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老兵士

 今日護衛するベリーの場所はギルドから離れた南の森だ。青々と成長してきた麦畑に囲まれた道を進み、川を超えてしばらく歩いたところにある。40分くらい歩いただろうか。

 木々の間から差し込む光が赤いジュベリーをつやつやと光らせていた。

ベリーに囲まれるように中央が丸く空いていた。ここでみんな休んだりお弁当を広げたりするらしい。だが今は草が生えていてそれも出来なさそうだ。

「鎌を持ってくれば良かったのう。まあこれでいけるじゃろ」

じじい達はハルベルトで器用に草を刈っていく。二人共本当に使い慣れていて驚く。

「すごい器用ですね、えーと…」

 アビゲイルは二人の名前を知らなかったので言い淀んだ。

「わしはグンナルじゃ。そういえば名前を言ってなかったな」

「わしはランナルじゃよ~。今度から名で呼んでくれると嬉しいわい」

「あっありがとうございます」

 今まで名前を気にしてなかったことが申し訳なくてアビゲイルは顔を赤らめた。

 グンナルは白髪交じりの黒髪を長く伸ばしていて、髭も同じように長く伸ばしている。弟のランナルは更に長い焦げ茶色の髪を無造作にまとめていた。

 背はアビゲイルより低く、胸元のあたりまでで、そのかわり足腰が太くしっかりしている。若い頃はさらに体格が良かったのだろうということが想像できる。

「前から気になってたんですけど、お二人はドワーフなんですか?」

「半分な。親父がドワーフなんじゃ。純血のドワーフはもっと背が低いぞい」

 二人が草刈りをしてくれている間、アビゲイルは探索魔法を使って周囲を警戒した。森の中なのでいつもより範囲を広げているが、毎日巡回中に使ってきたおかげで今はそれも楽にできている。周りはとても静かで鳥の鳴き声と木々の葉音が鳴るだけだ。

「そういえば、わしらの話はなんにもしたことがないな」

「アビーちゃん防御堅いんじゃもん~。ワハハ」

 弟のランナルのほうが口が軽い。

 中央の広場の草刈りが終わると真ん中に石が積まれていた、積まれた形を見るとこれはかまどのようだ。

「ここで焚き火をするんじゃ」

「何か料理するんですか? あ、お茶?」

 アビゲイルの答えを聞いて二人は笑った。

「ワハハ、それもええが熊よけじゃ。煙の匂いが嫌いじゃから」

「へー」

「あとこれな、鈴」

 グンナルはそう言って、腰のベルトに結わえた鈴を見せてくれた。使い込まれた鈴は鈍色だったが音色はチリチリとよく響いた。

「私も買わないとか…」

「まだ持ってないんか? アビーちゃん」

「今日寄ってみます」

「わしらが買ってあげようか~?」

「だいじょうぶ、買えます買えます」

 草刈りをしてかまどを整えている間に村人がちらほらとやってきた。みんな手に大きなカゴとベリーピッカーを持っている。

「おはようございまーす」

 アビゲイルが大きい声で挨拶するとみんなも返してくれる。山菜を集めたときに出会った老夫婦もいた。

 枯れ草と小枝を集めて火を熾す。火が大きくなってある程度落ち着いたらもう少し大きな枝を、そして煙がわざと出るように松葉を加える。

 今日は風がほとんどないので煙は上に昇っていく。

「これでよし、時々火の様子をみたらええ。夕方の日暮れまでくべるぞい」

「はい」

「あとは森との境界線をウロウロして見張ったらいいんじゃ。鈴を鳴らしてな」

 アビゲイルはランナルと一緒に歩いて、ベリーの森を見てまわった。ジュベリーの実は森の奥に行くに連れてまだ熟してはおらず、固い緑色の実も多かったが、畑に面した木々の実は真っ赤に熟して柔らかかった。実を一つもいで汚れを落として口に含む。

「ちょっと酸っぱいけどおいしいですね」

「今年の実は大きいのう。たっぷり実っとるし、アビーちゃん緑のを食ったらだめじゃぞ、腹を壊すからのう」

「は~い」

 村人はさらに数組増えた。だいたい10~12組くらいだろうか? 小さい子供連れだったり、女性数人のグループだったりするが、男性は老人以外今日はいなかった。

「男の人はあんまりベリー狩りしないんですかね?」

「本業がいそがしいんじゃろ? こういうのは女の仕事じゃしな」

「保存食作りで男性の仕事はあるんですか?」

「肉やチーズなんかは力仕事が多いから作るやつが多いかもしれん。わしも作るんじゃよ。よかったらアビーちゃんにわしの自慢のベーコン作っちゃろうか? 一緒に食わんか? ムフフ」

「ハ、ハハハ」

 アビゲイルは話題をそらすことにした。

「そういえばハルベルトはどこで覚えたんですか?」

「ん? これは戦争で兵士だったときに覚えたんじゃ」

「戦争?」

「そうじゃもう14~5年前に終わったがのう」

 グンナルとランナルは若い頃は農業をしていたのだが、戦争が始まり、兵士の募集が始まったで参加したという。

「まあ都に行けるし、給料も出るちゅうんで出稼ぎ気分で行ったんじゃ。斧も使えたしな」

 だがよくあることで徴兵はうまい話ではない。そもそも戦争で戦うのだから命がけの出稼ぎだ。給料も良くなかったらしい。

「ちょっと訓練しただけでぽんと前線に置かれて、ひどい目にあったわい」

「地獄じゃったな。わしらが生きてるのはこいつのおかげもあるかもしれん。とある騎士様に教えてもらったんじゃ」

そう言って持っていたハルベルトを見上げた。

「これは便利でな、突っ込んでくる奴らを刺したり、馬に乗った騎士を引っ掛けて落とすこともできるし。斧の部分で兜や鎧をへこませたり割ったりできて強いんじゃ」

「わしら背が低いじゃろ? みんななめてかかってくるでの、そういう間抜けをこう」

 ランナルはハルベルトを両手で回し始めた、先の部分が重いからかすぐに回しているスピードが上がっていく、ヒュンヒュンと音を立てて周囲のベリーの葉先を揺らした。

(こ、これは思っていた以上に強いかも)アビゲイルは驚いた。

「こうやってな、回すとみんなビビって寄ってこないんじゃ。フヘヘ。そうして油断したとこをこう!」

 今度は槍のように持ち替えて穂先で前方を突いた。それは速く鋭く、アビゲイルが思っていた以上に遠くを突いた。ランナルは突くときにハルベルトを握る手を滑らせて中央から端に瞬時に握り直していた。

「すごーい! すごいです!」

 アビゲイルは拍手した。

「こらランナル! 危ないじゃろが! 調子にのるな! …ん?」

 ハルベルトを突いたときの姿勢のままランナルが動かない。下を向いて顔が青ざめている。

「こ、腰が~!」

 急に無理に動いて腰を痛めたらしい。周囲の村人から笑いが起こる。

 グンナルはすぐにランナルの持つハルベルトを取り上げてすぐそばの木に立てかけた。

「まったく、アビーちゃんにいいとこ見せようとするからじゃぞ!」

「いでででで。アビーちゃ~んお助け~」

「はいはいはい」

 かまどのそばの切り株にランナルを座らせて、神魔法で腰の様子を見た。背骨のすぐ横あたりの筋肉を痛めたようだ。軽いぎっくり腰らしい。

「このまま手当しますね」

「うぅ、すまんの~」

「まったく! 代わりにわしが周りを見てるからかまどの火をみとけっ」

 グンナルは少し怒っているのか乱暴にベリーの木々をかきわけて周囲の見張りに向かった。歩く度に木からベリーがもげてぽろぽろと落ちていき、ベルトにつけた鈴がリンリンと忙しく鳴っている。

「思ったより痛めてますね」

神魔法を使って腰の様子をさらに詳しく診てみたが、痛めた筋肉は熱をもって固く感じる。

考えてみれば初めて見る「怪我人」でそのことに気づいたアビゲイルは少し緊張した。

(だいじょうぶ、落ち着いて。教わったことをきちんと…)

大きく深呼吸しながらオスカーに教わったことを思い出す。

(まずは自分の体の魔力を落ち着けて…患者の体の波長に合わせる)

 ランナルの呼吸に合わせて魔力を流し、固まった腰の筋肉を少しずつほぐしていく。

(乱れを治す、あせらず、ゆっくり)

「ふい~、涼しいわい。体の中に風が吹いてるみたいじゃ」

「寒いです?」

「いや気持ちいいぞい、痛みも落ち着いてきたぞ」

「よし、もうちょい続けますね」

 どうやらうまくいっているようだ。アビゲイルはそのまま治療を続けた。


「おーい、どうじゃ? 塩梅は」

 見回りを終えたグンナルはかまどに戻ってきてランナルにたずねた。

切り株に座っていたランナルはすっと何もなかったように立ち上がり、その場で屈伸した。

「おう、見てくれ兄者! もうすっかりこの通りじゃ」

「あーちょっと! 急な運動はダメダメ!」

 調子にのっているランナルをアビゲイルは慌てて止めた。

「完治したわけじゃないんですよ!」

「す、すまん」

「もう、この護衛クエストが終わったら神父様に診てもらいますからね」

「ハイ」

 小さく返事をしてランナルは切り株に座り直した。

「まったく、お主はそのままかまどをみておれ、アビーちゃんわしとまた見回ってくれんか? 探索魔法で奥まで見てほしいんじゃ」

「了解です」

 アビゲイルは念のため自分のスキルツリーを見て、残りの魔力を確認した。8割ほど残っていてまだまだ余裕だ。

「二人きりでずるいぞ」

「うるさいわい、自業自得じゃろが。かまどに薬缶をかけて茶を沸かしておけ。アビーちゃんあとで一緒に飲も」

「はーい」

  ベリーを収穫しに来た村人たちは楽しく歌ったり喋ったりしながらベリーピッカーを休まず動かしている。そして持ってきた大きなカゴや袋はすぐにいっぱいになるとすぐに家に帰っていった。すぐにジャムやジュースに加工するのだろう。

 中にはそのままお弁当を食べたりお茶を飲んでハイキング気分の人たちもいる。楽しみ方は様々なようだ。

 探索魔法には村人以外は感じられなかった。今日は平和に昼を迎えられそうでほっとした。

 アビゲイルとグンナルは周囲の森を見張りつつ、遠くから村人たちを眺めていた。

ベリーの森の周りをぐるりと何度か周回したが怪しい気配は何もなかった。

「さっきはランナルがすまんかったのう」

「いいえ、神魔法の練習にもなりましたし、だいじょうぶですよ」

「やれやれ逆に姫に助けられたわい」

 長く伸ばした髭を撫でながらグンナルはため息をついた。

「あいつはちょっとお調子者でのう、にしても今回は浮かれ過ぎだわい。根はいいやつじゃから嫌いにならんでやってくれい」

「はは…まあそれだけ楽しみにしてくれてたなら嬉しいです。今度の護衛のときもよろしくおねがいします」

「こちらこそじゃよ~」

 嬉しいと言ったことがグンナルにはかなり嬉しかったようで、落ち込んでいた気分もすぐに良くなったようだった。

「さて、太陽も真上に昇ったし、ランナルのとこに戻って飯を食うか」


 かまどに戻るとディックとロイドがいた。ランナルと一緒に茶を飲んでいる。

「おう、お疲れさん。様子はどうだった?」

「今のとこなんもないよ。あ、でもランナルさんがねえ…」

「あー! アビーちゃん! それは無し無し!」

 ぎっくり腰のことを話そうとしたらランナルが大声を出して制した。

「なんだよ」

「さっきぎっくり腰になったんじゃ」

 グンナルが笑いながらディックたちに教えた。

「何やってんだよほんとに…。普段サボってた報いだな」

「とほほ」

 しょんぼりしているランナルからお茶を受け取る。購入したばかりの槐のカップを使えてちょっぴり嬉しい。お茶にはジュベリーが2~3個浮いていて、いつもの色より赤く甘酸っぱい良い香りがした。

「あと数日護衛してもらう予定だったんだが大丈夫か?」

「アビーちゃんにさっき診てもらったから平気じゃ。このあと神父様のとこにいくしの」

 ディックはアビゲイルのほうを見る。

「一応歩けるようになったし、さっき屈伸もしてたから。まあ大丈夫かな?」

「神魔法がだいぶうまくなったみたいだな」

「どうもどうも」

 昼食のサンドイッチを食べ終えて護衛は終了だ。

「よし、これから日暮れまでは俺とロイドで護衛するよ。明日の朝もよろしくな」

「うん、それじゃあまたね」


 ギルドで今日の報酬を受け取る。山菜護衛クエストと同じ3000ゼムだった。

(これが数日続くなら革手袋の代金もいけるな。他にもなにか買えるかも)

「おお~1日に3000ゼム貰うのは久しぶりじゃわい」

「教会帰りに心臓亭に行かんか? アビーちゃんもどうじゃ?」

「ごめんなさい私は革手袋を買うために貯金です」

「真面目じゃな~」


 3人は報酬を受け取った足でそのまま教会へ向かった。

 教会につくとオスカーがいた。そういえば今日はジャムの材料を買いに行く予定だったのを思い出した。

「おかえり、アビーさん。そちらのお二人は?」

「今日一緒に護衛したグンナルさんとランナルさん。ランナルさんがぎっくり腰になっちゃって」

「おやおや、すぐに診よう。どうぞこちらへ」 

 教会の正面扉から中にはいるとすぐに本堂になる、その右横の廊下を進むと司祭室でそこがオスカーの仕事部屋だ。司祭室の隣が治療室になっていて3人はそこに通された。

 治療室には真ん中に仕切り板が置かれてその向こうに治療用のベッドがあった。

「皮鎧をはずしてここに横向きに寝てください。ゆっくりでいいですよ」

 後ろに手を回すのも痛むようだったのでグンナルが革鎧を外すのを手伝った。

「兄者、もう少し優しうしてくれ」

「うるさいわい、神父様。ついでに頭も診てやってくれ」

「ははは、どれどれ」

 オスカーはランナルの背中を数回さすってから神魔法をかけた。

「ぎっくり腰…ということですけど、たいした肉離れではないですねえ。あ、そうかアビーさんが診たんだね」

「はい、痛めてすぐに私が治療してみたんですけど不安だったんで念のためってことで」

「なるほどね、うんうん上手に治療できてるよ。痛みはほとんどないでしょう?」

「ああ、ちくっとあるけど歩けるぶんには問題ねえですよ」

「いいですね、じゃあちょっと私も仕上げをしましょう」

 治療をはじめるとすぐにランナルの顔が赤くなってきた。オスカーの神魔法は火属性の効果がついているので体がすぐ温まるのだ。

(ん? ぎっくり腰って冷やすんだっけ温めるんだっけ?)

 迷ったがアビゲイルは風属性で冷やしていて、オスカーは今温めている最中だ。

「神父様、ぎっくり腰って冷やすんでしたっけ? 温めるんでしたっけ?」

「なってすぐのときは冷やしたほうがいいね、今は落ち着いているから血と魔力の流れを良くしたほうがいいので温めてるんだよ。このあと数日痛みが続くなら冷やしたほうがいいね」

「ふむふむ」

 治療中のランナルは真っ赤な顔でニヤついた。

「じゃあ明日も痛むからアビーちゃんに診てもらお。イヒヒ」

「ぜんぜん反省してないですね…」

アビゲイルは呆れた。

「ハハハ、だいじょうぶ。治りましたよ」

「えっ?」

 ランナルは驚いて起き上がったが、寝たときよりもすばやい動きでさっきが老人なら今は20歳くらい若返ったような動きだった。

「すごいのう、さすが神父様じゃ」

「いやまだちょっと…痛いかもしれん」

 腰を捻ったり振ったりしながらランナルは痛いかも痛いかもと何度も言う。またアビゲイルに体を触って欲しいのだろう。 

「でも激しい動きはしばらくしないようにしてください。本当に痛みが出たら私のところにくること。いいですね。アビーさんはまだ修行中ですから」

「往生際が悪いぞ! すけべが」

 オスカーに念を押されグンナルに叱られてようやくランナルは痛いというのを止めた。

そしてアビゲイルはスケベな心をオスカーに治してほしいと思っていた。



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