夫婦の架け橋
案内役の侍女にジークの予定を聞けば、ちょうど仕事が終わって庭園に向かったと教えてくれた。
「庭園……怪しいですね」
「そうね。証拠を押さえるわよ」
最近庭園に通っているというジーク。ジークに限って浮気はないだろうが、もともと花に強い興味があるわけでもないので怪しいのだ。気分は探偵で、周囲の目を気にしながら庭園へと向かえば、隅の花壇の前で屈んでいるジークを見つけた。そこは庭園でも人目に付きにくい場所で、奥まったところにある。
「ジーク様」
「うわっ!」
足音を忍ばせて近づき、声をかければ面白いほど驚いて飛び跳ねた。風が立つ勢いで振り返ったジークは、それがエリーナだと分かると明らかにほっとした表情になる。
「ベロニカ様だったら、まずかったんですか?」
ニタリと意地悪な笑みを浮かべるエリーナに、ジークは両手を突き出し慌てて首を横に振る。
「ち、違う! いや、ベロニカにはまだ見られたくなかったけど、やましいものではなくて!」
しどろもどろになっているジークは怪しく、エリーナは背中で隠しているものをひょいと覗き込む。
「……あら」
意外なものがそこにあって、エリーナは目をパチクリとさせ、ジークとそれを見比べてしまった。
「悪かったな、似合わないことをしていると思っただろう。それに、まだ早いんだ」
花壇に植わっていたのは、一凛の大輪の薔薇と思われる蕾だ。先端は赤く今にもこぼれ咲きそうで、蕾でさえ堂々としている。
「素晴らしい薔薇ですね。これをジーク様が?」
ジークが自分の手で薔薇を育てるなど、可愛い事この上ない。
「……庭師や侍女と一緒に、新しい薔薇を作ったんだ」
「まぁ、すごい」
それで庭園へ行く頻度が上がり、侍女と話す姿が増えたのかと納得する。エリーナの中でジークの株が上がり、そのジークは気恥ずかしそうに土で汚れた指で頬をかいた。雑草を抜いていたようだ。
「それで、その……ベロニカという名を付けたんだ。本当は、結婚記念日に贈るつもりだったんだが、間に合わなくて。そのことに気を取られていたら、うっかり当日忘れてしまった」
ジークは反省しているようで、沈痛な表情になった。無視されて一週間が経っており、こちらも相当ダメージがきているのだろう。
「これなら、明日の朝には咲きそうですね」
「あぁ……だから、どうにかして明日には話をしたい」
「大丈夫ですよ。素直に謝って、庭園に連れていってあげてください。ベロニカ様、ああ見えてお花が好きな乙女だから、絶対に喜びますよ」
ジークのベロニカを思いやる深い愛に、エリーナの胸はぽかぽかと温かくなる。二人が幸せそうで、本当によかったと思った。
その後、ジークと共にクリスが待つサロンへと向かい、少し話をしてから別れた。馬車に揺られるエリーナは、ベロニカがどんな反応をするのかが楽しみで、明日のお茶会が待ちきれないのだった。
翌朝。朝食にはまだ早い時間に、ジークはベロニカの部屋を訪ねた。喧嘩してから、寝室を分けられてしまったのだ。昨日まではここで門前払いを受けていたのだが、今日は侍女が取り次いでくれた。
「……何ですの?」
ドアが開き、一週間ぶりにベロニカから声をかけられ安心する。まだ不機嫌そうな声だが、つい笑みが零れてしまった。それを慌てて引き締めて、頭を下げる。
「結婚記念日を忘れていたのは申し訳なかった。だから、その埋め合わせをさせてくれないか?」
そう真剣な表情で頼めば、ベロニカは少し迷ったそぶりを見せてから、こくりと頷いた。
「えぇ、別にいいわよ」
緊張して手をさし伸ばし、それを取ってくれたことに安堵する。ひとまず無視は終わったようだ。ジークはベロニカの機嫌を直してくれたエリーナに感謝した。
「どこへ行くの?」
「庭園……見せたいものがあるんだ」
手を繋いで廊下を歩き庭園に足を踏み入れれば、朝の清々しい空気が肺に広がる。空気がしっとりしていて気持ちがいい。
「朝の庭園もいいものね」
「こっち……」
ベロニカの手を引いて、庭園の奥へと進む。ベロニカも度々庭園を散策するため、目につかない場所を選んだのだ。
「そっちに花なんてありました?」
「あるんだよ。とっておきの花が」
ジークは花の前で立ち止まり、無邪気な笑顔を浮かべ、体を一歩横に引いてベロニカに大輪の薔薇を見せた。見事に朝日を受けて、威風堂々と咲いている。
「まぁ……こんな大きくて、きれいな薔薇見たことがありませんわ」
ベロニカは目を丸くして、じっと見入っていた。吸い込まれるように歩み寄り、顔を近づける。その隣にジークもしゃがんで、手をかけてきた薔薇の香りをかぐ。
「これ、俺が育てた新種の薔薇なんだ。品種改良とか、栽培とかで時間を取られてすまなかった」
「え、これをジーク様が?」
「そう……それで、この薔薇の名はベロニカ。お前に贈る花だ」
そう名前を告げたとたん、ベロニカのエメラルドグリーンの瞳から涙がこぼれた。次々に溢れてきて、ジークは狼狽える。
「こんな、ずるいですわ。ジーク様のくせに、こんな、素敵な贈り物……」
パシパシと優しく叩かれる。泣きながらも照れ隠しをするという天邪鬼なベロニカが可愛くて、ジークはそっとベロニカを抱きよせた。
「不安にさせて悪かった。これからも大切にするからさ。よろしく頼む」
「えぇ、任せてくださいな」
そしてゆっくりと立ち上がったベロニカは、優しく温かな微笑をジークに向けた。
「それと、あとでプレゼントをあげるけど、もう少ししたらもっといい知らせがあるかもしれないわ」
昨日、リズがその兆候についてこっそり耳打ちしてくれたのだ。
「……へ?」
「うふふ。せいぜい狼狽えなさいな」
口角をすっと上げ、意地悪な表情になったベロニカは踵を返して部屋へと戻る。
「ベロニカ? どういうこと? ねぇ」
それを速足でジークが追い、質問を投げかけていた。
エリーナがベロニカの懐妊を知るまであと少し。




