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健康な体

「週1回くらいでいいんじゃないか?」

 ディクソンにマッサージ屋の相談をしたら週1でいいのではと提案された。

「まあ2回でもいいとは思うが、タダなんだろ? お前の収入がそれだけ減るぞ?」

「そうか…でも朝の巡回と一緒にしてる採集クエストでも十分生活出来てるし」

 アビゲイルのスケジュールは毎日朝に巡回をしつつその日指定されている薬草の採集クエストをこなし、午後は訓練、または村内の掃除などをしている。

「でも他にもお前最近忙しいだろ? 裁縫だ料理だと」

「アレクシスさんたちの手伝いは昨日で終わったし、特許の話はみんなが書類書いてくれるからあんまり忙しくないよ」

「そうなのか? でも様子を見つつ増やしていったほうがいいんじゃないか? お前のマッサージ屋ってだけで…俺は一波乱感じる」

「なんで?」

 聞くとディクソンは何も言わずに顎で後ろを指した。振り返ると予備冒険者のじじいたちがくつろいでいる。アビゲイルの視線に気づいてニンマリ笑って手を振ってきた。

「すけべじじいたちが何するかわからん。何かルールを決めてから始めろ。山菜狩りのようにな」

「ふむ」

「とりあえずはっきり決まるまではべらべら喋るな。じじいたちが騒ぎ出すのは面倒だ」

 山菜クエストのときは山菜への欲望でいい大人たちが一触即発の大喧嘩になりかけたが、素人のマッサージにそんなことが起こるのだろうか?

「アビーさん、おまたせ。ディクソンとの話は進んだかい?」

 遅れてオスカーが冒険者ギルドにやってきて、マッサージ屋の打ち合わせについて聞いてきた。

「ディクソンは週1にして、細かいルールを作ったほうがいいって」

「へえ?」

 それはなぜかということをディクソンが改めてオスカーに説明してくれた。

「なるほどね…、マッサージではなくアビーさん目当ての良くないお客さんが来るかもしれないってことか」

「???」

 どういうことなのかわかっていないアビゲイルを見てディクソンは呆れて、オスカーは笑っている。

「まだわかってないのかお前。すけべな客が来るかもしれない危険がせまっているというのに」

「はあ? 私みたいなおばさんに?」

 アビゲイルの言葉を今度は二人がわかっていない。

「俺たちから見たらお前は20代そこそこの女だ。若い女が優しくマッサージしてくれるって聞いて邪な奴が押し寄せてきたら大変だって話だ」

「あ」

 そうだった、自分は生まれ変わって若いエルフになっていた。うっかりしていた。心が40代後半のおばさんのままなのでそんなことはないと勝手に思い込んでいたが。

「訓練場でいつもお前を応援してるじじいたちはゴブリンみたいな目で見てるだろうが」

「そうでした」

「アビーさんは美人だから男女問わず人気があるしねえ…」

「まさか!」

 慌てるアビゲイルのを見てオスカーは苦笑いをした。

「知らぬは本人ばかりなりだね」

「お前な…もうちょっと気をつけろよ? 男より女の冒険者のほうが危険が多いんだからな?」

「むう?」

 

 それから3人で話し合った結果、まずは週2回で限定1日5人の予約制となった。男性の希望者やアビゲイルにはまだ難しい人はがいた場合はオスカーが受け持つ。

「とりあえずこんな感じかな? 明日告知して予約はアビーさんにということにしよう。明日張り紙するまで秘密にしとこう」

「はい」

 告知は冒険者ギルドのクエスト掲示板に載せることにして、ナナにも連絡をしておいた。

ナナは小声でささやいた。

「えーっ。アビーさんの神魔法マッサージ屋ですか? うわぁ…騒ぎにならないといいですね~」

ものすごく心配げにナナがアビゲイルを見つめてきた。

「騒ぎになる…?」

「わからないですけど~、おじいちゃん達が勘違いして喜びそうです~」

「ただ肩に手をのせるだけなんだけどね」

「何してくるかわかりませんから、お気をつけて~」


 午後になってクエスト依頼もなかったのでそのまま雑貨屋に行くことにした。マッサージ屋の予約状況や練習させてくれた人の体の癖など、気づいたことをメモして勉強と修行につなげていきたいと思ったからだ。

「こんにちわ~」

「へい、いらっしゃい。おやアビーさん久しぶりだな。この間は練乳ありがとよ」

「いえいえ」

「かみさんがハマっちまって家で作るようになったぜ。で? 今日は何がいるんだ?」

 ノートがほしいと言うと棚から数種類出してきてくれた。

「これ前に買ったやつですね」

「そうだったか?」

「普通のでいいんです、こういうので」

 アビゲイルはそう言ってB5サイズくらいのノートを手にとった。紙質は少しガサガサしていて真ん中を糸で閉じている。

「それは子供が学校で使うやつだぜ。なんか勉強するのかい?」

 神魔法の勉強にマッサージ屋をするということを説明すると。

「へえ、アビーさんのね…。神魔法のってことはあれだよな? 肩に手をのせるだけの」

「そうですそうです。知ってるんですか?」

「大きな街の教会だと週末に新米神父やシスターが店開いたりしてるからな。結構使ってたぜ」

 ガサガサしたノートを棚に戻して今度は表紙紙が青いノートを手にとった。こっちのほうが少し紙質が良さそうだ。こっちにしよう。

 そこでアビゲイルはふと、マッサージ屋はまだ秘密にしておくことを思い出した。

「あ、まだ秘密だったんだ」

「おやまあ、いつから始めるんだい」

「一応明日からです…」

 するとからからと笑ってアビゲイルからノートを受け取り紙袋に入れながら、

「じゃあ明日まで秘密にしとくよ。ノートは300ゼムだよ。鉛筆はどうだ?」

「ありがとうございます。鉛筆もください」

「毎度400ゼムだよ」


 夕食時に雑貨屋での出来事を話すとオスカーは少し驚いたようだったがすぐに元の笑顔にもどった。

「ビリーさんならだいじょうぶ」

「ビリーさん?」

「アビーさん知らないの? 雑貨屋のおじさんの名前よ」

 エルマが小さく丸パンをちぎって食べながら答えてくれた。

「そういえば名前知らなかったなあ」

 雑貨屋の店主には冒険者バッグを取り寄せてくれたり、ナイフや手帳など道具の相談にものってくれて案外お世話になっている。だが名前は聞いたことがなかった。

「話をしたなら明日からのマッサージ屋さんに来てくれるかもしれないね」

「色々お世話になってるからちょっと恩返しでもできたらいいんですけどね」

 ベーコンと炒めたアスパラを頬張りながらアビゲイルは練習させてもらうのだからせめて頑張って疲れや痛みを少しでも減らしたいと思った。

「気持ちは大事だけどまずは慣れていくことだね」

「はい」

「よかったら夕食後に少し練習しよう。今日はエルマ達も手伝ってくれ」

「いいわよ」

「わかった!」


 夕食の片付けも終わり、その後すぐにオスカーに言われてお風呂にたっぷりのお湯を用意してエルマとカミラ3人で入浴する。体をきれいに洗ったあとに3人では少し狭い湯船に一緒に入ってくつろいだ。

「は~いい湯だな」

「ほんとね~アビーさんの水魔法のおかげだわ、毎日こうしてお湯に浸かれるんだもん。でもこんなにお湯をだして疲れたりしてない?」

 お湯を両手ですくってざぶざぶと顔を洗い、おでこに張り付いた前髪をかきあげる。

「ぷは~だいじょうぶだよ。最初は毎日は無理だったけど最近は毎日でもぜんぜん疲れないし。水魔法も上達してるのかもね」

「ふうん、魔法や剣は練習と修行が大事ってお父さんが言っていたけど、生活の中でも十分練習できるのね…」

「そうだね、といっても攻撃とかに使うにはやっぱり修行が必要なのかもね」

 エルマは天井の水滴を眺めながらぼんやりとつぶやいた。

「この村には魔法使いがいないから、そっちの修行は難しいわね。街ならいっぱいいるんでしょうけど」

「攻撃魔法って見たこと無いからなあ…どんなものなんだか、イマイチなんだよね」

 元の世界では映画やゲーム、アニメなどでたくさんの魔法を表現したものがあったが、こちらの世界での魔法は自分以外のものはオスカーの神魔法しか見たことがない。だがオスカーの魔法も手が光ったり、傷があっという間に治ったりなどの魔法らしい派手な感じなかった。どちらかというと按摩やマッサージに本当に近い雰囲気だ。

「神父様は他の魔法使えないのかな?」

「私達は聞いたことないわ」


 アビゲイル達のあとにオスカーもお風呂に入り、全員が揃ったところで今日の神魔法の練習となった。オスカーはリビングの暖炉の前にいつもどおり丸椅子を置いて練習の用意をしてくれていた。

「よし、ではカミラ。ここに座って。アビーさんはカミラを診てごらん」

「は、はい」

 カミラは面白そうなことが起こりそうだという少し浮かれた感じで椅子に座った。

「じゃあ肩に手をのせるね」

「うん」

 小さな子どもの細い肩に両手をそっと載せて体を調べる。

「うわっ。ほんとだ涼しい! お父さんと全然ちがう!」

 足を パタパタと揺らすので上手く足の様子が掴めない。アビゲイルはさらにぐっと集中した。カミラの体はまだ小さい子供だからなのか、体の中は澄んだ空気と水が溢れてゆらゆらと波立っているようだった。診ているこっちも気分が良くなってくる。悪いところはどこにもない。

「きれいな体だね」

「?」

 カミラはわかっていないようだったが、オスカーは無言で何度か頷いた。

「どこも悪くない…かな?」

「ほんと?」

「よし、今度はエルマと交代だ」

 もう交代するのかとカミラは少し寂しかったようだが、すぐに椅子から降りた。

「お父さん以外に診てもらうのは初めてね」

「上手く出来てるか教えて」

 手を載せてじっくりと体内を診る。カミラほどではないが、エルマの体もとても澄んでいてなんだか体の奥から光が溢れているように感じた。

「こんなに違うんだ…」

「え? 私何処か悪いの?」

 エルマは不安げにアビゲイルの顔を見上げた。

「いや、悪いとこはなくて、エルマもカミラもきれいな水や光が溢れているように感じるんだよね」

「お父さんは違うの?」

 オスカーの体はいつもどこか流れが悪かったり溜まっていたりしていた。

「ん? そういえば神父様のはいつもどこか悪かったような」

「今までわざと流れを悪くして練習させていたからわからないよね、どれ、今度は何もしていない状態の私を診てくれ」

 エルマに代わってオスカーが椅子に座ったので、すぐに診てみた。

「わ…」

 オスカーの体内もエルマ達ほどではないがきれいに魔力が全身に流れていて、大きく穏やかな川のようだった。そして触れているだけでも熱い、オスカーの体内に焚き火があるようだ。

「これが疲れがないときの私だよ、エルマもカミラも今は病気も怪我もない健康な体で、たっぷりご飯を食べてお風呂に入って気分がスッキリしている状態だ。これが健康な体だよ。私はちょっとくたびれているがね」

「健康な体を知ると患っているところがわかりやすくなってきますね」

「うん、アビーさんならその違いがもうわかるだろう。明日からのマッサージ屋さんには多分興味や好奇心だけの健康な人達もくるだろうから、そういう人もある程度体の中身をみせてもらうといいよ。参考になる」

「練習は数ですもんね」

「そういうこと」

 アビゲイルとオスカーのやりとりを聞いてエルマがはっと気づいたように喋りだした。

「あっだからここ数日お父さんは私達に勉強はどうだ、学校はどうだと聞いてこなかったのね。おかしいと思った。私達のストレスを減らしてたのね」

「ばれたか」

 そう言ってオスカーは珍しくふざけてちょろっと舌を出しておどけてみせた。

「もうお父さんたら、ちょっとおかしいと思ったのよね」

「ははは、すまなかったね。協力ありがとう。さて、小言の言わない私はもうこれで終わりだ。あとはもう寝るだけだけど、ふたりとも宿題はもう終わっているのかな?」

「私は大丈夫、夕方には済ませたわ」

 エルマは胸に手をあてて自信たっぷりに答えた、そしてカミラは、目が泳いでいる。

「カミラ」

「ごめんなさいっ!」

 オスカーの声にびくっと反応してあっという間に2階に走っていった。どうやらまだ終わってないらしい。

「もう、あの子ったら…」

 大きなため息をついてエルマが呆れた。オスカーもやれやれという顔をしている。

アビゲイルは二人の顔を見て吹き出してしまった。

健康な体は健康な精神に宿るらしいが、カミラはどうやらまだ違うようだ。

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