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日常

 翌日購入した冒険者バッグを皮用のクリームで丁寧に拭いて手入れをした。まだまだ旅をするわけではないが、これから毎日持ち歩くものなので、手入れもしっかりやっておかねば。今日はギルドに行くのを休んだ。洗濯や掃除、裁縫と雑事とやりたいことが山積みだったからだ。

 掃除と洗濯は午前中に終わらせて、昼食も済ませ、今は部屋でのんびりとしているというわけだ。

(さて・・・・これから持ち歩くものは、お弁当と水筒と・・・・着替えとタオルと風呂敷と・・・・)

アビゲイルは明日からすぐに持っていけるように弁当と水筒以外のものをバッグにつめたが、着替えとタオルくらいしか入れるものはなかった。お金とナイフは腰のポーチに入れているし。アビゲイルには他にこれといった持ち物もないのだった。

(旅するときは手帳をいれるくらいか、なかなかあっけないな)

そう思って苦笑いしたが、冒険者は荷物が少ないほうが身軽に移動できていいのかもしれない。

(そういえば、雑貨屋のご主人がこのバッグにテントや斧を収納出来ると言ってたな)

 冒険者は旅や冒険をするのが当たり前なので、野宿することも多いだろう。だがアビゲイルは野宿の経験もなく、前の世界でキャンプをなどをしたことはほとんどない。テントを購入したら自分で組み立てられるようにしなければいけないし、斧を使って薪やかまどを作ったり出来るようにならないといけない。

(一人で野宿で生きていく知恵もないと駄目なのか)

 何かあったときにすぐ行動出来るように、用意と準備をしないといけない。

(まあ、そのへんはディクソンに聞いてみるか・・・・キャンプはもうちょと暖かくなってからにしよう、テント買わないとだし)

 バッグを拭き終えてから、洗濯物を取りに物干し場に向かう。物干し場は畑の横にあり、今はシーツやベッドカバーなどが午後の光の中そよそよと風になびいている。今日は天気が良かったので、洗濯物はほとんどすべてが乾いていた。物干し台から外して簡単にたたみながらカゴに集めていく。そして物干し台の一番端にかけておいた帆布のカバンが乾いているか確認した。

このカバンはずっとオスカーから借りていたものだ。毎日これにお弁当と水筒を入れてギルドに通っていたのである。借りたときより汚れてしまったので、洗濯ついでに洗ったのだ。

「アビゲイルさん、カバンも洗ったの?」

 振り向くとエルマがいて、すぐに洗濯物をとりこむのを手伝ってくれた。

「うん、神父様からずっと借りていたから汚れちゃって。それに今日ようやく自分のバッグが買えたからね」

「わあどんなバッグ?」

「冒険者バッグ、別にオシャレなものじゃないよ」

「なあんだ。ふふ、そうよね。買うなら仕事でも使えるものよね」

「そういうこと」

 カバンはまだ乾いていなかったので、アビゲイルは自分の部屋に持っていって部屋干しすることにした。夕食の準備まではまだ時間があるのでこの間に巾着袋を作る準備をする。

(バッグに着替えを入れたいから、それ用の袋作らないと)

 着替えは普段シャツと下着が1セット入ればいいのだが、旅をするときを考えて少し大きめの袋を作ることにする。布のサイズを測り、手際良く裁断していく。すぐに大中小のサイズの巾着袋の布を切り終えた。ブーツを脱いでベッドにあがり、のんびりと縫い物を始める。アビゲイルはもともとインドアな質なので、こういう物づくりや工作も案外好きだった。窓からはのどかな春の日差しが差し込む。アビゲイルは前の世界で専業主婦だった頃の、午後の空いた時間にこうして縫い物や繕い物をしていた時を思い出した。

息子3人がある程度成長すると昼間は家に一人きりになるので、暇つぶしを兼ねていたのだった。

(こっちの世界でまた縫い物をするとは思わなかったけど、覚えておいて良かったなあ。こっちでは暇つぶしじゃなくてもっと実用的だけど)

 こちらの世界では今の所作ったほうが安いので、作れるものはそうしたほうが節約になる。何か買うたびに貧乏になるアビゲイルには節約は大事だ。

(貯金がまったくできないのが、なんというか・・・・・その日暮らしの冒険者って感じだけど)

 お金の無さには笑うしかない。

「さて、そろそろ夕食の準備しよっと」


 台所に向かうと3人がお茶を飲んでいた。

「あら、おまたせしました。すぐ作りますね」

「いやいや、待ってたわけじゃないんだ。私が作業で疲れてたらエルマがお茶をいれてくれたんだよ」

「最近なんだか忙しそうですね」

「うん、週末のお祈りの準備をね、種まき時期はみんな忙しいからお祈りはお休みだったし、狼騒動で延期してたしね。むしろ普段に戻ったんだよ」

 そういえばここに現れたのは教会のお祈りの場だった。あれから1ヶ月、あっという間だ。

「私もお祈り会に参加しようかな・・・・・」

「いいのかい? エルフは創造神オーン様ではなく、自然神フィルク様を信仰してるんだろう?」

「そうなんですか?」

 どの種族がどんな神様を崇めているのかはアビゲイルは全く知らなかった。オスカーが言うにはは創造神オーンを主に信仰する宗派らしい。人間はほとんどがその宗教だそうだ。といっても種族や環境、地域によって主に進行するものは変わってくるらしい。

「まあ全ての神様は喧嘩したり仲が悪かったりということはないから、好きな信仰でいいと思うがね」

「神父様は信仰を強制したりはしないんですね」

 それを聞いてオスカーは苦笑いした。

「まあ、そういうことをする神父もいるにはいるがね・・・・。私は信仰は自由で構わないと思っているよ。アビゲイルさんももしお祈りしたいなら好きなときに参加するといい」

 自分をこの世界に連れてきた神様は誰なのかわからないのだが、一応こっちに呼んでくれたことには感謝しておこうと思ったので、アビゲイルは参加することにした。

「ありがとうございます」

 そんな会話をしつつもアビゲイルは食事の準備をしていた。昨日塩漬けして保存しておいた最後のラム肉を軽く水につけて塩抜きしつつ、じゃがいもと玉ねぎの皮をむいて食べやすい大きさに切っておく。鍋にオリーブオイルを熱して刻んだニンニクを炒め、続いて玉ねぎ、一口大に切ったラム肉を加えて色づいたらじゃがいも、ローリエ、コショウ。そしてひたひたに水を加えて弱火で煮込む。

 もう一つはセロリとカブの酢漬けだが、これは昼食の準備のときに一緒に作っておいた。味見をすると程よく酸味がついていておいしい。

「もう1品どうしようかな?」

「卵があるからオムレツを作りましょうか。というか私が食べたいだけだけど」

 エルマが照れながら提案してきた。

「そうだね、じゃあ2つずつ二人で焼こうか」

 オムレツはこちらの世界に来てから一番多く作っている料理の一つだ。まずエルマの好物で、エルマが食事の準備をしたりすることが多いからというのが一番の理由なのだが。

「ベーコン入れて~」

 オムレツにベーコンを入れてほしいとカミラがねだる。卵だけのオムレツだとカミラが飽きてしまうので、アレンジとして刻んだ野菜やウインナー、ベーコンなどを入れたりしていたら、その中でベーコン入りが一番お気に入りになったのだ。

「いいよ~。他にベーコン入れたい人います?」

「私は卵だけでいいわ」

「私はほしいね」

オスカーも手を挙げる。

「じゃあ私がベーコン入り2つ作るね。エルマは卵だけのを2つ作って」

「わかったわ」

 慣れた手つきで卵を割って牛乳、塩コショウを足してかき混ぜる。教えてからまだ1ヶ月ほどだが、あっという間に上手に作れるようになった。

「本当に上手になったねエルマ」

「そう? ありがとう。料理や裁縫はやってみたいことだったし、楽しいからね、きっと」

「確かに楽しむのが一番かも。あと食べて喜んでもらえると嬉しいんだよね」

「そう! わかるわ~」

 にぎやかに女子トークをしながらオムレツを焼いていく。

「あとは・・・・同じ趣味の仲間がいるともっと楽しくなるんだよな~。エルマにカミラ、アルさん達と料理するのほんと楽しいもんな~」

「そうね、いろんな話ができて、共感したり勉強したりできるものね」

「今回の練乳は特にそうだな~。いろんなアレンジが出てきてさ~」

 話が盛り上がってきて、オムレツを作る手が少し動かなくなっていたのだが、食いしん坊はそれを見逃さなかった。

「もう! 早く作って! お腹空いた!」

 突然怒られて、エルマと二人驚いて顔を見合わし、食いしん坊カミラの顔を見つめた。

「はやくぅ!」

「・・・・・あとはよく食べて喜んでくれる。食いしん坊がそばにいること」

「ホントね。ふふふ」

 それを聞いてオスカーも微笑む、料理はやはりたっぷりと食べてくれる人がいると嬉しいものだ。カミラはまた笑われたと怒っているがアビゲイルにはそれも可愛らしく見えた。前の世界を思い出し、そして今の世界でも同じ喜びを与えてくれることについて、神様にはお祈り会で感謝しておこうとアビゲイルは改めて思った。


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