神魔法の訓練
「ただいま~」
教会に戻ってすぐに風呂場に向かって汗を流し、食堂へ向かった。疲れていたからか喉が乾いて仕方ない。コップについで一気に飲む。風呂で火照った体に気持ちいい。水を飲んでいるとオスカーが食堂にやってきた。
「おかえりアビゲイルさん」
「ただいまです。エルマ達は?」
「今買い物に行ってるよ。洋服屋に寄ると言っていたから、帰りはもう少し先だね」
このあいだ巾着を作りたいと言っていたのでカミラの布を買いに行ったのだろう。
「訓練だったのかい?」
「そうです、汗だくで帰ってきちゃって。あ、そうだお願いがありまして。そろそろ本格的に神魔法を勉強したいんですが、教えてくれませんか?」
「神魔法のスキルはいくつだい?」
「さっき見たら魔法が6で神魔法が2です」
「ふむ」
オスカーはハーブティーを入れてくれた。カップを受け取るとオスカーは椅子をアビゲイルにすすめて座らせて、すぐとなりにアビゲイルに向かって座った。膝を突き合わせるくらいの距離でじっと見つめてくる。なかなかの近い距離で見つめられるのでだんだん恥ずかしくなってきた。
「なんですか?」
「今君の魔力の流れを見てたんだ。ちょっと意識して魔力を全身に流してみてくれるかね?」
「はい」
アビゲイルは深呼吸して全身に魔力を流し、練り上げていく。探索魔法を使うときは全身に魔力を意識して練り上げる練習を続けてきたので、すぐに全身に魔力を巡らせることができるようになっていた。
「そのまま・・・・ふむ、疲れているせいかちょっと流れに乱れがあるね。こういうふうに出来るかな? 私の魔力を感じたら同じようになるように魔力を練っておくれ」
オスカーはアビゲイルの両手を握って魔力を練り上げる、するとアビゲイルの手にオスカーの体の魔力の流れが伝わってきた。オスカーの魔力は落ちついていて、全身に爽やかなそよ風のように流れている。アビゲイルにはその流れが少し涼しく感じて疲れた体に染みるようで気持ちいい。
「こらこら、癒やされてないで流れを合わせておくれ」
「あ、すいません」
数回深呼吸して波長を合わせるように意識する。オスカーの魔力は安定していて乱れない。それに合わせようとするがうまくいかない、オスカーの魔力と比べるとじぶんの体は荒れ狂う海のようだ。どうにか波を落ち着かせようと頑張ってみるがどうにもうまくいかない。
「相手を癒やすには相手の体の波長を読み取って、乱れていたら直して、流れが悪ければ自分の魔力でうまく流れるように調節してあげるんだ。それにはまず自分の体の魔力が今の私のようにある程度落ち着いていなければいけない。患者さん、相手の体のいろんな波長に合わせられるようにね」
「なるほど」
「でもまあ、それには練習が必要だね・・・・。いろんな人の体を診て魔力の色々な流れを知る必要もある」
そう言うとオスカーはアビゲイルの魔力の乱れを落ち着かせて、いつものように疲れを癒やしてくれた。すぐに体がぽかぽかしてきて、剣の訓練でだるかった腕や肩が軽くなっていく。
「うはぁ~」
すぐにお風呂上がりのような気分になって、眠たくなってきた。
「今日はアビゲイルさんは疲れているから、なおさら合わせるのは大変だったろう。でも魔力の練り方はうまくなっているし、私に合わせようとしているときもなかなか筋が良さそうだったよ」
「そうですかね? 私にはまだ難しい感じでした」
「魔力を練る基本はもう出来ているから、神魔法の基礎の基礎を教えよう」
「傷を直したりできるようになりますか?」
それを聞いてオスカーはにっこり笑って
「まだ無理だね、基礎の基礎だから。ちょっと背中をこっちにむけておくれ」
「はい」
アビゲイルはすぐにくるりとオスカーに背中を向けて座り直した。するとオスカーはアビゲイルの肩に手を乗せてじっとしている。
「ん?」
「基礎の基礎はこれなんだ、体の魔力や血行の流れを調節するマッサージだよ。これをしながら少しずつ患者の体調を整えていく。効果は疲労回復や体を温めるくらいだが、この基礎がとても大事なんだ」
説明しながらオスカーはアビゲイルの肩を温め始めた、少しずつ背中全体が上から温まっていく。
「患者さんの体の様子を読み取って、悪いところを見つけて自分の魔力を注いで調節する。これが基本。基礎でもっとも大事なことだ。これがうまくないと治療もうまくいかない」
「なるほど~」
「練習してから、開店といこう」
「開店?」
アビゲイルはなんのことかと振り返ってオスカーを見ると、楽しそうに笑っている。
「マッサージ屋さんだよ。アビゲイルさんの神魔法を練習するための店だ」
「えー!」
「私とだけの練習だとうまくはならない、村の人たちに頼んで。いろんな身体を診るのが一番の練習になる。これは私が修行していたときに師匠から習った方法と同じものだ。大きい教会のチャリティや祭りに行くと必ず修行中の人がマッサージ屋を開いてるものなんだよ」
「お客さんはある程度癒やされて、練習相手にもなってくれてというわけですか」
「うん、それでマッサージの効果があって気持ちよかったとなれば、施しがあるというわけだ」
店と行ってもお金はとらず、お客さんの気持ち次第ということか。確かに修行中なのにお金を取る訳にはいかない。
「練習してうまく出来るようになったら商売になりますかね?」
「まあ、都では年老いた冒険者が治療院を開いて商売にしてたりもするから、上手になったらお金がもらえるかもね。でも修行中だからお金はもらっちゃ駄目だよ」
「はい~」
「あとで私の肩こりをアビゲイルさんに診てもらおう」
「わかりました。よろしくおねがいします」
まだ不慣れなのに練習させてもらえるのはありがたい。明日ギルドに行ったらディックに練習させてと声をかけてみようかな? ちょうど怪我してるし。それにしても練習で無料とはいえ店を開くとは思わなかった。たくさん練習したいのでできれば繁盛してほしいが、もしも人がたくさんきてしまったらどうしようかと思い、オスカーに相談した。
「そうだね、1日5人か10人くらい診たら終わりにするといい、毎日しなくてもいいしね。練習だから」
「ただいま~」
話し合っているとエルマ達が帰ってきた。カミラは大事そうに小さな紙袋を抱えている。どうやら布が買えたようだ。
「おかえり~。じゃあ晩ごはん作りますか」
夕食は鶏肉のグリルにクレソンとレタスのサラダ、キャベツとハムのスープ。丸パンと疲れていたので簡単なものにした。
食べ終えてからすぐにオスカーに魔法マッサージの方法を教わろうとしたが、カミラとエルマが巾着袋の作りたかったのか少し残念そうにしょんぼりしてしまった。
「じゃあ、私はマッサージの仕方を教えつつ、アビゲイルさんは作り方を教えてあげておくれ。今日はみんなでいろいろ学ぼう」
「お父さんは何をまなぶの?」
カミラがオスカーに聞く。
「私は神魔法を人に教えたことはないから、教え方をアビゲイルさんを通じて学ぼうと思ってるよ」
「ふうん、先生なるんだね」
「そういうことだ」
「よろしくおねがいします」
まずアビゲイルがエルマ達に作りたい巾着のサイズを確認して、それに合わせて布を裁断するところまで教えた。縫い代をつけて少し大きめに切る。布に印をつけて布ハサミで丁寧に切る様子を横目に見ながらオスカーにマッサージの方法を教わった。
「よし、ではまずやってみるからね。椅子に座っている場合は両肩に、横になっていたら身体の真ん中、もしくは手を握る。そして患者の身体の中を魔力で調べる」
アビゲイルは椅子に座っていたのでオスカーは肩に手を置いた。
「患者にある程度リラックスしてもらうのも大事だよ、緊張してるとそのぶん読みづらくなるからね」
「はい」
「患者さんの身体の波長を読み取って、流れの悪いところに魔力を流して調節するんだ。なんていうかな、川の水の流れを直していくような感じかな? うまく調整できるとだんだん患者さんの体温が上がって痛いところや疲れたところが治っていくよ」
確かにオスカーの言う通り、ゆっくりと全身がぽかぽかしてくる。
「すぐにあったかくなってきました。早いですね」
「慣れだよ、慣れてる人はだいたい早いと2~3分で全身調整が終えるからね」
「そのくらいを目指したほうがいいですか?」
「いや、まずは波長をきちんと読み取るのが大事だから、早さは大事ではないよ。よし、交代しよう私で練習してみてごらん」
「は、はい」
オスカーの肩に手を載せ大きく深呼吸してから集中する、自分の中で練った魔力をまず落ち着かせないといけない。夕食前に見せてもらったオスカーの落ち着いた魔力の流れをイメージしてみる。だがすぐにはうまくいかない。
「あせらなくていいからね、りきまないように」
「はい」
まずは自分が落ち着いていないと駄目なんだなと思い、リラックスするようにもう一度深く深呼吸した。
「いいぞ、落ち着いて」
自分の中の魔力を感じるのも難しいのだなと改めて思った。まずは自分の魔力の流れがはっきりわからないと駄目なようだ。アビゲイルは自分の身体を癒すために指先まで意識を広げ、まずは自分の魔力を確認しようとした。オスカーはすぐにアビゲイルの変化に気づいたが黙っていた。
魔力は肩から手の先に強く感じる、どうやら全身で魔力を練り上げていたと思っていたがそうではなく、両腕で多く練っていたようだ。なので水面が波打つような荒れた感じになっていたらしい。
(だから肩がこりやすいのか・・・・・・。もっと足まで・・・・おへそのあたりに集中して・・・・・)
腕で余計に練っていた魔力をお腹、そして下半身に行き渡るように意識する。足の指の先、そして頭の上まで魔力が流れるように気をつける。
「いいぞ、落ち着いてきた。気づいたかね?」
「なんとなくですけど、自分の中が落ち着いてないのは全身でちゃんと練ってないからなんですね」
「うん、そのとおりだ。それがきちんと出来ていないと相手の波長を読むのも難しくなるんだよ。全身で練ることができれば他の魔法の威力も上がるから、これはとても大事なことなんだ」
アビゲイルはオスカーの肩から手を離した。
「ということはまずそれが出来ないと、マッサージもままならないんですね、じゃあまずそれがちゃんと出来るように頑張ってみます」
「それがわかったなら今日はもう十分だよ、明日またやってみよう。今日はここまで」
「はい、暇を見つけてやってみます」
「無理は禁物だからね」
考えてみたら魔法の勉強はオスカーから借りた本を読んでからの自己流だった。知らないうちにクセがついていたのかもしれないので、今回の練習でそれがわかっただけでも大きな収穫だ。オスカーの教え方はすべてを丁寧に教えるわけではなく、答えを自分で考えて導いていくようにする指導法のようだ。
「アビーさん、二人分の布を切り終えたから続きを教えて」
「はいはい、じゃあ裏返して縫うところをまち針で抑えてから・・・・・」
今度はアビゲイルが手芸の先生になる。アビゲイルは丁寧になんでも教えてくれるタイプの指導法だ。
「教えるのは難しいね・・・・私の師匠もちょっと変わった方だったからなあ」
「教えるのも覚えるのも、いくつになっても大変ですね」
「まったくだ、若い頃に教わっているだけだったときは考えもしなかったね、いつか誰かに教える時が来るとは」
オスカーはアビゲイルに、アビゲイルはエルマ達に何かを教えて同時何かを学んでいっている。いつかエルマ達も同じように誰かに何かを教えて、何かを学んでいくときがくるのだろう。
(まずは自分がしっかり覚えることが大事だな)
アビゲイルはこれからもっと真面目に魔法を学ぼうと思った。




