手伝い
アビゲイルのお湯で作った水薬を飲んでも3人は体調をくずす事はなかった。
あの薬を飲んだせいか体が少しあたたかい。シャイナが言うには魔力が溜まって溢れてきているときの症状なのだそうだ。
「アビーの水は問題ないよ。そのまま飲んでもだいじょうぶ。冒険者のカードに書いておきな」
「ああ、明日早速書いておくよ。今日はありがとな」
「ありがとうございました~」
アビゲイルとディクソンはそのまま帰ろうとしたが、アビゲイルだけ呼び止められた。
「あんた今日これから暇かい?」
「え?」
ディクソンはその問いにすぐに答えた。
「手伝いか? アビー、暇ならシャイナの薬づくりを手伝って行けよ」
「あーなるほど。いいですよ、夕方までなら」
「助かるよ」
頼まれた手伝いは、集めた薬草を洗ったり、束にして干したり、干した薬草を刻んだりとなかなかの労働だった。
「月夜草は昼に干すより夜のほうが効力が抜けないんだよ、だから日暮れに干すのさ、そっちのカモミールとタイムはもう乾いてるから、それとこれを替えとくれ」
「はーい」
先がふたつに割れた棒を使って物干し竿の片側を引っ掛けてゆっくりとおろし、乾いた薬草をを外していく、はずしたところにシャイナが洗ったばかりの月夜草を干していく。
「背が高いとこういうとき便利でいいね。次はこっちのを頼むよ」
「はーい」
「その後は届いたモギ草の花を整えるよ」
シャイナの仕事部屋には、大きめの麻袋がいくつか届いていた。冒険者ギルドで今日のクエストで集めた蕾だ。
「今日のはシャイナさんの分だったんですか」
「明日もそうだよ。その後のは多分街に送られていくんじゃないかね。1番摘みは毎年私んとこだよ」
机の上を片付けて、無地のテーブルクロスを敷く。麻袋から掴み取った蕾をどさっと広げた。
「見てごらん、こうやって茎をちぎって花とがくだけにするんだよ。茎は捨てずにこっちのかごに入れとくれ」
「はい」
左手に蕾をたっぷり持ってそこからひとつずつつまみ、そのつぼみの茎を右手でプチプチとちぎっていく。アビゲイルはこういう手作業が案外好きだ。蕾に集中し、黙り込んでしまう。
シャイナはアビゲイルの整えた蕾をいくつか見て「よしよし」というと蜂蜜入りのお茶を淹れてくれた。そしてそのまま自分も同じ作業を始めた。
仕事場のいたるところで色々な音が鳴っている。水滴の落ちる音や、風でカラカラと音を立てる窓際の木の実でできたモビール、天井いっぱいに干された薬草の揺れなど家の中にいるのに草原に立っているような音が響く。
手のひらの花からは良い香りが漂っていて、気持ちがいい。
二人の両手からプチプチという小さい音がしばらく聞こえたあと、シャイナがぐっと腰を伸ばして大きな声を出した。
「ふぅ~ぅっ。ようやく半分か」
椅子から立ち上がってもう一つの麻袋の封を開け、テーブルの上に広げる。
陽はまだ少し高いのでもう少し手伝えそうだ。
「薬づくりは準備が大変ですね。こうやって干して保存して」
「まあね、でも毎年やってることだからもう慣れちまったね」
「これって全部村で使われるんですか?」
「いいや、息子達が行商で街に売りに行ったり、ここに商売人が来て買っていたりもするから全部っちゅうわけではないね」
次の袋を開けてからは今度は会話が止まずに続いた。
モギ草のこと、薬のこと、シャイナの家族のこと、ナナのことと連鎖的に話が続いていく。
モギ草を整える手は止めず、話し続ける。
話しすぎて喉が乾いたのかシャイナは少し冷めたお茶をずずっとすすった。
「そういえばあんたか来てもうどんくらいだね?」
「えーっと…1ヶ月とちょっとですね」
「おや、まだそんなかい? 早いもんだね」
もう一口、今度はゴクリと大きく喉を鳴らしてお茶を飲んだ。
「来年の春にはあんたはどうなってるかねえ、楽しみだ。ヒヒヒ」
「もうちょっと色々出来てるといいんですけど」
「ヒヒヒ、あんたなら出来てるだろうさ」
アビゲイルはそのとき少しだけシャイナが褒めてくれているのに気づいた。
ちょっと照れくさい。
「えへ、がんばります」
「ヒヒヒ」
そのあとまた少し沈黙があったが、すぐにシャイナが喋りだした。
「これからあんたが覚えていったうちの薬の知識は他のとこに行っても役に立つだろうさ。あと、知りたい子がいたら気にせず教えてやるんだよ」
「いいんですか?」
「ぜんぜんいいよ、教えてもらった子も誰かの役に立つだろうさ。いいことじゃないか」
アビゲイルは逆にあまり言うなと言われるのではないかと勝手に思っていたがそうではないらしい。
だが、私なんかが教えてもいいのだろうか? 考え込んでいるとシャイナはすぐそばの本の山から1冊の本を出してきた。「西大陸薬草図鑑」だ。
アビゲイルの目の前に置かれたその本はシャイナのものなのか、だいぶくたびれていてメモや付箋がびっしりと貼られて分厚くなっており、本が勝手に開かないように革紐でぐるりと巻いてあった。
「最後のページ、読んでごらん」
「は、はい」
言われるがまま本の最後のページを開く。そこにはシャイナの父、ジョージャの言葉が書いてあった。
二度と本は書かない、面倒だ。だが私の知識がほんの少しでも誰かの命を救う手助けになるならば、この本を読んだ者は多くの人に広めてほしい。 ジョージャ・シャイナ
ララジャはよくよくこの本を読むこと。
最後の言葉は手書きだった。おそらくジョージャが現在のシャイナであるララジャ・シャイナにこの本を渡すときに書いたものだろう。
「多くの人にひろめてほしい…」
「そ、まあパパは広める目的でこの本を書いてるから、気にせず広めな」
「なるほど、わかりました~。これは間違いを教えないようにしないとですね」
「頼むよ。パパの名前を汚さないようにね。ヒッヒ」
一袋分の蕾の処理がようやく終わった頃、陽はだいぶ傾いてきていた。そろそろ買い物をして帰らないといけない。シャイナも気づいてすぐに手を止め、小さめの紙袋にざくざくと色々なハーブを詰めだした。
「はいよ、おつかれさん。これは今日の手伝い賃だよ」
そう言ってシャイナは紙袋をアビゲイルに渡した。
「この間、あんたがおいしいって言ってた茶、食後に蜂蜜を溶かして飲みな。牛乳でもいいよ」
「おおー、こんなに? ありがとうございます」
「いいんだよ、金じゃなくて悪いね」
「いいえ、全然こっちのほうが嬉しいです」
「ヒヒヒ、そうかね」
鞄にもらったお茶をしまってから、ゆるい坂道を駆け下りていく森に近いからなのか、まだ陽が沈んでいないのに風がひんやりと冷たかった。
(まだまだ夜は冷えるな)
肉屋と八百屋に行く途中、今日の晩御飯のメニューを考える。台所には大量のじゃがいもがあるが、茹でたり焼いたり揚げたりとほぼ毎日食べている。
「でもまだいっぱいあるんだよな~」
考えているうちに肉屋についてしまった。
「いらっしゃい、アビーさん。今日はどうする?」
「まだメニューが決まってなくて、悩んでるんですよね…」
「今日は鶏肉が安いよ、廃鶏がいっぱい出てね。肉はちょいとかたいが旨味があるよ」
アビゲイルは少し考えて、メニューが決まっていなくてもまあどうにかなるだろうと思いそのまま鶏肉とベーコンを購入した。
「まいど」
そのまま八百屋に行くと心臓亭のアルがいた。買い物の後店主と雑談していたらしい。
「よおアビーさん、今トマトの話をしてたんだ」
「ケチャップですね」
「聞いたよ、またうまいソースらしいな。でも大量に使うなら農家から直接仕入れたほうがいいぜ」
ケチャップ作りの準備でどこからトマトを買おうか話していたらしい。
「そうだな…、いくつかの農家の知り合いにあたってみるか。調味料はビリーさんにたのんであるし。トマトさえしっかり集められたら後は作るだけさ」
「あー私もみんなに教えないとですね」
ケチャップは秋冬の食事を楽しめるようにレシピを各家庭に広めようという話がでていた。アビゲイルがどうしようか考えているのを見てアルが提案してくれた。
「それはギルドか役所で教えますよって日程決めてやりゃあいいよ。教会なら台所もでかいしよ。俺も参加してえし」
「えっアルさんも?」
「レシピも味も知ってるが一度作り方は見ておきたいからな」
そういえば今まで教えたレシピのほとんどは心臓亭の厨房で作っていた。料理人としては曖昧な情報だけで作りたくはないのだろう。
「でもアルさんはお店があるから、そのときは私が厨房で作っても大丈夫ですよ」
「お、そうしてくれるとありがたいぜ。トマトが実ったあたりにまた話そう」
「はい。あっそういえば今日の心臓亭の夜のメニューってなんですか?」
「ん? 今日はスパイスハニーチキンとクリームニョッキだよ。クリームにはたっぷりの野菜入りさ」
「おいしそう~、そっかニョッキ…うちもそうしよう。ありがとうございます」
アルは軽く吹き出してアビゲイルに聞いた。
「なんでえ、晩飯が決まってなかったのか」
「そうなんです、助かりました」
「鶏肉を入れたクリームニョッキかい? いいねえ」
肉屋の店主が紙に包んだ鶏肉とベーコンをくれた。代金を払いながら羨ましそうに言う。「そうですね…茹でてアスパラとベーコンで炒めようかな? それとも揚げようかなあ」
「へえニョッキを揚げるのか? つまみにいいかもしれないな粉チーズと塩、タルタをたっぷり…」
「あーいいですね、肉料理の付け合せとかにもなりそう」
「今晩試しに作ってみるか」
アルとアビゲイルのやりとりを聞きながら肉屋が喉を大きく鳴らした。
「ただいま~」
「おかえりなさいアビーさん。晩御飯なんだけど、残ってたソーセージと野菜でスープを作っておいたの。朝も食べれるように多めに作っておいたわ」
「私も手伝ったんだよ!」
大きい声でアピールしながらカミラが抱きついてきた。
「ふたりともありがと~。じゃあもう一品作るね」
アビゲイルは買ってきた荷物をおろし、急いで手を洗った。
「何を作るの?」
「ニョッキを作ろうと思って、作るのは初めてかな? じゃがいもの料理なんだけど」
「えー! またじゃがいも? 飽きたぁ!」
「まあまあ、今日はまた趣向を変えるからさ」
「シュコー?」
カミラが首をかしげている間にアビゲイルとエルマはじゃがいもを洗い出した。
それを見てカミラはもうこれ以上文句を言っても無駄だとあきらめて、かわりにオスカーを睨みつけた。
この大量のじゃがいもは以前オスカーが買ってきたものだ。季節はこれから冬ではなく夏になるのでこのまま貯蔵してもすぐに腐ってしまう。なので出来るだけ早く食べていかなければいけない。
睨みつけられたオスカーは申し訳なさそうな顔をしてカミラに謝った。
「ごめんよ、カミラ。お父さん頑張って食べるからね」
「お父さんはいつもなんでも買いすぎ!」
「ははは…」
オスカーは力なく笑った。かなり反省しているのかそれ以上は喋らずに小さくなっている。
こんなオスカーを見るのはアビゲイルは初めてだったが、これを機に爆買いは収まるといいなとアビゲイルは思った。




