SS エリーナの嫉妬
ベロニカの結婚式が終わり、ローゼンディアナ家に滞在していた時のこと。
「ねぇ、クリス。ミシェルからクリスの学生時代について聞いたのだけど、ずっとカイルさんと一緒だったんですって?」
ミシェルが新しいドレスの打ち合わせから帰った後、エリーナは書斎にやって来てクリスにそう尋ねた。クリスはペンを置いて、少し首を傾げる。
「まぁ……確かに、カフェのことで話すことが多かったけど……なんで?」
エリーナは少し怒っているようであり、ムッとした顔をしている。クリスは学生時代のことで何かエリーナを怒らせるようなことがあっただろうかと振り返るが、ずいぶん前なので記憶も薄い。
「カイルさん、クリスとの仕事が忙しくて恋人も作らなかったって」
「あぁ……あれは、カイルが鈍感で商人頭だからだよ」
「それに、クリスのためにたくさん働いたって」
「ビジネスパートナーだし、尽くすタイプだからね。あいつ」
エリーナが何にひっかかているのか分からず、ひとまずカイルをフォローしたが、エリーナはキッとクリスを可愛く睨んだ。瞳に映る色は嫉妬である。
「今も何かあればカイルさんのとこに行くし、夜会で会えば必ず話すし……カイルさんに、クリスは渡さないんだから!」
「へぇ……」
クリスの声が一段低くなって、口の端が上がった。ここまで来ればクリスも気づく。どうも事実に色がついて伝わっていることを。その原因を二人ほど頭に浮かべ、ますます笑みを濃くした。
「妬いてくれるなんて、嬉しいな。そんなに僕と一緒にいたいなら、今からでも二人っきりになろうか」
クリスが目配せをすれば侍女は出て行き、外から鍵を閉めた。魔王が降臨しており、エリーナは逃げられない。纏う空気が一変したクリスを見て、エリーナはやってしまったと後悔するがもう遅い。
立ち上がったクリスがエリーナの腕を掴む。
「ご、ごめんなさいクリス! これは出来心というか。ミシェルとの遊びで!」
「へぇ……どんな遊びなの?」
腕を引いて腰に手を回し、がっちりと拘束する。少し怯えをみせて、視線が泳いでいるのがまた可愛らしい。
「クリスがどんな反応するかって……笑ったら私の勝ちで、怒ったらミシェルの勝ちよ」
「そう。きっともとはどこかの馬鹿が酒の勢いで昔語りでもしたのが原因だろうし、ちょっとお灸をすえてくるよ」
うすら寒い笑みを浮かべたクリスは、エリーナの額にキスを落として拘束を解く。次のターゲットが決まった。さっさと仕事を片付けて、親友のもとへ遊びに行かなければ。ちょうど先日手元に届いたある本のことで問い詰めたいことがあったのだ。
「ク、クリス? カイルさんを大事にね?」
「もちろん。いい胃薬を持って行くだけだから」
キラッと星が飛びそうな笑顔で、逆に怖い。クリスが手を叩くと侍女が鍵を開けて入って来た。
「じゃ、僕は急いで仕事をして遊びに行ってくるから。いい子で待っていてね」
地雷を踏みぬいたエリーナは、心の中でカイルに謝ってから書斎を後にしたのだった。
その頃、商会に戻ったミシェルはカイルが机で突っ伏して寝ているのを見つけた。
「兄さん……」
「うーん……魔王が、魔王が攻めてくる……」
「変な寝言……あ、でも予知夢になるかなぁ」
やましいものがあるミシェルは、そっと机に胃薬を置いたのだった。




