巡回
「確かに補助や救助に向いているわね、アビーさん優しいし」
「そうかな? うるさくない?」
巡回クエストと広場の清掃クエストを終えてからアビゲイルは買い物を済ませてすぐに教会に帰ってきた。夕食のスープに入れる春青豆をさやから出す作業をエルマとともに台所でしながら、お互い今日あったことをつらつらと話していた。
「アビーさんは別にうるさくないわよ? どうして?」
「今日ディクソンに補助でついてきたらおふくろみたいにうるさそうって言われて…」
それを聞いてエルマは吹き出した。
「ふふっ、でも注意してくれる人がいるのはいいんじゃない? お父さんも冒険者は無茶する人が多いって言ってたし」
「う~ん、お母さんにはなりたくないよね、仲間、仲間でありたい」
「一緒に冒険する仲間、お友達ね」
「そうそう、そういうの」
「冒険者のお友達がもっと増えるといいわね…。ここってディクソンさんとあの人だけだから」
あの人というのはロイドのことだろう。まだ名前を言うのもいやみたいだ。
「そうだね~。まあしばらくはこの村から出ないだろうし、もう少し先かな」
「村に誰か来てほしいわね」
ベーコンを炒めてからじゃがいもと春青豆を鍋に入れ煮込む。じゃがいもは少し潰してとろみをつけた。巡回中に集めたタルタの葉と畑で収穫したタイムを刻んでさらに煮る。
塩コショウ、バターで風味を付けて完成だ。
今晩はこのスープの他に鳥肉のソテーがある。
最近はエルマの手際もさらに良くなって、手伝ってもらうとあっという間に出来上がる。
「結構時間があまったね」
「そうね、お茶でも飲む?」
「久しぶりにパウンドケーキ焼こうか?」
「あっ嬉しい! そうしましょう!」
エルマはエプロンのポケットから素早くメモ帳を取り出した。
小麦粉とバター、砂糖と卵、ベーキングパウダー。材料はこれだけだ。アビゲイルは作り慣れているので一人なら目分量で作るのだが、今日はエルマがいるので丁寧に材料を計った。
「この型ならこのぐらいの量だね、砂糖と小麦粉とバターは同じ量って覚えておくと楽だよ」
小麦粉をふるうときに一緒にベーキングパウダーを入れる。別なボウルでバターと砂糖を混ぜて練り、溶いた卵を少しずつ混ぜていく。
「この時にバターと卵がきれいに混ざってないと焼いた時にべたついたりしぼんだりするから、ここはきれいに混ぜてね」
「うんうん、こんなふうにクリームみたいになるといいのね」
「で、ここに小麦粉を入れて」
「ただいまー!」
勢いよく台所のドアを開けてカミラが帰ってきた。今日は友だちと遊びに行っていたのだ。
「アビーさん、見てこれ」
カミラはポケットからそっとハンカチに包んだものを取り出した。ハンカチには何か赤い汁が染み付いている。
ハンカチを開くとそこには赤い小さな実が入っていた。
「ジュベリーだよ! ご飯の時に食べよう!」
「もう熟してきてるのね、ってベリーの木があるところはゴブリンも多いから子供だけで行くのはダメでしょう」
「これは友達の家のベリーだから大丈夫だよ!」
アビゲイルはベリーを一粒口に含んだ。ほんのり甘酸っぱくて少しさくらんぼに似ている。
「へー、おいしいね」
カミラの声が聞こえたのかオスカーも台所にやって来た。
「お、ベリーを集めてきたのかい? 森に入ってないだろうね? カミラ」
カミラは怒って友達の家の木だとまた説明した。
「もうベリーの季節か、早いね。これから秋までいろんなベリーが食べられるよ。冒険者ギルドではベリーの収穫護衛のクエストがそろそろ出てくるだろうね」
「えっ、それは山菜クエストみたいなやつです?」
アビゲイルは山菜クエストのくじ引きの騒動を思い出して震えた。
「いやいや、あれほど凄惨なものではないよ。みんなのんびり行ってのんびり集める。それを見守る感じさ」
ベリー収穫護衛クエストは山菜クエストのように早いもの勝ちではなく、日にちを決めて週に何度か冒険者が見張る日を決め、その日に収穫してもらうというものらしい。
「週末にやるんだけど、まあ子供連れとか家族で行く人達用だね」
「はーなるほど、平気な人は自分の行きたい日に行くんですね」
「うん、でも子供だけとか一人で行くのは禁止されてるよ。ゴブリンとか鹿、あと熊がね…熊がよく来るから」
「熊!」
山菜クエストのときにも聞いたが、あのときよりも遭遇率が高いらしい。
「熊がベリー大好きでよく食べに来るのよね。だから鈴とか必須よ」
「こわ」
アビゲイルはまたベリーを一粒つまむ。この甘味が熊にはごちそうなのだろう。
「あ、ケーキの途中だったわ」
エルマが生地を型に入れようとしたので、アビゲイルは止めた。
「まだ何かすることがあった?」
「ううん、このカミラの摘んできてくれたベリー入れてみない?」
「いいわね、前に焼いてくれたイチゴ入りみたいに美味しそう」
「美味しそう!」
カミラも喜んでくれたので、すぐに水洗いして水気を取り、生地にいれてさっくりと混ぜた。そしてすぐにオーブンに入れる。
「今年はベリーをたっぷり集めてジャムを作ろうかな、早速シスターのレシピが役に立ちそうだ」
「週末にみんなで行かない? お弁当持ってアビーさんも行きましょう」
「あーいいね、楽しそう。クエストが始まったらディクソンに相談しよ」
「やったー! アビーさん、その時またケーキ焼いてぇ」
「いいよいいよ~」
「で? そのベリーケーキは今日は無いのか?」
「昨日全部食べちゃったよ」
ディクソンはそうですかとため息をついた。翌日の朝、冒険者ギルドで昨日の台所でのやりとりをディクソンに話していたのだ。
「今週末からその護衛クエストは出すつもりだ。ジュベリーはこれからだいたい3週間くらいかな?」
「他のベリーもあるの?」
「ああ、自生地のあるベリーは他にシルバーベリーともうちょい先にスグリがある。スグリは護衛は無し。木工ギルドのすぐそばにあるからな。あとは秋にコケモモで護衛する」
「じゃあ秋までいろんなベリーが取れるんだね」
アビゲイルの言葉にディクソンが何も知らんのかと呆れ顔だ。
「そのへんの記憶は無くなっちまったみたいだな、エルフは森の恵みである木の実やキノコが大好きでしょうがねえって感じなのに」
「そんなイメージあるの?」
「実際そうだったぞ。ちょうどいい、ベリーの場所を教えてやる。今日はロイドと3人で村を1周しよう」
「1周?! うえ~めんどくせ」
聞いた途端にロイドが愚痴ったがディクソンがすかさずロイドの尻を叩いた。
「半周じゃあもう物足りねえだろ? 昼には帰れる」
3人で巡回するのは初めてだ。ロイドとクエストをするのも下水道クエスト依頼だった。毎日朝に挨拶を交わしているがまだあまり話すことはない。ディクソンは今日もちょうどいい枝を見つけ道端の草や柵を叩きながら歩いている。
「ちぇっ、お前がベリーの話なんかしなきゃ今日も半周で良かったのに」
「お前言うな」
ロイドは文句があるときは必ずアビゲイルをお前呼びする。ディクソンが枝でロイドの尻を叩く。
「お前はもっと足腰鍛えないとダメだ、なんなら毎日村1周走れるくらいにならんとな。俺と同じ戦闘向きだからスタミナが重要だ」
「えー!! 冗談だろ!」
「俺は本気だ、まだ朝の涼しい今頃から始めれば、夏の暑さでも余裕だから。春祭りが終わったあたりから始めるぞ」
「ええ…」
やぶ蛇だったがもう遅い、ロイドには巡回と剣の訓練、そしてジョギングが新たに課せられることになった。アビゲイルは遠い目になりつつ心で応援する。がんばれ。
「お祭りがあるんだね」
そしてアビゲイルはディクソンの話した祭りという言葉に反応した。
「ああ、あと10日くらいで春祭りだ。といっても広場に集まって飯くって踊るだけの小さな祭りさ。でも吟遊詩人や芸人、露天もくるから賑やかだぞ」
「へー、楽しそう。じゃあ警備があるんだね」
「そうだ、酒は飲んでも酔うなよ。ロイドは飲むな」
ロイドはまたふてくされて道端の草を乱暴にちぎった。
「厳しくない?」
「去年祭りの護衛中に酒飲んで大喧嘩したんだ。俺が殴って止めた」
「あー…」
アビゲイルがロイドを見るとこっちを睨みつけてきた。
「あれは俺は悪くない! 先にあっちが俺にからんできたんだよ!」
「だからって殴っていいわけねえだろが。喧嘩は買うな」
「いろいろやらかしてんだね~」
「うるせっ!」
その後ディクソンがロイドに色々と言い始めた、もっと剣の練習をしろだの、生活を改めろ、貯金をしろ無駄遣いするな。聞いていると親が子供に説教しているようだ。ロイドは黙って聞いていた。よそ見ばかりしていたので聞いているのかどうか謎だが、おそらくもう聞き飽きているのだろう。
「ディクソンって毎日巡回してるときロイドにそんな感じなの?」
「ん?」
「お説教ていうか、小言っていうか」
ディクソンはちょっと考えて答えた。
「そうだな、気づいたら言ってるかもな」
「あんまりしつこく言い過ぎても良くないんじゃない? ロイドの性格的にもっとぐずりそうじゃん」
そう言ったところでロイドを見ると、最初アビゲイルが援護してくれているのに驚いていたがすぐに「もっと言ってやってくれ!」と目で訴えてきた。
だがその目はディクソンにもバレていたのだが。
「んなこと言ったってコイツ毎日俺が言ってるのに何一つしないんだぜ? じゃあ俺も毎日言うよ。言わせてくれよ~」
「ディクソンもぐずってんじゃん」
あきれてロイドを見るとずっと言われていることが恥ずかしかったのかまた睨んできた。
だがここがチャンスと思ったのか、もぞもぞと言い訳しだした。
「毎日言われるとやる気がどっか行っちまうんだよ、今日やろう明日からやろうと思ってもさ、会うたび説教されると嫌になっちまうんだよな。もう説教はやめてくれ、俺はもうわかってるんだよ」
とうとう言ってやったぞという満足げな顔をしてロイドは言い切ったがアビゲイルとディクソンはそろって深い溜め息をついた。
「言われてもやんなさいよ、出来るできないを人のせいにしちゃダメでしょ? 自分のやる気くらい自分でどうにかしなさいよ。あとディクソンに毎日言わせてるのはロイドが悪いんだからね。生活を改めるとか貯金するとかくだらないことと思ってムカついてるかもしれないけど、そのくだらないことも出来てないくせに心配してくれる人に文句言うんじゃないよ」
ディクソンは腕組みしてうんうんと頷いた。ロイドは口を開けたまま黙っている。ぐうの音も出ないらしい。
「よく言ってくれたアビー」
「ディクソンもしばらく言わないでおいたら? それでロイドが出来るようになったらいいんだし」
「そうだな、春祭りまで言わないでおくか。それで何かひとつでも頑張ってくれりゃあ俺も考えるわ」
アビゲイルはロイドの肩をぽんと叩いて
「良かったね」
ロイドはさらっとアビゲイルに説教されたことに腹を立てていたがそれは言葉に出来ず、睨みつけるだけで終わった。
「そういえばベリーの護衛のときさ~、神父様たちとみんなでベリー摘みに行こうかって話てるんだけど、そのときってクエスト休める?」
この話はもう終わりとまたさらっと話を変えた。昨日話していたベリー摘みの件だ。
「護衛のない日でも行けるだろ? お前とオスカーとエルマ達で」
「だいじょうぶかな?」
「心配ならオスカーが日にちを護衛付きの日にするだろうさ」
「っそそそそれなら、俺が護衛してる日にしろよ!」
あわててどもりながらロイドが割って入ってきた。
「エルマにいいとこ見せようとしてんのか。やめとけやめとけ、お前見つけた途端に帰るよ」
ロイドはアビゲイルを見た。
「うーん…まあ多分そうなると思う。ロイドの話になると「あの人」って言うから、名前も言いたくないみたいだし」
「えっ…」
言われてロイドは固まってしまった。ショックが大きいと動けなくなってしまうらしい。以前広場でエルマに怒られたときも動かなくなっていたのをアビゲイルは思い出した。
「ディクソンがいつも口すっぱく言ってることが一つでもできるようになったら、またちょっとは変わってくるんじゃない?」
励ましと一緒に頑張るヒントを出してみた。ロイドは今度は死んだ目でディクソンとアビゲイルを見つめてきた。
「お、おう…そうだな」
「がんばれよ」
ベリーの場所に行く前にこんな話になるとは思わなかったが、私やディクソンの小言ではもうロイドは変わりようがないのではないかとアビゲイルは少し心配になった。
教えてもらったベリーの場所は村のすぐそばだったり、南の森の奥に少しはいったところだったりと様々だった。だが北側の大森林にはひとつもなかった。
「北側はベリーが無いの?」
「探せばあるだろうが、狩人と冒険者以外侵入禁止にしてるからな。冒険者っていっても俺も入らない」
「ディクソンでも?」
都でSランクだったディクソンでも大森林には入らないという。なぜなのか?
「あの森はヤバい。ここに来たばかりの頃立ち入り禁止だってんでどんなもんかと思って入ったんだが、奥に行けば行くほど魔素が濃くなって酔ってくる。あといろんな気配がな…」
「気配?」
「ああ、何かが見てるんだよなずっと。だけどアビーやロイドじゃわからないだろうな。ただ怖くなってくるだけだろう。何かが見てて、ついてくる。多分俺でも敵わない」
いつもの調子で話しているが目は真剣だった。ディクソンがここまで言うのだから相当危険なんだろう。
「ゲイリーはかなり腕の立つ狩人だが、あいつだってめったに奥にはいかないらしいぞ」
「北以外はそんな話ないんだけどな、昔からずっと言われてるよ。あの森に入ると戻れないってな」
ロイドも大森林には入らない。ディクソンが敵わない何かがいるならアビゲイルにも無理だ。謎が多いが今は入れない森と覚えておけばいいということだ。
「ま、入らなければ問題ないよ」
村を挟んで北側の山並みを眺める。森の木々が太陽の光に反射して輝き、そよ風に葉をゆらしていて、アビゲイルには周りの森と同じ普通の森に見えた。




