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二人の護衛

 冒険者ギルドのクエストボードにベリー採集の護衛募集が貼られた。だが山菜クエストとは違って採集したい人たちを募集したりくじ引きしたりというのは無いそうだ。

「ベリーはそれほど人気ないの?」

「いえ、人気はありますけど森の中まで行きませんし~、それ村中にたくさん実ってますからわざわざ護衛のいる場所まで行かなくても採れる人が多いんです~」

「ふむ」

「ここに来る人は家にベリーの木が無い人とか、家族連れのハイキングみたいな気分で来る人が主です~」

 確かに教会からギルドに来るまでの道にもちらほらとベリーの木がある。赤い実がたっぷりとついていて、ギルドに来るまでにカゴいっぱいに集まりそうだった。だがそれらはすべて誰かの植えたベリーの木で、子供のつまみ食い以外で収穫するのは良くない。

「山菜よりは平和な感じだね」

「そうですね~、あんなにみんなギラギラとおかしくなるのは山菜とキノコだけです~」

「なぜなのか…」

 ナナとアビゲイルは考えたが「美味しいから」という理由以外は出てこなかった。

「おい、アビーはオスカー達とベリー集めに行くんだろう? いつ頃行くんだ?」

 隣でぼんやり話を聞いていたディクソンが訪ねてきた。

「えーとねえ、エルマ達が学校が終わってからか休みの日にしようって話してて、この辺にしようかなってあとは週末」

 そう言ってアビゲイルは週の真ん中と週末を指さした。

「じゃあそこはお前は休みだな。集めた後ジャムづくりをするんだろう?」

「そう、神父様とエルマ達と一緒にね」

「わかった。まあお前はなんだかんだ言ってよく働いてるからな。たまにはのんびりしたらいいさ」

 ディクソンはアビゲイルの肩をぱんぱんと叩いて労ってくれた。

「ありがとう」

「でも護衛クエストの募集は今年もあまり集まらなさそうです~」

 ため息まじりにナナがぼやいた。

「そうなの?」

「みんなベリーを集めて加工したいですから~」

「特にじじばば達はな」

 確かにいつも採集や雑用のクエストをしてくれるじじばば達はふだん小遣い稼ぎと暇つぶしにギルドに来ている。

ベリーを集めて加工するのは今しかできない家仕事で、忙しい家族に代わって作る人も多いだろう。ジャムにドライフルーツ、ジュースなどになるし、果実は村には少ない甘味で、買うより作ったほうが安い。

「じじいが集めてばばあが作って、まあ忙しいんだよな。これからしばらくはここも少しは静かになるだろうさ」

「ふうん」

「まあそういうことをしない予備冒険者達がちょっとはいるから、そいつらにがんばってもらうさ」

「誰?」

「わしらじゃよ~。アビーちゃん」

 振り向くとそこには二人のじじいがいた。普段アビゲイルにちょっかいを出している面々だ。

「ベリー集めしなくていいんですか?」

「わしらは元々作っとらん。買えばええ話だ」

 二人は兄弟で同居しているらしい。二人とも奥さんに先立たれてしまったのだそうだ。

「保存食はハムとかベーコンとかしか作らんわ」

「そうなんですか」

 村民全員が作っているわけではないし、好物だけ作ってもいいのだろう。家ごとに色々作るものも違うようだ。なるほどと思っているとじじいがニンマリ笑ってアビゲイルの手を握ってきた。

「というわけでアビーちゃ~ん。護衛クエストわしらと一緒に組まんか? いっつもディクソンと組んでばっかりでわしら寂しい~!」

「おっと?」

 困ったことになったなとディクソンに目線で助けを求める。ディクソンはその様子をしばらく考え込むように眺めていたが。

「まあ、それもアリかな…?」

「「えっ」」

 アビゲイルとじじい達は驚いて声を揃えた。アビゲイルは(護衛できるの?)という驚き。じじい達は(アビーちゃんと護衛してもいいの?)という驚きの声だった。

 だがディクソンは気にせず続ける。

「予備冒険者の中でも護衛ができるやつは少ないんだが、今回は特に少なくてな。アルは無理だし、ルツはお前の革手袋を作りたいと断られたし、セツも家族分のジャムを作るから毎日は無理と言われていてな。その次に誰だとなるとじーさん達に頼むことになるから」

「今回はおじいちゃんたちと組むと。でも大丈夫なの?」

「まあスライムとゴブリンくらいなら余裕だろ?」

 ディクソンがじじい達に試すように尋ねると。

「おうっ!」

じじい達は声を揃えて力強く返事をした。

「アビーちゃんと村人の護衛はまかせんしゃい!」

「腕が鳴るわい~!」

 組めるかもしれないという希望でいつもより気合が入っているようだった。が、アビゲイルはちょっと不安だ。またディクソンに目線を向けると。

「だいじょうぶ、お前より経験がある。ただし、ただしだ、邪なことはするなよ。アビーにビンタされて嫌われたくないだろ?」

「お、おう」

「あと護衛も腰が痛いとかなんとか言ってさぼるなよ。あとむやみやたらと触るな」

「まあそうですね、緊急時以外はぺたぺた触られるのイヤです~」

 注意事項をだるそうに聞いていたじじい達だったがアビゲイルが言うと今度は慌てて聞いているぞとアピールしてきた。

「ハイッ」

 その様子を見てディクソンが睨むとじじい達はアビゲイルから一歩離れて手を後ろに回したり上げたりした。素直だ。今だけだろうが。

「まったく、とりあえずアビーと2~3日くらい組んでくれ。あとで組分けしておくからな」

「「やったー!」」

「おお~、じゃあそのときはよろしくおねがいします」

「まかしとけい!」

 じじい達は普段から油断すると手を握ってきたり、近寄ってきたりと下心を感じていたのでアビゲイルはずっと距離をとっていた。

(考えてみたらちゃんと話したことなかったなあ)

 ディクソンもそれを察していて時々追い払ってくれたり毎日の採集クエストでも面倒見の良いおばあちゃん達と組ませてくれていた。なので、じじい達の冒険者としての本領は全く知らなかった。

(私に比べたらここのみんな私より経験があるだろうし、何か学びがあるかもしれないな)

というわけで今回のこの組み合わせをアビゲイルは前向きに考えることにした。


 「へえ、予備冒険者の方々と組むのかい」

「そうなんです、おじいちゃんたちと組むのは初めてなのでどうなるのかなって」

 教会に戻ってからアビゲイルは自分たちのベリー摘みの予定が問題なく決まったことを伝えた。

「それにしても男の人ってどうして女の人をからかったりして面白がるのかしら?」

 予備冒険者のじじい達がどんな人達か、エルマが知りたがったので簡単に普段の様子を説明したらどこかの誰かを思い出すのか少し苛立った。

「まあまあ落ち着いて」

 オスカーがなだめて、エルマのカップに紅茶を注ぐ。

「ベリー摘みの予定は…3日後とその2日後だね。わかったよ」

 台所の壁に貼られた暦にオスカーは赤い鉛筆で印をつけた。

 オスカーの手元にはオリビアのレシピ本があり、その脇には数枚メモがあった。

 ジャム作りの予習をしているのだろう。

3人とも今年初めてのハイキングらしいので、かなり楽しみのようだった。

 アビゲイルは腕組みしてまず準備出来ることを考えた。

「とりあえず今日これから出来ることはお弁当のメニューをビシッと決めて、地下のガラス瓶の数の把握と、洗って乾かしておきましょうか。晩御飯は簡単にすませましょう」

「さんせーい!」

 カミラが嬉しげに答えた。


 だがカミラは地下に降りるのを怖がり、台所で3人が戻ってくるのを待つことになった。

「ねー! まぁだー!」

「もうちょっとよー」

 地下には思っていたよりもガラス瓶が残っていた。大きさは大小様々だったが。今回のジャム作りには間に合う量の中型の瓶が10数個残っていた。

「これだけあれば今回は瓶は買わなくてすみそうですね。買うのは砂糖とレモンジュースだけですね」

「でもお父さんの買い物には私がついていくわ、何か余計なものまで買わされそうだから」

「うん、お願いするよ。エルマ…」

「じゃあカミラは私とお弁当の材料を買いに行こうね。二手に分かれましょう」

「やったー!」

「おねだりは無しよカミラ」

喜ぶカミラにエルマはすかさず釘を刺した。

「明日この瓶を洗ってからエルマと買い物に行ってくるよ」

「わかりました。じゃあ午後からカミラと買い物に行きますね、カミラ、明後日に学校とお昼ごはんが終わったらギルドで待ち合わせしよう」

「うん!」

「じゃあ明日は私達と買い物に行く?」

「いいの? お姉ちゃん」

「いいわよ、ね、お父さん」

「うん」

「やったー!」

 カミラはぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。


 翌日の朝はきれいな青空が広がった。朝の光が窓に差し込むと壁にくっきりと窓枠の影を描き、庭の草花の朝露を輝かせた。ベリーの収穫には最高の初日である。

 念のためにアビゲイルはいつもより早くギルドに向かった。

「おっはようアビーちゃん! 今日はわしらとじゃよ!」

「おはようございまーす。よろしくお願いしますね」

 ナナが護衛の組分け表を見せてくれて、そのままギルドボードのすみに貼ってくれた。

初日の護衛はアビゲイルと予備冒険者のじじい兄弟だ。

「アビーちゃんになんかあったらいかんから色々用意したぞい」

 確かにいつもと装備がちがう、頭から足先までしっかりと革鎧を装備していて、普段は小さな手斧や剣だけなのに今日は自分の背丈より長い柄のハルベルトを持っていた。

 ハルベルトは槍状の頭部に斧と鉤状の突起がついた武器だ。この一つの武器で「切る」「突く」、そして鉤爪で「叩く」「引っかける」と4つの機能を持つ。

アビゲイルがハルベルトを見ていると、じじいは自慢気に構えた。

「これで熊もゴブリンも一撃よ!」

 ディクソンはコーヒーを飲みながら呆れながらそれを見ていた。

「ディクソンおはよう~」

「おう…」

元気がない、というわけではない。

「あんた達がそんな武器持ってるなんて初めて見たぞ、使えるならもっとはやく巡回や護衛に声をかけてたのに」

 ディクソンも見たことがなかったようだ、じじい達はにんまり笑った。

「巡回なんて若いやつがやればいいんじゃ、それにわしらが出んでもどうにかなってたじゃろ?」

「わしらは冒険者も兵士も引退しとるし~。余生はのんびりやりたいことしたいんじゃ」

「おまえら~っ」

「今日は我らの姫を守るために気合いれてきたんじゃい」

「ハハハ」

 それを聞いて笑うしかない。だがそこまで心配してくれるのは下心があるだろうが嬉しいことだ。

「じゃあ今日はよろしくお願いします」

「「おう!」」

 じじい達は高くハルベルトを掲げて答えた。


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