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狼のお礼

 アビゲイルは夜眠るときに自分の魔力を練る練習を少ししてから眠ることにした。まずは身体がリラックスしていたほうが練りやすいと考えて、横になったときのほうがいいだろうと思ったのだ。こちらの世界に来てから昼寝することはほとんどないので夜しか横になることがないのだった。

(若くなったから前より疲れないんだな・・・・・)

 昼寝が必要なくなった理由のひとつが若くなったことなのだが、あとは一人の時間がほとんどないというのも理由だった。前は子どもたちはみんな成人して社会人になり、昼間家にひとりぼっちになるので暇な日はたまに昼寝したりのんびりしたりできていたのだが、今はエルマとカミラもまだ息子たちより小さく昼には学校から戻ってくるので無理だった。

(まあ気にしてないからいいんだけどさ)

 横になって目を閉じ、魔力をゆっくりと練る。練るというよりは自分の身体の波長を読んで乱れていたら直すようにした。波長を直したら今度はそれを維持するように練る。

しかし魔法を使うことはないので、そのまま静かに呼吸を整えて練り続ける。そうしているうちにアビゲイルは眠りに落ちてしまった。


 翌朝のギルドはやはり採集クエストが埋まっていた。

「今週いっぱいは無いですね~。ごめんなさいアビーさん」

「いいよ、気にしないで。のんびり村を回ってスライム倒してくる」

「マスター達が東側を回って北に向かうって朝行ってました~。ロイドも一緒です~」

今日のディクソンははロイドを連れて魔素の材料集めに行ったらしい。

「じゃあ、私は西側を川沿いを行くね」

「伝えておきます~。いってらっしゃい、お気をつけて~」

 アビゲイルはゴブリンの少ない西側の農村地域をぐるりとまわることにした。歩くだけで運動になるし、スライムを1匹でも退治できれば収入になる。それにもう少し稼げば欲しかったバッグが買える。雑貨屋に売っている量産品だがずっと欲しいもののひとつだったものだ。

「今日もがんばるぞっ」


 ギルドのある広場から南の道を下っていくとすぐに左右に畑が広がる。その畑の道沿いには採集クエストで集める薬草が数種類生えていて、予備冒険者のおばあちゃん達が鼻歌まじりに集めていた。

「あら、おはようアビーちゃん」

「おはようございます」

「巡回? 気をつけてね」

 予備冒険者のじじばば達とはほとんど顔見知りだ、さまざまな人がいるがほとんどが仕事の真面目な人たちばかりである。こうして出会えば挨拶してくれて気遣ってくれる優しい人が多い。

(こういう人たちが仕事終わりにマッサージを受けられたら喜ぶだろうな・・・・・)

 だいたいのじじばばが「膝が痛い」とか「目がかすむ」など、病気や健康の話をすることが多い。ほんのわずかでも楽になれたらさぞ喜ぶだろう。

「結構必要なことなのかもしれないな」

 探索魔法をかけながら、運動になればと少し大股に早く歩く。まずは足腰だ。

 左右の畑には夏に収穫する秋植えの大麦がそよ風に揺れている、ざあざあと小雨のような音をだして畑全体が大きな湖のように波打つ。この大麦は去年の秋に植えて冬を越したものなのだそうだ。この村では大麦と小麦を育てている。大麦はビールの原料になったり、茹でてスープやサラダで食べるのだそうだ。小麦はパンなどの主食になる。トココ村の小麦は品質がいいらしい。夏になればきれいな黄金色になるのだろう。

 探索魔法に反応するものは周りにはない、なんとも平和だ。

「やっぱり川沿いか林のほうに多いんだな」

アビゲイルは周囲を眺めつつ川に向かった。


 探索魔法で周囲を確認すると、見えるスライムは2~3匹しかいない。考えてみれば上流でディクソンがちょくちょくスライムを暇つぶしに退治しているから、下流にはあまり移動してこないのだろう。ここにいるのはこのあたりで生まれたスライムのようだ。ぼよんぼよんと楽しそうに跳ねている。アビゲイルは探索魔法を使いつつ剣のみでスライムを倒していくことにした。

(冷静になって、戦いながら魔力をうまく練れるようにならないと)

 スライムを前にして動きを確認しつつ剣を振る、1発で決めたかったがうまくいかず、半分くらいしか切れなかった。スライムは地面に落ちてぶるると震えてアビゲイルにかかってくる。

「うーん、難しい」

 吐いてくる酸をよけてもう1発、今度は上から振り下ろす。そうしてようやく1匹倒すことができた。一人でスライムを倒すのは久しぶりだったが、剣で倒すのは初めてだった。

「木の剣のときはもっと4~5回叩いてたよなあ、あれよりはまあ強くなってるのかな?」

 いつもより落ち着いて戦うことができたので気づいたが、戦っているときは剣を降ることに集中しているので探索魔法が途切れているようだった。

「一瞬だけどこれからを考えると不便かもしれないな・・・・・」

 前の世界でゲームをしていたときはどこから敵がやってきて、どの方向から攻撃しているかというのがマーカー表示でわかるようになっていた。その敵をターゲットすると強さまでわかって戦えるかどうか判断することもできて便利だったなとアビゲイルは思った。

「あそこまで精密じゃなくてもいいから、戦闘中もちゃんと出来ると便利だよね。みんなと戦うときはどこにどのくらいいるか正確に伝えられたほうがいいしなあ」

 剣を10回ほど振りつつ探索魔法が途切れないようにしてみるがうまくはいかなかった。これも体内でうまく魔力を練る事ができればどうにかなるのだろうか? 

「基礎がだいじ基礎が、料理も基本がだいじだし」

 アビゲイルの料理は最初、親から教わっただけであとは自己流だったのだが、だんだんとマンネリ化してきて家族から評判が悪くなったときがあった。そのときアビゲイルは料理教室や料理本で基礎をやり直し味のレパートリーやメニューを増やして改善したことがある。そのときに気づいたのだが、料理は基礎知識、野菜や肉の下ごしらえや包丁使い、盛り付け方など基礎が大事なのがしみじみわかったのだった。

「なんでも基礎が大事なんだ、たぶん」

 といっても練習したいスライムの数があまりに少ないので、スライムを倒してから20回くらい素振りをして、またスライムを倒すという練習を繰り返した。素振りの間は探索魔法を切らさないように注意しつつ次のスライムの場所を確認した。足場は大小の丸い石がゴロゴロしていて足が安定しない。訓練場の平らな場所よりすねや太ももに力がはいる。

「これもいい訓練かも」

 スライムは12匹倒したところで周りの反応がなくなってしまった。仕方ないのでそのまま移動しながら素振りを繰り返した。少し下流までいくと今度はさっきまでいた場所まで戻りつつ素振りをする。往復で4~5回繰り返した。

「今日はこのぐらいでいいか」

 川で顔を洗って汗を拭き、お弁当を食べてから小休止していると川沿いの道から馬車が近づいてくるのがわかった。

(近くの農家の人かな? 馬車に3人・・・・一人は子供だな)

 大きな岩の上に寝そべりながら、後方の馬車の様子を探索魔法で調べていたらその馬車の人々から声をかけられた。

「おーい! アビゲイルさーん! おーい!」

 呼ばれて慌てて起き上がると馬車から老人が手を振っていた、よく見るとこの間の狼騒動のときに助けたおじいちゃんだった。

「あー、おじいさん。こんにちわー!」

 アビゲイルも手を振りつつ馬車に近づいた。老人は馬車から降りてアビゲイルに寄ってきた。

「やあやあ、久しぶり。狼のときは本当にありがとうな!」

「いえいえ、もっとうまく退治できたら良かったんですけど。皆さんお元気ですか?」

「ああ! わしも孫も元気だよ、アイツは俺の息子だ」

 馬車を引いていた男性はこちらに手をふりながら挨拶してくれた。

「今日は3人でギルドに行って改めてお礼を言おうと思っててな、これから帰るなら馬車で送っていくよ」

「ほんとですか、助かります。急いで荷物持ってきますね」

 急いで荷物をまとめて荷台に乗り込む、先に荷台に乗っていた男の子は人見知りのようでアビゲイルが乗り込むとすぐに老人に抱きついた。

「こら、お前の命の恩人だぞ」

 老人は軽く叱ったが老人の胸に顔を埋めて首を振った。

「かわいいですね」

「家ではうるさくてしょうがないんだがな、人に会うとこれだ。アビゲイルさん、親父と息子を助けてくれてありがとう」

 馬車を引いている男性がお礼を言った。アビゲイルは少し照れながら

「いいえ、ぜんぜん。私もディクソンやロイド達が来てくれなかったら死んでましたから。むしろ私達の命の恩人がディクソン達ですよ」

「ははは! あんたが来なかったらわしらは先に狼の腹の中であんたを待ってるとこだったな。謙遜しなくていいぜ。あんたはよくやってくれた」

「今度はもうちょっとかっこよく助けたいです」

「狼に襲われるのは他のやつに頼んでくれよ。はっははは」

 そのあとはのんびりと雑談をかわしつつのんびりギルドに到着した。

「ただいま~。ディクソン、お客さんだよ」

「ん? 俺に? おー、じいさん元気だったか?」

 ギルドに入ってきた老人と子供を見てディクソンはすぐに老人のところに行って握手をかわした。老人はディクソンの両手を握ってぶんぶん振っている。

「あんたたちのおかげで元気だよ! 今日は改めて礼を言いにきたんだ」

「別に気にしなくていいんだぜ、わざわざありがとう」

「お礼の品を持ってきたんだ、ぜひみんなで食ってくれ」

 老人達が用意したお礼はキャベツやじゃがいもなどの春野菜にイチゴ。そして大量のラム肉だった。

「今朝さばいた新鮮なラム肉だ、このまま塩コショウでもいけるぜ」

「おお、いいな。ありがとう!」

「わーイチゴだ」

 この世界では初めて食べる。小粒の小さいものだが真っ赤に熟しておいしそうだ。

「好きかい? 今年の初物だよ」

「ありがとうございます~」

 ナナもロイドも嬉しそうだ。老人達は役場にもお礼にと野菜と肉を配って帰っていった。

「もらったはいいけど俺料理できねえんだよな・・・・」

「アルのとこにもらったけど料理できないからって譲ってやれよ。いままでの詫びをこめて」

 ロイドはそれを聞いてめんどくさそうな顔をした。だがしばらく考えて他に方法がないのでしぶしぶ了承した。

「しょうがねえな・・・・そうするか。ついでにラム肉焼いてもらうよ」

「俺もそうしてもらうかな。俺の野菜もまとめて持っていこう」

「料理しないの?」

「俺が料理するにはもったいない材料ばかりだからな、アルに渡したほうがうまく食える」

 一人暮らしの男たちには食べきれない量の野菜なので、それが一番いい方法なのかもしれない。

「アビーはオスカー達とたっぷり食べるといい、あいつらも喜ぶだろ」

「うん、イチゴもたっぷりあるし。牛乳買ってかえろうかな」

「イチゴと一緒に飲むのか? まあ楽しむといい。じゃあまた明日な」

「うん、お疲れ様」

 午前中に倒したスライムの核を納品したお金で牛乳をいつもより多めに購入した。教会までの帰り道、アビゲイルは久しぶりに食べられる果物、イチゴが楽しみで仕方なくニヤついてしまった。

「やっぱりイチゴは練乳だよね」


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