師匠の愚痴を聞きましょう
ベロニカの結婚式から一年が経ち、ちょうどエリーナの結婚式が間近になった頃。エリーナとクリスは式の打ち合わせのために、両国を行き来する生活を送っていた。現在ラルフレアに滞在しており、式の最終打ち合わせをしている。来賓のリストから披露宴での食事、衣装、飾り付けに至るまで細かく合わせていく。
エリーナの頭から湯気が出そうだ。そして残りはクリスが詰めることになり、堅苦しい打ち合わせから解放されたエリーナは、無事ベロニカに連れ去られたのである。無言でリズもついて行くので、慣れたものだ。
向かった先はベロニカの自室で、人払いを済ませソファーに座ったベロニカは二人を見回した。
「ちょっと聞きなさい」
ソファーにはベロニカの隣にエリーナが、向かいにリズが座っており、珍しい配置だった。ベロニカはエリーナの腕を離すことなく、顔を引きつらせて二人の返事を聞かずに話し出した。二人が返事をしなかったのは、明らかにお怒りで鬱憤が溜まっていることが目に見えたからだ……。
「一週間前、ちょうど結婚してから一年が経ったのよ。それで、何かお祝いしようと思ってプレゼントと小さな花束を用意して、朝渡したの」
ベロニカにすれば珍しく、自分から日ごろの感謝を込めて渡したのだ。聞き手の二人は嫌な予感がして、続く言葉に耳を塞ぎたくなる。
「なのに、ぽかんとしちゃって、何かあったっけ、ですって!」
「あぁ……ジーク様」
「やってしまいましたね」
エリーナとリズが顔に失望の色を浮かべた。間抜けな顔が目に浮かぶようだ。
「あの馬鹿は結婚記念日を忘れてたのよ! 頭に来たから花束を投げつけてやったわ。さすがに気づいたのか血相を変えたけれど、その日から一切口を効いていないわ」
この一週間、ひたすら謝るジークをベロニカは無視しており、冷え冷えとしていた。
エリーナの脳裏に、さきほど少し話をしたジークの顔が浮かぶ。
(それでジーク様は、あんなに挙動不審にベロニカ様と話してくれって言ったのね……)
後ろめたい事しかないが、自分からはもう話しにいけない。今思えばそんな態度だった。
「それだけじゃないのよ。なんだか部屋へ帰るのが遅かったり、ふらっと外へ行ったり、侍女たちと頻繁に話したり……腹が立つのよ」
ぐっとエリーナの腕を掴む腕に力が入り、じわじわと怒りが伝わってくる。それはまさか浮気かと、エリーナとリズは顔を見合わせた。腕にはどんどん力が入って来る。
「ベロニカ様……痛いです」
エリーナが控えめに訴えると、ベロニカは「あらごめんなさい」と離した。だが手を重ねてくるあたり、どこか不安でしかたがないのだろう。
「ベロニカ様、寂しかったんですね」
そこにリズがはっきりと悪意もなくそう零した。リズは無自覚に核心をつくため、エリーナはベロニカが怒らないかそろっと視線を上げてベロニカの顔を伺う。だが視界に映ったのは眉間をキュッと寄せて悲しそうにしているベロニカで、エリーナは慌てて重ねられた手を包み込んだ。
「大丈夫ですよ、ベロニカ様! ジーク様に会って、懲らしめてきますから! もしジーク様が嫌になったら、いつでもうちに来てください!」
リズも拳を握りしめてベロニカを応援する。
「そうですよ。ローゼンディアナ家でもアスタリアでも大歓迎です!」
二人して励ませば、ベロニカは嬉しそうに小さく笑った。今日はずいぶん表情がコロコロ変わり、そうとう精神にダメージを受けていることが分かる。
「ありがとう……なんだか最近不安定でね。ちょっと心細くなったみたい。体調も良くなくて」
「王妃様って大変ですもの。当然ですわ」
「いつだってかけつけますよ!」
ベロニカは少し落ち着いたのか、紅茶にレモンを絞って飲んでいた。そして三人でおしゃべりを楽しめば、ベロニカの表情も柔らかくなりいつもの調子が戻っていった。時折辛口な言葉が飛び出すベロニカに、二人が安心したところで次の茶会の約束をして部屋を後にする。
部屋を出る間際に、リズがベロニカに何かを耳打ちし、ベロニカは目を見開いて驚いていた。エリーナが何を話していたのか尋ねても、リズは秘密ですと楽しそうに笑うだけだった。




