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予約と予定とレシピ

 今日はマッサージの日だ。予約は上々で来週とさ来週まで埋まっている。しかしいつものじじい達がほとんどの予約を埋めていて苦情が出ていることがわかった。

「前に言いましたよね? 勉強だからたくさん色んな人を診たいって、あなた達の欲望を優先することはできませんと」

「う、うう」

 アビゲイルのいつもより強い口調はそれだけで圧があるようだ、じじい達はアビゲイルと目も合わせられない。

「でもでも! わしらも疲れてるんじゃもん! マッサージしてほしいんじゃもん!」

「だからって再来週まで予約いれないでください!」

 駄々をこねるじじいに呆れつつここはきっちりしておかないととアビゲイルはさらに語気を強めた。

「まあまあアビーさん、おじいさん達は私が診よう。皆さんこっちの椅子に座ってください」

 そう言ってオスカーは椅子を手前に置いて促した。オスカーは笑顔だがなんとなく圧がある。

「えっ神父様が? まさか有料…」

「私も初心に帰りたいのでね、さ、どうぞ」

 おずおずと一人座る、緊張しだしたのか体を強張らせている。

「アビーさんは優しいし美人だから甘えたい気持ちがあるんでしょうが、アビーさんの気持ちをちゃんと考えてあげないとですよ?」

「…そうじゃけど、わしら老い先短いし…」

「それを少しでも長くできるようにアビーさんは勉強しようとしてるんだから、先人は見守らないとですよ。じゃないと嫌われてマッサージもしてくれなくなりますよ」

「そうだよ! しつこい男は嫌われるよ!」

「スケベな男もね!」

 オスカーが優しく諭そうとしたが、ギルドにいたおばあちゃん達の野次が飛んできてとどめを刺される。じじい達はさらにしゅんとした。

「私…言う事きかないわがままな男…嫌いなんですよね」

 アビゲイルはちょっとおどけて気取ってみせた。軽い冗談のつもりだったがさらにじじい達にその言葉はこたえたようだった。

 見ると椅子に座りオスカーのマッサージを受けているじじいは顔が真っ赤になって汗をかいている。

「うううふ~」

 暑いお風呂に入ったときに出るような声を出して汗を拭っている。

「ちょ、顔真っ赤ですけどだいじょうぶ?」

慌ててアビゲイルが聞いた。

「あぁ~だいじょうぶじゃよ。さすが神父様じゃな。風呂に入ってるみたいなんじゃが全身のコリが嘘みたいに消えていくわい」

「これくらいやっとけばしばらく予約は必要ないでしょう?」

「そうじゃな…う~気持ちいい。極楽じゃい」

じじいの一言で周りの人達が笑い出した。

 そのままじじい達のマッサージはすべてオスカーが引き受けてくれた。マッサージを受けたあとじじい達は上着を脱いで外のベンチで涼んでいる。そうとう熱かったのだろう。

ナナが水を渡していた。

 アビゲイルはその分他の予約の人達を診たが、まだ余裕があったのでその場でオスカーが選んだ人を診させてもらった。その人達は膝や腰が悪かったり、風邪気味だったりとほんのすこし具合の悪い人達だった。

杖を持っている人がどこか悪いのかはなんとなく見るだけでわかるが、オスカーはただ座って先程のやり取りをみんなと同じように笑っている元気そうに見える人たちから選びだしていた。

 その人たちをまだ不慣れに診ながらアビゲイルはオスカーに聞いてみた。

「神父様くらいになると触れずに見るだけでだいたいどこが悪いかわかるんですか?」

「ん? 私の治療を以前受けていた人たちだよ」

「あ、なるほど」

 そのやりとりを聞いてアビゲイルに膝を診てもらっていた人が笑う。

「いくら神父様の腕がいいからってそこまでできるわけないじゃないかアビーさん」

「ですよね…」

「でも神父様のおかげで私はまた歩けるようになったからねえ、たいしたもんだよ。昔は痛くてほとんど歩けなかったからねえ」

 膝をさすりながら嬉しそうに話す。その様子を見てオスカーは少し照れくさそうだ。

「神父様は優しいし、治療の腕もいいからたくさん教えてもらうといいよ。そうしてくれたら村に治せる人が増えてわたしらもありがたいからね」

「おお…頑張ります」


 最後のマッサージが終わり、ホッとしているとナナがお茶を淹れてくれた。はちみつ入りのハーブティーだった。

「これちょっとリンゴみたいな香りでおいしいね」

「カモミールです~。朝採りなので香りがいいんですよね~」

「あの野原の?」

「これは庭のですね~。でも野原のハーブもみんないい香りですよ~」

 お茶を飲みながらナナはマッサージの予約について話してくれた、予約自体はアビゲイル本人にするのだが、今回のじじい達のようにギルドのカウンターに聞いて来て予約を頼む人が多いそうだ。

「中には家に来てほしい人もいて、一応名前と住所は聞いてるんですけど~」

 ナナに渡されたそのメモには結構な数の名前が書いてあった。

「ふむ、農家の人が多いみたいだね」

メモを見ながらオスカーも少し考え込んだ。

「そうなんです~。多分具合の悪い人をギルドまで連れて来るのが大変なのかも~」

「農家の人たちは落ち着いたとは言えまだ忙しい時期だからなあ」

「でもどうして私なんでしょうか? 神父様に頼めばいいのに」

 オスカーがアビゲイルの疑問に苦笑いで答えた。

「私の治療は有料だし、多分私に診てもらうまでもないと思っているくらいの症状が出ているんだろう」

「マッサージと聞くと少し気楽に受けられそうですし~」

「そうだね、ナナさんの言う通りだ」

「筋肉や関節の治療はおばあちゃんの治療でも時間のかかるものなんです~」

「薬代がかさむってことか」

 うんうんとナナがうなづいた。

「う~ん、でも農家の皆さんの家に行ったり来たりだとギルドのクエストを受けるのにも家事にも影響出ちゃうなあ…」

 アビゲイルは腕組みをして唸った。


 教会に帰ってからアビゲイルは台所でお湯を沸かしながら考え込んだ。

冒険者ギルドの仕事、教会での家事、神魔法の練習、剣の練習、最近はハーブや薬草、野菜づくりにも興味が湧いてきている。そして料理、保存食作り。

 やる事とやりたい事が正直多すぎる。もともと興味を持ったものはやらずにはいられない性分なのも問題があるのだが。

「どうしたんだい、そんなに考え込んで。マッサージで何かあったのかい?」

 オスカーが心配そうにアビゲイルの顔を覗き込んできた。

「あーいや実はですね…」


「なるほど、まあ確かに多いねえ、冒険者だけならギルドクエストと剣と魔法の練習だけでいいんだが。何分うちの食事と家事を手伝ってもらっているからねえ、いや申し訳ない」

「いえいえいえ! 私がここに住まわせている限りはやらせてほしいんです。エルマ達に色々教える時間も楽しいですし」

 やる事すべて嫌じゃないというのも、非常にいいことだしありがたいがそれも今は多少問題だ。このままだと体が持たず、魔法や剣の腕が上がりにくくなっていくかもしれない。

「ふむ、アビーさんはまず冒険者になったのだから、ここが疎かにならないようにしないとだね」

「もう少し予定や日程ををきっちり組んで動こうかなと思ってます。休みもあったほうがいいですし」

「そうだね、それとね今アビーさんの話を聞いていて、なんとなく考えていたことを私も実行しようと思ったんだ。ちょっと待っててくれるかい?」

 そう言ってオスカーは台所を出ていき教会の仕事部屋に早足で入っていった。

アビゲイルはお茶を淹れなおしていると1冊の古びた本をかかえてオスカーが戻ってきた。

「なんですか?」

 本をよく見ると革張りの分厚いノートだった。村では見かけないような豪華な作りで表紙の縁には箔押しがされている。だが、その立派さを気にしていないような染みや汚れがあり、ところどころ革が擦れて剥げていた。

「これはね、この教会に勤めていた先代のシスターのレシピ本なんだ」

「えっ!」

 ノートの表紙をめくるとそこには「オリビアのレシピ・トココ村の美しい四季」と書かれていた。読みやすいきれいな字だった。

「オリビア…」

 アビゲイルはつぶやいた。さらにページをめくっていくとトココ村の農産物、季節ごとに取れる山と川、湖の恵みについて細かく書かれていた。そして修道女オリビアの得意料理やトココ村で教わった料理、そして保存食の作り方も書かれていた。

「うわ…、この本すごいですね。これは出版したら売れまっせって感じ…」

「ははは、たしかにそうかもしれないね。いや確かに素晴らしいノートだよ」

 二人でノートのページをゆっくりめくりながら眺めていてアビゲイルはふと思った。

「こんなにすごいノートがあるのに神父様は料理をしなかったんですか?」

「うっ」

 オスカーは聞かれて一瞬身をすくめ、しばらく変な間が流れた。

「いや…、ここに赴任したときにすぐにこのノートを見つけてね、やってみたんだが…」

「だが」

「私は今まで料理は全くしたことがなくてね、火加減水加減、塩加減というのがさっぱりわからなくてね」

「はー…」

 確かにこのノートには火加減が「とろ火」「強火」など書いてはいるが、そこはそれ以上詳しく書いてない。塩ひとつまみというのも考えてみれば曖昧な表現だ。経験のないオスカーにはそれすらも難しかったのだろう。

(料理は見たり、食べたりてのが結構大事だからなあ…)

「なんというか、このノートに書いてある正しい味が想像できなかったんだ。エルマもまだ小さかったから火を扱わせるわけにはいかなかったし。結果も焦げ付いたり味がきつかったりでそのまま頓挫してしまったんだよ」

「なるほど」

「いやあ恥ずかしい話だね…」

 オスカーは肩をすくめてしょんぼりお茶をすすった。

「まあそうですよね、他に料理できる人が教会にいなかったわけですし」

「うん、あとは村の人達が順繰りに料理に来てくれたり差し入れをくれたりで」

「作る必要がなくなったんですね」

「そう」

 そしてまた変な間があった。これ以上は言い訳になってしまうとオスカーは思ったのだろう。二人は黙ってお茶を一口すすった。

「さっき話していた実行しようと思っていたことって料理ですか?」

「それもあるんだが、エルマに一緒に教えてもらおうかなとちらっと話したらお父さんは必要ないって言われて」

「ええ」

「私が覚えるからと」

 エルマが嫁に行ったらどうするんだと疑問に思ったが「必要ない」と言われてるとちょっとなとアビゲイルはオスカーを見るとやはりしょんぼりしている。

父は娘に弱い。

「それでね、私は保存食を作っていこうと思ったんだ」

オスカーは保存食のことが書かれたページをめくりながら話を続けた。

「オリビアさんは毎年たくさんの保存食を作っていて村人に何かあったときに分けていたんだそうなんだ、そういう施しの精神は大切でどこの教会でもやっていることなんだ。だが私はトココ村の人達に甘えてしまってそのあたりをずっと疎かにしていたんだ。

だが村の人達は文句ひとつなくてね。私が料理ができないと話したらまったく、むしろ助けてもらってしまって」

 少し早口に語るオスカーの話をアビゲイルは黙って聞いていた。みんな優しいなとしみじみ思った。この村でなければ自分もどうなっていただろうか。

「それでね、今はアビーさんが料理をエルマに教えてるように私に保存食の作り方をこのノートを元に教えてほしいなと思って、作り方が一度わかればアビーさんに作ってもらうこともないし、あと一緒に作れば少しはアビーさんが楽かと思って…。

 でも忙しそうだし相談しようかどうかずっと迷っていたんだ」

 良かったら暇なときにでいいから一緒に作らないかと言われて、アビゲイルは改めてノートを見つめた。分厚いノートにはきれいな文字と少々下手な絵で丁寧にレシピが書かれていて、教えてくれた村人のことや、誰の好物かなども隅に書かれていて見ているだけでわくわくしてくる。これは修道女オリビアの思い出でありトココ村の記録なのだ。

ノートに書かれているすべてがとても魅力的だった。

 小さく深呼吸してアビゲイルはオスカーの方に向き直った。

「正直言うと私は保存食はほとんど作ったことがないんです。せいぜいジャムやピクルスくらいで。でもこのオリビアさんのレシピはこのまま眠らせるのは惜しいと思います!

 神父様、ぜひ一緒に作らせてください。こんないいレシピノートほっとけないです!

一緒にレシピを調べて作ってみましょう!」

「本当かい?! 嬉しいよ! ありがとうアビーさん!」

 オスカーは立ち上がってアビーの両手を掴みブンブンと振った。

「よし! じゃあすぐに雑貨屋さんで瓶を買ってこよう!50本くらいあればいいかな?」

「待って待って待って!」

財布を握って走り出そうとするオスカーをアビゲイルは必死に止めた。


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