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じじい達と主婦の会

最近アビゲイルの一日が長いですね・・・・(汗

「はい、お疲れ様でした〜」

 ギルドに一旦戻ってナナから下水道クエスト3日分の報酬を受け取る。合計で12000ゼム。結構な金額だ。

「ありがとうございます~」

昨日は途中で倒れて、今日は探索魔法も使わずなんだかウロウロしているだけだったので少し後ろめたい気持ちもあるが、いただけるならありがたい。明日からのクエストに気合を入れていこうとアビゲイルは思った。

「よし、メシ食いに行こうぜ」

 昼時の心臓亭はずいぶん混んでいた。よく見ると下水道クエストに参加していたじじい達が昼酒を飲んで楽しんでいる。クエストが終わった自分たちへのご褒美というところだろう。

空いた席に着くとすぐにウルバがメニューを持ってやってきた。

「クエストお疲れ様! アビーさん昨日倒れたって聞いたけどだいじょうぶなのかい?」

 もうみんながアビゲイルが倒れたことを知っているようだ。噂が広まるのが本当に早い。

「もうだいじょうぶです。シャイナさんのとこで薬も飲んだし・・・・」

「え、飲んだのかい。たいしたもんだね」

 近くの席のじじい達にも聞こえたのか、驚いた顔でアビゲイルを見ている。

「シャイナの薬を飲んだのかい?」

「え? はい、水薬とエーテルを・・・・」

「水薬!」

アビーの周囲の客がざわついた。ずいぶん驚いている。なぜなのかと思っている中ディクソンだけが笑っている。

「シャイナばあさんの水薬は最高峰に不味いから、大人も子供もみんな絶対飲みたくないんだ。飲むときは死にかけてるときだけと決めてるやつもいるぐらいなんだよ」

「はあ」

「不味かっただろ?」

「うん、下水道の汚れた壁を舐めてるような味だった。シャイナさんは大爆笑だったよ」

「おお・・・・」

 さらに周囲が驚嘆する。

「たいしたもんだね、我慢して飲めるのはディクソンとアビーさんくらいだよ。でもまあそのおかげで良くなってよかったね。魔力回復にはチキンハーブサラダがおすすめだよ」

「あ、おいしそう。それください」

「俺たちはキャベツとソーセージのコンソメスープセット。大盛りで」

 ウルバが元気よく返事をして厨房に戻っていった。周囲の客も水薬の話題から離れて、各々で食事と酒を楽しんでいる。その中でロイドだけはまだアビゲイルの顔を苦々しく見ていた。

「ほんとによく飲んだな・・・・。俺は昔飲めなくて途中で吐いたことがあるくらいなのに」

「ちまちま飲まずに一気に飲んだのが良かったんじゃないかな?」

けろっとした顔でアビゲイルが言うと、ロイドはさらに顔をしかめた。

「そうそう、嫌なものは一気に片付けるのが一番だよな」

ディクソンはアビゲイルの意見に同意しながら水をグイッと飲んだ。

「他の薬屋さんも同じくらい不味いのかな?」

 アビゲイルはちょっと気になってディクソン達に聞いてみた。ロイドは無言で肩をすくめてみせた、知らないらしい。ディクソンは斜め上を見上げて少しの間考えていた。

「他の村や街の薬もまあ苦いっちゃ苦いし不味いぞ。だが効果はシャイナが一番だな。不味さも一番だが」

「なるほどね」

「まあ、街に行けば貴族用の薬もあってそれはまあまあ良く効いてしかも甘かったり、美味かったりするけどな。だが庶民には高級品だ」

 貴族なら飲み薬も味を選べるようだ、舌も贅沢でわがままなのだろう。

「お金で味も買えると」

「そういうこと」

 そこでウルバが料理を運んできた。皮がパリパリに焼けて香ばしい香りの鶏肉がサラダの上にどっしりと乗っている。

「わはー、おいしそう」

「これはおまけだよ、スパイス入りのぶどうのホットジュース」

「お、アビー様様だな。ありがとよ」

ディクソンが嬉しそうにホットジュースをウルバから受け取った。

「へえ、ありがとうございます。初めて飲みます」

 ホットジュースからはシナモンのいい香りがする、他にも何種類かのスパイスが入っているようだ。

「風邪をひいたときや弱ってるときに飲むといいんだよ」

 まだ熱いので恐る恐るほんの少し口に含む、スパイスの効いた濃厚な香りが鼻を通り抜けていって、甘みの強いぶどうの味がなんだかほっとする味だ。

「おいしい~。ほんとありがとうございます」

「いいんだよ、たっぷり食べとくれ」

 ロイドは礼も言わずにホットジュースをグビグビと飲んでいる。熱いものが平気らしいがちょっと呆れてしまう。

 

 今日の午後のクエストは村の巡回のみなので、アビゲイルはそのまま教会に帰ることにした。

 昨日エルマ達を驚かせてしまったお詫びに何かお土産でも買って帰ろうかと悩んでいるとカウンターからアルに声をかけられた。

「アビーさん、これ下水道クエストに参加したじいさん達からだよ」

そう言って手渡されたのはイチゴタルトのホールケーキだった。

「え? なんで私に?」

「昨日じいさん達がこき使ったから倒れたんだろ? 昨日の夜に酒場に集まってしょんぼりしてたぜ。じゃあなんか詫びしとけって言ったらタルトケーキを作ってくれって言われてよ」

 アルが顎でアビゲイルの後ろを指す、振り向くとまだ酒を飲んでいたじじい達がアビゲイルに向かって照れくさそうにジョッキを掲げてきた。さっき下水道の前で詫びを考えると言っていたが、もうその時には決まっていたのだ。ちょっとしたサプライズだったようだ。

アビゲイルは思わず吹き出してしまった。

「ふふっ。別に気にしないでいいのに。でも嬉しい! ありがとうございます~!」

じじい達にお礼を言うと、今度は嬉しそうにもじもじしている。なんだか子供っぽくて微笑ましい。

「じじい達もいいとこあるじゃないか、良かったな。オスカー達と食べるといい。じゃ俺たちはこのまま巡回に行ってくるわ」

そう言ってディクソンとロイドは膨らんだお腹を抑えつつ酒場を出ていった。

 いただいたタルトケーキはなかなかのサイズで4人で食べても今日中には食べ切れそうにない大きさだ。一旦教会にケーキを置いて、台所にある残った食材を確認してから改めて買い物に出ようと決めた。

「いやあ、もうけたなあ・・・。こんな言い方はアレだけど、みんな喜ぶだろうな。あ、タルト用に練乳作ろうかな」

 鼻歌まじりに早足で帰る、教会に入るといつもとは違って大勢の人の気配がした。台所のようだ。

台所をのぞくとそこにはオスカーと3人の女性がいた。

「おや、こんにちは~」

「おかえりアビゲイルさん」

二人の挨拶で女性たちがアビゲイルを見て、にっこり挨拶をしてくれた。

「こんにちわ、アビゲイルさん」

「今日は何かあったんですか?」

「これからあるから準備だよ」

 女性達はエプロンをしてテーブルの上の材料を確認している。テーブルには大量の小麦粉と卵、砂糖、バター、イチゴジャムがあった。

「今夜はオーン神の集会、ミサがあるから。そのときにみんなに配る菓子をこれから作るんだよ」

「季節ごとに4回、お菓子を配るのさ。春はイチゴジャムのクッキーだよ」

「へ~、良かったらお手伝いします」

アビゲイルの申し出にオスカーは驚いた。

「大丈夫かい? 昨日倒れて今日は下水道掃除だったんだろう? 疲れているだろうに」

「今日は魔法も使わず、運動らしいこともしていないのでだいじょうぶですよ? あ、下水道に入ってきたのでちょっと体洗って着替えてきますね」

そう言うとアビゲイルはすぐに部屋に走っていってしまい、オスカーが止める暇もなかった。

「だいじょうぶかなあ・・・・」


 コルセットや剣を外して身軽に清潔になってアビゲイルは台所に戻った。

「おまたせしました~。手伝います」

女性たちは大きめのボウルでバターを練り、少しずつ砂糖を混ぜているところだった。アビゲイルはクッキーの作り方も知っているので、次の手順はこのバターと砂糖を混ぜたものに溶き卵を足していくのがわかる。

「じゃあ溶き卵作りますね、この卵全部使っていいんですか?」

「ああいいよ、クッキーの作り方を知っているんだね」

「そりゃ知ってるだろうさ、いろんな料理を知っているみたいだし、クッキーくらい」

 それもそうかと女性たちは笑いあった。全員なんとなく主婦っぽい。こういう会話の雰囲気はなんだか懐かしい。

 オスカーは会話に耳を傾けつつオーブンの準備をしている。女性たちは「トココ主婦の会」といって、教会や村のイベントで手伝いをする組合のような集まりなのだそうだ。今回は3人だけだが、他に20人くらい会員がいるらしい。

「あたしら普段は家事だ畑だ子供だって忙しいだろう? こうして主婦同士集まっておしゃべりしながら働くのは楽しみのひとつなんだよ」

「そうそう、主婦の会だって言えば旦那たちも愚痴を言わないしね」

どの世界の主婦も似たような境遇のようだ。会話はのんびりとのどかなものだが、全員の手際はかなりいい。日頃の家事の結果が仕事によく現れている。

 砂糖とバターは程よく混ざってきれいな白いクリーム状になった、そこにまた少しずつ卵液を足して混ぜていく。アビゲイルはときどき交代して混ぜるのを手伝った。

 手伝いの効果なのか人柄か、アビゲイルはすぐに主婦たちと仲良くなっていった。賑やかに作業していると、さらに賑やかな足音が台所に向かってくる。

「帰ってきたな」

オーブンの様子を見ていたオスカーが立ち上がって台所のドアを見ると同時にカミラが飛び込んできた。

「ただいま! アビゲイルさんは? 帰ってきた?」

「帰ってきてるよ~。おかえりカミラ」

 アビゲイルの姿を見つけるなりカミラはそのまま突進してアビゲイルにしがみついた。そのまま黙って動かない。

「アビーさん、良かった。おかえりなさい」

「エルマ、ただいま。また心配かけちゃってごめんね」

「もー! ほんとだよ! 心配したんだから! シャイナさんのとこに今日これからいこうとおもってたんだから! すっごい怖かったんだから!」

 エルマの返事を待たずにカミラが大声で答えた。顔はまだアビゲイルの腰に埋めたままである。その様子を見て主婦の会の女性達が笑いだした。

「あーっはっはっは、そうだよねえ。シャイナさんちは子供にとっては恐ろしいところだものね! それでも見舞いにいこうとして、偉い子だね」

「それだけ元気なら薬は飲まされないよ」

 そのままつられるようにみんなで笑ってしまう。カミラだけはまだ顔を埋めている、どうやら少し泣いているようだ。それに気づいてアビゲイルはカミラの頭をなでた。

 周りも気づいてゆっくりと笑いが収まっていく。

「本当の母親みたいだね、アビゲイルさん」

「いやあ、そんな立派な人じゃあないです。どこの誰かもよくわかってないし」

 頭をぽりぽりとかいて照れる。この世界ではアビゲイルは主婦ではなく記憶喪失の冒険者だ。

「でもこうして心配してくれると、やっぱり嬉しいですね」

 ゆっくりと近づいてきたエルマもアビゲイルに抱きついてくる。その背中を優しくなでる。

「いやあ、今日は人気者だな私。えへへ」

「良かったじゃないか、アビゲイルさん。さ、クッキーの続きをやろうかね」

「私手伝います」

「カミラも!」

 カバンも降ろさずにボウルをつかもうとしたカミラをアビゲイルは慌てて止めた。

「待った待った! カバンを置いてうがいして手を洗ってくる!」

 注意されてカミラはすぐに洗面所に走っていった。

「はははっ。本当にお母さんみたいだね」

 今度はアビゲイルがみんなに笑われる番だった。


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