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裁縫教室

 翌日、アビゲイルは巡回クエストだけを終わらせてすぐに教会に帰ってきた。午後からの裁縫教室に行く準備をするためだ。裁縫の材料や道具はすべてビアトリクス達が用意してくれるので、何か差し入れを作ろうと考えていたのだ。

「女子が集まるのならば甘いものがあったほうがいいよね」

 ギルドからの帰りに材料はすべて買ってきた。イチゴに練乳、小麦粉、バターに砂糖そして卵、作るのはイチゴ入りのパウンドケーキだ。

 オーブンに薪を入れて火の確認をしてから生地の準備を始める。

小麦粉、砂糖、バターは同じ分量を計ってから、戸棚にしまってある長方形のケーキ型を4つ取り出して型の内側にバターを塗っておく。3つは裁縫教室へ、残りの1つはカミラ達のおやつ用だ。

 4つ一気に焼いてしまうので、薪を多めに入れたかまどが温まり熾が出来るまで少し時間がかかりそうなので、お茶を入れて少しだけ休むことにした。

「もう少し経済的に楽になってきたらコーヒー買いたいなあ」

 この世界ではまだインスタントコーヒーは無いので豆を買うことになるのだが、豆を挽いたりドリップする道具も必要で、さらに紅茶よりも豆が高い。ちょっとした贅沢品だ。

「相変わらず貧乏ですからなあ」

大きく背伸びをしながらコーヒーよりも必要な物を考えるときりがなかった。もう少しお金が溜まったら革手袋を作る予定なので、いままでどおりちまちまとやっていくしかない。

「さてと」

もう少しでかまどが用意出来るので、材料の苺を洗い、程よい大きさに切っていく。

 バターと砂糖を混ぜて練り込み、溶いた卵を少しずつ混ぜてクリーム状にする。

「おや、お菓子作りかい?」

 オスカーが台所にやってきた。薬缶に水をいれてかまどの前に立ち、アビゲイルに薬缶を置いていいか聞いてきた。

「いえ、オーブンだけしか使わないのでいいですよ」

「ありがとう、何を作ってるんだい? なんだか量が多いみたいだけど…」

「苺入りのパウンドケーキです」

「生の苺かい? 美味しそうだね」

「神父様達の分もありますからね」

 アビゲイルは今日午後からある裁縫教室のことを説明した。

「ああ、例の。ということはこれはご婦人達のお茶請けってことだね」

「まあ初めて会う人が多いと思うので、こういうのがあったほうがいいかなって」

「まめだねえ」

そう言いながら呆れるようにオスカーは笑った。

「まあ女性はおしゃべりとお茶とお菓子があれば喜ぶだろうね」

「そうそう、そうなんですよね」

 話しながらアビゲイルは卵を混ぜたクリーム状の生地にこんどはベーキングパウダーを混ぜた小麦粉を加えてさっくりと混ぜていく。

「かまどもだいぶ熱くなったきたようだね」

「うまく焼けるといいんですが」

 生地を型に半分くらい流し込み、切った苺を散らしてまたそのうえに生地を流す。そして真ん中を少しくぼませておく、こうしておくと真ん中が少し山型に焼き上がる。

オーブンの中に4つ並べて扉を閉めた。

「よし、では昼ごはんを作りますかね」

 畑からアスパラを数本もいできてから、よく洗い茹でて、バターと刻んだタルタで塩コショウで炒める。朝の残りのウインナーも茹で、取り出した後そのお湯に少し酢を入れて卵を割り落とした。ポーチドエッグだ。お玉で黄身を割らないようにぐるぐるとお湯を混ぜると白身が散らばらずにまとまって固まる。そして千切りキャベツを卵に添えた。

「うーんタルタのいい香りだ。オーブンもだいぶ甘いいい香りがしてきたね」

 アビゲイルは昼食を食べる前にオーブンの中を確認して中のケーキの場所を入れ替えた、真ん中にあったのは外側に、外側にあったものは内側に、こうすれば熱も満遍なく伝わるだろうと思ったのだ。

 パウンドケーキはみんなきれいに膨らんでくれた。あとはほんの少し焼き色をつけるだけだ。

「うんアスパラがおいしい季節になったね。タルタを食べると春を感じるよ」

オスカーはパンをちぎってアスパラ炒めの皿に残るバターをぬぐって食べて満足そうだ。

「家の畑からすぐにもいで茹でて食べれるってのは贅沢ですね」

「うん、畑はありがたいものだよ」


 昼食を食べ終えてまたオーブンをのぞく。

「よーしよし、いい感じ」

4つのパウンドケーキはきれいに焼き上がり、バターのふんわりとした香りの中に苺の甘酸っぱい香りが混じって台所に溢れた。

「うーんたまらないね、午後のお茶が楽しみだ。エルマ達も喜ぶだろう。ありがとうアビーさん」

「いえいえ」

 アビゲイルは型からケーキを取り出して皿に並べて、その皿を風呂敷に包んだ。練乳の入った瓶は冒険者バッグに詰めていく。

「これでよし、じゃあ裁縫教室に行ってきます」

「いってらっしゃい」

 剣を携えて冒険者バックに練乳を詰めてケーキを持って町に向かうアビゲイルを遠くから眺めてオスカーは(ああしていると主婦なのか冒険者なのかどっちかわからないな)と思い、一人笑ってしまった。


 オスカーに主婦のようだと笑われていたアビゲイルは緊張していた。

主婦、つまり地元の女性陣を敵に回すと恐ろしいということを知っているからだ。女性同士のつながりは粘り強く、結束力が高い。そして情報収集と拡散力も。誰か一人に嫌がられたらあることないこと広がる可能性もないわけではない。

 前の世界で何十年と主婦と母親の世界で生き抜いてきたアビゲイルにとってここは肝心だと本能が言っている。

 菓子を焼いたのもそのためだ、第一印象は大事なのだ。

「仲良く出来るといいんだけどなー」


 店につくと店内は無人で奥から賑やかな話声が聞こえた。もう何人か集まっているようだ。

「こんにちはー! アビゲイルです」

 少し声を張りながら奥に声をかけるとベアトリクスが出てきた。

「いらっしゃいアビーさん、早かったわね。もう何人か来てくださってるわよ」

「これ、今日何人来るか知らないんですけど皆さんでどうぞ」

「あら! ケーキを焼いてくれたの? 嬉しいわ、思ったより人が多いみたいだからお菓子が足りるか心配だったの。風呂敷ってやっぱり便利ね」

 カウンターで風呂敷を広げてケーキを手渡す。

「奥の作業室にみんなとお父さんがいるからアビーさんもどうぞ、私はケーキを切り分けて来るわね」

「お茶の用意手伝おうか?」

「ありがとう、でも大丈夫よ」

 言われてそのまま作業室に向かうと、たくさんの布、糸、毛糸、ボタンの入ったカゴに箪笥が左右の壁にずらりと並び、その中央に大きなテーブルがあって、中央には花が飾られていた。

 そのテーブルには何人かの様々な年齢の女性が座っていた。アビゲイルが部屋に入った途端、視線が一気に集まって少し驚いた。

「ああ、アビゲイルさん。待ってましたよ。皆さん、こちらはアビゲイルさん」

「こ、こんにちわ」

 アレクシスに紹介されて少しどもりながら挨拶する。

「こんにちは、はじめまして」

「よろしくね、アビゲイルさん。今日は楽しみにしてたんだよ」

「よろしくおねがいします」

 中には先日教会で一緒にクッキーを作ったトココ主婦の会の人たちもいて、そのとき苺タルトを分けた人も、子供を一人連れて来ていた。

「アビゲイルさん、この間はタルトをくださってありがとう。皆喜んでたわ」

「良かった。旦那さんはあれからお元気ですか?」

「足の具合はまだちょっと良くないけど、手先が器用だから木工ギルドの工芸の見習いになったの。給料は見習いだから安いけど、何もないよりは良くなったわ」

「わあ、良かったですね」

 少し気になっていた家族の生活もいい方向に進んでいるようだ。挨拶も交えて話しているとさらに作業部屋に人がやってきた。赤ちゃんや子供連れの人もいる。全員で十数人は集まったようだが、作業部屋のテーブルは大きく、まだ座れる余裕があった。

 全員が賑やかに話していたが、アレクシスの咳払いですぐに静かになった。

「皆さん今日は集まっていただいてありがとうございました。今日はアビゲイルさんから教えていただいた新しい商品の作り方と使い方の説明。そして技術向上と流行情報交換会…という名目のお茶会となっております」

 そこでどっとみんなが笑う、一番の楽しみはやはりお茶とお菓子とおしゃべりなのだ。

「今日皆さんに作っていただくのは、シュシュという髪飾りと巾着袋、風呂敷です」

「3つもあるのかい? 覚えきれるかね?」

「これから教えますが作り方は非常に簡単です。だいじょうぶですよ」

 そう言ってアレクシスは自分で作ったものをテーブルに広げた。皆がそれを手に取り、調べ始めると。

「本当にみんな簡単な作りだね。サイズの指定さえもらえればすぐ作れるよ」

 少し年配の主婦たちがうんうんとうなづいた。この人達はおそらく長く裁縫の仕事をしているのだろう。

「うん、これくらいなら私達でも出来そうだわ、風呂敷は端を縫うだけだし」

「そうですね、風呂敷はまだ作業の慣れていない方の運針の練習も兼ねようと思っています」

「このシュシュってのはかわいいね、自分用に欲しくなっちゃうよ」

「そう思って、今日教えて作る分は皆さん自分用にしてくださっていいですよ。布は端切れを使うことになってしまいますが、ある程度好きな柄を選べます」

 たくさんの端切れがはいったカゴをテーブルに用意すると女性達から歓声があがる。アレクシスは女性の心を掴むのが上手い。

「今日は作り方を覚えるという前提で、帰りに商品用の材料を用意しますのでよろしくお願いいたします」

 明るい返事とともに女性達は自分の裁縫道具を取り出して、すぐに布を選びだした。

「わからないとこは私とビアトリクス、そしてアビゲイルさんに聞いてください」

「お手柔らかに」

 アビゲイルは頭をごしごしとかきながら照れくさそうに挨拶した、そのとき誰かが連れてきた赤ん坊が泣き出した。

「あらやだ」

 若い主婦が抱き寄せてあやすが泣き止まない。

「おむつは濡れてない?」

「お腹がすいてるのかね?」

 周囲の子育ての先輩たちが色々心配するなか、眠くてぐずっているというのがわかったがカゴに寝かせようとおろすと泣いてしまう。

「もう…これじゃ作業できないわ」

「良かったら私が抱っこしてますよ?」

 そう言ったのはアビゲイルだった。

「まあ、アビゲイルさんが? いいんですか?」

「どうぞどうぞ」

 母親がおそるおそる赤ん坊を手渡すと、アビゲイルは慣れた手つきで抱きよせてあやし始めた。

「ん~かわいいっ。コロコロしてどっしりしてて、健康優良児~」

 赤ちゃんを抱っこするのは久しぶりなので、アビゲイルはちょっと嬉しかった。前の世界で息子を3人育てているアビゲイルにはあやすくらいなら簡単だ。赤ん坊は泣き止んでうとうとしだした。

「あら、アビゲイルさん上手だねえ」

「このまま見てますから、作業してください」

「いいんですか? ありがとうございます。助かります」

 アビゲイルは日当たりのいい窓辺に移動してそのままあやしていると、他の子供達も寄ってきた。他の女性と違って剣を携えている女性が珍しいのかそれが子供達の好奇心をくすぐるようだ。

「お? どうしたどうした」

 そのまま他の子も一緒に面倒を見始める。ベアトリクスが用意してくれたぬいぐるみで子供達とごっこ遊びをしている慣れた様子を見て、主婦たちは多少驚いたが安心し、作業に没頭しはじめた。

 アビゲイルが子守をしているので変わりにアレクシスとビアトリクスが指導して、裁縫教室は熱心にそして穏やかに続いた。


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