とりあえずの家
「そうか冒険者になったのか」
神父さんに報告だけでもしておこうと教会へ帰るとオスカー神父が畑の草むしりをしていたので、手伝いつつギルドであったことを話した。
「ディクソンは喜んだろう」
「はい、なんでかわかりませんがすごく喜んでました。なんでですかね?」
「すぐにわかる」
と神父は笑った。誰も教えてはくれない。なぜだろうか。思っているよりたいしたことではないのか、それとも聞くより見たほうが早いのか。
「それにしても神魔法が使えるのは良かったね」
「そうなんですか」
「神魔法は傷や体力の回復に効果のある魔法だ。これがないと旅も冒険も薬かポーション頼りになって金がかかるし、ある意味で冒険ができない」
「冒険ができない?」
神父は立ち上がって腰を叩き、少し移動してまた草むしりをしながら神魔法について教えてくれた。
「簡単にいうと無茶が出来ないという感じかな? 例えば深い切り傷を負ったとする、上位の神魔法があれば切り傷は塞がるし、体力をある程度回復できる。だけど無い場合は傷口を縫って薬を塗りポーションを飲み、しばらく横になって動けない」
「ポーションて傷が塞がったり、一気に元気になったりしないんですね」
「うん、ポーションは体力を少し回復するだけなんだ、緑とさらに上位の青のポーションがあってこっちは傷を多少塞ぐが完璧ではない。そして高級品だ。冒険者だとAかSランクくらいしか常備できない。それに劣化していくからなかなかの消耗品だ」
ポーションはゲームだと飲むだけでどんな怪我も治って元気がありあまる感じだったがこの世界ではそうではないらしい。なかなか厳しい世界だ。
ま、そりゃそうか。ポーションでなんでも治るなら誰も死なない平和なポーション無双の世界だ。死ぬのは貧乏人だけになる。よくよく考えればそんな世界は生態系が狂いそうだ。
「なので仲間に神魔法が使える人がいるだけで、だいぶ心にも懐にも余裕ができるというわけだ。冒険者では神魔法が使えるだけで結構な人気者なのさ」
「神魔法のほうが万能なんですね」
「といっても神魔法にも苦手がある、病気だ。体力は回復させられるが病気の進行は止められない。風邪くらいなら体力回復も効果があるが重病な場合は・・・・痛みや苦しみが長引くだけだ」
「万能ではない・・・・」
「傷にしても致命傷の場合は最高位の神魔法でないと厳しい。最高位の神魔法は冒険者で使える人はほとんどいないだろう。教会の大神官や賢者くらいだな」
そしてまた神父は立ち上がった。
「この世に万能なものはない、万能なのは神々だけさ。冒険者になったならこの言葉を覚えておくといい「冒険者は冒険するな」」
「冒険者は冒険するな・・・・ですか」
「そうだ、冒険者は一攫千金や勇者や英雄の集まりと思われがちだがそうじゃない、地味な仕事も多いし、英雄になる前に死んでしまう者のほうが多い。だいたい都で英雄と呼ばれているやつは誰よりも用心深く、そして努力して生きてきた人たちだ」
抜いた雑草を集めたかごを持ち、神父はアビゲイルを見た。
「君には野垂れ死にはしてほしくないね」
「は、はい。冒険者は冒険するな。覚えます」
「ははは、頼むよ。魔法の練習の仕方は今度ゆっくり教えよう。さて昼ご飯の準備をしよう、カミラ達も学校から帰ってくる」
「はい」
魔法もポーションも万能ではなかった、よくよく考えれば当たり前なのだが。剣の練習やクエストを着実にこなして力をつけていかなければと気を引き締める。じゃないとこの世界に来たばかりなのにすぐに死んでしまいそうだ。それだけは避けたい。
昼食は何にしようか?
パンがもうほとんどなくて一人1切れ分くらいしかない。神父に聞くと昼はだいたいお茶とビスケットとか昨日の残りのスープだけだったりするらしい。神父と私だけならそれでもいいが、ここには育ち盛りの子が二人いる。しっかり食べさせたい。
「本当はしっかり食べさせたいんだが、私が作るものはあまり美味しくなくてね・・・・・」
「なるほど、じゃあしっかり作りましょう」
というわけでまずブロッコリーと人参を茹でて油と塩、乾燥したバジルとパセリがあったのでそれであえて味付けする。
玉ねぎをみじん切りにして、少し多めのオリーブオイルで炒める。しんなりしてきたら小さくさいの目に切ったじゃがいもを入れ蓋をして蒸し焼きにする。その間に卵を混ぜておく。火が通ったら濃いめに塩コショウをふり混ぜて、先程の卵液に混ぜる。それをフライパンで両面焼いて完成。
「ブロッコリーのサラダにじゃがいものオムレツです」
「おお・・・・・じゃがいもを卵で閉じるのか。おいしそうだ」
テーブルに並べていたら二人が帰ってきた。
「ああ、お昼ごはんができてる! またアビゲイルさんの料理を見たいと思ってたのに!」
「え、あ、ごめんなさい、おかえりなさい・・・・」
エルマは残念そうだ。
カミラは手も洗わずに椅子に座り、すぐに食べようとした。すかさず神父がカミラに注意する。
「こらカミラ、まず手を洗いなさい。それにふたりとも帰ってきたのに挨拶もなしか。だめだぞ」
「あ、いけない、ただいまお父さん。アビゲイルさん」
「ただいまーお父さん。・・・・・アビゲイルさん」
「ふふ、おかえりなさい」
カミラはどんどん声が小さくなっていく。慣れてくれるまでまだまだ時間はかかりそうだが、もう胃袋はつかんだようだ。よしよし。いいぞいいぞ。こういうのは無理につきまとうことはせず、向こうから寄ってくるのをじっくり待つほうがいい。
それにしてもこういう小さな家族のやりとりが見ていて微笑ましい、自分の家族を思い出す。
改めて昼食。じゃがいものオムレツは初めてだったようで大変好評だ。
「こうすると主食っぽくなって腹持ちがいいですね。パンが少なかったからどうしようと思ってて」
「そういえばパンはここで焼いてるの?」
「いえ、うちでパンを焼ける人はいなくて・・・・いつもパン屋さんで買ってます」
「なるほど・・・・でもオーブンがあるから今度焼いてみたいな」
「アビゲイルさんパンも焼けるんですか?」
「多分・・・・・材料があれば、でもうまくいくかな?」
「わあっ今度ぜひやりましょう!」
エルマはすごく嬉しそうだ、料理をするのが本当に好きらしい。アビゲイルも嬉しかった、長年料理をしてきたが料理を一緒にしてくれる家族はいなかったからだ。アビゲイルは家族の誰かと料理したりするのがずっと憧れだったのである。
「うん、やろうやろう」
「それは楽しみだな」
「カミラもやりたい! 今日やろう!」
カミラが食いついてきた。だがパン作りには色々と準備が必要だ。
「今日はちょっともう無理かな? パンを発酵させたり・・・・酵母がないからなあ」
「えー・・・・」
「今日はパンは買ってくることにしよう、エルマ買い物に行ってきてくれ。アビゲイルさんと一緒に」
「私も?」
「町の様子を知ったほうがいいだろうし、アビゲイルさん着替えがないだろう? 買ってくるといい。明日からギルドで仕事が始まる、冒険者は結構汚れ作業も多い。着替えが一枚もないのは大変だ、洗濯するとき裸になってしまうよ」
「でもまだお金が」
オスカー神父は小さな革袋をそっとアビゲイルに差し出した。
「これで服だけでも買ってくるといい。エルマ、アビゲイルさんを服屋さんに案内してあげてくれ」
「はい」
「カミラもいくー!」
「神父さん・・・あの、でもこれ」
「いいんだ、これは「貸し」だよ。君が働いて生活が落ち着いたら返しておくれ。期限は無しだ。昨日と今日、君はとてもおいしい料理で私達の心と腹を満たしてくれた。そのお礼だ」
「・・・・・・ありがとうございます」
「そしてよかったらだが、生活が落ち着くまでしばらくここに住むといい、宿代もばかにならないからね。それに君がいてくれると私達はおいしい食事ができてエルマは料理を学べる。お互いにいいと思うんだが・・・・どうだね?」
「ぜひ、ぜひお願いします! ありがとうございます! 料理だけじゃなく掃除洗濯何でもします! 何でも言ってください。よろしくおねがいします!」
「いやいや、そこまでしなくていいんだよ、まずは冒険者として仕事を覚えていくのが大事だ」
アビゲイルは少し泣いてしまいそうだったが必死でこらえた。仕事が決まった以上この教会にお世話になるのはいけないと思っていたし、明日から何も持たず何もわからない状況で働くことに不安だったのだ。
それにまだ1日とはいえ、この家族から離れてくらすのは寂しかった。アビゲイルはこの世界ではまだひとりぼっちなのだ。友達も家族もまだ出来てはいない。家もまだない。そんな中神父はとりあえずの家を与えてくれたのだった。こんなにありがたいことはない。
「この恩はいつか必ず~!」
神父は必死なアビゲイルを見て笑ってしまった。
「はっはっは大げさだな。そこまで考えなくていい、さあ買い物にいっておいで。ここは片付けておくから」
やりとりを見ていたエルマも笑いつつアビゲイルの手を引いた。
「じゃあいってきます、行きましょうアビゲイルさん!」
「お父さんいってきまーす」
「いってらっしゃい、気をつけるんだよ」
「はい、いってきます」
なにげない挨拶ができる人がいる。それだけでこんなにも安心感がわくなんて。
(もしまた神様に会うことがあったら、この状況を感謝しないとな。会えるかどうかわからないけど)
教会のミサがあるなら必ず参加しよう、アビゲイルは思った。