水質検査
翌日、アビゲイルの水魔法の水についてディクソンに相談した。
「あーそうだな、飲めるかどうかってのは重要だからな。腹は壊したこと無いんだろ?」
「私は無い。でも昨日雑貨屋のビリーさん達と神父様がお茶淹れて飲んだんだけど」
「どうだった?」
「神父様はなんでもないみたい。今日も元気だったし」
「ふむ、じゃあ巡回が終わってからシャイナのとこへ行こう」
シャイナは優秀な薬師だが、水質もわかるのだろうか? どうしてとアビゲイルが聞くと。
「街からその検査薬を取り寄せるのは時間も金もかかる。あと俺はそのへんはさっぱりだからな。だけどシャイナは井戸水を調べることが出来るからちょっと聞いてみようぜ」
「なるほど」
今日の巡回はアビゲイル一人だったので、モギ草採集のクエストも受けて集めながら歩いた。
モギ草は初めて集めた頃よりも背丈が伸びて、大きいものはアビゲイルの胸元くらいまで成長している。葉先には蕾が出来てちらほらと小さな白い花が咲いている。この花と蕾を集めるクエストが始まっていた。
「えーと、一株にかならず半分は蕾と花を残すと…」
すべて取りきらないように気をつけつつ、丁寧に摘んでいく。残した花は種になり、新しい苗になって、道端のモギ草が増えていくのだ。
シャイナからもらった本にモギ草の花は葉よりも澄んだ薬液が抽出できると書いてあった。ハイポーションの薬液に良いらしい。
(花と蕾じゃあ量が限られるから、そら高価になるよなあ)
それでもトココ村には大量のモギ草が生えているので、巡回中には指定の袋いっぱいに集めることが出来た。
袋からは葉とは違う甘い花の香りがほんのり漂う。
「ん~いい匂い。ハイポーションもこんな香りになるのかな?」
香りが逃げないように袋の口をぎゅっと締めて、アビゲイルはギルドに戻った。
ギルドに戻るとディクソン達はもう帰ってきていた。
「おかえり、なあ今日は一緒に昼飯に行かないか? そのままシャイナのとこへ行こうぜ」
「いいよ~」
ディクソンとロイド、そしてアビゲイルで心臓亭に行く。昼時の店内は混んでいて賑やかだった。
「いらっしゃい! あらアビーさん。珍しいね」
「こんにちは」
「ウルバ、今日のメニューは?」
「今日は焼き野菜とベーコン、ホワイトシチューにパンのセットだよ」
「おいしそう」
久しぶりにホワイトシチューが食べれるのでアビゲイルは喜んだ。
「じゃそれ3つで」
「あいよ!」
「今日は俺のおごり」
「「やった!」」
食後にすぐにディクソンとアビゲイルはシャイナの家に向かった。シャイナは二人が突然訪ねてきたことに驚いた。
「なんだい二人して、腹でも壊したのかい?」
「いやそうじゃなくて水質検査をしてほしいんだ」
「どこの井戸だい?」
「井戸じゃなくてアビーの水魔法の水だよ」
「へえ、飲めそうなのかい? じゃあ奥においで」
誘われたのは以前裏口から入ったシャイナの調合部屋だ。今日は入った途端にいい香りが部屋中に漂っていた。
「ポーションを作ってたのか?」
「そうだよ、モギ草の蕾が手に入ったからね。ハイポーションにもなる薬液さ」
シャイナの指差す先にテーブルの上の七輪があり、上にビーカーのような大きめのガラス容器が乗っていた。中には青色の液体がキラキラと輝きながら湯気を出している。
「わぁ~綺麗な液体。これがハイポーションなんですか?」
「うんにゃ、ここから薄めて他にも色々材料を足して、コチョコチョしたらハイポーションになるよ」
コチョコチョというところが気になるが、何か特別なことをするのだろうということにしてそれ以上聞くのは遠慮しておく。
「シャイナ婆さんのハイポーションは効き目がすごいぜ、出来たてなら傷口も塞がるんじゃないか?」
「えー! すっご!」
「ヒヒヒ、そりゃどうだろうね。ホレ、ここに水を入れな」
そう言ってシャイナはポーションが入っているビーカーと同じものを2つ、テーブルの上に置いた。
言われるがままに水を注ぐ。
「入れました」
シャイナは2つのビーカーを交互に陽に当ててちゃぽちゃぽと揺すった。
「うん、ゴミは浮いてない…。水に濁りもない」
ビーカーを置いて今度は粉を片方にパラパラと入れた。すると水はきれいな青色に一瞬で染まり、ビーカーを揺するたびに色が濃くなっていった。
「ふんふん、魔力がたっぷり入ってるね」
「いいことですか?」
「悪いことじゃあないが、これはあんたの体の魔力だろうから。あんまり出ないようにしたほうがいいね。すぐ疲れちまうよ」
水魔法で出した水なので魔力が入っているのは当たり前なのだが、こうして染まった水の色を見るとかなり濃いのでかなりの量が入っているのだろう。
「水薬を作るなら良い水だけどね。ただ飲むときはいらないんだから調節しな」
「は、はい」
やり方がわからない。今度神父様に聞いてみよう。
もう一つのビーカーにも何か粉を入れる。さっきのものとは違うようだ。だがこちらは入れても水は透明のままだった。
「おやおや」
シャイナは少し驚いたが、またすぐに別な粉を足して今度は棒で水を素早くかき混ぜた。
「ほーほーほー」
「え? え? なんです?」
具体的なことを言わないので気になって聞く。
「毒素や汚れはほとんどないねえ。ずいぶんときれいな水だよ。どれこのカップに水を入れておくれ」
シャイナは古びた木のマグカップをアビゲイルに押し付けた。言われるままに注ぐとシャイナはカップを奪いごくごくと飲みだした。
「あっ、シャイナさんまで!」
ぐびぐびと喉を鳴らしてシャイナは一気に飲み干した。
「ふーっ 水の味もないんだねえ、塩気も甘みもなくて。なんかちょいと変わった匂いがするが、なんだろねこれは」
アビゲイルにはその匂いの正体がわかっている。「カルキ」である。だがこの世界には存在していないだろう。魔石か井戸水しかないのだから。
「俺にも飲ませてくれ」
ディクソンはゆっくりと口に含み、少し間を置いてからごくりとひとくち飲んだ。
「ほんとだ、味がしないな。でもまあいいんじゃないか? 茶にも料理にも使えそうじゃないか。今度はお湯でくれ」
「はいはい」
アビゲイルは熱湯を注ぐ。これじゃあすぐに飲めないとディクソンが愚痴った。
「熱い湯も出せるのかい。便利だねえ」
「薬缶みたいだよな」
その後も何種類かの水薬や粉を入れてアビゲイルの水を試したが、全て問題がなかった。
「たいしたもんだよ、これだけきれいな水が出せるのはそういないね」
「良かった、ありがとうございます」
「どこでもきれいな水が飲めるっては冒険者にとっては最高だぜ。水筒いらずだ。ほんとに補助向きだよ」
「そうだねえ、これで薬作りも覚えたら。いい線いくんじゃないかい?」
「薬ですか」
「この間渡した本に作り方も書いてあっただろ? まあ基礎の基礎の水薬や軟膏だけども」
「まだそこまで読めてないです」
もらった本は昼間の休憩中や夜に眠る前に少しづつ読みすすめていた。時々道端の草を調べたりもしていたが、薬を作ることを考えていなかった。
「薬草を覚えてからの方がいいかと思って」
「慎重だねえ、ナナは覚えた草をその日から煮込んだりしてたもんだけど。最初の水薬は紅茶のポットがあればできるよ」
シャイナはそう言って紅茶ポットに乾燥させた草や花を目分量でバサバサと入れてからアビゲイルにお湯を注がせた。
「薬草茶ですか」
「これは茶葉入ってないから水薬、味も薬、ヒヒヒ飲んでごらん」
シャイナの薬はすべてがまずい。アビゲイルとディクソンは目を合わせてひるんだが、ここは飲んでおこうと小さく頷きあった。
「こいつはそんなにまずくないよ、ほらいい香りだろう」
シャイナはポットの蓋を開けて湯気をゆらゆらと二人に向けてあおいだ。確かに爽やかな花の香りがする。
「ほんとだ」
「アビー騙されるなよ。いいのは匂いだけかもしれん」
ディクソンはまだ疑っている。
「イッヒッヒッヒ、かわいくないねえ~お前は」
「何度騙されたと思ってるんだよ!」
だがコップに注がれた水薬をディクソンは飲んだ、悪いものではないとわかっているからだ。アビゲイルはディクソンの様子を見ていたが、顔をしかめたり咳き込んだりしなかったのでだいじょうぶかと思い飲んでみた。
「ヴワッ!」
口に含んだ瞬間、舌に電気が走ったような痺れが出た。慌ててコップに吐き出す。その様子を見てシャイナとディクソンは大声で笑い出した。
「ひどいよ~!」
「俺はこれ飲まされたことがあるから、匂いでわかったんだよ。これほんとひどい味だよな」
さらにディクソンは一口飲んだ。だがちょっと眉間を歪ませるだけだ。
「よく平気だね」
「慣れだ慣れ、体にいいはずだ」
別なコップに注ぎ直した水薬をアビゲイルは我慢して飲んだ。喉にも痺れが広がるが、すぐにそれは収まった。
「ヒヒヒ、これは疲労に効くよ。魔力も回復する。食後に飲むといい。これも本に書いてあるからね」
「はい…」
本当に疲れているときに作るかどうかを考えさせられる味だ。
覚えても誰か飲んでくれるだろうか?




