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失って初めて気付く恋心の小説  作者: 辻野深由
23/31

そうしてキミは (後)

「……あ、…………ああっ」


 エリナが口元を抑えて、雨宮を見る。

 何度も目を瞬き、目尻にうっすらと雫を浮かべながら。


「な、んで…………どうして…………っ」

「お前さ、不用心すぎるよ。部屋のなかのもの自由に見ていいからって、普通そんなこと言わねぇだろ。名字変わってるのにさ、卒業アルバムなんてもん置いておくなよ。間抜けだった俺が言えることじゃねぇけどさ」

「…………っ!」

「アルバム見るまで、全然気がつかなかったんだから。笑いものだよなぁ」


 雨宮の顔が歪む。


「いじめられた側の気持ちとか考えたことあるか? たかが五年程度で忘れられるわけねぇじゃん。好きだった女子ならなおさらだよ。告白したときもさ、こっぴどく振られたの、よく覚えてるよ。それから散々俺のことコケにして、気分はどうだった? 最高だったんだろ? だから俺をいじめるの、止められなかったんだろ?」


 酷い笑みを浮かべているのだと自覚しても、やめられない。


「俺はさ、いま最高の気分だよ。未練がましい因縁の女に全部(さら)け出して、呆然としてるの見るとさ、やっぱり楽しいもん。俺をいじめた奴らの気持ち、今だったらちょっとは分かってあげられるよ」


 どんどん、卑屈になっていく。

 最低の底にいながら、まだ、堕ちていく。


「ちょっといいなって思った女子が、昔自分をいじめてた女だったことを知ったときの絶望といったらなかったよ。馬鹿みたいな女を二度も好きになるとか地獄かと思った。しかも一度振られてるのにさ。自分でも流石に呆れちまったよ。

 もっかい告白なんて、そんなことできるわけねぇじゃん! コケにすんのも大概にしろってんだよ!」

「あ、ああ…………、あああっ、あああああああっ!」


 エリナが両手で顔を覆い、塞ぎ込むように滂沱ぼうだの涙をこぼす。


 雨宮がその涙に触れる権利はどこにもない。


 全てを吐き出した。もう、取り返しはつかない。


 零れた言葉は、涙は、すくいようがない。


 けれど、吐き出さなければ、伝わらなかったことだから、こうする他になかった。




 言わないと伝わらない言葉があるなんて嘘だ。




 好きだから必至に忘れようともして、それだって結局失敗した。

 逃げようとして、それも無理だった。


 だから、きちんと伝えて、終わらせる。

 それできっと、すべてが片付くはずだから。


 ときが来たらそうしようと、雨宮はずっと心に秘めてきた。

 そして、いま。


「じゃあ、帰るわ。匿ってくれてありがと。警察に突き出すなら、勝手にしていいよ。俺、人生がどうなったっていい。エリナに滅茶苦茶にされるなら、光栄だ」


 雨宮は皮肉を置き土産にして、玄関のドアを開ける。

 先程までのことはまるで幻想だったのだと言うかのように、太陽は頭上で燦然と輝いていた。


 お気に入りの厚底ブーツをはき直し、上着を脱いで鞄にしまう。

 荷物検査をされると厄介だから、サングラスやマスク、軍手はエリナの家に捨てていく。

 これで、帰り道は警官に疑われることもない。


「ま、待って……っ!」


 ドアが閉まる直前、消え入るような声が背中に掛かる。


「言い忘れたことでもある?」

「……アタシ、ごめん。あの……」

「うん」

「……ゲーセンで再会したとき、レオのこと、気付いてた。だから――」


 まるで罪を神の使いに懺悔するような、救いを求める声だった。

 腹立たしさを通り越して、物も言えない。

 この女はこの期に及んでまだ、救われようとしている。


 雨宮零央を雨宮零央だと最初から知っていたのだと白状するその心が、雨宮には理解できない。綻んだ絆をつなぎ止めることができるのだと、そんな甘くて柔らかい未熟な幻想を抱けるその幼稚さが、不快で仕方ない。


「そっか。やっぱり俺は、大間抜けだったってことだよなぁ」


 だから、どこまでも、決定的に間に合わない。


「それじゃあ、さよなら」


 ドアが完全に閉まる。


 微かな檸檬れもんの残り香が、尾を引くように鼻孔を掠めた。

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