† 第一章 光の聖獣との契約Ⅰ
――ああ、これはきっと夢に違いない。
ぴちちち、とのんきな小鳥の鳴き声を聞きながら、私は柔らかな草の上をごろごろしていた。
ここはどこ何だ、と焦ったのは少しの間だけ。
生い茂る木々の木漏れ日が柔らかく降り注いでおり、ぽかぽかしている。
寝転がっている場所も草の上だが土臭くもなく、ボリュームも丁度良く、最高の寝心地だ。実に心地よい。
「あー……」
このまま眠ってしまったら、きっと次に目が覚めるとリビングなんだろうな。
眠ってしまってもいいけれど、こんなに心地良いのだから、このままもう少し自然と触れ合うのもいいかもしれない。
――目を閉じて、しばらくそうしていると、
「ギャアギャアギャアギャア!」
何やら非常に耳障りな鳴き声が聞こえてきた。
カッと閉じていた目を見開いて、慌てて飛び起きる。
「獣!?」
ここは森の中だ。獣の鳴き声がしても別におかしくはない。
近くで鳴いた感じはしなかったので、距離は離れていると思うが……遭遇すればあまりいい展開になりそうにない声だった。
「と、取り敢えず、のんびりするのはやめておこうかな」
例え夢の中であろうと、凶暴な獣に襲われてから目覚めるのは……確実に目覚めが悪い。
そんな事態は全力で回避したいところだ。
のんびりしていたいところだが、目覚めよく現実に戻るために、場所を移動することを決意する。
せめて、もう少し平穏に過ごせる場所だったらなぁ。
移動することを決意して数分後――私は目の前の現象に眉をひそめていた。
キラキラ、まさしくその表現がぴったりであろう。
いやいや、これは何だ。
ある一点を除けば、何の変哲もない雑草のように見えるただの草。
普通なら素通りしてしまいそうな草だけれど……キラキラと効果音がつきそうなほど輝いている様子は、ちょっと無視できないくらい存在感がある。
「何かの罠じゃないでしょうね……」
しゃがみ込んで、つんつんと触ってみるが、キラキラのエフェクトが眩しい以外、別に変わったところはないように見える。
それにしても、この感じ……あれに似ているよねぇ。
思い切って抜いてみようかな、と根元を鷲掴み一気に引き抜いてみた。
「……普通の草ね」
あっさり根っこまで抜けてしまった草は、抜くと同時にエフェクトが飛散してしまい、それ以降輝くことはなかった。
そして、エフェクトがないとやっぱりただの雑草にしか見えない。
「……ん?」
じろじろと、他に変なところがないか観察していた私は、ふと手元から視線を上げて、見つけたものにおや、と目を瞬く。
「よく見たらあっちにもあるじゃん」
先数メートル先に、同じようにキラキラと光る物があった。
さらにその奥にもキラキラがいくつか見える。
さすがにここからだと何が光っているのかまではわからないが、キラキラは離れていても目に付いた。
角度的に、今まで視界に入らなかったのだろうか。それにしても……。
「等間隔にキラキラ……怪しさこの上ないわ」
これがいたるところに点在していれば得に怪しくなかったかもしれないのに、等間隔に、しかも一定の方向にしかないのは……。
気にならないわけではないが、その配置から「こっちへおいで」と誘われているような感じがしてしまう。
「グルルルルル!」
「グガアアアアア!」
そんな私の思考を遮るように、突然森に響き渡った咆哮。
私は引きつった笑みを浮かべた。
まさに「一触即発ですよ」と言わんばかりに唸り声をあげるのは恐らく獣だと思うが……最初に聞いた声より何か獰猛になっていませんか。
「ほんとに何なの!?」
後方の、それも割と近くから聞こえてきたことに、私は慌てて走り出した。
それはくしくもキラキラがある方向で……走りながらも、ちゃっかりキラキラの回収を忘れない辺り、さすがだなぁと他人事のように自分の行動を評価した。
さっきも似てるなって思ったけど、これってゲームでありがちな、フィールドに落ちている素材みたいじゃない?
時折聞こえてくる獣みたいな声から逃げるように――やっぱり進む方向を誘導されているような気がするけれど――キラキラを辿りつつ移動を続けてしばらく経ったところで、一度息を整えるために深呼吸をした。
こちとら短大に入ってから運動なんて全くの身よ。体力ないわ。
運動が苦手ではなかったけれど、運動不足なのは仕方ない。
深呼吸をしながら、そっと手元に視線を落とす。
「うん、結構集まったな」
とにかく目に付くキラキラを回収していった結果、両腕で抱えるほどの量になっていた。
ちなみに、最初に見つけた謎の草の他に、振り回すのにちょうど良さそうな木の棒、甘い香りのする花など、いろいろなものがキラキラと主張していた。
まぁ、最初と同様、引き抜いたり拾ったりした瞬間にエフェクトは消えてしまっていたけれど。
1本だけ拾った木の棒は、取り敢えずベルトに差してみている。
「さてと、見つけた分を回収したのはいいけれど……さすがにこれ以上持つのは厳しいところね」
重くはないのだが、いかんせん小さな物ばかりなので取りこぼしてしまいそうなのだ。
「何か袋みたいなものがあれば……んん?」
手元を気にしつつ、数歩足を進めたところで見えた光景に、あんぐりと口が開いてしまう。
ここより先の木の生え方に、森の中だけどちょっと開けた場所があるのはわかっていた。このまま進めば、そこに行き着くことも。
わかっていたけれど……、
「め、目が……」
まさか、開けたその場所にこれでもか! と、キラキラエフェクトがあると思わないじゃない?
今までは等間隔に一箇所ずつ1個ずつ配置されていたキラキラが、集合するとこれほどの破壊力があるとは。
森の中にぽっかり空いた広場のようなこの場所。エフェクトの密集を直視したら目がチカチカしてしまうからと、私は薄目でゆっくり中心へ向かった。
何故か、エフェクトは広場の中心を囲むようにぐるりと配置されていたのだ。
光っているのは、最初に見つけた例の謎の草と、甘い匂いの花……あ、よく見たら綺麗な石も落ちてるじゃない。
エフェクト密集地を乗り越え、中心にあるちょっと大きめの切り株に腰掛けた。おお、すごく椅子に丁度いいわこれ。
座って落ち着いた私は、そっと腕に抱えていた物を膝の上に置く。
目が痛いので、なるべく周囲のキラキラを見ないように心掛けつつ、膝の上の物を指でつついた。
「ふー……結構歩いたけど、全然森を抜けられないなぁ」
というか、そろそろ目が覚めてもいい頃だと思うんだけれど。
歩き回って足が疲れた私は、ため息をそっと吐いた。
そもそも、靴なんて履いていない。ルームシューズだし。ちょっと足底がぶ厚めだから、しっかりしているのが幸いだけど。
よくこれで森の中を歩き回ったものだ。
記憶が正しければ、今の私の格好は眠る前の服装そのままな気がする。
いつも愛用している部屋着用のパーカーに、下は出掛けた時のままのジーンズ。確か、上の服だけ着替えたはずだ。
「やっぱり、ゲームしている最中に寝落ちたのかなぁ?」
途中、急に眠くなったような気がするけれど。
ふわりと頬を撫でるように、柔らかい風が時折吹いて、花の香りなどを運んでくる。
すごいなぁ……視覚、聴覚、嗅覚、触覚と、こんなにもはっきりした感覚のある夢は初めてだ。