プリン姫の冒険withプリン伯爵
クリスとエリーナの結婚式から一年が経ち、クリスは王都近くの領地、通称プリン領の領主として日々仕事をしていた。王都周辺は王族の直轄領であり、一部を譲り受けたのである。
そして仕事にひと段落がついた昼下がり、クリスは固まった体を伸ばすと休憩しようと、サロンへと向かうのだった。
この時間なら、エリーナはたいていサロンでお茶を飲みながら読書をしているはずだ。サロンに近づくと、ドアが少し開いていてエリーナの声が聞こえる。誰か来ているのだろうかと不思議に思うと、それは絵本を朗読する声だった。
「昔々、プリン姫はプリンで世界を平和にするために、バニラビーンズ騎士と旅に出ました」
あれはたしか、アスタリアで人気になった『プリン姫の冒険』という絵本だ。カイルに預けた小説家の一人が、プリンを子どもたちに広めるためにと筆を取った記憶がある。何やら熱心に読んでいるので、クリスは邪魔をしないようサロンの前で足を止めた。
「ハバネロ魔王が国に攻め入った時にいなくなってしまった、お母さんの大切な人を探すのです。プリン姫は困った人たちを魔法で助けながら、旅をします。とろけるプリンプルプルプリン~」
物語としては、子供向けなので分かりやすいものだ。プリン姫が騎士と一緒に旅をして、問題を解決し、友達や仲間と一緒に悪に立ち向かう。貴族にも庶民にも人気が出て、ドルトン商会からはプリン姫人形など、キャラクターの人形やなりきり変身セットが売り出されている。近く、貴族の女の子向けにプリン姫をモチーフにしたアクセサリーを販売すると、カイルが上機嫌で話していた。
「でも大変! 魔王の部下と戦ったプリン姫は、敵の魔法が強くて負けそう!」
「どうなるのー?」
(ん?)
突然子どもの声が聞こえ、クリスはそっとドアを押して中を覗き込む。子どもの客は予定にあっただろうか。エリーナは暖炉の前に敷いてあるカーペットの上に座り、こちらに背を向けて絵本の読み聞かせをしているようだ。子どもの姿はエリーナと重なって見えない。
「プリン姫! 助けに来たよ! その時、カラメルソース王子が助けにきました。カラメル、飴化攻撃!」
言わずもがな、カラメルソース王子はクリスをモデルとしたキャラクターである。プリン姫の相手役は譲れない。子どもがきゃっきゃと笑う声が聞こえ、手を叩いて喜んでいる。クリスは足音を立てないようにそっと、子どもを見るために回り込んでいった。
「こうして、無事二人を見つけ出し、プリン姫はカラメルソース王子と一緒に国に帰りました。そしてプリン姫とカラメルソース王子は結婚し、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
「めでたしめでたし!」
エリーナがパタリと絵本を閉じたところで、子どもの姿が目に入った。その瞬間、クリスは絶句する。
(プリン?)
そこにはプリンがいた。あのプルプルの黄色い体から棒のような手足が生えており、頭にはカラメルソースがかかっている。絵のような目と鼻に口もあり、クリスは大混乱に陥った。その謎の生物はしっかり動いている。
「あ、クリスおじちゃんだ! お仕事終わったの?」
「へ、おじ……は?」
こともあろうか、クリスを見て目を輝かせ近づいて来た。そこでエリーナもクリスが部屋に入って来たことに気づき、顔を向けて破顔する。
「クリス、お疲れ様。もうすぐフラン様もいらっしゃるわ」
「え、フラン?」
プリンが足に引っ付いてきて、ぽよんと謎の感触に襲われ寒気が全身を駆け巡る。
「こ、この子は……?」
いますぐ引きはがして放り投げたいが、エリーナの手前そんな乱暴なことはできない。するとエリーナは不思議な顔で小首を傾げた。
「プッチーノは私の子どもよ? クリス、何を言ってるの?」
「……は? え、僕たちの間にまだ子どもはいない……」
理解が追い付かない。話が噛み合わないエリーナに、謎のプリン型の子ども。そしてそこに追い打ちをかけるように、ドアから誰かが入って来た。
「あ、お義兄さん。こんにちは、お仕事お疲れ様です」
その聞き覚えのある声に、クリスは青ざめて風の立つ勢いで振り向いた。片手を上げ、いい笑顔で近づいてくるのはプリンの男。
「プリン、伯爵……」
彼は相変わらずのプリン感で、だから子どもがプリンなのかと納得しかけた。断じて認めたくない。
「やだなぁ、フランって呼んでくださいよ。義兄弟なんですから」
「だ、誰がエリーとの結婚を認めるか! エリーは僕のものだぞ!」
「何言ってるの、クリス。もう結婚式もして子どももいるのよ? あなただって喜んでくれたじゃない」
クリスは困った顔のエリーナを見て、一歩足を引く。エリーナはプリン伯爵に顔を向けると、おかえりと笑って近づいていった。寄り添う二人に、また一歩足が下がる。
「お父様、お母様、今日は特大プリンが食べたいな」
子どもが二人に駆け寄り、プリン伯爵が抱き上げた。
「あら、いいわね。巨大バケツプリンを作ってもらいましょう」
「プリンフルコースにしよう」
そんな、仲睦まじい家族の姿を見せつけられて、クリスは動揺し息が苦しくなる。
「い、嫌だ……こんなのは、嫌だ!」
そして踵を返して走り出そうとしたところで、ハッと目が開いた。天井が目に入ってから、夢を見ていたことに気づき、安堵の息を吐く。
「とろけるプリンプルプルプリーン♪」
「プリン!?」
「きゃ!?」
ほっとしたところに、物語の呪文が聞こえてクリスは跳ね起きる。慌ててプリン型の子どもがいないか探してしまった。
「あ、クリス、起きたの?」
そして声が聞こえた方に顔を向ければ、テーブルを挟んだ向かいのソファーにエリーナが座っていた。手には『プリン姫の冒険』の絵本がある。どうやらクリスはサロンのソファーで寝ていたようだ。悪夢にうなされたためか、寝た感じがせず体がだるい。
「僕、寝てたんだね……えっと、エリーは何をしてるの?」
「明日、孤児院の子どもたちに読み聞かせをするのよ。その練習」
そういえばそんな予定もあったと、回転のにぶい頭で思い出す。
「うふふ、子どもって可愛いわよね。会えるのが楽しみ」
笑っているエリーナを見て、さきほどのプリン型の子どもが強烈に思い出される。さっと青ざめた。
「エリー!? いくらプリンを食べていても、プリンの子どもはできないからね!?」
「クリス……何を寝ぼけているの?」
と、冷めた視線を向けられ、やっと冷静さを取り戻したクリスだった。エリーナは不思議そうな顔をしていたが、それを少し気恥ずかしそうなものに変えてクリスに微笑みかける。
「でも、クリスとの子どもができたら……絶対に可愛いわ」
そう恥ずかしそうに口にしたエリーナが可愛くて、クリスの悪夢はあっという間に消え去った。
「エリー、大好き! 愛してる!」
そう言うなり立ち上がると、エリーナの隣に座って抱き着く。
「ちょっと、苦しいわ! 昼から止めなさい!」
「絶対プリンなんかに負けない」
「あぁもう、分かったから。プリンよりクリスの方が大事だし、愛してるわ!」
安定のイチャイチャを繰り広げる昼下がり。壁際には空気と化しているリズがおり、後にこのエピソードはベロニカの前で披露され、エリーナが盛大に赤面することとなるのである。
前に割烹でもお知らせしましたが、この短編は読者様からのリクエストもお受けしております。
「このキャラについて詳しく!」「これについて知りたい!」
など、キャラと大きくズレなければ書いていきたいと思います。
ただ、ガチャと一緒で望んだものが出てくるとは限りませんので、ご注意を!
あと、ifはラウルのみです。作者がラウル推しだから(きりっ)
時系列もバラバラで書けたものから投稿していくので、よろしくお願いします~。