練乳
翌朝の朝食に早速練乳を出した。みんな楽しみにしていたようですぐに練乳をパンにつけて食べだす。甘いに練乳に合わせてアビゲイルはベーコンエッグを作り、昨日の残りのスープを温めた。そしてフライパンを熱する。
「おいしい~、パンにつけても最高ね」
「まいにち食べたい~」
もりもりとパンを頬張る3人を眺めつつ、フライパンにバターを落とし溶かす。
「2つ目のパンバターで焼く人~」
「ん? バタートーストかい?」
オスカーがベーコンを丁寧に切り分けながらアビゲイルに訪ねた。
「そうです、このバタートーストに練乳を塗って食べると~?」
「私のパン焼いて!」
パンを高く掲げてカミラが叫んだ。普段は眠気を抑えながらボソボソと食べているが今日はずいぶん元気がいい。朝から糖分を吸収しているからだろうか。エルマもオスカーも1個ずつパンを焼いてもらう。丸パンを2つに切ってから内側を下にしてゆっくりと焼く。少し焦げ目がついたところで3人の皿に配っていく。アビゲイルも自分のぶんをついでに焼いて練乳を塗りがぶりとかじる。
「はーうま、おいっし」
「・・・・・バターの香りと合うねえ。牛乳同士だからかな?」
オスカーはエルマ達に訪ねたが、二人は返事もせずに無言でもりもり食べている。
「もっと食べたい。もうパンないの?」
「8個しかなかったから一人2個ずつで終わり、残念でした」
「ええ~夜も食べたい!」
もうここまで中毒がでているのかと冗談混じりにアビゲイルは驚いた。甘い物に女の子は目がないが、ちょっと食べ過ぎではないだろうか?
「私も食べたいわ・・・・今日少し多めに買ってこようかしら?」
エルマまでそんなことを言い出してオスカーとアビゲイルは驚き、顔を見合わせた。
「個人的にはもっと野菜を食べてほしいね・・・・・練乳はおいしいけれど砂糖をたっぷりつかっているし、それに合わせてパンやイチゴを食べ過ぎると太ってしまって健康に悪い。パンの量はいつもどおりにしなさい」
「そうね、太りたくはないわ」
ぺろりと小さく舌を出してエルマが照れた。スタイルを良くキープしたいのもやはり女の子だ。
「ベーコンエッグも食べてね~」
「甘味と塩気を交互に食べると本当に止まらなくなるのは怖いね・・・・・」
オスカーは少しでてしまった自分のお腹を軽くなでつつ、呟いた。それを聞いてアビゲイルもうんうんと頷く。そんな3人を見てカミラはまたぶすくれていたが、まだカミラは体重を気にしなくていい年頃なので食欲があるのはいいことである。
「おはよーございます」
ギルドにはナナしかいなかった。
「おはよ~ございます~」
「ディクソン達は?」
「後ろだ」
「うおっ」
気配もなくディクソンが真後ろに立っていた、その後ろに眠そうなロイドがいる。
「昨日酒場で二人でめちゃくちゃ食べてな、そのままコイツはうちに泊まったんだ」
「腹一杯で動けなかったぜ・・・・」
どんだけ料理してもらったのだろうか? 新鮮な野菜とラム肉を見てアルに料理魂の火がついたのかもしれない。
「あ、みんなイチゴもう食べちゃった?」
「いえ、まだ残ってます~」
「うちもだ、半分アルにやったがもう半分は手付かずだ」
「良かった、じゃあこれ使って。練乳」
風呂敷に包んでもってきた練乳の瓶を3人に配る。練乳の説明と使い方を教えると。
「へえ、要は牛乳のジャムってことか」
「そうそう、パンにつけてもいいよ。早めに食べてね」
「わあ、甘くておいしいです~」
「もう食べてるのかよ」
ナナがスプーンで練乳をすくって食べていた。ロイドが呆れている。
「ロイドも家でパンくらいは食べるでしょ? 食べてみて」
「お、おう。ありがとな」
礼を言うロイドにうんうんと笑顔で頷いているアビゲイルとそれを見て照れているロイドを見てディクソンはニヤニヤしていた。
「さて今日のクエストは・・・・・広場の掃除があるからこれにしよ」
「よろしくおねがいします~」
掃除をする前に酒場やパン屋に練乳を配っておこうと思いすぐに向かった。まずは酒場に向かったが今日は客ではないので厨房の裏口から声をかけた。
「おはようございます~」
「あら、アビーさんおはよう、どうしたんだい?」
厨房にはいつもの3人がテーブルを囲んで少し遅い朝食をとっていた。テーブルにはスクランブルエッグやハム、茹でたアスパラガスにサラダ、胚芽パンなどが並んでいる。厨房には窓から朝日が差し込み、磨き上げられた床を照らしていて眩しかった。
「イチゴの季節になったので作ってみたものがあるんですけど良かったらと思って」
「ほお?」
アルはテーブルに置かれた白い瓶詰めを取り、すぐに蓋を開けて香りをかいだ。
「生クリームか?」
「牛乳に砂糖を入れて煮詰めたものなんです、練乳っていうんですけど」
「ふむ」
スプーンですくって一口舐める、他の二人もすぐにアルの真似をした。
「うわ~! うんめえ! アビーさんまたやばいやつ持ってきたな~! イチゴイチゴ!」
パトリックは流し台に向かい、イチゴがたっぷりはいったカゴを持ってきた。ヘタをとって皿に移して練乳をかける。アルはすぐに一粒口に放り込んだ。
「うん、いいな。酸味と甘味。砂糖だけじゃ甘みが尖るが牛乳でまとまるんだな」
「これだけで十分デザートになるね」
「忙しい日とかいいんじゃないかな? タルトを焼くより簡単だよ」
「パンにつけてもいいですよ、牛乳ジャムって感じなので。じゃあ私パン屋さんにも持っていくんでこれで」
「アビーさん、午後にもう一度来てくれよ。この練乳でちょっと思いついたからよ」
もう何かアイディアが湧いたのかと驚いた。さすがだ。
「わかりました、また来ます」
自分が思っていた以上にトココ村の人達は「練乳はイチゴ」という先入観がないのでアレンジをすぐに思いつくかもしれないとアビゲイルは思った。パン屋さんも何か思いつくだろうか?
「いらっしゃい! 今日は早いねアビーさん」
「おはようございます」
パン屋には朝焼いたばかりの様々なパンが並び、香ばしい小麦の香りが店中に漂っている。アビゲイルは早速練乳を主人に手渡した。
「へえ、牛乳でジャムができるんだね、どれどれ」
「パンやイチゴにつけるんだね」
主人は焼き立ての丸パンを一つ取り、一口サイズに切って皿に盛った。おかみさんがそこに練乳をかけてひとつつまむ。
「おいしい、上等なクリームだね! いいじゃないか。作り方も簡単で」
「バタートーストに塗るとおいしいですよ」
「へえ、バターとね・・・・・」
主人は練乳がけのパンを食べながら何か考え込んでいる。
「じゃあもうバターと混ぜればいいんじゃないか? やってみよう。アビーさん工房においでよ」
パン屋の工房に入るのは初めてだった。半分地下になった工房はどこも粉だらけだったが、不潔な感じはしない。年季の入った大きなテーブルにこれから焼かれるであろう発酵中のパンがボウルに入って並んでいる。主人は棚からバターを取り出して適当な大きさに切り分け、そのバターに練乳を瓶から半分かけて木べらで混ぜだした。バターは室温に戻っていて、すぐに練乳と混ざって少し黄色っぽいクリームができた。木べらから指で軽くクリームをすくい取って舐める。
「ふんふん・・・アビーさんも味見して」
「はい」
差し出された木べらからアビゲイルも指でクリームをすくってぺろりと舐めた。
「うーん・・・・もうちょい甘みですかね?」
「砂糖たすか」
そう言って主人は目分量で砂糖を入れてまた混ぜる。そしてまたひと舐め。
「うん、こんなもんかな? おいしいよ」
「ほんとですね、バタークリームみたい」
「バタークリーム?」
アビゲイルはバタークリームの作り方も教えた。こちらは卵とバターと砂糖で作られる。
「ふうん、それもおいしそうだなあ。今度作ってみようかな? 菓子に使えそうだ」
話しながら主人はパンに出来上がった練乳クリームを塗ってアビゲイルに差し出した。お礼を言ってひとくち。
「んーおいしい、焼き立てのパンに合いますね」
「うんうん、これは商品になるぞ。でも真っ白でちょっと地味だな・・・・」
「イチゴをのせる・・・とかですかね?」
「買って運ぶうちに崩れちゃうね、生のイチゴじゃ店頭においているうちにしなびるてしまうし、イチゴのドライフルーツ・・・・いや硬いな・・・・あっ」
何か思いついたのかすぐに工房の奥に飛んでいって、大きな瓶を持ってきた。
「これなんかどうだろう、レーズンだよ」
瓶から数粒すくって食べかけのクリームを塗ったパンにのせる。アビゲイルはこれを見て間違いなくおいしいとすぐに思った。すぐにかぶりつく。主人もそれを見てにっこりしながらパンを食べる。
「「ん~おいしい」」
「これはいいぞ、今日から店に出してもいい。サンドイッチにしてちょっと並べてみよう。試食も作って練乳もジャムと同じように売ってみるよ! ありがとうアビーさん! こいつはいいよ!」
主人は店からおかみさんを呼んで練乳クリームパンを食べてもらった。おかみさんは食べながらうんうんとうなづいている。好評のようだ。アビゲイルはパン屋にも薦めてみてよかったとしみじみ思った。
(それにしてもこんなにすぐに色々思いついて、やっぱり職人は違うなあ・・・・)
日頃毎日作り続けているだけあって、組み合わせを考えるのが早い。あとは先入観や思い込みがないため柔軟にアイディアが浮かぶのだろう。
(アルさんも何か作ってくれそうだし・・・・今から楽しみだな)
トココ村にこうして新しい甘味、練乳が生まれたのだった。ちなみにもう少し経過すると今度はバタークリームが誕生してさらに甘味が増えていくのはまた別の話になる。




