…光の聖獣との契約Ⅲ
――さぁ、寝よう。
目を閉じて、完全に眠る体勢に入った私の顔に……もすっと何かが乗った。
……。
…………。
「……………っぶあっ!?」
いや、窒息するわ!
飛び起きて、慌てて顔に乗った何かを引き剥がし、ぶんっと投げた。それはもう全力で。
投げられたそれは綺麗な放物線を描き、地面に落ちる前に動きを空中で止めた。
「な、何をするの!? ぬいぐるみ!」
『ぬいぐるみじゃありませんんんんんっ』
私に思い切り投げられたぬいぐるみは、短い手足をバタバタさせながら戻ってくると、
『私はれっきとした聖獣です!』
今にも決壊してしまいそうなほど涙をためながら、必死の抗議をしてきた。
ぬいぐるみと言われたことに憤慨しているようだが、『聖獣』という言葉に私は首をかしげた。
聖獣だって? 今聖獣って言ったの? いや、聖獣ってさ……もっと、こう……大きくて、神々しくて、畏怖されるような、そんな存在なんじゃ……?
『その目は何ですか!』
何も言っていないが、どうやら心の中で思っていたことが目つきにそのまま現れてしまったらしい。
「ごめんってば……」
憤慨というより、とてつもなくショックを受けているという表現の方が正しいかもしれない。
詰め寄ってくるぬいぐるみを落ち着かせようと、何か声をかけようとした。
『酷いです。僕は聖獣なのに、ぬいぐるみだなんて……僕に“シェーン”と名付けてくれたのはますたぁなのに……酷いですよぉ』
「え?」
――シェーンだって?
聖獣、シェーンという言葉に少し驚いた。
「君、シェーンって名前なの……?」
ついに溜まっていた涙がぬいぐるみ――もとい、シェーンの目からこぼれ落ちた。
そして同時に、名前について私が聞き返した。
――その直後、キィンと耳鳴りのような音がして、私とシェーンがいる場所を中心に光り輝く魔法陣のようなものが現れた。
「今度は何!?」
眩しさに目を細め、何事かと慌てて立ち上がる。そうしている間にも、どんどん光は強まっていく。
次から次へと、だからもう十分だってのに!
キィンともう一度耳鳴りがして、頭の中に何者かの声が響いてきた。
――……光の聖獣よ、そなたと光の使者ミレイ・ヴァルトベルクの契約を見届けましょう。
「ちょっ、」
その声の主が話し終えると、一層強く光を帯びた魔法陣に、とてもじゃないが目を開けていることができない。
じわじわと足先から熱が伝わり全身に広がっていく。一体私の体に何が起こっているのか。
妙な感覚が続いたのは短い間で、やがて、弾けたように何も感じなくなった。
恐る恐る目を開けて、光と魔法陣も消えていることを確認する。
「……今のは」
『母上様のお声でした』
「ははうえ……?」
震える声を抑えるように呟いたシェーンは、悲しんでいるというより、喜んでいるようだ。
「は、ははは」
何だこれ。
『マスター?』
「メルヘン要素もういいよ……ほんと、何なのこの夢、」
『夢?』
怪訝そうなシェーンは、すぐに私の言葉を否定した。
『夢ではありませんよ、マスター』
そういえば、さっきまで舌っ足らずに言っていた「ますたぁ」が、はっきりした発音に変わっている。
ぎぎぎ、と音がしそうな程ゆっくりシェーンの方へ目を向けた私は、息を呑んだ。
ば、バレーボールサイズだったのに、バスケットボールくらいの大きさになってない?
『今この時より、光の聖獣は“シェーン”の名前を正式に拝命、マスターの力となります』
もふもふのぬいぐるみっぽさは相変わらずだが、明らかにサイズが変わったシェーン。まるで忠誠を誓う騎士のように私に向かって頭を垂れた。
呆気に取られていると、ぱっと頭を上げ、嬉しそうに私の回りを飛び始める。
『ああ、ようやく、ようやくこの時がきたのですね!』
先ほどまで畏まった態度だったのに、何だこの差は……。
ふよふよと飛び回る体に手を伸ばし、捕獲するとシェーンはきょとんとした顔で見上げてきた。
『マスター?』
いろいろと引っかかっていることがある。
ひとつは聖獣ってワードと、シェーンの名前。シェーンの言った『夢じゃない』という言葉も気になるが――
「光の使者ミレイ・ヴァルトベルクって……一体どういうこと?」
『マスターの称号です! 魔法書にマスターが触れたことにより、マスターの素晴らしい力が「さっき作ったキャラの名前なんだけど」……え?』
何やら熱弁を始めそうなシェーンの言葉を遮るように、私はシェーンに詰め寄った――この場合、シェーンの体を両手でしっかり抑えているため、正しく表現するなら、私の顔に近づけた、か。
ずいっと顔を近づけると、きょとんと丸い目に私の顔が映り込む。
蜂蜜色の大きな瞳に映った私の顔は――残念ながらどんな表情かさっぱりだった。
……そろそろ邪魔だし、前髪切ろう。
「そもそもね、シェーンって名前だって、私のキャラの名前をつける前に決めたやつなのよ。確か、お供の聖獣の名前よ」
『はい。マスターが名付けてくださいました。美しい響きで、とても嬉しいです!』
「あ、そんなに気に入ってくれてる? よかった……って、そうじゃなくて」
ぱっとシェーンから手を離して、頭を抱える。
「いくらゲームしてた途中で寝落ちしたからって……」
『マスターは、まだ夢だと思っているんですか?』
「そりゃ、もちろんよ……絶対目が覚めたら体がだるく感じるやつだわ。ほら、人間夢を見ている時って、実は熟睡できてないって言うし、メルヘン要素に被せて、ゲームで決めた設定とか情報量多すぎて……」
『マスター』
何やら真剣な声音で遮られた。
「何――、っ!?」
私を見つめるシェーンの瞳が、金色に輝いていていた。
前髪で見えにくいはずの私の視線に合わせるように、覗き込んでくる。
驚いている私は、その場に座り込んで、目を見開いた。
頭の中に、何か次々と映像が流れていく。
それは、客観的な視点から自分のことを見ている映像で――心臓がばくばくと早鐘を打っていた。
――これは、何?
場所は、家のリビングだった。ゲームをしていた途中だったのだろう、手元にコントローラーを置いている私が見えた。
すると、突然、電池の切れた人形のように、その場にぱたりと倒れ込んだ。「あっ」と思った時には、すでにおかしな現象が私の体に起きていて――動かない体が、光を帯びていく。
先ほどの現象によく似ていた。
強まっていく光が、弾けたように見えた瞬間、私を中心に輝く魔法陣が現れた。
魔法陣はどんどん輝きを増し――私の体がフッとその場から消失したところで、映像は途切れた。
呆然と、目の前に浮かぶシェーンを見つめる。
今見た映像……いや、シェーンによって見せられた映像は……。
『マスター……貴女は、聖獣王の魔道書によって召喚された――光の使者様なのですよ』
現実にこの身に起こった出来事だ。
それを手っ取り早くわからせるために、あの映像を見せてきたのか。
――どうして疑うことなくすんなり受け入れてしまったのか、その理由は、結局最後までよくわからないままになるのだが。
取り敢えず、私は何らかの方法で、強制的に異世界へ召喚されたのだと知らされたわけだが、
「ふ、」
『ふ?』
再び私の手はシェーンへ伸ばされた。
「ふざけないでよー!」
今度は私が爆発した。
逃げようとするシェーンに詰め寄り、一体どういうことだと憤慨する。
どうしてゲームをしていたはずなのに、気がついたら異世界へ召喚されるのよ!? 説明しなさいよ!
シェーンは悲鳴をあげつつも、私に経緯を説明してくれた。
了承した覚えは全くないが同意の上で、プレイしようとしていたRPGの世界に酷似した異世界に召喚されたこと。
光の聖獣に名前を与え、名づけ人である私が実際に名前を呼んだ事により、必要な手順が全て整い、契約が既に完了している事実。
自分が、光の使者の称号を与えられている特別な存在であること。
これから力をつけ、仲間を探し出さなければならないということ。
そして、世界を救う使命が私にはあるのだということを告げられ――「どこのファンタジー小説の話だよ!」と、取り敢えず突っ込んだ私は悪くない。