立ち始めたベロニカのお腹に頬を摺り寄せ、「元気で生まれておいでね~」と生まれる前から溺愛しているエリーナ。それに対してベロニカは苦笑しつつも、エリーナの頭を撫でてくれた。感激したエリーナが抱き着こうとして、ジークに首根っこを捕まれたのが午前のことである。
そしてローゼンディアナ家に戻り、サロンでロマンス小説の新刊を貪り読んでいたところに薄紅の淑女の襲撃を受けたのだった。
「ネ、ネフィリア、さん……」
つい様付けしたくなるが、今はエリーナの方が位が高い。エリーナは自分の家のように堂々とお茶を飲んでいるネフィリアに視線を向け、控えめに尋ねた。
「何のご用でしょうか……」
エリーナはクリスとの一件があったためネフィリアが苦手だ。夜会や茶会で会った時に少し話す程度で、こうしてわざわざ会いにくる間柄でもない。というより、先触れの手紙もない状態での来訪は心臓に悪かった。
「まずは突然の訪問をお詫びしますわ。近くを通ったから顔が見たくなったんです」
にこりと首を傾けて微笑めば、薄紅のポニーテールが揺れる。
「どうぞごゆっくりなさってくださいと、一応言っておきます」
できれば一刻も早く帰ってほしいのだが、仕方がなく言葉を飲み込む。何もないのに家まで来るはずがない。エリーナはリズが気遣って淹れてくれたリラックス効果のあるハーブティーをすする。
「ふふふ、それでね」
ネフィリアはエリーナの言葉の棘も楽々受け流し、話し始めた。
「今日は少しルドルフ様の弱みを教えてもらいに来ましたの」
カタリとソーサーにカップを戻したネフィリアは勝気な笑みを浮かべて、好きな食べ物でも聞く気軽さでそう口にした。これにはさすがのエリーナも固まる。
「弱み……ですか?」
そんなもの、エリーナのほうが知りたい。現在ルドルフは文官として王宮に勤めており、ゆくゆくの宰相と目されているらしい。付け入る隙が無く、それでいて人当たりもいい。ルドルフの優秀さは隣国アスタリアにも届くほどだった。だが弱みなどないと言える雰囲気でもなく、エリーナは頭を捻る。そしてはたと、ひらめいた。
「双子ちゃんですね」
「妹はだめでしょう。彼個人の弱みを教えてくださる?」
やっとの思いで思いついたのに、すぐさま斬り捨てられシュンと肩を落とした。やはりネフィリアは苦手だ。上目遣いでちろりと彼女を見て、そもそもの疑問を口にする。
「でも、どうして弱みなんて知りたいんですか?」
二人の話は社交界で話題だ。公式な場でも二人でいることが多く、婚約も秒読みと言われているのだ。だがネフィリアは痛いところを突かれたと眉間に皺をよせ、深々と溜息をついた。どうも今日の訪問はおしゃべりも目的に含まれていたようで、不満げな表情で口にする内容を聞いたエリーナは、ポカンと大口を開けたのである。
「え、付き合ってないんですか?」
クリスの一件があり、エリーナがルドルフを紹介してからもう一年が過ぎた。二人は親し気な雰囲気で、エスコートも受けているためてっきりそういう関係だと思ったのだが。
ネフィリアはツンっとすまし顔で、チーズケーキを口に運んだ。彼女の食の好みがアスタリア寄りなのは知られており、情報通のリズはしっかりとチーズケーキを買いに走らせていた。できる侍女である。
「えぇ、不本意ながら」
不本意ということは、ネフィリアは交際する意思があるということだ。エリーナは驚きを隠せないが、好奇心がむくむくと大きく育ってきた。エリーナと親密なベロニカ、リズ、ナディヤは全員結婚し、恋バナからは遠ざかっている。少々新鮮な恋愛に飢えていたところだ。
エリーナの瞳がキラリと光り、矢継ぎ早に質問をしていく。夜会や茶会でのやりとり、デートのこと、両家の関係。それらをひっくるめてエリーナが抱いた感想は、
「頭がいい人って面倒くさいですね」
である。
「お黙りなさい。だって向こうは年下だし、わたくしから告白なんかするもんかと思ってしまって……そしたら、今になってしまっただけです」
つまりは、最初はネフィリアからアプローチをかけていたのだが、話をするうちにかけひきが始まり、いつしか相手に告白させることが目的となったそうだ。互いに人の好意には敏感のため、好意があるのはわかりきった前提だった。
「……自分から告白したらいいじゃないですか」
「そんな、負けを認めるみたいでしょ! 絶対私から言いません」
相変わらずすまし顔を崩さないが、以前よりも子供っぽいというか親しみを感じてエリーナは口元を緩めた。
「わたくしは恋のかけひきができるほど上手ではありませんでしたが、素直が一番だと思いますわ」
互いの想いを決めつけ、すれ違ったこともあった。相手を信じ切れず、秘密を隠したこともあった。だがどれも、勇気をもって素直に一言いえば済む話だったと今ならわかる。
エリーナは慈悲深い笑みの下に好奇心を忍ばせ、最後に取っておいたプリンに手を伸ばす。
「ですから、ここは素直にルドルフ様への想いをわたくしに教えてくださいな」
ネフィリアの耳が少し赤くなった。照れた彼女を見ると、以前手ひどく言い負かされた時の仕返しができたようで悪役令嬢心がうずく。追い打ちをかけるのはやめておいた。
「それに、近いうちにルドルフさんに会う予定ですし、探りをいれてもよろしくてよ」
何事も楽しんだものが勝ちだ。エリーナは目の前に転がって来た上質なロマンスに舌なめずりをし、さらにネフィリアの話を促すのだった。今となってはプリン姫だが、だてにロマンス令嬢と呼ばれていたわけではない。ネフィリアは相談する相手を間違えたと気づくが、時すでに遅しであった。




