† 第二章 異世界ライフ楽しんでいますⅠ
ここは始まりの村とも呼ばれている、スレイブ村。
とても穏やかな気候の地域の端に位置するこの小さな村に、私はお邪魔していた。
「いつもありがとう」
「いえ、たくさん手に入るので」
ほくほく顔で頭を下げる人に笑顔で手を振り、踵を返す。
そのままお気に入りのパン屋さんへ足を運び、お昼ご飯を見繕うつもりだ。
「おや、ミレイちゃんじゃないか。こんにちは」
「ミーニさん、こんにちは」
声をかけてくれたのは恰幅のよい女性で、このパン屋さんの店長をしている人だ。
「昨日ミレイちゃんが取ってきてくれたリビの実があっただろう?」
「はい」
「あれをね、ジャムにしてみたんだ。数は多くないから内緒だよ」
「わぁ! ありがとうございます」
小さな小瓶に入ったつやつやのピンク色のジャムに、頬が緩んでしまう。
「ミレイちゃんが取ってきてくれる木の実は、いつもとても状態が良くてねえ。今回のも美味しくできたから、期待してね」
「すみません、毎回頂いてしまって」
「そんな! こっちこそいつもいいもの貰っているんだから! ありがとうね」
受け取った小瓶を大事に手に持ち、きょろっとパンが置いてある棚を見る。
「今日もすごく美味しそうですねぇ」
「この辺は焼きたてだからね」
ミーニさんが指差したのは、いつも私が買っているお気に入りの干した木の実入りのパン。よし、これは絶対買う。
後は、せっかくジャムをもらったのだ。
目に付いたジャムに合いそうな四角い形のパンも一緒に取って、2つともミーニさんに渡す。
「お金はこれで足りますか?」
「うん、丁度だね。まいどあり」
挨拶をして、紙袋に包んでもらったパンをしっかり抱え、お店を出た。
鼻をくすぐるいい香りと、ほのかに温かい熱が紙袋越しに伝わってくる。ああ、お腹すいちゃう。
……やっぱり、先に宿に戻ってお昼にしようかな、せっかくだし。
本当は、もう一件寄りたいところがあったけれど。
少し小走りで、ここ数日泊まっている宿屋へ向かった。
距離は近いので、すぐに宿屋が見えてくる。うん、何回見ても素敵。
見るたびに満足な気持ちになるのには理由があって、宿の外観がログハウスみたいな作りだったのだ。とても気に入っている。
宿の中に入ると、受付のお姉さんが私に気づいて手を振ってくれた。
「今日は早いのね」
「お昼を食べたらまた出掛けるつもり何です」
「そう、ゆっくりしていってね」
預けていた部屋の鍵を受け取って、借りている部屋を目指す。
「ふいー」
今朝ぶりに戻ってきた部屋に入り、テーブルに紙袋を置いた。
それから、くるりとベッドの方へ振り返り、声をかける。
「――シェーン出ておいで、お昼にしよう」
やや間があった後、ベッドの上でグシャグシャになっていた布団がもぞもぞと動き始める。その隙間から顔を覗かせたシェーンは、それは嬉しそうに飛んできた。
『いい匂いがします!』
「こっちは出来たてだよ。さ、食べよ食べよ」
四角いパンは、ナイフで薄くスライスして、もらったジャムを付ける。
その作業を近くで見つめながら、シェーンは首を傾げた。どうやらジャムが気になるみたい。
『マスターそちらは?』
「ジャムを貰ったの」
はい、とシェーンへ渡せば、大きく口を開けた。ぱくり、噛み付いた瞬間目を丸くして、幸せそうに尻尾を振る。
どうやらお気に召したみたいだ。
「ふふ」
ぱたぱた嬉しそうに尻尾を振る姿は愛らしい。
もう一枚スライスしていたパンにジャムを塗って、私も口に含む。
爽やかな、けれど舌触りの良い甘さが口の中に広がって、私も笑顔になる。きっと、シェーンのように尻尾があったら全力で振っていることだろう。
パンをあっという間に平らげてしまったシェーンは、器用に四角いパンをナイフでスライスし始めた。
短い手でナイフを扱う姿は、ちょっとおもしろい。
『マスター! ジャムの蓋を開けてください!』
けれど、しっかり蓋のしまった瓶を開けるのは難しかったみたい。
ジャムを掬うためのスプーンをしっかり持って待機する姿に、堪えきれず笑い声がこぼれてしまった。
笑う私に、不思議そうな顔をするシェーン。
「はい」
『ありがとうございます!』
ジャムを差し出すと、喜々としてパンに塗り始めた。この調子だと、このジャムはあっという間になくなっちゃうわね。
それを横目に苦笑しつつ、この小さな村にやってくる前のことを思い浮かべる。
あれから、1週間くらい経ったのか――……随分と馴染んだというか、慣れたというか。
あっさりと今の状況を受け入れてしまっている、いやむしろ満喫している私は、案外図太いのかもしれない。