家族
「さてと、作りますか」
まずは大麦を水で少し洗ってから沸騰したお湯に入れて煮る。火加減は弱火でふつふつとお粥を炊くような感じだ。
「エルマ、たまにかき混ぜてくれる?」
「わかったわ」
若鶏肉はもう一つの鍋で、スプリングオニオンの葉、にんにく、ショウガを入れて煮込む。
「今日は餃子なの? アビーさん」
以前アビゲイルは鶏ガラスープを作ってそのスープを餃子の皮に練り込んで大量の餃子を作ったことがある。エルマはそれを思い出したのだろう。
「ちがうちがう、今日はスープだよ。大麦入りの」
「へえ」
「本当はお米をいれるんだよね、もち米っていう粘りの多いお米なんだけど」
「なんていう料理?」
アビゲイルはちょっと考えて答えた。
「なんちゃってサムゲタン?」
エルマは首をかしげる。少し考えてふふっと微笑んだ。
「なんちゃってってどういうこと? 面白い名前だけど」
「本当のサムゲタンていう料理はちょっと珍しいハーブが入ったり、もち米いれたりしてかなり長い時間煮込んだりするんだよね。これはまあそれの簡単版だから」
「だからなんちゃってなのね」
「そういうこと、でもおいしいと思うよ」
「アビーさんの料理はいつもおいしいからそこは安心してるわ」
「ありがと」
今日はこのスープにパンを一応つける。これがメインの肉料理であり、スープになるのであとは簡単なサラダを作ることにした。
「人参、今日買ったばかりだからサラダにしようか」
人参を薄く切って千切りしていく、エルマは「いい練習になるわね」とゆっくり千切りを作っていくアビゲイルも一緒に1本千切りにしていく。多めに作って明日の朝にも食べようという算段だ。
ボウルに酢、オリーブオイル、砂糖、塩、コショウを加えて混ぜ、千切り人参と和える。
「これは仕上げ、あってもなくてもいいし他のものでもいいよ」
アビゲイルはそう言って刻んだタルタの葉を加えた。パセリによく似た香りが人参サラダに混じって漂う。
「他は何がいいの?」
「刻んだくるみ…、あとはレーズンとかもいいね。あとは茹でた豆とかかな?」
「レーズンは美味しそうだなあ」
後ろでカミラの宿題を見ていたオスカーが呟いた。
「今度レーズンで私が作ってみるわ」
「楽しみだ」
カミラが勢いよく教科書を閉じて立ち上がった。
「終わった! アビーさん手伝う!」
「お、では今日も灰汁をすくっていただきますか。はいおたまどうぞ」
「は~い」
なんちゃってサムゲタンはスープが少し白く濁って鶏肉も柔らかく煮えている。カミラが丁寧に灰汁をとってくれたあと、アビゲイルは煮てから水洗いしておいた大麦を加え、塩とコショウで味を整えた。
「こんなもんかな? はい味見してください~」
カミラ、エルマ、そしてオスカーがかまどに集まり味見した。
「うん、身体があたたまるね。ショウガが効いていて食べたあとに汗をかきそうだな」
3人が喜んでいる様子を見てアビゲイルも微笑んだ。
「良かった良かった。じゃあ夕飯までもう少し煮込みますか、ちょっとトロッとしたほうがもっと美味しいから」
「楽しみだね、人参サラダもその頃にはいい具合だろうし」
オスカーはちらっとボウル一杯のサラダを見た。どうやらこっちも味見したいようだ。
「神父様、よかったらサラダの味見をしてください」
「え、あ、ありがとう」
気にしていたのがバレて恥ずかしそうにオスカーは照れた。だがすぐにサラダを少しつまんでシャクシャクといい音を立てて食べ始めた。
「どうですか?」
アビゲイルがオスカーに聞くとうんうんと無言で満足そうに頷いた。
「ほんと、お父さんの酸っぱいもの好きは相当ね」
「体にはいいからいいんじゃない?」
「野菜だし問題なしだよ」
ぺろりと唇を舐めてオスカーは満足げだ。
サムゲタンを煮込んでいる間、お茶を飲みながら今日のマッサージ屋の様子をエルマ達に話した。ずいぶんと気にしてくれていたようで、二人は熱心にうんうんと相槌を打ちつつ効いてくれた。
「良かった、アビーさんの神魔法も効果があったし評判も上々だったのね」
「うん、みんな怖がらずに興味しんしんという感じだったね。どんなものかよくわからなくて不安だった人たちもこれから集まってくるんじゃないかな?」
「そんなに来ますかね?」
「多分くると思うよ、今日お肉屋さんに行く途中に挨拶した人みんなに話したしね」
「えっ! いつの間に!」
お茶を吹き出しそうになりつつ驚くアビゲイルを見て、オスカーはにっこり笑い。
「お客様は多いほうがいい、そのほうが上手くなるからね。数をこなせるようになるし、魔力のコントロールも自然と上手くなっていくよ。ま、多すぎたときは私も手伝おう」
「お願いします…」
どうなることやら心配になってくるが、予約状況を管理していけば大丈夫だろうととりあえずはそれ以上考えるのをやめた。
(考えすぎて不安になってもしょうがないしね)
サムゲタンの鍋を覗き込む、もち米ではないのでとろみは少ないが、大麦と鶏肉はさらに柔らかくスープを吸い込んでふっくらとしていた。
「もうそろそろいいかな? じゃ食べましょっか」
「まってましたー!」
カミラは椅子から飛び降りてすぐに食事の用意を手伝いだした、だいぶお腹がすいていたようだ。
アビゲイルはスープを作るときに使ったスプリングオニオンの葉やショウガを取り出して細かく刻み、スープに戻してからみんなのお皿によそった。なんちゃってサムゲタンに人参のサラダを見て、アビゲイルは腕組みして考え込んだ。
「どうしたんだい?」
椅子に座り待っていたオスカーは心配げにアビゲイルに声をかけた。
「あーいや…、ちょっとメニューが足りなかったかなと思いまして、今日のごはん」
「お肉たくさんあるから大丈夫だよ」
カミラは野菜類に苦手なものが多いので、気にならないようだ。野菜が足りないと聞いてエルマも食卓を眺めて少し考えていたが、
「今日疲れてるんだから、無理してこれから作らなくても大丈夫よ。それにアビーさんが食べたいものを作ったということは、多分このなんちゃってサムゲタンが今アビーさんにとって必要な栄養ってことだと思うわ」
「そうかな?」
「そうよ」
確かに今日は温かいものと米が食べたかった。少し疲れていて他のメニューはあまり気にしていなかったというのが本音だ。こういうときは本当に自分の食べたいものが浮かんできて、口と体がそれを求める。エルマに言われてなんだか腑に落ちた気分だ。
「そのとおりだね。エルマの言う通りだ。さ、気にしないで座って」
オスカーもエルマの意見にうなづいた。
「野菜はまた今度ということで」
「そんなに野菜なくていいよ、ケーキとかクッキーでもいいよ」
「こらカミラ」
「一応サムゲタンはスープっぽいからパンも用意しとくね」
アビゲイル以外の3人に麦メインのご飯は不慣れなのではということでいつもと同じようにパンも添えた。
「はい、ではいただきま~す」
「「「いただきま~す」」」
みんなで一斉にサムゲタンを食べ始める、口に含んだ大麦を噛み締め、骨付きの鶏肉にかぶりついている。
「あっつい、でもおいしい」
そうつぶやいた後、カミラはまったく話さなくなった。夢中で鶏肉を食べている。
「うん、でももう少し…塩気がほしいかな?」
「あっすいません」
かまどのそばにあった塩壺をテーブルの上に置いてひとつまみ、アビゲイルはオスカーの皿に少し塩を振ってあげた。
「ごめんなさい、アビーさん私もちょっとお塩ほしいわ」
「はいはい、ごめんね。お粥のイメージで作ったから塩が足りなかったね」
「お粥ってスープの仲間?」
エルマの質問を聞いてアビゲイルは驚いた。
「あ、お粥って知らない? お米を水で柔らかく煮たものなんだけど」
「初めて聞いたわ」
みんな知らないのかとさらに驚いてぽかんとしていると
「アビーさん、このあたりの人は主食がパンだからお米を食べたことがない人が多いんだよ」
とオスカーが教えてくれた。
「あっなーるほど~。白飯知らないのか。白飯ていうのはね、お米を水で炊いたものなんだけど味付けが基本ないんだよ、お粥もその仲間」
「え? 味がしないものを食べてるの?」
「カミラ、パンも少し塩気や甘みがあるけど同じようなことだよ?」
「…あそうか、 白飯というのとパンは同じってことね? ということはお粥は? お米のスープ?」
サムゲタンとパンを交互に見ながらエルマは答えた。
「お粥はお米を炊くときに水加減を変えたもので、もっと柔らかくて汁気が多いやつ。体調が優れないときとかに食べるんだけどこのサムゲタンはその栄養強化版みたいなお粥…かな?」
「体調が優れないときに骨付き肉は辛いかもね、でもなんとなくわかったわ。でもパンが主食じゃない国か地域があるのね…。アビーさんはそれも知っているということは…」
ちょっとだけぎくりとしたが顔にでないように努めてエルマの話に集中した。
「そこはどんな国だったか思い出したの? もし良かったらどんな国か聞いてみたいわ」
どんな国? アビゲイルはそう聞かれて前世の世界を思い出したが説明しづらい。電気に水道、インターネット、飛行機、車にガスコンロ。進化や文化の差がありすぎて、どこから話せばいいのか。もうほかの世界から転生したと話すべきか。
眉間にしわを寄せ、天井を眺めながらどうしようか考えていた。
「だいぶ思い出そうとがんばっているようだがまだみたいだね?」
オスカーは考え込んでしまったアビゲイルを少し心配して声をかけた。
「え? あ、えーとそうみたいですね、なんだか曖昧です」
「アビーさんごめんなさい」
エルマも心配そうだ。
「だいじょうぶだいじょうぶ、料理や家事は思い出すんだけどね~、なんだろね?」
取り繕うようにアビゲイルは言った。
「でもお粥の話もサムゲタンも少しずつ思い出していることだというのは間違いないからね、このままゆっくり記憶が蘇っていっていることはいいことだよ。焦らないほうがいい、こういうことは」
「そうね、急に全部思い出してここからアビーさんがいなくなっちゃたりしたら悲しいわ…」
少ししょんぼりしてエルマがうつむいた。それを見て記憶がないと嘘をついている申し訳なさと悲しいと言ってくれる嬉しさが相まって複雑な気持ちになってしまった。
「ありがとうエルマ、悲しいと言ってくれて嬉しいよ。でもだいじょうぶ。思い出してもすぐには出ていかないよ」
「そうなの?」
ぱっと顔を上げたエルマにアビゲイルはにっこり微笑んで答えた。
「うん、この村もエルマもカミラも神父様もみんな、みんな大好きだからね」
少し間があったがふたりはすぐに笑ってくれた。
「良かった! ずっといてくれていいからねアビーさん」
本当に嬉しそうに笑ってエルマはまたサムゲタンを頬張った。
「うん、美味しい」
それを見てアビゲイルもオスカーもまた食べ始めた。
「おかわり! お肉多めにしてアビーさん!」
きれいに食べ終えた皿をずいっと前に押し出してカミラが大きな声で叫んだ。
今まで会話に参加せずに夢中で食べていたのだ。それに気づいた三人は吹き出すように笑った。
「ぶあっはっはっはっは! はいはい、あっはっはっは、あ~おもろ」
「何がおかしいの!?」
「あ~っはっは。いっぱい夢中で食べてくれるカミラかわいいわ~。だいすき」
かわいいと言われてカミラは顔を赤らめる。
「な、何言ってるの? いいからおかわり早く!」
「こらカミラ…っぷ。ははははは!」
珍しくオスカーも大きな声で笑っている。
ほんの少しの湿った会話はすぐにどこかに飛んでいった。前世の家族を重ねて思い出すことの多いこの家族とこの村の人々をアビゲイルは新しい家族のように感じていた。




