茶会とマッサージ魔法
皆さんお元気ですか? どうかお体にお気をつけて。
作業が一段落してお茶会となったのだが、かなり豪華なお茶会になった。
ベアトリクスの手作り菓子がナッツと紅茶葉入りのクッキーが2種類。アレクシスが購入してきたパン屋のレーズン練乳サンドイッチとハムとレタスのサンドイッチ、そしてアビゲイルの作った苺のパウンドケーキ。テーブルに並べられた菓子を見て、主婦たちも喜んだ。
「すごい量だね、ごちそうだよ」
「お昼を食べてこなけりゃ良かったよ」
一人がお腹をさすりながら言うので、みんな笑い出した。
「パウンドケーキはアビゲイルさんからです」
「食べきれなかったらお持ち帰りでどうぞ~」
「「いただきま~す」」
自分たちで作ったシュシュや巾着袋を見せあいながら和やかな時間が流れた。隣に座っていたベアトリクスの作ったシュシュはモスグリーンの木綿で出来ていた。
「ベアトリクスさんの、無地の布で作ったんですか、こういうのもいい感じですね」
「そう? 柄があるとちょっと派手になって普段の服に合わせにくいかなと思って…」
「緑色が好きなんですか?」
「う、うんそうね。好きね」
なんだかぎこちない返事をして、顔が少し赤くなった。アビゲイルにはよくわからなかったが、それを見た年配の女性たちはニコニコしている。なんだろう?
「それにしてもアビゲイルさん、あんた子供の世話も上手だねえ」
「そうですか? でも抱っこしたり遊んだりしているの楽しいですね」
「家族か子供がいるのかね?」
「若いから兄弟の世話をしてたんじゃないかい?」
アビゲイルの記憶がないという設定は村中の人がだいたい知っている。みんなそこは深く聞いてこないが、やはり気にななるのだろう。
「どうなんでしょうね?」
アビゲイルはちょっとはぐらかした。
「でも料理も裁縫も家事も出来るんだから、いつでもいい旦那さんが現れてもおかしくないよ」
「うちの息子、どう? 木工ギルドで働いているんだけど」
「ええー」
冗談交じりで息子を紹介されそうになって驚いた。こっちで結婚する気はない。
「ちょっと、あんたのとこの息子はベアトリクスさんに夢中じゃないか」
「かなわない恋ばかりしないでもうちょっと現実見てほしいよ」
ベアトリクスを見るとさらに顔を赤くしてお茶を飲んでいた。どうやら好きな人がいるようだと気づいたが、野暮かと思って聞かないでおいた。
のんびりとした会話を続けながら、裁縫を続ける人もいた。特にシュシュは簡単なので、2~3個作る人も多かった。
「学校でエルマちゃんが可愛い髪留めを使っていたって聞いたんだけど、多分これのことだね」
「あ、私が作ったのを使ってくれてるので多分そうだと思います」
「うちも聞いたよ、ほしいほしいと言われて困ってたんだ。今日作れて良かったよ」
エルマが学校にシュシュをつけていったその夜にとても評判が良かったと伝えてくれていたのだが、欲しがる子も結構いたようだ。友達に作ってあげたり一緒に作りたいと言っていたので作り方だけは説明してある。お小遣いで材料が揃えばせっせと作り出すだろう。
カミラのヘアピンも同じような評判だったらしいが、カミラが作るにはちょっとむずかしいだろう。
女性のおしゃべりは止まることがない、話のネタが尽きるまで延々と続く。
特に女性に多い気がするが、自分の話したいことがあるとそれを口に出さないと気がすまない人がいる。会話を聞きつつときにはそれにかぶせつつ、主婦たちはおしゃべりとお菓子を楽しんだ。
「へ~生の苺が入ってるのかい? 煮詰めた苺じゃなくてもいいんだね」
「そういえば練乳だけど、あれは砂糖抜きで作ってもいいのかね?」
「なくても大丈夫ですよ。紅茶に入れたりして混ぜて飲むときに砂糖を入れてもいいですし」
「保存がもうちょっと効くといいねえ、果物のジャムのように」
唯一男性のアレクシスは話を聞くだけで、何か縫い物をしている。女性たちの話し声を音楽のように楽しんでいる様子だ。
気づくと陽がだいぶ傾いてきていた。ベアトリクスも気づいたようで
「あら、もうこんな時間なのね。皆さん今日はお開きにしましょ」
「そうだね、今日から仕事を初めていただける方は私のところへ、材料のセットをお渡ししますね。追加の仕事は明日以降、ギルドボートに貼っておきます」
そう言うとみんなはテキパキと荷物をまとめ、茶器を片付けて、挨拶を交わし、それぞれの家路についた。
アビゲイルは残ってベアトリクスと一緒に茶器を洗った。
「アビーさん、今日はありがとう。みんな楽しんでくれたし、仕事も受けてくれたし、楽しかったわ」
「良かったです。私の知識が役に立って」
「また何かあればぜひお願いしますね」
ベアトリクスの横で洗った食器を丁寧に吹きながらアレクシスはニコニコしていた。
片付けが終わってアレクシスの店を出たときにはもう太陽は山の間に沈みそうだった。
「気をつけて帰ってねアビーさん」
「はい、ありがとうございました」
できるだけ早足で教会に向かったが、ついたときにはもう陽が暮れて夜になってしまっていた。
玄関のドアを開けると台所からいい香りと賑やかな声が聞こえる。
「ただいま戻りました~。遅くなってすいません」
「おかえり、アビーさん」
「おかえりー!」
3人は食事を終えてお茶を飲んでいる頃だった、アビゲイルがドアを開けた音が聞こえていたのかエルマはまだ暖かいスープを皿によそっているところだった。
「おかえりなさいアビーさん、はいこれスープ。あとこれ冷めちゃったけどソーセージとフライドポテト」
フライドポテトはくし形に切ったじゃがいもを素揚げしたものだ、みんなの休日におやつにと作ったものなのだが、そのままたまに夕飯に作るようになった。塩をかけたり削ったチーズをかけたりして食べている。
「ありがと~、いただきます」
丁寧に手を洗ったあとにアビゲイルは食べ始めた。
「今日焼いてくれたケーキ美味しかった!」
「お、良かった~。練乳かけた?」
「かけたよ! お姉ちゃんに怒られた。かけすぎだって」
「ははっ、やっぱり怒られたか~」
行動を読まれていてカミラは照れた、みんなが笑っている。
「だっておいしいんだもん」
「ありがと」
食後はオスカー達とリビングでくつろいだ。と言ってもエルマとカミラに裁縫を教えつつ神魔法を習うといういつものやつだ。習ったり教えたりだが、他愛もない会話もあって、練習や修行というような感じではなかった。
「うん、体内の魔力がきれいに巡るようになってきたね。上手だよ」
「ちょっとなにかあるとすぐ乱れちゃうんですけど…」
「それは私も同じだよ、誰でも驚くことがあるからね。そこからどうやってすぐに戻すかが大事だ」
「はい」
魔法の練習はオスカーが言うには順調らしい。毎日するわけではないが、巡回やディクソンと剣の修行をするときなど、思いつくところでは体内の魔力を意識してきた結果がでてきたようだった。
「そろそろ修行の第2段階にいこうか?」
「それは…例の」
「そうマッサージ屋さんだよ。週に2回くらい、そうだな5人くらいでどうだい?」
「私一人でだいじょうぶですかね?」
アビゲイルは自分の神魔法にまったく自信がない。まだオスカー以外に使ったことはないし、まだぼんやりとわからない感覚がいくつかあって不安だ。
「しばらくは私も付き添うよ、何かあったら大変だしね」
「本当ですか? 助かります」
「私も久しぶりだからたいした手助けにはならないかもしれないがね。まあいないよりはいい」
「またまたそんな、ありがとうございます」
オスカーが師匠について神魔法を勉強していることはわかっているが、その技術がどれほどのものなのかということはアビゲイルはよく知らなかった。
(ディクソンの怪我を見たりしているけど、普通なのかな? どうなんだろう?)
「ディクソンと相談して冒険者の仕事に響かない程度に予定を立てていこう」
「はい」
「さて、マッサージ屋を開くにあたってマッサージ魔法を教えよう。さあ座って」
丸椅子を差し出されたので座りオスカーを見上げる。オスカーは後ろに移動してアビゲイルの両肩に手を載せた。手はもうお風呂上がりのように暖かかった。
「手に魔力を集めて練った状態で、患者の肩に触れる。後は患者の体内魔力の流れを調べるんだ」
「いつも練習してるやつですね」
「そう、疲れてたり傷ついているところは流れが悪い。アビゲイルさんは今肩と腰が疲れている」
「そうです」
調べてもらってはいるが、嫌な感じは全くしない。というか探られている気配も感じない。こういうものなのだろうか、しかも手を載せてくれているだけでかなり気持ちがいい。
お風呂に入っているようだ。
「疲れている部分を見つけたら、こうして…自分の魔力を流して溜まった澱を流すように」
すると体内に温かいお湯を注がれているような感覚になってすっと体が軽くなっていく。
「うわあ~」
「患者の体内の流れをスムーズにして…。キレイに全体に流れているか確認して、マッサージは終了だ」
「ひえー…ありがとうございます」
先程まで首を捻るとコキコキと音がなったのだが、今は肩も軽く、疲れのだるさもない。
「今度は私にやってみておくれ、このために今日は畑の草むしりをしたから」
「えっわざわざありがとうございます」
アビゲイルがお礼を言うとオスカーは笑った。
「冗談だよ。さあやってみて」
そっとオスカーの両肩に手を置いて、自分の魔力の流れが落ち着いているか確認してから体内の魔力の流れを探った。
「最初に全身をしっかり見て、どこに溜まりがあるか確認して…」
「えー…、腰とふともも、肩」
「よし、私の魔力の流れに逆らわないように。それに合わせてやってみてくれ」
「はい」
最初はそっと流し始めてそれからゆっくりと量を増やしていく。するとオスカーの肩に溜まっていた魔力の澱が砂山のようにサラサラと崩れいくような気がした。
「いいぞ、上手だ。慌てず、ゆっくり。アビーさんの魔力は風みたいだね。涼しげで爽やかな感じだ」
「えっみんな違うんですか?」
オスカーの説明では、元素の相性によるのだそうだ。アビゲイルは風や水と相性が良いのではとのことだった。ちなみにオスカーは火と水らしい。
「涼しいのか…じゃあ冬は嫌われそうだなあ」
「ははは、そうだね。私もお湯みたいな感覚らしいから、夏場は嫌がられるよ。でも治療はしないとだからね」
「ふむ」
試しにアビゲイルは魔力を温かい風のほうに出来ないかと意識してみた。
「あ、火属性の風に変えたね…素晴らしい。だが流れが乱れるなあ」
「ダメですかね?」
「工夫は大事だが。今はまだしないほうがいい。基礎が出来ないとね。そうだな、冬頃に出来るようになればいいんじゃないかな?」
「そうでしたね、基礎、基本でした」
話しながら魔力の調整はどうにか終わった。オスカーよりもかなり時間がかかってしまい、そしてなぜだかものすごく疲れた。
「思ったよりしんどい…」
「あ、いい忘れてた。自分の流した魔力は回収しないとダメだよ」
オスカーはすぐにアビゲイルの手を握り、あっという間に魔力を返してくれた。手がぽかぽか温かい。疲れも何処かへ消えていった。
「あれ、マッサージしました?」
「ついでにね」
「神父様実はすごい人なんじゃ…」
「いや私はほんとにたいしたことないんだ。片田舎でくすぶる程度の男さ」
穏やかな笑みをたたえてオスカーは自分を揶揄した。




