身分証明書
翌日は約束どおり、タルタの芽の収穫に出かけた。ゴブリンの気配があるかもしれないと前以上に注意を払ったが何も出てこなかった。
「ディクソンまた川向うにゴブリン退治しに行ったの~?」
「いいや、今日一緒にここにくるからいいだろと思ってやってねえよ」
おばあちゃんの杖を借りてタルタの木の枝を引き寄せて、片手で器用に新芽をもぎながらディクソンは答えた。
「それに俺ばかり退治してたら、お前の練習にならんだろが」
「えー、一人のとき遭いたくない~」
「突然遭遇したときの対処が出来なかったらダメだろうが~」
二人のやりとりをクスクスと笑いながらおばあちゃん達は新芽摘みをしている。
「いっそさ~、ゴブリンの巣? 壊しちゃったほうがいいんじゃない?」
手作業にも集中しないといけないので話す語尾がのびる。
「あ~、まあ巣をなくしたいのはやまやまなんだが、俺一人じゃ無理だし~、お前ら二人が加わっても無理だな」
「難しいんだ」
「アリの巣みたいに入り組んでて、罠も仕掛けてあったりするし~、巣の中がどのくらいか把握して、十分な装備と人数じゃないとな~」
「何人くらい必要なの?」
ディクソンはタルタの枝から手を離して腕組みし、指を折りながら何かを数え、考えこんだ。
「ん~。まあ最低Cランク以上の冒険者が15人。魔法と弓を使えるやつも5人くらいほしいな」
「無理だね」
「あとゴブリンの巣退治を経験してるやつが何人かいないと危険だ」
「思ってた以上に大変なんだね」
「まあな、アビーが最初にスライムを叩いたときだったか? 言っただろ?「ゴブリンを笑うやつは死に向かって走っているようなものだ」って。そのくらい油断出来ない奴らなんだよ」
確かに言われた。いつだったかなと思いだす。
「多分言われたの山菜狩りのときだな~」
「もうあれから1ヶ月以上経つんだねえ、早いもんだ」
おばあちゃん達は山菜狩りクエストに参加していたようだ。あのときのくじ引きは大変だった。
「あれからゴブリンに会ってないんだな」
「恋しいか? いつでも会わせてやるぞ? 今度3人で討伐練習行くか?」
ちょっとディクソンは嬉しそうに誘ってきた。
「うーん、今週は予定が続きそうだからちょっと無理かな~」
なんだよと聞いてきたので、アビゲイルは裁縫から始まった特許の話と、オスカーと練習している神魔法の修行の話をした。
「マッサージ屋に裁縫教室ねえ、いつの間にそんなことになってんだ?」
「いやなんか勝手にとんとん拍子にあっという間に…」
「人気者はつらいねえ、アビゲイルさん」
おばあちゃん達がからかうようにけらけらと笑った。
お昼はそのままタルタの丘の上で食べることになった、念の為ディクソンのお弁当を作ってきたので渡すと、
「お、作ってくれたのか。ありがとな」
おばあちゃんがお茶をみんなに分けてくれた。朝に淹れてきたという紅茶はまだ香りがたって美味しかった。
「いたれりつくせりだな」
「良かったねえ」
ゆで卵とベーコン、クレソンの挟んだサンドイッチを食べながら、ゴブリン退治に行くなら剣の練習もしっかりしないと考えた。
「午後は予定がないから、剣の訓練しようかな?」
「お、やろうぜやろうぜ。弁当の礼にびしばしやってやるよ」
「ありがと」
訓練場で何度か基礎訓練をしてからディクソンと剣を交える、ディクソンの剣は最初は軽く、そして速く、最後に重く鋭くなっていく。後半は相変わらずオタオタしながらどうにか剣を交わしていく。
「受けるだけじゃあ、相手は倒れんぞ! ホレホレ」
「ひええ」
「かかってこんかい!」
言われるままにスキを見てかかっていこうとはするが、うまくいかない。今だと思う瞬間はあるが、たぶんこれはディクソンがわざと作っているスキだ。それ以外に狙って何度か剣を奮ったが簡単に交わされる。
だがその様子を見てディクソンはニンマリと笑っている。
「わかってきたか、いいぞいいぞ」
やっぱりわざとかと知らされて少しホッとする。
「油断すんなよ、全体を見ろ。周囲に気を使え! 探索魔法も使いながらやってみろ!」
「そんなに全部はまだ無理だって!」
言われて探索魔法を使うのを忘れてた。剣の訓練だし、場所も訓練場なのでいいかと思ったからだ。
「普段はずっと使ってるんだけどね」
「こういうときが一番訓練しやすいだろうが、やっとけ」
「はぁい」
「ゴブリンは卑怯で小狡い奴らだ、背中が一番狙われる。だから戦闘中も後ろに目があったほうがいい」
交わす剣のスピードが上がってきた、しゃべる余裕がすぐになくなる。
探索魔法をかけると周囲がぱっと明るくなったように感じた、アビゲイルの背中側からいくつかの視線を感じる。予備冒険者のじじいたちだ。ねっとりと視線が首筋や腰にからみついてくる。
「こういうことか」
アビゲイルがつぶやくとディクソンがニヤリと笑う。
「じじいがエロい目でじっと見てるぞ」
「ひえ」
「ゴブリンもそんな感じだからすぐわかるぞ」
「勉強になるわ」
ディクソンの動きに釣られて、くるりとお互いの立ち位置を変える。するとすぐに野次が飛んできた。
「ディクソン! お前はこっち来ないでいいわい! ほれ! もとに戻れ!」
「うるせえぞ! 訓練の邪魔すんな!」
「ははは」
訓練が終わってから汗を拭いつつディクソンが寄ってきた。
「ここ以外でなんか剣の練習してるのか?」
「ん? 巡回を頼まれたときとか南の河原でちょっとやったりしてるよ」
「そうか、ちょっと体力がついてきてるのかもな。ちょっと良くなってきたぞ」
「本当? わーありがとう、がんばろ」
喜んでいると、後ろから小さく舌打ちが聞こえた。ロイドだ。ディクソンに言われて一人で基礎訓練をしていたのだ。ごくごくと大きく喉を鳴らして水を飲む。
「俺もちょっとは褒めてくれよ、最近はサボってないしよ」
「お前はほめるとつけあがるからダメだ」
「なんでだよぉ」
納得いっていないようだが、そのままディクソンに無視されて、首根っこを掴まれてずるずると訓練場の中央に連れて行かれた。
「がんばれー」
アビゲイルが二人を応援すると、何かに気づいたのかディクソンが戻ってきてそのままギルドカウンターに連れて行かれた。
「なに?」
「おーい、村長!」
ディクソンの大声に役場の奥にいた村長が気づいて出てきた。
「やあアビゲイルさん、これ、ようやく届いたよ。身分証明書」
「あっ。忘れてました」
「これで君もようやくトココ村の住人だ」
渡されたのは薄い金属のカードだった。左上に穴が空いている。紐を通せるようになっているらしい。角度を変えるとキラキラと青く輝いた。カードは年齢や出身地などが空欄になっていた。これでよく証明書が発行されたものだ。
「無くさないようにね、再発行にはもっと時間がかかるから」
「はい、ありがとうございます」
「身分証が出来たので、冒険者ギルドのカードも出来たぞ」
こちらも同じサイズのカードで、書いてあることはだいたい同じだったが、冒険者のランクが表示されていた。
「あれ? Dランク?」
「ああ、上げといたぞ」
「え?」
「お前は仕事も真面目だし、今までこなしてきたクエスト、巡回の回数、退治した魔物の数で十分Dランクに達してる。と言ってもDランクの最下位だからな?」
言われて呆れてしまったが、もうそんなに数をこなしてきたのかと驚いた。
「Eランクは?」
「狼退治の成果で飛び級させた、いちいち申請するのがめんどいから」
渋い顔をして無言で抗議したが、ディクソンにはどこ吹く風という感じだ。
そのまま渋面をしてると村長が慰めてくれる。
「まあまあ、いいじゃないか、それだけディクソンが評価してくれたってことだし、仕事の幅も広がるよ」
「これってディクソンが私に仕事をもっとやらせたいってだけですよね?」
それを聞いてそばにいたナナが吹き出した。
「マスターもうバレてます~。ふふふ、というか話してなかったんですか~?」
ディクソンの目がちょっと泳いできた、そのまま見つめているとため息をひとつついてぺろりと舌を出した。
「まあすぐバレるとは思ったが早かったな…」
「遠い目でどこ見てるの?」
「Dランクでようやく冒険者と認められる、これからもうちょっと色々教えていくからな」
「はぁい…」
ランク昇格はもっと嬉しいものだろうと思っていたので、突然のことで拍子抜けしてしまい、なんだか空気の抜けた返事になってしまった。訓練がいつ始まるのかと聞きにきたロイドがナナに何があったのか聞いて驚いた。
「えっアビーがDランク?」
「そうなんだよ~」
気の抜けた返事をすると、ディクソンも少しがっかりした顔になってしまった。ロイドは信じられないという顔をしてる。
「そんな顔するなよ~。喜ぶとこだぞ」
「もう俺と一緒なのかよ!」
「え? ロイドDランクなの? 知らなかった」
「ああ、ロイドは何度かCランクの昇格試験に落ちてるから」
「あっ! 言うなよ!」
ディクソンにばらされて今度は顔が赤くなってしまった。少しロイドに同情してしまう。
「Cランク昇給試験て難しいんだね…」
ロイドを少しフォローする。それでもロイドの顔はまだ赤かった。
「アビーはまだ受けられないぞ、Dランクでのクエストノルマを達成してないとダメだからな、てかこの村で今まで通り仕事してたらすぐに試験は受けられるよ。すげえ簡単だしな」
「一言多いわ」
「ほんとです~」
アビゲイルとナナに言われてもディクソンはよくわかってないようだ。
「もう~、私の昇格にしたって、ロイドの試験の話にしたってデリカシーないわ…、ちゃんと報告して? もうちょっと素直に喜びたいわ。あとロイドもディクソンなりに可愛がるだけじゃ厳しいだけだからたまには褒めてあげなよ」
「飯しょっちゅうおごるだけじゃダメ?」
どれだけご飯をおごっているのかはわからないが、たぶん食べさせるだけであとは何もしていないのだろう。
「言葉でしっかり伝えるときは伝えないと」
「そうです~」
「俺のことベラベラ喋らないでくれよ…気にしてんだから」
少し強めに言うとディクソンは少し反省したのか、ぽりぽりと頭をかいてアビゲイルとナナ、そしてロイドの顔を順番に見た。
「たまにおふくろみたいになるよなお前は…。わかりました。すいません、気をつけます」
うんうんと3人はうなづいて、ロイドはようやく顔の赤みが消えた。
「いや、本当に悪かった気をつけないとな。よし! 今度みんなに飯おごるからな!」
「「「飯以外!」」」
「あっすまん…癖が抜けないわ、わはは」
照れてだらしなく笑うディクソンを見て3人は呆れたが、こういうところがいいところでもあるんだよなと顔を見合わせて笑ってしまった。




