ケチャップと保存食
「それじゃあ、いただきます」
「「「いただきま~す」」」
オスカーの食前の祈りを終えて夕食が始まった。今日のメニューはオムレツにフライドポテト、カブとブロッコリーの塩ゆで、豚肉のウインナーを焼いたものといつものパン。そしてケチャップが少量。
「まずは芋にケチャップをつけて食べてみてください」
アビゲイルは小皿にケチャップを入れて、それを細切りにして揚げた芋につけて食べた。
オスカー達3人はその様子を見て真似して食べ始める。
「おっ…」
「アビーさん、これおいしい!」
「ほんとにトマト?」
カミラは驚きながらすぐに次の芋をつまんでたっぷりとケチャップをつけた。
「カミラ! つけすぎだよ、これしかないんだからみんなで分けないと!」
「そうよ!」
オスカーとエルマの声に驚いたカミラはすぐにケチャップを戻した。アビゲイルも驚いた。
いつもなら二人は美味しいものを食べてもある程度冷静だったのだが。二人共トマトが好きだと話していたので尚更美味しいのかもしれない。
「ケチャップ美味しいみたいで良かったです」
「アビーさん、これはいいよ。毎日でもいいね…。アビーさんの作るドレッシングはマヨネーズも含めてすべて美味しいんだけど、これは一番だよ!」
「おお…」
「ほんとよ、今すぐ追加で作りたいわ! ああでも、夏まで待たないとなのね」
「そうだね…夏まで待たないとだね」
オスカーとエルマは残念そうにしながらもずっと芋を食べ続けている。アビゲイルは慌てて止めた。
「ちょっちょっ、ちょっと待ってストップ。他の料理にもつけてみてください。オムレツとウインナーと!」
「あっ、そうだったね。どれどれ…」
アビゲイルはまだ鍋にケチャップが残っていないかと鍋底を覗き、またヘラを使って集めた。
「オムレツにも合うね~!」
「ウインナーおいし~!」
いつも以上にもりもり食べているオスカーとエルマを見て、アビゲイルは明日どうなるのだろうかと不安になったが、どうにかなるかとそれ以上考えるのはやめた。
翌日、ケチャップの瓶を大事にバッグにつめて冒険者ギルドに向かった。
「おはよ~」
「おう、おはよ。あのトマトのなんとかは出来たのか?」
「うん、出来たよ。だから今日はこのままアルさんのとこに持っていくつもり、すぐに戻るから巡回は行くよ」
「いつ食うんだ?」
「たぶん味見は昼休みじゃないかな? 巡回が終わってからまた行くつもり。あと明日私休むね。教会の畑のお手伝いするから」
昨日の夕食のあとにオスカーと畑について話したのだが、苗を今日オスカーがアビゲイルの分もまとめて買っておくということになり、それを二人で明日まとめて植えようという話なったことをディクソンに伝えた。
「わかった。明日はロイドと二人でまわるよ」
「よろしくおねがいします。」
「うーい」
心臓亭の台所に向かうとアルとウルバが忙しそうに仕込みの準備をしていた。
「おはようございます~。これ、作ってきました」
「おはよう! ケチャップってやつだね、今は仕込みで忙しいから昼休憩のときに一緒にたべてみないかい?」
「はい、じゃあ巡回してから戻ってきますね」
「よろしく頼むよ、気をつけてね」
アビゲイルはケチャップとトマトの入っていた瓶をウルバに返して、すぐに巡回に向かった。広場ではもう苗木の露天が準備をしていて、数人のお客がその様子を眺めたり、露天の人たちと談笑していた。
今日畑に植える苗はオスカーがすべて購入してくれるので、アビゲイルは自分が買おうと思っていた分の苗の予算をオスカーに預けていた。
アビゲイルの巡回はいつも西側だ、こっちはゴブリンの巣もなくのどかな雰囲気が道沿いに広がっている。教会の後ろを通って湖を左手に眺めると、まだ低いところにある太陽の光が水面に反射してキラキラと輝く。この村で見る好きな風景のひとつだ。
周囲の木々も葉の色が濃くなってきて、足元の草も様々な色の花を咲かせている。
「いい季節だなあ」
「ああ、ようやく春っぽくなったもんな。先週くらいまで夜冷えてたしよ」
ディクソンも最近はアビゲイルの歩く速度に合わせてくれることが多くなってきた。
革細工のリンの言葉が効いているのかもしれない。
北側の森から吹いてくる風が涼しいので、あまり汗もかかずにのんびり歩ける。途中で見かけるモギ草を軽く摘みながら巡回していった。
最初の頃はこの巡回だけでくたくたに疲れていたが、毎日のように続けているので今はほとんど疲れない。
そのまま南に向かって折り返し、川沿いを歩いて、スライムを見かけたら倒す。最近はスライムも見慣れて怖くはない。むしろ小遣いが沸いたという気持ちになる。
放牧や散歩、畑作業で出会った人たちと挨拶を交わして、今日も無事ギルドに戻ってこれた。
「ただいま~、西側異常なしです」
「お疲れ様です~。ではこれ巡回の報酬です~」
「ありがと、あとちょっとだけどスライムの核とモギ草採ってきたよ」
カウンターにモギ草の入った袋を置くとナナが少し驚いた顔をした。
「ちょっとじゃないです~。袋にぱんぱんに詰まってるじゃないですか~。アビーさんも手慣れてきましたね~」
「そう? へへへ」
「でも申し訳ないんですけど、今日のモギ草収穫はもう上限いっぱいで間に合ってるんです~」
ナナが指差すほうにモギ草が山積みになっていた。予備冒険者のがんばりだ。
「ありゃ、じゃあこれどうしようかな…」
モギ草はポーションの材料になるので薬になるのだがアビゲイルは作り方がわからない。
どうしようかと悩んだ。
「お茶にしたらどうですか~?」
「お茶になるの?」
「はい~作り方も簡単です~。メモしますから良かったら作ってみてください。疲労回復になるしお腹の調子が悪い時とかに飲むといいですよ~」
「おー、ありがとう。早速明日やってみるね」
ふたりのやり取りを聞いていたのか予備冒険者のおばあちゃんもモギ草の活用方法を教えてくれた。
「普通に食べれるんですね」
「うん、でも子供には人気がないよ。苦味があるから。でも好きな人はよく食べてるよ」
「体に良さそうですよね」
「そうそう、この村の開拓時代は野菜の代わりに食べてたって。私の祖母がよく話してたわ」
当時は多くの野草や薬草を食事に取り入れていたらしいが、今は畑の土も良くなって野菜がたくさん収穫できるようになり食べる人は少なくなっているそうだ。
「どんな味か気になるので早速明日試してみます」
そうしてアビゲイルは心臓亭に向かった。
心臓亭の台所ではアルが腕組みをしてケチャップを見つめていた。瓶の蓋が開いているので味見したのだろう。後ろからおそるおそるアビゲイルは近づいた。
「こ、こんにちわ~。アビゲイルです」
「おう」
なんだか重々しい雰囲気がアルの背中から漂うが、すぐにアビゲイルのほうに振り向いてがっしと両肩を掴んできた。
「アビーさんよう!」
「うわっ!」
「またとんでもねえもの作ってきたな! マヨネーズ並だぞ?」
「はあ」
「落ち着けよ、だいじょうぶか?」
ついてきたディクソンがアルを抑えてくれた。
テーブルにはパトリックとウルバがいて、その様子を面白そうに見ていた。
「ほんとおいしいよ、このソース。一口で親父がこんなだもんな!」
とパトリックが腕を組んで顔をしかめ、アルの真似をした。
「ほんとだよ、さてさて、何に合うかねえ?」
「教えてくれ! アビーさん!」
「あわわわ」
また方をがっしと掴まれてアビゲイルは脳みそがこぼれるような勢いでアルにゆすられた。
すぐに揚げ芋、茹で芋、オムレツ、焼いたウインナーとベーコンを用意して試食していく。
「うん…芋との相性は最高だな」
「エールが飲みたくなるなー。うまいぞ」
「野菜だとあとはキャベツや玉ねぎとかかな? ケチャップで肉類と炒めるとか…。そこに熱で溶けるチーズとかあったら合わせたり」
アルは熱心にメモしている。
「チーズか、確かにトマトに合うからな、ホットサンドとかいけるかもしれねえな…」
「あとは…、あ、マヨネーズと混ぜるとまた美味しいんですよ。オーロラソースって名前が変わるんですけど」
「何?」
アルはすぐにテーブルにあったマヨネーズとケチャップを混ぜた。手際が良すぎる。
きれいに混ざったソースをまた4人で揚げ芋につけてひとくち。
「これもうまいな~!」
「こっちは卵に合いそうだ」
「サラダとかいいんじゃないかね?」
「焼いて焦がすと香りが良くなりそうだな…」
5人はわいわいと食べる手を止めずにケチャップについて話続けた。
「しかしだな、これは今から準備しないとまずいぜ」
アルがぼそっとつぶやいた。
「今から?」
「これはトマトを煮詰めるソースだから、まず大量にトマトがないと駄目だ。昨日渡した量でこれだけだからな。村で作るトマトをどれだけ買えるかもわからねえし、どれだけの量が作れるかわからねえ。作るにも1日仕事だしな」
「なるほど」
「農家さんに今から頼んでおくかい?」
ウルバがアルに尋ねる。アルはまた顔をしかめて黙り込んだ。
「うーん、そうだな…。これは夏に保存食として大量に作って秋冬に食べるのかいいかもしれん」
「保存食ですか」
「ああ、これに合う野菜は冬によく食う芋とか玉ねぎだ。肉にも合う。冬の飯は単調になりがちでな、ケチャップはいい調味料になる」
「なるほど」
「もちろん夏に作るから、夏から食ってもいいんだがな。これはウチだけじゃなくて村じゅうに教えたほうがいいかもだぜ。そうすりゃウチの負担も減るしな」
アルのアイディアはもっともだ、そもそも独り占めするレシピではないので心臓亭だけで作る必要もない。
村じゅうのトマトを集めて心臓亭で作るならおそらく夏はしばらく店はさらにいそがしくなり回せないだろう。
なのでそれぞれの量を家で作ればトマトを心臓亭だけで独り占めすることもない。そしてアルはプロの創作料理を、家庭では手軽なソースとして利用すればいい。
「いいと思います! 教会でも作ろうって話してたんですよ」
「いいじゃないか、教会でまた保存食を作っていくのかい?」
「また?」
先代のシスターの頃は大量に様々な種類の保存食を作って、困っている人に配ったり、訪問客にごちそうしたりしていたらしい。そういえば神父様も似たようなことを話していたなとアビゲイルは思い出した。
「俺もシスターにはいくつかレシピを教わったな、料理上手だったからな」
優しい性格の穏やかな人だったなとアル達は思い出したのかしんみりしていた。
「へー」
「アビーさん、冬用の保存食を作るなら今から少しずつやってかねえと間に合わねえぞ」
「え? そういうのって秋とかじゃないんですか?」
アビゲイルがぽかんとした顔で質問すると、アルたちは笑い出した。
「それじゃあ冬に飢えちまうよ! 冬はこの村は隣村にもいけないくらい雪深いんだよ。だから一冬分の食料をみんな蓄えるのさ」
「えっ」
「秋からじゃ夏野菜のピクルスもベリーや果物のジャムも作れねえぞ。他にも肉詰め、塩漬け、酢漬け、乾燥野菜。あとはドライフルーツ…まあ1年中作るんだこの村はさ」
「ええー、知らなかった! 神父様から何にも聞いたことなかったです」
「ああ、あの人は料理できない人だから毎日うちで料理を食べたり買ったりしてたんだよ。保存食の話は聞けないだろな」
まだ揚げ芋を食べていたディクソンを見るとすぐに肩をすくめた。
「俺が保存食なんか作るわけ無いだろが、そんな暇ないし。作り方も知らん」
確かに料理をしないロイドとディクソンからは聞けないだろう、ナナとは食べる話ばかりで保存食は聞いたことがなかった。
「そうか~。危なかったな…」
「ま、ウチに食いに来てくれりゃあ死ぬことはねえよ。俺らは儲かるしな?」
珍しいアルの軽口にアビゲイルは笑ってしまった。




