祈り
久しぶりの更新です
カミラ達が手伝いだしてからは、生地を練り上げて形づくるまであっという間に終わってしまった。丸い形にして真ん中をくぼませたところにジャムを丁寧に流し込んでいく。
「やっぱり人が多いと早いもんだね」
「あとは焼くだけだよ、お茶でも飲んでゆっくり待ちましょ」
テーブルの上を片付けながら、お茶の準備をしながら、主婦たちは喋り続ける。
「あ、そうだ忘れてた。今日イチゴタルトをもらったんですよ。皆さんで食べましょう」
アビゲイルは予備冒険者のじじい達にもらったタルトの箱をテーブルに広げた。
主婦たちが喜びの声を上げる。
「アルさんのタルト? いいのかい?」
「いいんですいいんです。神父様達と4人じゃ食べきれないし」
「嬉しいねえ」
「私の大きく切って! アビゲイルさん!」
「だめよ!カミラ。みんな一緒!」
アビゲイルがタルトを切り分けて配る。オスカーはいつも飲むより上等の紅茶を入れてくれた。
「皆さんお菓子作りはまだ途中ですけど、これは私からの感謝ということで。お礼は後で改めてお渡ししますので」
「ありがとうございます」
こうしてクッキーが焼けるまで、女達のにぎやかなお茶会となった。話題のほとんどはアビゲイルの冒険者ギルドの仕事についてだ。先日のブラックウルフ討伐以外はスライム退治に薬草集めなど、冒険と呼ぶにはたいしたものではないが、それでも興味深く面白いものらしい。主婦たちは冒険などすることがなく、夫たちは商売や農業だったりと平和な仕事なので戦いには無縁の生活だからだ。
「え、毎日村を回ってるのかい? 湖の向こうのブドウ畑まで? たいしたもんだねえ」
「もう慣れちゃって散歩みたいになってるんですけど。まあ一応頼まれたら巡回してます」
「だからそんなにお尻が引き締まって足もきれいなんだね。私達なんかせいぜい八百屋と家の往復だもん。もうブヨブヨだよ」
「そんなことないですよ~。でも毎日朝から夜まで家事をするのも大変でしょう?」
アビゲイルも前世では主婦だったので、家事の苦労はよくわかっている。延々と炊事洗濯掃除が毎日続いて終わらないのはなかなかつらいときがある。
「まあそうだけど、私がやらないと誰もできないしね。うちの宿六は仕事しかできない人だから」
「ウチもそうだよ。家事は私達の当たり前の仕事だけど、まあたまにはちょっとほめられたりご褒美がほしいね」
「こんなふうに今日タルトが食べれるのは神様の思し召しだったね、あらあんたは食べないのかい? おいしいよ?」
見ると主婦の一人がタルトに手をつけてない。
「持って帰って息子達に食べさせてあげようと思って」
「そういえば旦那さん。まだ怪我が治ってないのかい?」
聞かれて主婦はうつむき、悲しそうにうなだれた。
「怪我は治ったんだけど、まだうまく歩けなくてね。隣村のお医者さんと神父様に診てもらったんだけど・・・・木こりの仕事はもう出来ないだろうって」
わずかに台所が暗くなったようにアビゲイルは感じた、太陽が雲に隠れたのか、陽が傾いたのか。それとも話が急に重たい話になったからなのか理由はよくわからなかった。
「そうだったのかい・・・。仕事はどうしてるんだい?
「そういえば今日子どもたちは? まだ小さいだろう?」
他の主婦達が心配して色々と聞きはじめる。
「主人が見てくれてるから大丈夫だよ。かんたんな縫い物の仕事をベアトリクスさんに回してもらっているんだけど、私は洋裁がそれほど得意じゃないから服や刺繍はまだ出来なくてね」
この先どうしようかという不安が言葉にあふれてきている。カミラも空気を読んだのかおとなしくタルトを食べている。
「まあ今は怪我の後遺症を少しでも良くしていくのが肝心です。どうか無理はなさらないように。またこういった作業があれば私からもまたお願いしますので」
オスカーがそっと肩に手をかけて励ます。
「そうだね、主婦の会のみんなに言ってこういう仕事をあんたに回すようにするよ、他にも何かあったら言っておくれよ」
「ありがとう」
主婦たちの結びつきは思った以上に強いようだとアビゲイルは思った。
お隣さん同士の繋がりはこの小さな田舎では大事なことだ、都会とは違い、孤立すると命や生活にかかわる。だがそれだけではなくお互いの境遇を憂い合う友情のようにも見える。
アビゲイルはまだ3分の1ほど残っているタルトを見て
「良かったら残りのタルトどうぞ。皆さんで食べてください。一切れじゃ足りないでしょう?」
「え?」
アビゲイルの一言を聞いてうなだれていた主婦は驚いた顔をしたが、それ以上にカミラが大口を開けて声出せずに驚いていた。あとで食べようと思っていたのだろう。
「どうぞどうぞ、私達はもう十分食べたし」
返事を聞く前にアビゲイルはタルトをさっさと包んでいく。こういうものは相手に申し訳ないと思わせないようにするのがいい。
「はい、皆さんで食べてください」
「いいんですか?」
「私も棚ぼたのいただきものなんで、今日中には食べきれませんし」
そう言ってアビゲイルはにっこり笑った。
「良かったじゃないか~。奥さん! みんなで食べなよ!」
「ミサに来れないならクッキーもちょっと持っておかえりよ。ねえ神父様」
オスカーはそれを聞いてにっこりと頷いた。
「まあ・・・・アビゲイルさん。どうもありがとうございます」
「いえいえ、棚ぼたは大勢で分け合うのが一番ですわ」
「クッキーもそろそろ焼けたかね?」
オーブンを覗き込むと、ジャムクッキーがきれいな焼色で天板に並んでいた。オスカーとアビゲイルでオーブンから取り出し、網の上に出して冷ましていく。
「いやあきれいに焼けたね。みんな喜ぶだろう。本当に皆さん今日はありがとうございます。これは今日のお礼」
そう言ってオスカーは小さな茶封筒を主婦に渡していく。中は多分お金だと思うが、そのあたりは聞かないでおく。
みんなを玄関まで見送り、アビゲイルは夕食の準備をしておこうと台所に戻るとカミラが腕を組んで不貞腐れている。残りのタルトを譲ったことを怒っているのだ。エルマがその様子を見て大きなため息をついた。
「そんなに怒ったって・・・あのタルトはあなたのじゃないでしょう?」
「もっと食べたかった!」
「あのタルトはアビゲイルさんのものなんだから、誰に食べさせるかはアビゲイルさんが決めることよ、あなたじゃない」
「たーべーたかったぁ!」
エルマは納得がいかないようで地団駄まで踏み始めた。
「こら! いい加減にしなさい!」
オスカーが台所に入ってくるなりカミラを叱りつけた。二人の大きな声が廊下まで響いていたのだろう。オスカーの声はなかなか大きかったので、驚いたカミラが涙をこらえてぐっと体を縮めている。
(泣くかも)
と、アビゲイルは思ったが口にはせず、黙ってカミラ達のやりとりを見つめた。ここは私ではなく家族が叱るところだ。
「自分で買ってきたものならともかく人の物を自分の物のように独占しようとするのは良くないぞ、しかも自分だけ量を多くしてほしいとさっき言っていたね? わがままがすぎるぞ」
なんとなくだが久しぶりにオスカーの雷が落ちたのかもしれない、カミラにもトドメの一言が効いたようで、涙がざぶざぶと溢れてわあわあと泣き出してしまった。だがこれはカミラの自業自得だ。泣きながらカミラはちらちらとアビゲイルを見てくる、抱きしめられたいのかくっついてカミラの味方になってほしいのだろう。だがここはちょっと鬼になる。
「みんなの言うとおりだね」
アビゲイルのその一言がまた効いたようでカミラはさらに大声を出して泣いてしまった。
教会の鐘がなるとそろそろと村人たちが教会に集まってきた。ミサと言っても大げさなものではないので、祈りを捧げたい人だけがのんびりと集まってくる。
意外だったがディクソンとロイドがやってきた。そういえばアビゲイルが教会に現れたときにもいたのを思い出し、なかなか信心深いのかなと思い聞いてみると。
「今日はクッキーもらえるし」
そう言っておどけた。ロイドはエルマ目当てだろう。さっきからキョロキョロしている。
「エルマは台所でお茶の準備しているよ」
「ちっちげーよ!」
ミサが始まった。祭壇にはいつもより多くロウソクが灯って、香炉からは甘い花の香りが漂ってくる。オスカーは紺色の司祭服を着て祭壇に立ち、話しだした。アビゲイルは村人にクッキーを配りながら話に耳を傾ける。
話の内容は春の種まきが無事に終わった労いと豊穣の祈り、ブラックウルフの群れが現れたが被害がほとんど無かったことへの感謝、そしてミサがこれから毎週末午前中に行われるので来たい人は来てね、という連絡だった。
「では祈りを」
オスカーが村人たちに声をかけると各々立ち上がり、創造神オーンの祭壇に向かって目を閉じ祈り始めた。アビゲイルもみんなの様子を真似して目をつぶる。
(この世界に連れてきてくれたのはオーン神様なのかな? 名前くらい聞いておけばよかった・・・・)
アビゲイルはこののどかなトココ村に連れてきてくれたことへの感謝と、一応平穏無事に元気でいますと心の中で報告した。
(今後ともどうかよろしくお願いいたします、みんなが健康で幸せでありますように)
ここで言う「みんな」はトココ村の人々と前世の家族のことだった。まだここに来て1ヶ月と少し、前世の家族はまだ忘れられず、新しい世界の住人達を家族のように感じてきていた。
アビゲイルは祈りを捧げている間に神様に声でもかけてもらえるのではと少し期待したが、オーン神の像が光ることもなく、声が聞こえることもなかった。




