表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/96

ギルドと特許

遅くなりましたが新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 風呂敷の評判はまあまあというところだったが、巾着袋はどうだろうか? 冒険者カバンから大小の袋を取り出してアレクシス達に見せてみた。

「かわいい大きさの袋ね」

「袋の端を筒状にして紐を通しているんですね、なるほど」

「あまり大きいと使いにくいんですが、カバンのなかが散らからないからあるとちょっと便利、という感じですかね? これも作るのが簡単ですから、布と紐を買えば誰でも作れます」

 アレクシスは巻き尺で紐の長さや袋の大きさを測りつつ、うんうんと何度もうなづいている。なんだか楽しそうだ。

「小さく作って子供用のお財布とかいいんじゃないかしら? あ、待って! ポプリを入れるのにいいかもしれない」

「ああ、いいね。中身を入れ替えるのも簡単だし、紐で口を結べるからこぼれないしね」

 親子で思いついたことをすべてメモしていく、二人のアイディアはどんどん溢れいるのにアビゲイルは驚いた。

「アビゲイルさんのように冒険者が着替えや道具を入れるのにもいいね、男性には無地の布がいいかな? オーダーを受けて作るのもいいかもしれない」

「布をシルクにして紐をリボンにしたら素敵じゃない? 端にレースをあしらって…。これくらいならみんなの家計に響かず可愛いものが作れるわ」

 ふと可愛いものと聞いてアビゲイルはビアトリクスにもシュシュを作ってあったのを思い出した。

「あっ、そうだこれベアトリクスさんに、シュシュっていう髪留めなんですけど」

 使い方を説明するとベアトリクスはすぐに手鏡と櫛を取ってきて、美しい金髪をシュシュにまとめた。ベアトリクスは手鏡で、アレクシスは娘の周りをぐるぐる回って髪留めをつけた様子を眺めている。

「ビアトリクスさんにはシルクやレースで作ったシュシュのほうが映えそうですね」

「ううん、この青い小花柄もとってもいいわ! ありがとうアビーさん! これ中がゴム紐なのね、使いやすいし、簡単にまとまっていいわ! 作り方教えて!」

「いいですよ」

 作り方は簡単だ、布を筒状に縫い合わせて、中にゴム紐を入れて結ぶだけである。

「本当に簡単ですね…だが素材を変えれば値段を変えて販売できそうだ」

「新しい内職にしてみんなに作ってもらおうかしら? 巾着袋も風呂敷も」

「内職?」

 すぐにアレクシスが説明してくれた。

「アビゲイルさんは仕事を冒険者ギルドの掲示板から探すでしょう? それと同じように各ギルドに掲示板があってそこから仕事を斡旋しているのです。私どもは裁縫ギルドに属していて、この店から村の人達、主に主婦の皆様に仕事をお願いしているのです。お針子の内職をね」

 頼むものは様々で、下着や普段着、刺繍や秋冬には編み物とそれぞれに得意な主婦たちがいて毎日せっせと作っているらしい。大きい街では職人の仕事だが、トココ村では主婦たちがそれを担っている。

「ですが洋服などは下手な人には頼めませんから、私どもから直接依頼をすることが多くて簡単な仕事はあまりない状況でして。新規の内職希望の方に頼めるものが少ないんですよ」

「それでこの簡単な髪留めと巾着袋を内職初心者に頼もうと」

「そういうことです。村の女性達は縫い物は出来ますが職人のようにはいきませんので。こういった小物でさらに腕を磨いていただくという意味もあります」

 冒険者ギルド以外にこんな仕事があるとは思っていなかった、聞くとどの村にも街にもギルドごとに仕事があるらしい。職人のレベルもあるそうで、裁縫ギルドは縫い物、刺繍、レース、編み物など作るものそれぞれに職人の階級があり、職人は切磋琢磨していくそうだ。

「まあこの村ではそこまでではないですけどね、本当に内職です」

 そういえばイチゴタルトを分けてあげた主婦は内職をしていた、ああいう人の助けになるのはとてもいいことだ。

「それでですね、アビゲイルさん」

 ぐいっとアレクシスとベアトリクスが笑顔でアビゲイルに近づいた。二人はぎゅっと強く手を握ってくる。

「この、今日教えていただいたものの作り方を裁縫ギルドに登録しませんか?」

「登録?」

「そうです、作り方をギルドに登録しておくと、同じものを作って商売することが出来ません。商売したいときはその作り方の特許をギルドから購入しないといけないんです。と言っても作り方はあっという間に広まりますし、模倣も増えますから、だんだんと特許の売上は減っては行きますがね。でもその特許の売上の3割がアビゲイルさんに入ります」

 収入が増えるのはありがたいとアビゲイルは思ったが、正直これは自分で考えたものではない。元の世界ではありふれたもので100円ショップにも売っているようなものだ。

 特許を取って意味があるだろうか? それに世界が変わったとはいえ、自分の手柄にするのはなんだか申し訳ない。

「でもシュシュや巾着袋なんて、特許なんか取っても意味あるんですかね? 誰でもすぐ作れるでしょうし」

それを聞いてアレクシスはにっこりと笑顔になり、続ける。

「誰が最初に考えたかを登録しておくのはとても大事なことです。そうしておかないとどこかの誰かが作り方を盗んだとき、最初に考えたという名声と売上に損が出ます。そして悪用されたときに被害が出ます」

「悪用」

「どんな良いものでも、人の役に立つ素晴らしいひらめきでも、悪人は悪いことに使います。それを少しでも防ぐこともこの特許とギルドの意味があるのです」

「なるほど」

 風呂敷やシュシュでどんな犯罪が起きるのか想像も出来ないが、登録しておく意味はあるようだ。アビゲイル個人としては自分のアイディアではないので収入は無くてもいいのだが、それでこの二人の店や村の女性達に何か悪いことが起きるのを防ぐことがある程度出来るならばそれにこしたことはない。

「登録手続きは私達にお任せください。裁縫ギルドに属していますし、作り方の説明書も書けます。発案者はアビゲイルさんで特許の売上が3割、私達はその特許登録協力者として2割、残り5割の売上がギルドに入ります」

「わかりました、お願いします。でも売れるかなあ?」

 首をかしげるアビゲイルを見て、ビアトリクスが笑った。

「大丈夫よ。庶民向けの髪留めは金属製のヘアピンか安いリボン、あとは紐しかないから。こういう安価な布でも作れるものはきっとみんな喜ぶわ。柄によって年齢層も広がるでしょうしね。自分で作れて、職人の作った高いものは買える。いいと思うわ」

 リボンと聞いてそういばリボンのついたヘアピンもあるのだったと思い出し、アビゲイルはそれも内職ならないかと聞いてみた。

「なるほどね、若い子や子供向きだけど。喜ばれそうだわ。でもヘアピンに装飾がついてあるのはもう売っていたりするからちょっと難しいかもね。でも作り方は教えて欲しい!」

「わ、わかりました」

「アビゲイルさん、良ければ明日またご来店いただけませんか? 登録手続きと作り方を改めて作りながら教えてほしいのです」

 思ったより展開が早い、さすが商売人という勢いだ。だがしかし明日はタルタをおばあちゃん達と収穫にいく約束がある。その旨を伝えると。

「わかりました。それでは…何人か内職希望している者たちを集めますから、明後日以降どうですか?」

「明後日ならもう予定はないから大丈夫ですよ」

「良かった! では明後日午後にご来店ください。よろしくおねがいします」

 そう言ってアレクシスはお辞儀をしてきた、立ち振舞が美しい紳士だ。

「アビゲイルさん、ありがとうございます。私からもよろしくおねがいします」

 ベアトリクスも貴族令嬢のようにお礼を言った。

「こ、こちらこそ。よろしくおねがいいたしまする」

 その様子にたじろいだアビゲイルの返事は情けないものだったが、二人はそんなアビゲイルを見てにこりと微笑んだ。


 二人の布屋を出てからアビゲイルは夕食の材料を買いに肉屋に八百屋、そしてパン屋に寄っていった。

 パン屋には珍しくアルがいた。心臓亭の厨房以外で会うのは久しぶりだ。

「おう、アビーさん。ん、いい匂いだなタルタの新芽か」

「え? あ、今日クエストで収穫したんです。少し自分用にも採ったんですけど、よくわかりましたね」

「料理人は鼻も良くねえとな。俺も今日八百屋で仕入れたぜ。そうだ、タルタの芽とニンニクを刻んでバターに混ぜたものを肉に添えるとうまいぜ」

「おー、早速今晩やってみます。豚肉で」

 考えただけで顔がゆるんでよだれがたれそうになるのをこらえる。やはりパセリと同じような使い方のようだ。

「その肉料理に合う俺んちのパンだよ」

そう言ってパン屋の主人がいつも買うパンを紙袋に詰めてくれた。

「ありがとうございます」

パンを受け取り、支払う。中を見なくてもいつもの数だとわかっているのでまったく問題はない。

「練乳パンが良く売れていてね。助かってるよ。練乳もね、八百屋もイチゴがよく売れるって喜んでたよ」

「ほんとですか、良かった」

「うちの練乳イチゴタルトも好評だぜ」

 自分の知識が誰かの役に立って喜ばれるというのは嬉しい。専業主婦の知恵や経験はたいしたものではないと思っていたが、まんざらではないようだ。

「そうだ、かみさんと話してたんだけどさ、練乳をパン職人のギルドに登録したほうがいいんじゃないかって」

「え、また登録ですか?」

「また?」

 アビゲイルは裁縫ギルドに自分の作ったものが登録されるかもしれないということを二人に話した。

「アレクシスさんがね、あの人は商才のある人だから行動が早いね。じゃあ俺も同じように登録しとくよ。特許収入はどのギルドも同じだからね」

「えー、なんだかすごい話になってきたなあ…」

「うっかりしてたが確かに大事だな…。アビーさん、俺に教えてくれたマヨネーズやホワイトソースも登録しちまおう。俺のは料理師ギルドに登録するがいいか?」

 またさらにアビゲイルは驚いた。

「別にお二人のアイディアだって言って登録してもいいんですよ?」

「それは駄目だ」

 ぴしゃりとアルは断った。

「マヨネーズは俺には全く浮かばないソースだった。気持ちはありがたいがそれは俺の調理師のプライドが許さねえ」

「そうだよ、俺らは大した職人じゃないがそこまで落ちてねえよ」

 パン屋の主人は面白そうに笑っていったが、二人に悪いことを言ってしまったことに気づいた。

「すいません…軽率でしたね」

「いいんだよ、職人じゃないとこういう気持ちはわかりにくいからね」

「職人ってのはひねくれてる奴が多いからな」

 違いないと相づちを売って職人二人が大笑いした。

「早速準備するか、書類がまとまったら一回確認してくれや。冒険者ギルドに連絡をいれておくからよ」

「わかりました。よろしくおねがいします」


 教会に戻って夕食の準備をしながら、アビゲイルは今日の出来事を思い返していた。

 刻んだタルタの芽とニンニクをバターに混ぜて練る。たっぷり作ろうかと思ったが冷蔵庫がないので今日の分だけにした。まだ加熱していないがとても良い香りだ。

「いい香りだね、もうタルタの季節か」

鼻をひくひくさせながらオスカーが台所にやってきた。

「お仕事お疲れさまです。お湯沸かしますね」

「ああ、自分でやるよ。気にしないで」

 タルタバターも完成し、他の料理の下ごしらえが済んだので、オスカーと一緒にお茶を飲んで休憩することにした。そこでアビゲイルは特許登録について話した。

「マヨネーズや髪飾りがねえ、たしかに登録したほうがいいんじゃないかな? 盗まれたりしたら問題だし」

「そうなんですけど…、今回登録するものって私が発明したものじゃないんですよね、多分。知識として思い出しているんですけど。発明した人はこの世界のどこかにいるんじゃないかって」

「ふむ」

「だとしたら私が考えましたとは言えないじゃないですか。これから他にも色々思い出したときにそれがまた登録ってなったら、私がアイディア泥棒って感じで良くないですよね?」

 アビゲイルは自分の記憶喪失の「設定」を意識しつつ、今回の特許登録への不安をオスカーに相談した。

「もしそうだとしたら、登録手続検査のときにわかるよ? 誰かが先にマヨネーズを登録していたら無効になるから。どっちにしてもギルドから連絡がくるよ」

 確かにその可能性もある。この世界に来て感じたが、この世界は前に生きていた世界と似たものや同じものが存在している。だとしたらマヨネーズもどこかにあるのかもしれない。

「ただ、アルさんはああ見えて腕のいい料理人だ。知識も技術もね。アレクシスさんだって昔は王都で店を持っていたそうだから。彼らが知らないとしたら、かなり遠い土地のものかもしれない。だとしたらこの国には無いだろうから」

「登録されるかもしれない」

「うん。あと今回の話の登録の効果はこの国にしかないから、他の国で登録されているかもしれないよ」

「隣の国にはあるかもってことですか」

「どこの国のものかは知らないがね。だが他の国の文化を持ち込んで新しい商売をする人はたくさんいるんだ。異国料理の店も王都にはいっぱいあるしね。それに、こういう技術の登録は高度で高価なもの以外はあっという間に広がって世間に溶け込んでいくからね。登録しても儲けはほとんど無いんじゃないかな?」

「あ、本当ですか?」

 それを聞いて安心した。一番気にしていたのは元の世界とはいえそれで儲けが出るのに罪悪感があることだった。それほど儲けが出ないなら、単に美味しいものが自分が動くより少し早く世間に広まるだけである。

「もしそれでも自分の発明ではないという罪悪感みたいなものがあるなら、その登録による収入を自分以外に使うとか。そういうのがいいんじゃないかな?」

「あーなるほど、それいいですね。そうしよう、ありがとうございます」

 オスカーのアドバイスはアビゲイルの心にすっと入ってきた。自分以外に使うのならば確かに罪悪感はほとんどない。むしろ役立つものになるかもしれない。どこかに寄付してもいいかもしれない。

 すっきりした顔でお茶を飲んでいるアビゲイルを見てオスカーは少し笑ってしまった。

「ん? なんですか?」

「いやあ、アビーさんは無欲だなあと思ってね。たいしたものだ、まだ若いのに」

「エルフですから神父様より年上かもしれませんよ。年齢わかんないですけど」

「ああ、そうか。そうだったね、はっはっは」

 珍しいオスカーの大きな笑い声につられてアビゲイルも笑った。笑い声にリズムのいい足音が台所に近づいてきた。遊びに行っていたカミラとエルマが戻ってきたのだ。

「さて、夕食を作りますかね」

 アビゲイルが立ち上がり、かまどの残り火を確認した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ