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大麦

「はいっ。お疲れさまでしたぁ~」

 最後の客のマッサージを終えてアビゲイルは大きく息を吐いた。

「ありがとう、アビーちゃん。ほんとに肩が軽くなったよ。また近いうちに頼むぜ」

「こちらこそ、ありがとうございます」

「アビーさんお疲れさまです~。良かったらコーヒーどうぞ」

 ナナが労ってコーヒーを入れてくれた。砂糖が入っていて甘くておいしい。

「ナナ、ありがとう~。喉カラカラだったんだ」

「マッサージ屋さん、初日は好評で良かったですね~」

「うん、本当に良かったね。アビーさんが真面目に練習した成果だ」

「いやあ、ほっとしました」

「今日はだいぶ魔力を使ったからゆっくり休むといい」

「はい、そうします」

 神魔法のレベルが少しは上がっているだろうかとスキルツリーを確認してみると、神魔法が4になっていた。

「少し神魔法も上がってる!」

「いいね、それなら魔力も少し上がっているはずだ」

 オスカーが言うには魔法のレベルがあがると魔力も少しずつだが増えていくらしい。

「へえ、そうなんですか」

「うん、でも節約して上手に使っていかないと駄目だよ。今日のアビーさんはちょっと使いすぎだね…」

「たはは」

 アビゲイルはぽりぽりと頭をかいた。

「患者さんに使った魔力を回収するのがうまくなれば、全く疲れずに何十人も診れるようになるよ」

「すごいです~。疲れずに仕事をやっていけるなんて。楽です~」

 ナナは驚いた。

「でもそこまで出来る人ってもうだいぶすごい人なのでは?」

「そうだね、普通に治療院をやったほうがいいね」

「アビー! 治療院開業は駄目だぞ! お前は冒険者なんだから!」

 入り口から大きな声を出してディクソンが近づいてきた。午後の見回りをロイドと終えて戻ってきたのだ。

「ははは、だいじょうぶ。まだ開業なんてできないよ」

「頼むぞ~、お前が神魔法を使えるようになってもウチは人不足にかわりはないんだからな!」

「だーいじょうぶだって」

 さて、今日の仕事は終わったので、買い物をして帰ることにした。オスカーにそう伝えると買い物の荷物持ちを手伝うと言ってくれたので一緒にいくことになった。

「神父様と買い物行くの初めてですね」

「そういえばそうだね、生鮮なんてほとんど買ったことないなあ」

「え」

「料理が出来ないからね」

「あ、そうか」

 確かに料理をしない人には材料が売っている店には全く行かないだろう。私がこの世界に来る前は心臓亭で食べたり、パンや菓子だけだったそうだからお金がかかって大変だったろう。

「今日なにか食べたいものあります?」

「そうだねえ…、でもアビーさんが今日頑張ったんだからアビーさんの好きなものにしたらいい」

「私ですか? うーん…米」

「米?」

「お米食べたいんですよね~。神父様は食べたことあります?」

「若い頃に南のほうで食べたことがあるよ。魚介と一緒に炊かれてたのが多かったかな? あとはスープで煮込んであったり…」

 オスカーが言っているのはおそらくパエリアやリゾットのことだろう。白いご飯ではないようだったが、それでもアビゲイルには羨ましかった。

「いいですね~。おいしそう」

「トココ村には米はないねえ。都でも食べられるところは少ないんじゃないかな?」

「どこかで買えないですかね?」

「ビリーさんの店で頼んでみたらどうだい? あとはアルに聞いてみるとか」

 雑貨屋さんなら取り寄せてもらえそうだし、アルさんならどんなお米の品種があるか聞けるかもしれない。

「そうですね…今度聞いてみよう。さて今日はどうしようかな…」

「あ、そうだアビーさんお米じゃないけど大麦はどうだい? スープにたまに入れたりするよ」

「大麦…あーいいですね! 大麦入りのスープかリゾットにしようかな。鶏肉とか入れて」

「いいねえ、おいしそうだ」

「大麦って八百屋さんに売ってますかね?」

 聞かれてオスカーは首をかしげた。

「どうだろうね?」


「大麦?あるよ。押し麦もあるよ」

八百屋の店主はキョトンとした顔でアビゲイルの問いに答えた。

「あ、良かった、麦だからパン屋さんで買うのかなと思って」

それを聞いて店主はかっかと笑った。

「神父様もいるのにしょうがねえな。大麦じゃ美味いパンは焼けねえよ。小麦じゃないと。大麦は牛乳で煮たりスープに入れたりするのが普通さ」

 そう教えられてアビゲイルは思い出した。

「あ、オートミールか」

「そっちはえん麦だな。えん麦もあるよ。どっちもトココ村で去年収穫したやつさ。どっちも美味いけど好みだね」

「ふむ」

 アビゲイルはあまりオートミールを食べたことがない、前の世界の家族はご飯、お米大好きな男性4人で1日1食は米がないと不満が出るほどだった。夫に息子3人で食べる量も半端なく、残ることはほとんどないほどだった。そのせいでオートミールやコーンフレークなど、シリアル系とは縁がなかったのである。

「ほら、アビーさんこっちがオートミール、こっちが大麦だよ」

 八百屋の店主がカップに入れて見せてくれた。オートミールは蒸したあとに潰されていて、大麦はそのままの形をしていた。

「俺のおすすめだとオートミールは牛乳で煮て食べて、大麦は水で煮てスープに加えるのがいいよ」

「それだと今日は大麦かな? こっちをください、あとスプリングオニオンあります? それとショウガも」

「あるよまいどあり!」

 他に家に常備しているじゃがいもや人参など、少なくなってきたものを補充する。

風呂敷に包むとオスカーがすぐに持ってくれた。

「ありがとうございます。ではでは次はお肉屋さんに」

「はいはい」

 珍しく軽い返事をしたオスカーがのんびり肉屋に向かうアビゲイルについていく、この時間帯に八百屋や肉屋に神父がいるのが珍しいのか、通りすがりが何人か振り向きオスカーに挨拶したり、なにかあったのか聞いたりしている。

 だが大抵の人は笑顔で、オスカーがこの村の人達から信頼されているのがよくわかる光景だ。

 挨拶を返しているうちにアビゲイルについていくのが遅れていく、大丈夫かとアビゲイルがオスカーを見ると「気にせず先にむかっておくれ」と目で合図してくれた。アビゲイルもうんうんと無言でうなづき肉屋に向かった。

「えいらっしゃい、おうアビーさん。今日は何買ってくれるんだい?」

「骨付きの若鶏肉をください」

「ぶつ切りでいいのかい?量は?」

「少し大きめに切ってくれますか? 量は…」

 考えながら無意識に手で量をはかっていたらしく、それを見て店主は「そんぐらいね」と言って若鶏を用意してくれた。

 遅れてオスカーが肉屋に訪れて、店主は少し驚いた。

「おや、神父様が来店とは珍しいね。どうしたんだい?」

「こんにちわ、今日はアビーさんのマッサージ屋の手伝いをしてね、それで帰りは一緒というわけなんだ」

「マッサージ屋?」

 肉屋の店主に聞かれたのでアビゲイルは簡単に今日開業したばかりのマッサージ屋の説明をした。

「へえ、週に2回ね。それはギルドで予約できるんかい? アビーさんがやるの? はあ~」

 若鶏のぶつ切りを紙袋に手際よく入れながら色々聞いてくれる。

「そうです、気が向いたらぜひお願いします。修行も兼ねているのでたくさんの人を診たいんです」

「なるほどね。お客さんにも膝や腰が痛いとか言ってる人がいるから話しとくよ」

「ありがとうございます、よろしくおねがいします」


 教会に到着してすぐにオスカーは台所のかまどに火を起こして薬缶にお湯を沸かし始めた。カップにはちみつを入れてくれる。

 お湯が沸くまでの間にアビゲイルは洗濯物を取り込み、畳んで片付けた。

台所に戻ってくるとオスカーがはちみつを入れたカップに熱々の紅茶を注いでくれていた。

「ありがとうございます」

「私も挨拶できた人たちにマッサージ屋のことを話しておいたからね」

「え? 本当ですか?」

「来週はもっと予約客が増えるかもね」

「私の素人マッサージでそんなことありますかね?」

「どうだろう? まあ何かあったらそのとき考えよう」

 オスカーがマッサージ屋を始めるなら混雑するのもわかる。腕もいいし信頼されている、それに頼まれたら治療もしているようだし。しかし習いたての下手くそな私のマッサージに人が来るだろうか? 好奇心か今日のじじい達のようなお客しか来ないような気がする。

「まあ何にしてもこちらは万全の準備でいるようにしよう」

「そうですね、まずは美味しいものを食べて体力回復」

 うんうんと頷いてオスカーはにっこり微笑んだ。

 そのあとも神魔法と今日のマッサージ屋の様子、アビゲイルの魔力の使い方などを話していると元気よくエルマとカミラが台所に飛び込んできた。

「「ただいま!」」

「おかえりなさい~。お茶飲む?」

「ありがとう、お願いするわ。今日のお店はどうだった? アビーさん」

 エルマは少し心配してくれていたようだ、優しい。

「う~ん、まだ初日だからよくわかんないなあ。まあ苦情がないだけ良かったかな?」

 アビゲイルは自分の神魔法がうまくできたかよくわからなかったのでぼんやり答えるとオスカーが変わりに答えてくれた。

「評判はいいと思うよ、マッサージの効果も出ているしね」

「お父さんがそう言うなら安心ね」 

「今日の晩ごはんなに~?」

 話を遮るようにカミラがアビゲイルにしがみついて聞いてきた。

「もう、ちょっとはアビーさんの心配をしなさいよ」

 エルマはカミラを軽く叱ったが本人はどこ吹く風で

「アビーさんならだいじょうぶだよ~。お姉ちゃんが心配しすぎ」

「まあ」

 あきれたという顔をしたエルマを見て、オスカーとアビゲイルは笑ってしまった。


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