楽しい手芸
風呂敷は便利です
昨日のミサのとき、アビゲイルをこの世界に転生させてくれた神様は現れなかった。
じゃあ夜寝たら夢に現れるだろうかと思って寝たが、夢も見ずに熟睡してしまった。
(やっぱりもう会えないのかな?)
次に会えるときはまた死んだときなんだろうかと物騒なことを考えつつアビゲイルは朝食のスクランブルエッグをのんびりと焼いていた。
焼き具合を確認してから、エルマの並べてくれた皿によそっていく。スクランブルエッグの脇には酢漬けのカブを添える。
「昨日作っていた酢漬けだね、おいしそうだ。できれば私の皿にもう少し置いてほしいな」
「本当に好きね、お父さん。はいどうぞ」
甘酢に浸かっていたカブをまた数個皿に盛り付けられていく様子を、オスカーは嬉しそうに眺めている。そこにようやくカミラが台所に入ってきた。
「おはよ…」
ものすごく声が小さい、具合が悪いのかとエルマがすぐにカミラのおでこに手を当てて熱を測ったが、小さいため息をついてすぐに手を離した。
「もう、びっくりさせないで」
熱はないようだが、元気がない。オスカーとエルマはすぐにぐずっていることに気づいたようだが、そこには触れなかった。二人の様子を見て、アビゲイルもいつもどおり接することにする。
「はい、カミラどうぞ~。パン何個食べる?」
「……2個」
「ホイホイはいはい」
カミラは何かボソボソとつぶやいてパンをかじり始めた。
「こらカミラ、お礼はちゃんと言いなさい」
オスカーに注意されて一瞬顔を曇らせたが、すぐに「ありがとう」とアビゲイルにお礼を言った。
相変わらず顔を下に向けたままだったが、言えただけ良し。そうアビゲイルがそう思っているとオスカー達も同じように考えていたらしく、顔を見合わせて3人で苦笑いになる。
アビゲイルはここまでいじけたカミラを見るのは初めてだったが、よくあることのようだ。
朝食も終わり、エルマ達が学校にいく準備を始めたところでアビゲイルは二人に声をかけた。
「なあに? アビーさん?」
「これ二人に作ったから良かったら使って」
二人に渡したのは布製の髪飾りだった。長髪のエルマには髪を束ねるシュシュ。束ねるほど髪が長くないカミラにはリボンのついたヘアピンだ。
「日頃のお礼を兼ねてね、つけてあげる」
先日風呂敷を作るときに購入した布のあまりで作ったものだ。おそろいの青い小花柄の髪飾りをエルマはとても喜んだ。束ねた髪をシュシュでまとめる、鏡で右から左からと何度も確認してアビゲイルにお礼を言う。
「ありがとうアビゲイルさん! これとってもいいわ。今度作り方教えて! カミラのリボンも!」
「いいよ、いつでも教えてあげる」
「良かったじゃないか二人共、よく似合っているよ。アビゲイルさんどうもありがとう」
オスカーからもお礼を言われた。
「まあちょっとしたものなんですけど、喜んでもらえて良かったです」
「カミラ、リボンをもらえて嬉しいようだが、先にちゃんとお礼を言いなさい」
オスカーに言われて気づいたのか勢いよくアビゲイルを見上げて、カミラは力強くアビゲイルに抱きついてきた。
「ありがとう! 大事にするね!」
「お~姫~。ご機嫌が戻ったようでなによりでございます~」
言われてカミラは顔を赤らめて照れたがいつもの笑顔がようやく戻ってきた。
「まったく、とんだお姫様だわ」
「さあ二人共、学校に遅れるよ」
二人は慌てて準備を整え台所の勝手口から飛び出していく。ここから出たほうが学校に近いそうだ。
「「いってきまーす!」」
「「いってらっしゃ~い」」
二人の後ろ姿を眺めつつ、カミラの機嫌が治ってアビゲイルはホッとした。
「じゃ私も出かける準備しますか」
朝食に使った食器を洗い、テーブルの上を片付けて、アビゲイルは冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドのクエストボードには、まだ知らない野草の採集クエストが数枚貼られていた。どんな草なのかわからないのでクエストを受けるのは難しいかなと悩んでいると
「アビーさん、このタルタの芽を私達と一緒に取りにいかないかい?」
と、予備冒険者の上品なおばあちゃん達に誘われた。
「おう、アビー一緒に行ってやってくれ。北東の丘の上によく生えてるやつだから、巡回も兼ねてくれるとありがたい」
ディクソンにも頼まれたので受けることにする。
「じゃあよろしくお願いします」
「早速行きましょう、朝採りのほうが香りがいいっていうからね」
おばあちゃん達の足取りに合わせてのんびりと北東の坂道を登っていく、途中にはシャイナとナナの蔦に覆われた家が少し遠くに見えた。庭で何か作業をしているシャイナが見える。
「このタルタの芽の依頼はアルさんだっけ? シャイナさんだっけ?」
おばあちゃんの一人が誰となく聞いてきた。
「これはシャイナさんのほうだよ、秋冬用のスパイスや薬を作るんだろうさ」
「タルタの芽ってスパイスになるんですか?」
何も知らないアビゲイルはまた誰となく質問する。
「そうだよ、肉や魚の臭み消しにね。バターと炒めるといい香りになるんだよ。万病にも効くと言われてるね」
「へー、便利な野草ですね」
「そうだよ、農家の人たちも木を育てて売ってる人もいるんだよ。でも香りはやっぱり天然物に限るね」
丘の上まで登り切ると、同じ木が何本も植えられていた。これもおそらく村人がクエスト用に植樹したものなのだろう。それほど背の高い木ではない。葉は小さく、茶葉のようだ。
「これがタルタの木だよ、はいアビーさん」
そう言っておばあちゃんが自分が使っていた杖を渡してきて、自分の頭上の枝を指差す。
「低いところは私達だけで採れるけど、高いとこはその杖で枝を下しておくれ」
「あっハイ」
アビゲイルは杖に枝を掛けて折れないようにゆっくりと引っ張った。枝は思ったより柔らかく、よく曲がる。
「いいねえ、たっぷり採れそうだよ。フフフ。葉の摘み方はこの付け根からもぐんだけど、ホラ、新芽がこうして枝分かれして2つ3つあるだろう? 摘むのはひとつだけだよ。葉を痛めるとそこから香りが逃げちゃうから気をつけてね」
「はい」
そう言って丁寧にプチプチと新芽を摘んでいく、ふわりとパセリに似た香りが漂ってきた。
「ほんといい香り」
「そうだろう? さ、次の枝を頼むよ」
「は~い」
そのまま話しながら、時折おばあちゃん達の歌を聞きながら摘み取り作業を2~3時間しただろうか、持ってきた袋は全ていっぱいになった。
「いやあよく採れたね、アビーさん、良かったら明日も一緒に来ようよ」
「あ、嬉しい。是非お願いします」
「良かった。じゃ帰ろうかね」
荷物をまとめて丘の道を下ろうとしたとき、森のほうの様子を見ていたおばあちゃんが声を上げた。
「あっ! 見てこれ!」
言われて見るがよくわからない、なんだろうと思っていると。
「こりゃゴブリンだね。気づかなかったよ」
「えっ!」
アビゲイルは驚いたが探索魔法には朝から全く反応が無かったことを伝えると。
「多分私達が来る前だね、昨日かな? ほら、この辺。草が踏まれて倒れてるだろう?」
そんな気もするがアビゲイルには見分けがつかない。少し慌ててじっと言われた草の跡をじっと見ていると、おばあちゃん達に笑われてしまった。
「アッハハ、すぐにはわからないよね。私達も何度も見てきて覚えたことだしね。ディクソンに伝えておきましょう。さ、帰ろう帰ろう」
「は、ハイ」
冒険者ギルドに戻って早速ディクソンに伝えると
「お、出てたか。やっぱりな」
「ちょっと! なんで教えてくれなかったの? もし出たらやばいじゃん!」
アビゲイルの慌てぶりにディクソンは笑いを噛み締めて答えた。
「今のお前ならいけるかなーと思って」
「ちょっと~」
ディクソンのにやけた顔を見てると怒る気にもなれない、あきれる。
「もういいよ、明日も行くけど大丈夫かな…」
「俺がまた巣に行って片付けるよ、明日は俺もあっちを巡回しよう。斥候や猟師のゴブリンじゃないなら4~5匹いるしな、まだ無理だ」
「うん」
アビゲイルの収穫したタルタの芽はモギ草よりも高額らしい、モギ草の半分の量で同じくらいの収入を得た。
「はいこちらです~どうぞ」
「ありがと~。ナナ、これ作ったから良かったら使って」
ゼムを財布にしっかりしまってから、アビゲイルはカミラにプレゼントしたものと同じリボン付きのヘアピンを渡した。
「わ~かわいいです~! ありがとうございます」
すぐにカウンターの引き出しから手鏡を取り出して、色々な角度から髪にさしたヘアピンを確認した。
「お、なんだ? アビゲイルが作ったのか?」
ディクソンがナナの額のあたりをじろじろと見る。ナナはちょっと恥ずかしそうに額を手鏡で隠した。
「もう~じろじろ見過ぎです~」
「似合うじゃないか」
そうディクソンに言われてナナは顔を赤くして照れた。
「器用なもんだなお前、俺にも何か作ってくれよ」
「その頭に髪飾りは無理じゃない?」
キレイに刈られた赤毛の坊主頭を見てアビゲイルは笑った。
「ディクソンに作るものって食べ物しか思いつかない」
「食いしん坊かよ、まあお前の作るものならハズレはなさそうだよな。ま冗談だから何も作らなくていいぞ」
からかってきただけらしい。ひらひらと手を振りながらロイドと巡回に出かけていった。
「ディクソンに何か作るならなんだろうね?」
アビゲイルはなんとなくナナに聞いてみた。
「全然思い浮かばないですね~、なんでも最低限あればいい人だから・・・・」
なんだか少しナナは寂しそうに見える。
「ナナが作ってあげたらなんでも喜ぶんじゃない?」
「え~? 喜びますかねえ?」
今度は少し顔が赤くなる、忙しい。赤くなった顔を微笑ましく眺めていると、ハッと気づいたのかナナの顔がますます赤くなった。
「も~! アビーさんからかわないでください~!」
「ごめんごめん」
少し頬を膨らませながらナナはアビゲイルに午後の予定を聞いてきた。
「これからビアトリクスさんのとこに行こうと思ってて」
「新しく何か作るんですか? 私にも今度教えて下さい~」
そう言ってナナは手を振りつつアビゲイルをギルドから送り出してくれた。
「いらっしゃいアビゲイルさん、お久しぶりね!」
布屋のビアトリクスは狼退治の合間にたずねて以来だった。用心して閉め切っていた以前の店と違って窓からは午後の温かい日差しが差して、ビアトリクスの美しく長い金髪はシルクのように輝いていた。相変わらずの美人だ。
「前に話していたものは出来たの? それともお買い物?」
ビアトリクスは以前アビゲイルが作ろうとしていた巾着袋と風呂敷のことを覚えていた。
「一応出来上がったので持ってきました」
「わあ、見せて見せて。あっちょっと待ってね、お父さーん!」
「へ?」
店の奥からメガネをかけた初老の男性が出てきた、トココ村ではほとんど見ない紳士のような佇まいでシャツやタイ、服装の着こなしもきまっている。
アビゲイルを見てにっこりと微笑み握手を求めてきた。
「はじめまして、ビアトリクスの父アレクシスです。アビゲイルさんですね。お噂はかねがね。いやお話以上にキレイな方だ」
「あ、ありがとうございます。はじめまして」
さすがビアトリクスの父だ、若い頃はさぞかしイケメンだっただろう。今は中年だがおそらくトココ村一番のイケオジという感じだ。柔らかく優しく握手されてアビゲイルは少し照れてしまったが、すぐに落ち着いてカバンから作ってものを取り出した。
「あなたが色々作るというのを娘から聞きましてね、どれも聞いたことがなかったので興味があったのです。心臓亭の料理が評判でしょう?」
「ありがとうございます、でも料理は私が教えたものをアルさんがもっと工夫してくれて評判になったのものなので・・・・料理も裁縫も色々知っているってだけなんです」
今回作ったものも、アビゲイルにとってはたいしたものではないのだが、この村ではどう思われるだろうか? 喜んでもらえるといいのだが。
まずは風呂敷、アビゲイルは使い方を説明する。
「ふむふむ、包んでまとめて運ぶために使うという感じですか、たしかに布1枚ですから携帯にはいいですね・・・・・」
「ちょっと実践しましょうか、空き瓶とかあります?」
アビゲイルはワインの空き瓶を2本、一度に手提げで持てるように包んだ。
「おお」
「1本でも出来ますよ」
「布で包むから割れづらいし、布によってはいいプレゼントになりそうね」
「形の違うものも、布の大きさによりますけどいろんな包み方ができるんですよ、あと手提げバッグみたいに作って持つ事もできます」
風呂敷をほどいて今度は結ぶ位置を変えて丸い形に整え、バッグにする。
「面白いわね~」
「きつく結べば結構重いものも運べますよ、普段使いもできます」
ベアトリクスが風呂敷バッグに色々詰めて持つ、そして何度かバッグを上下に揺すったりぶんぶん振り回した。思っていたよりベアトリクスはやんちゃな人のようだ。
「ほんとね、最初にきちんとバッグの形に作れば案外丈夫だわ、携帯バッグが布1枚でできるなんて!」
「確かにカゴを2つ持つよりは楽だね、包み方を広めれば案外流行りそうだ」
「布は柔らかくて丈夫なのがいいですよ」
アレクシスは風呂敷のサイズを布製のメジャーで測ったりメモしたり興味津々だ。
「これで布を運ぶのもいいかもしれないなあ。カゴだとたまに布が引っかかって傷んだりするんですよね・・・」
それを聞いてアビゲイルは風呂敷で布の束を包んで背負ってみせる。
「こうしてリュックみたいにもできますよ」
「おーいいですね、まずは自分用に作ってみよう!」
「私もアビゲイルさんのと同じサイズで作って使ってみるわ」
風呂敷の利便性が伝わってきたのか、二人共楽しそうだ。アビゲイルはさらに色々な包み方を二人に教えた。帽子の入った丸形の箱をキレイに包んでみせたり、結び目を花のような形にしたりと知っている限りの包み方を二人に教える。
「いいですねいいですね、包み方も多種多様。布だから汚れても洗えるし、カゴを買うより安価だし、何より自分で作れるというのがいいですね」
「自分の好きな柄のバッグが持てるってことだものね」
風呂敷は最終的にはなかなかの評価になった、日本文化ありがとうといった感じだ。
「次は巾着袋ですね! お願いします!」
アレクシスは少々興奮気味だ、新しい布製品に感動したのだろうか?
次も喜んでもらえるといいのだが・・・・料理といい裁縫といいこんなに喜んでもらえていいのだろうかとアビゲイルは少し不安になった。




